632 :ひゅうが:2014/07/12(土) 20:42:11
戦後夢幻会ネタSS――その0.92「密談 1945年」
―――1945年 東京
「よう。どうだった?」
「ああ…なんというか。」
「無能だったろう?『俺』は。」
年若い男は、皮肉げに笑うひとまわりほど年上の男性に一瞬反応に困った。
「まぁよくわかる。東条の腰ぎんちゃく、官僚主義者、ああ、おめでたい奴というのもあるな。
まぁ事務屋としてはそれなりなんだろうが、この期に及んで積極的な終戦工作に及び腰なあたりその底は見えたともいえるかもしれないな。」
ハン!と鼻を鳴らした年上の男性は傍らのコップに水を注ぎ、一気に飲み込んだ。
不愉快な事実を水で飲みこむあたり、この男は「彼」なのだと年若い男性はやっと実感し、心底ほっとした。
「貴様の気分はよくわかる。」
だからこそ年若い男は慎重に言葉を選んで言った。
「『僕』を外から見るとああいうものだとは思わなかったからな。」
そう、確かにその通りだった。
今年27歳になる男は、「自分」が何を行ったのかをあろうことかその「外側」から見る機会に恵まれていた。
そしてそれは、自己嫌悪と戦慄に彩られたものだったのだ。
「多かれ少なかれ、うちの連中はみんなその気分を味わっている。」
気遣いがわかったのか、年上の男は焦眉を開いて言った。
「食うか?」
代用品じゃない本物の羊羹だ、と男は彼に菓子を勧めた。
酒でないあたり、彼らしい。
「もらおう。」
食べる。
甘い。
サッカリンでないのが嬉しい。
「間宮の羊羹だ。近衛公のところでも評判は良かったよ。」
「では、そちらは決まりか?」
「もともと、2月には公は陛下に講和交渉を上奏していたからな。
動かすのは骨だったが、まぁそこは蛇の道は蛇だ。」
「牧野さんか?」
「それ以上はいけない。これだぞ?」
ニヤリと笑って首に手刀をあてる男。
よしよし。調子が戻ってきたらしい。
「米内さんや高木中将も動いている。
陸では阿南閣下に内々に上意が伝えられている。東条にも。」
東条、と呼び捨てにするあたり、この男の東条前首相への感情はよいものではないようだ。
だが、ある程度その手腕は買っていることを、年若い男は知っていた。
あれが陛下を裏切ることはないだろう。
そんなことをするくらいなら、彼はしんでしまう。
「俺が無能で、米内閣下が酸いも甘いも噛み分けた怪物。まったく、歴史は皮肉に満ちているよ。」
そうだな。と年若い男は頷いた。
「では、あとは頼むよ。『山本』。俺は海に出る。」
「わかっているさ『嶋田』。僕が『こっち』で何もできなかった二の舞はするなよ。」
二人の男はふっふと笑った。
「では、いってくる。田中角栄海軍中尉。」
「心得ました。阿倍俊雄海軍大佐。」
最終更新:2014年07月12日 21:12