773 :598:2013/12/11(水) 23:45:37

前スレ598です。タイミング良くというか、なんというか…どてら撫子さんで出てきた
漂白韓国をちょいと書いてみました。 (漂白しすぎ注意)

韓王国は1895年の下関条約によって清の冊封体制から独立した李氏朝鮮が新たに
建国した国である。韓国ともいわれる。

建国から永世中立まで
日清戦争における日本の大勝によって李氏朝鮮では、それまで主流であった清国との
宗属関係を維持すべきだという者(事大党)が失墜し、清国との宗属関係を脱して
近代化をすべきだという者(開化党)が国の大勢を占めるようになった。彼らの
後押しもあって、朝鮮国王であった高宗(珠淵)は国号を韓と改めた。
(この際に国号を大韓帝国とするように儒者に進めれているが、高宗は日本や清のとの
関係性を考えて、自身が帝を名乗ることは固辞した。)
開化党は日本との結びつきを深め、日本を清に変わるあらたな主とすることを考えていたが
日本側は下関条約によって韓国は独立国となったのであり、あくまで両者は同じ独立国で
あるという立場をとっていたため、韓国から港湾使用権と鉄道敷設権を購入する以上の
関係性の強化は図らなかった。
このことが開化党の勢力を弱め、結果として開化党は清への影響力を強めつつあった
ロシアを新たな主と考える親露派(大半は元事大党)に要職を奪われることになる。

親露派は清やロシア極東総督を通じて、再三にわたってロシアに通じるように高宗を説得するが
高宗は乙亥東征(応永の外寇)で高麗軍が壊滅した故事を話して「一島の軍にも勝てぬ我らに
どうして日本が倒せよう。まして日本は元ですら倒せなかった大鬼である」
と言って親露派を諌め、日露戦争終了までついにロシアと通じることはなかった。
中立の立場を崩さぬ高宗に親露派はクーデターを計画するが、日本側への権利売却によって
得られた金銭を元にした、地質調査と鉱山開発によって北部にタングステン・黒鉛・銅などを
豊かに埋蔵する鉱脈帯(日本が大陸化した影響で実世界よりも埋蔵量が増加している)が
見つかった事から、これを指示した高宗の人気は高くクーデターは失敗に終わった。

未遂に終わったといえ親露派によるクーデター騒動は高宗ら国の中枢に、国内に蔓延する
事大主義思想の危険性を再認識させることになる。
そこで高宗らこの事大主義の思想そのものを廃絶するために、日露戦争後のポーツマス会議に
おいて、韓国を永世中立国とすることを提案。中国利権の安定のために欧米各国はこれを承認
日本も中国大陸の安定のためにこれを承認したため、ここにアジアで唯一の永世中立国が認められた、
この永世中立国の承認を以って高宗は親露・親清・そして過激な開化党を「永世中立という
国是を妨げる」として処断。承認国の後ろ盾によるこの強権により貴族階級に当たる両班の
実に6割が処断され、ここに韓国は永世中立国の道を歩み出すのである。

774 :598:2013/12/11(水) 23:46:25
侵略と独立
永世中立宣言とその後の貴族層の処断を終えた高宗は、両班によって腐敗しきっていた治世の
改革に邁進した。特に永世中立国という国是は国民の理解なくしては守られないと考えた高宗は
教育と国民の生活向上に心血を注いだ。折りよくドレッドノートショックによる弩級艦の
建造ラッシュと、これによる砲弾等の改良によって銅やタングステンの需要は年々拡大しており
それまでアジアでも最貧国の一つであった韓国は、アジアでも有数の鉱山資源国家として
多額の外貨を稼ぎ出すようになった。
韓国はこの売却益をもって先進国から多くの技術者を雇い、また前途ある若者たちを留学
させることで、国家としての近代化を進めることになる。
この資源貿易は第一次世界大戦の勃発でさらに加速する。そんな時、新たなの鉱脈地帯が
発見されるが高宗はそれが中華民国との国境付近であることから「過ぎたる財貨は
災禍しか呼ばず」として開発を認めなかった。
しかし1919年に高宗が逝去した後に跡を継いだ純宗は、高宗死後の数間こそこの教えを
守っていたが、以後は需要に増加にあわせて鉱脈の拡大政策をとりだし結果として
このことが中華民国との亀裂となってしまう。

1927年中華民国の実権を握った蔣介石は、アメリカからの莫大な援助を受けて中国の
工業力に強化に着手。その過程で韓国の肥沃な鉱脈に目を付ける。(この時点で将来の
一大タングステン産出地となる江西省・湖南省は中国共産党の拠点であり、満足な
地質調査すら行われていなかった)蔣介石は韓国が国境付近で資源採集を行っていると
してアメリカに韓国討伐を進言するが、当時のフーヴァー大統領は、日英を刺激する
ような行動を許さなかった。
しかし1942年、病に倒れたルーズヴェルトに代わり大統領となったロングは、韓国が
中立国でありながら中華民国の国境線を犯し、地下資源を盗掘していると激しく非難。
韓国のこの行動を「中華民国の自由を侵害する行為であり、ツルハシを使った侵略である」
として、中華民国の韓国侵略を肯定する声明を発表。
日・英・蘭・独などは非難声明を出すも、すでに始まっていた対ロシア戦、そして開戦間近と
見られていた日米戦の為に動けず、韓国は蔣介石が率いる国軍に瞬く間に壊滅させられてしまう。

蒋介石はこの時点で韓国が中華の属国に戻ると確信しており、ロングに対しても
「これで卑しき朝鮮人共も、三跪九叩頭の礼を思い出すでしょう」と連絡している
しかし、実際には各地で反中パルチザンが勃興。その中でも万景台で起きた金成柱を中心とする
一団は、民国軍の圧政と虐殺の中で日本に向かい、祖国復活のための援助を呼びかけた。
当初はソ連のスパイではないかと疑われた金成柱であったが、持ち前の行動力でついに
日本軍が米軍のアジア艦隊を駆逐するのにあわせて、金成柱達が行う韓国解放作戦
(光復作戦)への日本軍の援助を取り付けることに成功する。
かくして1944年10月1日、日本軍の総攻撃に遭わせて呼応した対中パルチザンは
中華民国の侵略の折りには、日本に留学していて難を逃れた若き韓国軍少尉白善燁に
率いられ、釜山より不眠不況で仁川まで踏破。ここで日本軍と合流して一気に中華民国軍が
韓国での本拠地としていたソウルまで駆け上がり、アジア艦隊壊滅によって浮き足だっていた
中華民国軍を壊滅する大戦果を上げた。アジア艦隊壊滅と、日本軍の大陸侵攻によって蒋介石は
韓国の再奪還を諦め、ここに韓国の中国より再度の独立は叶ったのである。

白金体勢
第二次対戦終了まで暫定的に日本の保護国となっていた韓国であるが、アメリカ降伏後
純宗の甥に当たる李鉀を国王として復興を遂げる。金成柱は宰相、白善燁は国軍総督
となり、以後30年近く続く白金体勢の中で韓国は復興と繁栄を遂げていくのである。
最終更新:2014年05月23日 21:19