527 :パトラッシュ:2014/03/08(土) 10:21:50
ラウラ・ボーデヴィッヒSIDE(4)
クラリッサがBND(ドイツ連邦情報局)在日支局を動かして調べてくれた花月荘の天井裏図は正確だった。織斑教官に鍛えられた潜入技術を駆使してターゲットの部屋の上に達すると、音を立てずに羽目板を外した。暗闇に盛り上がった布団を確認し、音を立てずに着地する。クラリッサの計画書通り、寝巻き代わりの浴衣を落とすと、黒い眼帯以外は全裸になってもぐり込んだ。さあ嫁よ、今夜こそ私のものになるのだ。筋肉質の肌をさすりながら指を伸ばした先をつかむと、意外にふくよかな胸が……む、胸?
愕然としたところでいきなり腕を押さえつけられ、軍隊式の逮捕術で押さえつけられる。同時に電灯がつき、目がくらんだ。
「ボーデヴィッヒ少佐でしたか。随分と大胆な格好ですね」
「や、山本少佐? な、なぜ貴官が嫁の部屋に?」
「ここは最初から私の部屋ですよ。生徒には公表してないだけで」
「そういうことだ、ラウラ」
隣室との襖が開き、ドイツ時代によく見たイイ笑顔をした織斑教官がゆっくり入ってきた。獲物を見つけて舌なめずりをするライオンの笑み。
「き、教官、これは一体! というか嫁は……」
「貴様のような不心得者が出るのを想定して、予備の客室を与えられていた山本少佐と弟の部屋を内密に交換しておいたのだ。オルコットか凰が侵入するかと思っていたが、よもやラウラとはな。しかもコンドーム持参とは、やってくれる」
くっ、仕掛けられた罠に飛び込んでしまったか。だ、駄菓子菓子(こう表現するのが日本語の基本だとクラリッサに教わった)。
「お、お言葉ですが教官、姉とはいえ夫婦の問題に口を挟む権利はないはずです。教官の弟を私の嫁にするのは決定事項で――」
「ほう、私の前でもそう言い張ると?」
「い、いえ、その……」
ぞっとするほど酷薄な眼差しに見下ろされて、冷や汗が額や背中を伝う。だめだ、教官に反論などできない。蛇に睨まれた蛙も同然だ。
「このコンドームはドイツ製ではないか。最初から弟を襲うつもりで来日したか?」
「い、いえ、それはそのクラリッサが荷物に入れていて……」
「ハルフォーフの仕業か。ろくでもない知恵をつけおって、奴こそ諸悪の根源だな。一度日本へ呼び寄せて、私のトレーニングフルコースに強制参加させてやろう。特別サービスとしてカリキュラム倍増で」
また教官がイイ笑顔になる。ああ、クラリッサ、何もしてやれない無力な私を許せ。教官のトレーニング倍増フルコースなど、お前の命日を決めるようなものだ。
「さてラウラ、貴様は私にとって自慢の教え子だ。ヨーロッパでも一、二を争う優秀なIS操縦者だろう。だがひとつだけ、教え忘れていたことがあったな」
「お、教え忘れたとは」
物凄く嫌な予感がしたが、教官の言葉を無視するなど自殺行為だ。ゆっくり膝を着いた教官は、身動きひとつできない私の顎をくいと持ち上げた。
「それはな、捕虜になった際の拷問に耐える訓練だ」
「ごごご拷問……」
「ドイツ時代によくやったな。真夜中に叩き起こしてのマラソンや遠泳を。久しぶりだからまたやるか。今日の課題はISを使わずに、五十キロの荷物を背負って砂浜往復二十キロ走だ。簡単だろう」
そ、それは拷問に耐える訓練ではなく拷問そのものでは――などと口が裂けても言えない。そう言えば教官は「なら往復四十キロにしよう」とニコヤカに返すはずだ。うう、私は日の出を見られるのか。箒に対して『貴様と織斑大尉の間には高い壁があるぞ』などと偉そうにほざいたが、私にも教官という大きな壁が立ちはだかっていたのだ。
ようやく山本少佐の腕から解放されたが、もはや口を利く気力もない私は浴衣を着せられ、ドナドナと曳かれる羊のように教官に連れて行かれる。そんな私を山本少佐は苦笑いで見送った――思わず落雷のようなショックで指が震える。間違いなく、あれは会心の笑いだった。ま、まさか少佐と嫁は……。
※原作で「一夏を嫁にするのは決定事項」と言い張るラウラに対する千冬さんの反応が書いてなかったので、こういうシーンを考えました。
最終更新:2014年03月23日 13:16