25 :ひゅうが:2014/06/28(土) 16:09:36



    戦後夢幻会(仮称)ネタ



――「皆さん。
我々は今こそ明治の視点に立ち返って周囲を見渡さねばなりません。
わが国は力によって東亜に平和と安寧を確立するという大義に酔い、数えきれない過ちを犯したことは未だ焦土から立ち直りきっていない祖国の現状が証明しているかと存じます。
また、外地においては未だに50万余の将兵が極寒の永久凍土から驟雨に草蒸す熱帯林で帰還の日を夢見ています。
我々は5年前、人間はひとりでは生きていけないようにその集団である国もまた善隣と信義によって成り立つべきであると確認しました。
その精神についてはおそらくこの放送をお聞きのすべての皆さんが同意されることでしょう。
皆さん。
ですがここで考えてください。
果たして、自ら従容として死に赴くことは幸福でありましょうか?
私にはそうは思えません。
なぜなら、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」生きてこそ、将来の希望をともにし、そして被った汚名は雪がれるからであります。

皆さん。
お聞きのこととは思いますが、現在、わが国には危機が迫っています。
独立したばかりの隣国で発生した戦争は釜山の陥落という結末に終わらず、現在対馬におきまして激戦が展開されております。
また、はるか南の沖縄においては国共内戦の余波が同じく日本人であるかの地の人々を覆い尽くさんとしています。
このような現状において、我々はただ無手で平和をのみ唱えていればよいのでしょうか?
繰り返しますが私はそうは思いません。
本土決戦、一億玉砕。この言葉を連呼してただ何かにせかされるように破局へと狂奔するのとそれは違いないからです。
だからこそ、私、は内閣総理大臣として国民の皆さんに提案したい。

わが国が再出発して以来育て始めた『小さな芽』は、潰してしまうわけにはいかないのだと訴えたい。
子供たちの未来は、希望に満ちているべきです。
未来は私たちが守らなければならないのです。」

――1950年8月15日 日本国首相 吉田茂のラジヲ演説より


――「第一項 日本国民はその生存のために自国を防衛できる基本的権利を有する。
   第二項 陸海空その他の戦力は、この目的においてのみ保持することができ、また運用される。」

     ――日本国憲法第9条(昭和25年第一次改訂による)


――「私は、日本人というのは悪魔かその同族であると考えていた。
恥ずかしい話であるが、私たちの対馬の臨時政府が失われる時、あの2個中隊の挺身をこの目で見ることがなければ真の意味でこの隣国を知ることはできなかっただろう。
人が人と認めること、互いの理解や恩讐の解消はそうしてはじめて実現することなのだ。
かつての民族の敵は、今や私の恩人となったのだ。」

      ――1950年8月20日 博多臨時政府 李承晩大統領の退任演説


――「恥ずかしげもなく日帝に阿る資本主義者どもを打倒し、かの地の同胞に自由をもたらすべく、我々は忠烈王の理想を引き継ぐものである」

――1950年9月1日 ソウルからのラジオ放送


――「生きてりゃもう1回くらいやれるものさ。」

       ――1950年9月15日 日本国国防軍参謀 博多湾防衛線にて

――「わが軍の前には自由を待つ人々がいる。そして背後は諸君らの知る『あの』日本軍が固めてくれている。諸君、恐れるものは何もない!」

       ――1950年9月20日 ダグラス・マッカーサー 仁川沖にて

――「発:防衛艦隊(GF)司令部
   宛:第1艦隊旗艦 特大型警備艦『ながと』
   本文:天佑我にあり。全艦突撃せよ!」

       ――1950年9月22日 ウラジオストク沖にて受信された電文
最終更新:2014年07月09日 22:31