928 :Monolith兵:2014/06/05(木) 01:25:00
ネタSS「憂鬱日本欧州大戦 -ちょび髭のいない世界-」


 1938年12月、ドイツのヒットラー総統が飛行機事故で死亡したと言うニュースは世界中を駆け巡った。
 あるフランス人はドイツ人が、それもドイツの総統が死んだ事を喜び、イギリス人は平和をかき乱そうとする危険人物がいなくなった事を喜んだ。アメリカ人はそんな事よりも張作霖と共に中国国民党を倒すことに熱心であり、同時にメキシコの戦後処理を進める事に忙しく、構っている余裕は無かった。

 そんな中、ヒットラーが死んだ事に界中で一番動揺している者たちがいた。何を隠そう、我らが夢幻会の面々である。

「まさかヒットラーが死ぬなんて…。」

 夢幻会の会合にてメンバーの一人がそう零し、ため息をはいた。それは会合のメンバー全員が共有する思いだった。

「それで、これは本当に事故なのですか?」

 辻政信は疲れを隠そうともせず、中央情報局局長の土肥原に顔を向けた。

「少なくともイギリス、フランス、アメリカが暗殺したという事は無いでしょう。ポーランドや他の東欧諸国も無理です。」

「となるとソビエトですか?」

 辻はあごに手をやりながら考え込んだ。

「ソビエトによる暗殺も考えましたが、総統専用機の運用状況からして難しいのではと思っています。しかし、単なる事故にしては余りにも時期がよすぎます。」

 情報局も今回の事が事件なのか事故なのかは判断が付きかねていた。事故状況には不自然な所は無かったし、本来は列車で帰る予定だったのを、ヒットラーが飛行機で帰るとわがままを言い出し、無理して飛ばした結果事故が起きたとも見えるからだ。

「それはおいて置くとしようか。問題はこれからの世界情勢だが…。」

 近衛文麿が話題を変えようといいだしたが、余りにも急変したヨーロッパ、とりわけドイツの状況にどうなるか皆目見当が付かない状態であった。
 ドイツはヒットラーが死亡した後、モルヒネデブ事ヘルマン・ゲーリングが総統に就任したが、他の閣僚や主要なメンバーに疎まれ権力闘争が起きてしまった。その結果1月と立たずにナチス党の統制は取れなくなり、分裂と脱退を繰り返しナチスドイツは崩壊してしまった。ナチスによる独裁が終わったドイツでは野党勢力が次々と息を吹き返していた。

929 :Monolith兵:2014/06/05(木) 01:25:49
 そんな中、野党は切り札として1人の政治家を担ぎ上げた。元ケルン市長で、反ナチスの強い政治家コンラート・アデェナウァーだ。史実で西ドイツの初代首相になった人物であり、夢幻会の面々からすると納得の人事だった。野党が一致して働きかけた結果、国防軍や警察がアデェナウァーの警護に協力したために、彼は無事選挙の日を向かえ、結果見事総統に当選した。本来与党であるナチスから次の首相、大統領が選出されるのが普通なのだが、総統の座をめぐって権力闘争に忙しかったり、時勢を見てナチスを離れた者や野党に鞍替えしたものなどが多数出た結果アデェナウァーが当選したのだった。

「アデェナウァー政権は非ナチスを政策に掲げており、ナチス関連の団体は次々と解体されています。武装SSも武装解除され、国防軍や国境警備隊に再配備される模様です。全体的に見た限り、ドイツの再軍備はこれからも続いていく模様ですが、再び欧州で戦争が起きるかは不透明です。」

 田中の報告を聞いた近衛は顔を掌で覆った。

「もはや…史実の知識は全く役に立たないと言うわけか…。」

 近衛は余りの現実に乾いた笑いをあげた。他にも何人かため息を吐いている者もいる。これまで夢幻会が日本をこれだけ発展させてこられたのは、歴史や技術などの史実知識と夢幻会の組織力によるところが大きかった。そのうち歴史関連の史実知識が全く役に立たないことが今回の件でわかったのだ。

「第2次世界大戦が起きる事を前提に軍備を整えてきましたが…、止めますか?」

 辻の言葉に陸海軍の関係者は悲鳴をあげた。

「止めてください!それで2次大戦が起きたらどうするんですか!」

「そうです!ドイツはともかくソ連はポーランドを攻める気満々なんですよ!最悪の場合ソビエトと満州で戦争する可能性があるんです!!しかもアメリカがどっちに付くか解らない状態で!?」

 嶋田も東条も必死に辻に軍事費削減を止めてくれと訴えた。

「辻君、それはさすがに…。」

 伏見宮も大きな冷や汗をかきながら辻を諌めようとする。発表している途中で軍拡を止めてしまえば経済にどんな悪影響を与えるか解らなかったし、実際に戦争になった時考えたくも無いような事が起きる可能性があるのだ。

「冗談ですよ。で、先ほど東条さんも仰ったように赤熊はやる気満々なようですからね。ドイツがポーランドを攻めないと言うのなら、我々が遥々ヨーロッパまで行く必要性は無くなるでしょう。しかし、…そうですかドイツが連合国側に付く場合も…。」

 辻のその言葉に一同はぎょっとした。

「ま、まさかぁ。…ですが、連合国は無理でも連合国と協調する可能性はあるな。」

 杉山は欧州の地図を思い浮かべながら条件付きながら辻の意見に賛同した。何と言っても、ポーランドがソ連の物となれば、ドイツにとっては隣国になるのだ。そしてソ連は西進しようと思えばドイツとぶつからざる得なくなる。一方南進すればギリシャやトルコ、その先には中東がある。そこはもうイギリスの領土だ。
 それを防ぐために、英仏はドイツとソ連をぶつけようと画策する可能性もある。

「それを考えると、事が始まればすぐに動けるようにしなければならない。アメリカはさすがにソ連と同盟する可能性は低いだろうが、欧州が疲弊すればそれも考えられる。それを防ぐためには欧州が必要以上に疲弊するのはまずい。」

「となると、当初の考えどおりに遣欧軍を派遣しなければならないわけか…。それに満州の防衛も強化しなくては…。」

 伏見宮の言葉に嶋田が相槌を打つ。陸海軍関係者も頷いた。

「ドイツが出汁に使えない以上、イギリスを遣欧軍の拠点にできそうもない。よって、他に探す必要がある。満州は、流石にソ連が攻めてくるとなったらアメリカも黙ってはいないだろう。カムチャッカは流石に防衛を強化しなければならないだろうがな。」

 もはや日英同盟を基軸としてアメリカの圧力をかわすという戦略は使えなくなった。ドイツが非ナチスとなってもソ連は戦争を起こす気なために、最悪の場合欧州共々共倒れの結果アメリカに食べられました、と言う結末も決してありえない訳ではないのだ。そうなると、日本は超超大国となったアメリカに抵抗できない。それを防ぐためには、是非欧州には踏ん張ってもらわなくてはならないのだ。
 だが一方で満州はアメリカにとってフロンティアである以上、ある程度彼らの力を当てにすることが出来た。流石のソ連もアメリカと事を構えるのはまずいと考えるだろう。史実を考えれば、二正面作戦は取ってこないだろうから欧州よりは比較的安全である可能性が高かった。

930 :Monolith兵:2014/06/05(木) 01:26:42
「ソ連極東軍の弱体化はかなりのものだと陸軍では考えている。ソ連は欧州の戦争を優先して極東軍から引き抜くだろうから、当面の間は満州は安全だろう。また、カムチャッカは山がちで、防衛しやすい。そう易々と攻略など出来んよ。
 だが、欧州での拠点は他に適当なところは無いぞ?イギリスもフランスもドイツのちょび髭が死んで戦争が遠のいたと喜んでいるし、北欧はポーランドに攻め込んだ後だ。」

 夢幻会一同は杉山の指摘にうーんと考え込んだ。史実を考えれば事が起きるまでは日本に英仏から派遣要請は来ないだろうし、それ以外に同盟関係にある国は欧州には無い。唯一救いになる事があるとすれば、満州でソ連相手にガチ戦争をする可能性が低いと言うことだろうか。

「…ドイツは使えないか?」

 ふと嶋田は呟いた。それを聞いた辻が呆れた様に返事をした。

「つい先日まで仮想敵国だったんですよ?いえ、いくら穏健な国になったと言っても、今も仮想敵国ですが。それに結構経済を滅茶苦茶にしましたから恨まれてますよ?」

「それは辻さんが原因じゃないですか!それは置いておくとして、ドイツに投資するんですよ。日本企業を進出させてそれを守るために海軍、いえ海保でも良いですね。または海軍の復活を支援するのも良いかもしれません。とにかく、ドイツと繋がりを強くしするんです。」

「嶋田さん、流石にそれは…。」

「いや、やってみる価値はあるかも知れん。何と言っても、今まで国際的孤立を強めてきたドイツだ。ここで国際社会に復帰する事を手伝うことで恩を売って、何らかの協定を結べばしめた物だ。そうで無くても、ドイツの対日感情を浴しておけば、将来欧州の戦争に参加する際に何かと役に立つだろう。」

 伏見宮は辻の言葉を遮って、嶋田の案に賛同した。陸軍のメンバーも賛同した。ソ連が欧州で戦争を引き起こした場合、その矢面に立つのはドイツなのだ。欧州最大の工業国との間にしこりがあれば、戦争の際にいらぬいざこざが起きるかもしれない。また、史実のドイツ製戦車の高性能さを知る彼らは、もしかするとドイツ製戦車に乗れるかもと思っていたりしていた。それはともかく、ドイツから補給を受けることが出来るようになれば、欧州での兵站はかなり楽になるのは確実だ。

「それでは、これからは北欧への支援強化、ドイツとの関係強化を主軸として取り組んでいくと言うことで異議はありませんか?」

「「「「異議なし!」」」」

 こうして、日本帝国は第2次世界大戦を生き残るために新たな計画をスタートさせるのであった。

おわり

次話憂鬱日本欧州大戦 -ちょび髭のいない世界②-

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最終更新:2014年06月11日 22:04