598 :ひゅうが:2013/12/24(火) 12:46:58


大陸日本ネタSS――戦間期の大陸日本 外伝「3月の砲声」



――西暦1920年3月26日 欧州東部


閃光、続いて地響きと爆音。
それらが無数に合わさり、延々と続く。
そうすると、波が重ね合わせられ、やがて一定の値の連続になっていく。
まるで大海をわたる大波がいくつもの連続した波になるように。

塹壕に背中を預けてこれに耐え続けていると、まるで船酔いのように平衡感覚を失いかける兵士が出るのはそういう理由だった。
雪解けの水が壁面を伝い、トレンチコート――塹壕コートというそのまんまな名前のコートからグリースや硝煙を洗い流した汚水を吐瀉物で割った兵士をあざける者はいない。
少なくともこの場には。
こればかりはいかに精神が強くても生理的な作用を押さえ込むには限界があり、嘔気を抑えて戦うよりはその場で「廃棄」した方がはるかにマシであると彼らは知っているのだ。

「素人じゃあないな。革命軍とはいっても。」

エーリッヒ・マンシュタイン中佐は潜望鏡型の双眼鏡で弾着が近づいてくるのを見ながら独り言を言った。
常の彼には見られない珍しいことである。
それだけ動揺しているのかもしれなかったが。

「ですね。近づいてきている。」

「ああ。西部戦線でフランス軍がやった手だ。弾着の後方に兵士を歩かせ、敵方の塹壕をつぶしたところで『やっ!』と突撃する。
マッドカーテン(土煙)射撃法とも漸近射撃法ともいえるが、一応の効果はある。」

小隊つき伍長は、肩をすくめてみせた。
司令部ごと爆破されるという間抜けな結末で指揮系統が混乱している中、この東部防衛軍部隊、半径30マイル以内の最高司令官となってしまったマンシュタインが前線に出張っている。
これはドイツ軍がいかに絶望的な状況にいるかを如実に示しているといえよう。

公称200万を数えるドイツ帝国陸軍は50万をラインラントに置き、残る50万をドイツ各地に、残る100万を動員解除して生産力の回復につとめたはずだった。
だが、動員解除によって祖国に戻ったはずの労働力の少なくとも1割から2割は、皇帝陛下が退位するという大きな政治変動にともなって雨後の竹の子式に生まれた政治結社の私兵と化した。
いわゆる「義勇軍(フライコール)」の誕生である。
ルーデンドルフ参謀本部次長が心血を注いで作り上げた総力戦体制の中、ドイツの旧来の価値観は大きく揺らいでおりとりわけ東部国境の向こうに生まれた赤い新国家へのシンパシーを持つ人々や、帝制やプロイセンによって「多くを奪われた」と感じていた人々はそんな彼らを歓呼で迎えた。
1848年から72年を経て政治の季節が到来したのだ。
そして、反帝政という共通項で団結した過激な一派は赤い人々を中心にして激発する。
去る3月10日、スパルタクス団を中核とした義勇軍部隊はベルリン首都防衛部隊を無視して議会とポツダムの王宮を制圧。
ドイツ帝国の消滅とドイツ人民共和国の成立を宣言したのである。
この動きに、2月革命の記憶も新しい首都防衛部隊は有効な反応を起こすことができなかった。
何となれば、議会周辺でのデモは新憲法案審議の期間中に日常茶飯事となっていたし、発砲に民衆が激発でもすればあっという間にロシア革命の二の舞になってしまうためだ。
そうなれば、怒れる人々によって皇帝ウィルヘルム2世や帝室が感情のままにされてしまうかもしれぬ。
ニコライ2世が日本の「アカシ機関」により救出されたような挙を革命勢力は許すはずがないのだ。

599 :ひゅうが:2013/12/24(火) 12:47:45
しかも、首都奪還に動くはずのラインラント軍団は、国境線の向こう側で呼応の動きをみせる合衆国軍の動きに掣肘されていた。
まさに亡国の危機である。

しかもよりにもよって同時期に新国家たるポーランドやウクライナにはソヴィエトを名乗る連中が侵攻しつつあった。
彼らは「プロイセンへの進駐」と「革命の支援」を表明し、5万あまりの「東部防衛軍」を圧殺せんと20万の大軍を投入してきていたのだ。
こともあろうに、浸透した革命派の手で浮き足立つケーニヒスベルクの司令部を爆破して。
プロイセンの精神的な支柱をへし折ることでドイツを一気に赤化しようとする意図は見え見えである。

そんな中にあって、参謀権限を拡大解釈することで出動命令を出すことができたマンシュタインはけだしよくやったといえるだろう。
寸断された通信を通じて国際連盟総会に参謀本部の将帥が現れたというニュースが入ってはきていたが、彼らは援軍を半ば期待し、半ばあきらめてプロイセンの最後の盾になろうとしていたのである。


「総員、着剣。機関銃、弾は足りているはずだ。」

マンシュタインは言った。
彼の周囲には、周辺の民家や遠くポーゼン市内からかき集めてきた電話機が散乱している。
臨時にもうけた「野戦司令部」がこの塹壕であるからだった。
彼の周囲では、電話線の先にいる4万あまりの友軍に向けて兵士たちが彼の言葉を中継している。

なるほど、悪くない。と彼は思った。
俗にポツダム昇進といわれる、休戦と同時の1階級昇進で中佐に昇進したばかりである参謀の端くれが、5万(戦場にいない残る1万は人々の避難誘導中である。)の兵を率いてプロシア最後の盾となった。
うん。
これはちょっとした歴史に残るかもしれぬ。

「幸い、戦争が終わって弾がだぶついていましたからな。火力だけは一丁前です。」

士官学校を出たばかりらしい紅顔の青年、臨時の「参謀」が歯をガチガチ言わせながら笑う。
塹壕の中の顔と顔は誰もが深い隈とギラギラ輝く瞳、そして煤に彩られていた。

「では――」

そこまで言った時だった。
のちにマンシュタインはこの一瞬を苦笑とともに「彼」に語ることになる。


「でんれェい!!! でんれェい!!!」

砲弾に負けぬとばかりに大声で絶叫する割れた声が彼の耳にとびこんできた。
次の瞬間、なにやら妙な旗を持った二名の男が塹壕に文字通り「転がり込んで」きたのだった。

「誰か!?」

反射的にそう返せたのは、おそらく徹底した反復動作のたまものである。
友軍の軍服を着た若い男と、それより少し年をくったように見える見慣れぬ軍服の男だった。
彼らの携行する小銃の横にもとは純白であったのだろう泥と煤煙に彩られた「旗」がくくられていた。

600 :ひゅうが:2013/12/24(火) 12:48:21
口元にちょびひげを蓄えた若い方の男は、すっくと立ち上がり、官姓名を申告した。


「ハッ!大ドイツ帝国参謀本部付き 陸軍中尉アドルフ・ヒトラーであります!階級章はご容赦を。ポツダム昇進に野戦昇進が加わりましたので曹長から替える暇がありませんでしたので――
ここが東部防衛軍野戦司令部であるとお見受けし、このままお伝えさせていただきます。
いい知らせです。」

一息にそう言ったヒトラーと名乗った人物は、ギラギラというよりはキラキラした眼光をマンシュタインに向けた。
愛嬌のある顔だ。
しかしその奥に確かな『煉獄』をみてとったマンシュタインは彼がたたき上げであることに気がついた。
以前の西部戦線でマンシュタインを補佐してくれた古参の軍曹がこんな空気を醸し出していたことを彼は知っていたためだ。
そういった連中は、虚偽を何よりも嫌う。
だからマンシュタインは、彼が裏切り者の義勇軍であるという疑いをまず捨てることにした。

「司令官閣下、援軍が来ました。数は30万超。主力はあの『シマヅ』を中核にした日本軍、そしてトーゴー提督の後継者たちがヴィスワ川をさかのぼり、直接火力支援を実施します。
連絡がつきませんでしたので事後通告となりますが、閣下たちをお助けに上がったのです。」

マンシュタインは自分の耳を疑った。
確かに、国際連盟とやらで審議が続いていたとは聴いている。
だが、こうまで早く――そうか、南部やオーストリアの鉄道網を使ったな。
なるほど参謀本部は事態の掌握に成功したとみえる。

「本当か?――いや本当なのだろうすまん中尉。いつ、どこにいるのだ!?」

マンシュタインはうわずる声でそう問う。
すると、ヒトラーは自分の後ろに立つ東洋系らしい男を前にいざなった。

「今、ここでです。(ヒア、アンドナウ。)」

「すでに作戦は開始されています。我々が来たように、友軍はここから2キロほどの地点で布陣。河上の戦艦『ユドノ』の砲撃開始とともに戦闘に参加する――どうやら始まったようです。」

英語で答えた男の言葉を、ヒトラーが補足した。
彼らが空を見上げると、赤熱化した砲弾が空気を切り裂き、敵陣へ突進していく様子がちょうど見受けられた。
いつの間にか空には「蛇の目」と「赤い太陽」を翼につけた航空機が飛んでいる。

――今までに経験したこともない強烈な振動が、彼らを包んだ。

そして再び黒煙の空を赤く染め上げながら砲弾が飛んでいる。

「さすがは日本海軍。弾着観測前から連続射撃か。」

ヒトラーが頼もしそうにいった。

601 :ひゅうが:2013/12/24(火) 12:48:57

「前弩級とはいえ戦艦6隻と砲艦10隻の艦砲射撃。その火力は軍団砲兵に匹敵します。
さらに後方には、ハルビンでロシア軍を壊滅させた『陸の連合艦隊』が展開済み。
30キロ彼方から一方的にコミーどもをたたくことができます。」

と、特徴的な喇叭の音が聞こえてくる。

「TYESUTO―!!」

これまた特徴的な叫び声とともに、地響きというよりは地鳴りのような音が塹壕に響いてきた。
ガラガラやキャラキャラという音とともに機関銃の射撃音が聞こえてくる。
戦車まで来たらしい。
しかもバグパイプまで聞こえてくる。
あれはハイランダー・・・ジョンブルどもまで!?


「う・・・」

塹壕の中に、絞り出すような声が響く。

「うおおおお!!」

誰だ?叫んでいるのは。
とマンシュタインは思った。

ああ、自分か。自分は、歓喜の叫びを上げているのだ。

「続け!日本軍に、英国軍に、『友軍』に続けェ!!」

律儀にも、全軍に繋がる電話回線に向けて兵士たちはマンシュタインの声を伝えていた。
そしてそれは、歴史になった。


――1920年3月26日、崩壊寸前の東部戦線に到着した国際連盟合同軍は攻勢を開始。
南北からまるでハサミの両刃でソ連労農赤軍を切り取るように南北からヴィスワ河線に沿って進撃を開始した。

この日、マンシュタインが見たのは、その「北側の刃」が「戦略的奇襲」を実施する姿であったのである。
歴史は、これを「ヴィスワ河の奇跡」と評している。

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最終更新:2014年05月21日 22:28