747 :Monolith兵:2014/07/01(火) 23:55:10
ネタSS「憂鬱日本欧州大戦 -偽りの平穏-」

 ドイツ軍のダンツィヒ回廊進駐によりソ連と連合軍との戦争が休戦状態に入った事は、このまま戦争が終わるのではという希望的観測を世界中の人々に印象付けるには十分だった。
 だが、それは偽りの平和であり、実際には互いに攻め込むための準備期間でしかなかった事を人々は後に知る事となるのであった。



  • ポーランドの英雄

 ソ連軍の進軍を遅らせるために、殿を受け持っていたポーランド陸軍第10騎兵旅団長スタニスワフ・マチェク少将はポーランド臨時首都であったポズナンに帰還した。
 不甲斐ない戦いをしたポーランド軍の将軍である自分は糾弾されるだろうと、マチェクは考えていた。だが、彼らを迎えたのは温かい激励と感謝の言葉だった。

「あなた達のお陰で家族皆助かりました!」

「こんなになるまで戦うなんて…。ありがとう!本当にありがとう!」

 そんな民衆の声に、最初は呆気にとられたマチェクたちだったが、すぐさま気を取り直して手を振ったり敬礼したりしてその歓迎に応えた。

 そして、マチェクはダンツィヒ自治政府の役人に案内され、現ダンツィヒ自治政府知事、元ポーランド大統領モシチツキと面会する事となった。

「よく帰って来てくれた。君たちのお陰で、私たちはこうして生き延びることが出来た。ありがとう。」

「私は職務を果たしたまでです。本当に頑張ったのは、死ぬまで戦い抜いたものたちです。」

 マチェクはモシチツキに、多くの死者が今度の戦争で出た事を暗に指摘した。

「そうか…。そうだな。彼らこそが真の英雄だ。遺族には出来るだけの事をするつもりだ。」

「お願いします。」

 マチェクはモシチツキの言葉に感謝した。
 彼が指揮した第10騎兵旅団も多数の死傷者を出しており、生還できたのは400人にも満たなかった。装甲車両も97式中戦車とH35軽戦車が1両ずつしか残らなかった。全滅どころか消滅寸前まで戦ったその姿は、世界中に報道され、その勇猛さは人々に称えられていた。

「それで、君にはロンドンに行ってもらい、自由ポーランド軍に合流してもらいたい。」

「その事についてなのですが、ここに残りドイツ軍に編入したいと思っています。」

「それは…何故かね?」

「自慢ではありませんが、私はポーランド軍で最も戦車戦に詳しいと自負しています。そして、ソ連との戦闘で
これからの戦争は装甲車両が帰趨を決定すると理解しました。しかし、イギリスもフランスも、ソ連の戦車に一方的に撃ち破られるのみでした。唯一ドイツと日本のみがソ連の戦車を撃破出来ました。故に、ソ連を打ち破るにはドイツ軍に所属する以外道は無いと考えました。」

 マチェクの言葉を聞いたモシチツキは何度も頷き、彼らのドイツ軍への編入を認めた。

「いつか我が祖国を取り戻すための戦いが始まる。その為に君たちには尽力して欲しい。」

「勿論です。全力を持って遂行させていただきます。」

 マチェクは元大統領に綺麗な敬礼で、彼の望みに応えた。彼の望みはポーランド人全ての望みでもあった。

748 :Monolith兵:2014/07/01(火) 23:55:46
  • ポーランドの狐

「ようやく終わった…。いや、これからが始まりか。」

 エルヴィン・ロンメル少将は宛がわれた部屋でソファーに背を沈みこませた。これまで激戦に次ぐ激戦の中でろくに休息もとれなかった彼にとっては、自然休戦になった現状は歓迎すべきことだった。

「ソ連は恐ろしく強い。日本にいた頃はそれほど感じませんでしたが、欧州のソ連軍は極東の比ではありません。」

 ロンメルと同じくソファーに身を預けた宮崎は、ソ連軍がどれほど強大なのかをロンメルに淡々と語った。ソ連極東軍は、日本による策略によってかなり弱体化されていたが、欧州軍は極東軍よりもマシだった。
 いくら粛清によって弱体化しているソ連軍とは言え、数の脅威は凄まじかった。最終局面では、ソ連軍が督戦隊を編成した事でその凶暴さに拍車がかかり、士気も技量も装備すらもソ連を上回る日独軍は次々と撃破され、生き残れたのは約15000名の内、4000を僅かに超える程度だった。
 しかし、殿として数十万にも及ぶソ連軍の攻撃を凌いで、それほどの損害で済んだというのは驚異的でもあった。

「それは97jとポーランド軍の諸君たちのお陰だ。特にワルシャワに残った彼らのな…。」

 ロンメルはそう呟いて目を伏せた。彼の言う、ワルシャワに残ったポーランド軍とは、ワルシャワに残りソ連軍の一部を誘引する事を任せられた者たちの事であった。彼らは死兵となってソ連軍に必死の攻撃を仕掛け、ソ連軍の一部を釘付けにしたのだ。
 戦争が自然休戦となった現在も、彼らはソ連軍に包囲され、必死の抵抗を続けていることであろう。

「ポーランド軍は勇敢で、精強でした。私は彼らと戦えた事を誇りに思います。…そうでも思わないと遣る瀬無いです…。」

 宮崎の言葉にはロンメルも同感だった。

「彼らの無念を晴らすためにも、いつかワルシャワを取り戻すんだ。そして、彼らの国を取り戻そう。」

 ロンメルと宮崎は互いの顔を見て頷きあった。



  • 筆髭に憂鬱される人々

「貴様らが作った多砲塔戦車はドイツ戦車に一方的に叩かれ、赤軍の被害を増大させた!多砲塔戦車は不要だ!これからは97jに対抗できる新型戦車を開発しろ!!ドイツの戦車に負けない装甲を、大砲を持った戦車を作るのだ!!」

 スターリンは、多砲塔戦車開発に携わった責任者たちを集めてそう厳命した。一部の軍高官や共産党高官はスターリンの方針に反発したが、それはただ単にシベリアで木を数える仕事をする人間を増やすだけでしかなかった。

「貴様らがまともな戦車を作れなかった時は、貴様らを開発した戦車に乗せて対戦車砲を撃ちまくってやる!それが嫌なら強力な戦車を作れ!!」

 スターリンはそう言って、責任者たちに発破をかけた。
 そして、彼らが執務室から出ていったのを確認すると、モトロフを呼び出した。

アメリカの同志たちを通じて、アメリカ政府に我が国に敵対しないよう働きかけろ。」

「それは…、最近はアメリカでの共産主義者狩りが強くなっており、容易ではありません。」

「解っている。だが、我が国の存続のためには必要な事なのだ。」

「解りました。アメリカ政府への働きかけを行います。」

 モトロフの言葉にスターリンは僅かに頷いた。

749 :Monolith兵:2014/07/01(火) 23:56:21
  • 強欲者たちの望む平和

 客人たちが帰った後のホワイトハウスで、ヒューイ・ロング大統領はコーデル・ハル国務長官に話しかけた。

「これで我々は日本のみを相手にする事が出来る。連合国から日本を追い出すのは難しいが、せいぜいソ連とやりあって消耗してもらおう。」

「そう簡単に日本が消耗するでしょうか?今度の戦争での主戦場は欧州です。極東で戦闘が起きる可能性は低いと思いますが。」

「それならば、日本が欧州に深入りするよう誘導すればいいだけだ。幸いイギリスは我が国に多くの兵器や物資を発注している。我が国の提案を断る事はないだろう。」

「ではそのように。」

 この翌日、ソ連はアメリカと不可侵条約を締結した事を公表した。


  • 平和を愛する人々

 パリで大学生をしているその少年は、今日も事務所に来ていた。

「全。皆、反戦活動しているからって俺たちの事を共産主義者なんて。酷いよな?」

「本当だな。今度の戦争は所詮は他人の戦争。俺たちが血を流す必要なんて無いだろ?ドイツとも関係が良くなったし、戦争する必要は無いだろう。」

 少年は友人と今度の戦争の不毛さについて語っていた。
 ポーランド戦でフランスはポーランドに派遣した約9万人にも及ぶ部隊の内、5万以上の人命を失った。しかも生き残った4万足らずの将兵の内五体満足で帰還できたのは僅かに1万強であり、それはフランス国民に軍への失望と厭戦感を植え付けるには十分なものであった。
 また、このまま戦争が続けば自分たちも徴兵されると言う危機感もあった。今は予備役のみだが、このまま戦況が好転しないまま戦争が続けば、第1次世界大戦の再現になるのを恐れる人々は多かった。

「共産主義は所詮は侵略主義者でしかない。ポーランドから脱出してきた連中の話だと、奴らは占領地で虐殺と拷問を繰り返してるらしいぞ。でも、だからと言って、フランスがソ連と対決する道理は無い。」

「そうだ!ポーランドとの同盟はドイツ限定だし、政府はソ連が傀儡政権を作った事に対抗してとかいっているが、自分たちの利権が失われるのが怖いだけじゃないか!共産主義者の活動なんて、禁止されているんだから高が知れている。軍を動員するほどの事じゃない!!」

 彼らはそう言って、この戦争は大儀も利益も無く、止めるべきだと話し合っていた。だからと言って、彼らが臆病者だという訳ではなかった。もし敵国がドイツやイギリスならば、彼らは率先して軍に志願していただろう。
 そして、議論に白熱している彼らは、事務所に運び込まれているいくらかの木箱に注意を向けていなかった。チラッと見て、誰かからの差し入れだろうとしか考えていなかった。実際、以前に木箱に入ったワインや缶詰が持ち込まれた事もあったからだ。だkら、彼らは木箱の中身について考えもしなかった。
 もし木箱を持ち上げたらその重さに驚いただろう。それに木箱の長さはワインや缶詰が入っているにしては異様に長かった。
 彼らが木箱の中身を目にする日はまだ先のようだった。

750 :Monolith兵:2014/07/01(火) 23:57:13
  • 憂鬱な変人たち

 会合のメンバーたちは今後の方針を決めるため、再び集まっていた。今回は以前利用した事もあるお好み焼き屋であった。

「欧州は自然休戦状態ですか。まさかファニーウォーになるとは・・・。」

「どちらも軍備が整っていない上に、英仏はなけなしの派遣軍が壊滅しましたからね。ソ連も、流石に仏独と言う陸軍大国を相手にするには準備不足ですし。」

「だが、こうなってくると、冬戦争は起こらない可能性が高いな。第2次遣欧軍は派遣中止になったが、これが吉と出るか凶と出るか・・・。」

 会合では様々な意見が飛び交っていた。ポーランドは最後の最後で何とか生き残れたが、英仏派遣軍は壊滅。ドイツも中立を貫いた結果、睨みあいとなってしまったのだ。こんな所で史実をなぞるような出来事が起きるのは彼らにとって頭の痛い問題だった。

「救いと言えば、独仏国境の部隊が互いに引いたために、両国に余裕が出来たことでしょうか。ただ、フランスは国内が継戦派と停戦派との駆け引きで揺れていますが・・・。さらにソ連の手も伸びているようです。フランスでは共産主義政党が禁止されたために、地下に潜ってより攻撃的な存在になっているとか。共産主義が侵略者の烙印を押されたことも、彼らを先鋭化させる原因になっているようです。」

 情報局長の田中は、欧州の状況をかいつまんで説明した。そんな彼にとってもフランスの状況は頭痛の種であった。フランスには多数のソ連のスパイが入り込んでいるようで、情報局の活動を阻害することもあったためであった。かといってフランスにソ連のスパイを取り締まれとも言えない。自分たちも外国のスパイであるからだ。

「下手したラフランスは連合国から外れるか?いや、流石にそれは無いか。」

「流石にソ連がフランスで何かできるとは思いませんが。ただ、厭戦感が強まっているのは問題ですが。」

 フランスの行く末を考えても結論は出ないと、彼らはこの話題は終わりにして、次の議題へと移った。

「しかし、まさかの米ソ不可侵条約ですか・・・。史実では枢軸と言う共通の敵のお陰で同盟しましたが、ここでは連合国の敵ですよ?なのにこうなるとは・・・。」

 嶋田は米ソ不可侵条約について説明され、頭を抱えた。アメリカは現状第2次世界大戦に関与していない。だが、ここで中立を宣言するならとも書く、ソ連相手に戦争しないという宣言をしたのは余りにも露骨だった。

「アメリカは日本相手の戦争を始めるつもりでしょうね。メキシコや国民党共産党相手の戦争では十分な経済効果は無かったですから。」

 辻の言葉に皆頷いた。第2次世界大戦に参加しないと言うことは、アメリカはフリーハンドを得る事になる。そうなると、両陣営に物資や兵器を売って懐を潤すだろうし、新たなフロンティア、中華大陸を完全に我がものにするために邪魔な存在、日本を下そうとするだろう事は想像に難しくなかった。

751 :Monolith兵:2014/07/01(火) 23:57:50
「そのアメリカですが、米ソ不可侵条約が発表された結果、これまで上昇していた株価が一気に急降下しました。」

 その言葉に、会合のメンバーは一斉に辻に視線を向けた。

「ちょっ!私は今回は何もしていないですよ!」

「さすがは辻さんだなー。そんな謙遜しなくても。」

「いや、だから今回は本当に関係無いんですってば!」

 辻が必死に無実を訴えるが、皆は全く信じなかった。そんな辻を田中は珍しく擁護した。

「今回は辻蔵相や日本はは関係ありません。欧州の戦争でアメリカに軍需による大量の発注が期待され、実際に英仏が各種兵器を発注されていましたが、不可侵条約の発表で大戦に介入しないと表明した事で株価が一気に下がったようです。また、不可侵条約に反発したイギリスが発注をキャンセルしたのも響いたようです。」

「それに関連して、アメリカへ行っていた注文が日本にも回ってきました。特に戦車を大量注文されましたが、現在の生産能力ではこなせそうにありません。」

「ドイツも生産しているでしょう?そちらを回せば・・・。」

「ドイツも自国向けの生産でいっぱいで、輸出するのは難しいです。」

 杉山の提案は、三菱の出席者によって否定された。三菱はドイツで97式中戦車の製造ラインの設置に関わったために、ドイツの製造能力に精通していた。ドイツの製造ラインは陸軍国だけあって、日本以上の生産能力があったが、同時に需要も日本の比ではなかった。故に、輸出するような余力は無かった。

「…既存の戦車の改良で当面は凌げないだろうか?マチルダ戦車の装甲は暫くは有効だ。砲さえ大口径化すれば・・・。」

「それは現実的じゃない。史実でマチルダに6ポンド砲を搭載した試作戦車が作られたが採用されなかった。つまりはそう言うことだ。マチルダの改良は不可能だろう。」

 杉山の提案は東条に否定された。全ては97式中戦車の生産能力の不足が原因であった。ドイツでは97jの生産が開始されていたが余裕は無く、日本の生産能力ではイギリスの需要を満たすことは出来なかった。

「…ドイツはⅢ号突撃戦車や長砲身Ⅳ号戦車の生産を始めたといいます。これはどうでしょうか?」

 嶋田は自信がなさそうに提案した。海軍軍人であるので、陸軍については門外漢であったが、97式中戦車以外にも選択肢があるのではと考えたのだ。

「Ⅲ突やⅣ号も需要が大きいです。ですが、97式以上の生産能力を持ちますから可能かもしれません。」

「当面は日本から97式を出来るだけ輸出し、Ⅲ突やⅣ号で間を埋めると言う方針でいいでしょうか?_」

「異議なし!」

 こうして、イギリスはドイツと同じく97式中戦車とⅢ突、Ⅳ号戦車を装備する事になるのであった。


おわり

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最終更新:2014年07月09日 22:04