722 :フォレストン:2014/08/11(月) 13:08:43
戦わなければ負け犬にもなれない…!
戦後の英国空軍の最優先事項は、新型スピットの量産配備であった。
バトル・オブ・ブリテンで矢面に立った空軍は、その被害も甚大であり、本土防空のための戦力を速やかに補充する必要があったからである。
この新型スピット(史実スピットMk.24相当)は、層流翼の採用と、胴体の空力設計の見直し、さらにグリフォンエンジンと二重反転プロペラを装備して700キロ以上の高速を発揮可能であった。
レシプロ戦闘機としては極限と言っても良いほどの高性能機であり、その期待も大きかったのであるが、機体の生産はともかく、運用するためには貴重なハイオクが必要なこともあり、配備された部隊は未だ限られていた。
このころの英国では、ホイットルやグリフィスといったジェットエンジンの先覚者達やロールス・ロイス技術陣の尽力の結果、遠心式ジェットエンジンの技術が確立していた。(代わりに軸流式は壊滅していたが。)
ジェットエンジンのメリットは、その性能もさることながらを安価で入手容易なケロシンで十分稼動する点である。
さらにもう一つ、ジェット戦闘機開発の遠因となったのが、新型スピットの操縦特性である。
レシプロ戦闘機としての性能を極限まで性能を追求した結果、エース専用機と言われるほどのじゃじゃ馬と化してしまい、新米パイロットでは乗りこせなかったのである。
ハイオク不足と熟練パイロット不足。
この2つが主因となり英国空軍はジェット戦闘機の開発に乗り出したのである。
英国初となるジェット戦闘機であるグロスター ミーティアは1944年の4月に初飛行に成功した。
搭載エンジンのウェランド(Rolls-Royce Welland)の信頼性は確保されており、史実のような軸受け強度の不足による機動制限は最初から存在せず実用性に問題は無かった。
しかし、ウェランドの生産自体が少数に終わったため20機のみの生産に終わっている。
生産された初期のミーティアは、主にジェット戦闘機運用ノウハウ蓄積のために使用され、一部は海軍に譲渡されて艦載機に改造されて試験運用された。
この機体で得られたデータを反映し、搭載エンジンをダーウェント(Rolls-Royce Derwent)に変更した量産タイプ(史実F.3相当)が同年10月から開始されたのである。
量産タイプのミーティアであるが、性能自体は最高速度が新型スピットを超える程度で、それ以外の性能は凡庸といえるシロモノであった。それでも従来の戦闘機よりは高性能であり、将来的には、エンジン改良によるさらなる性能向上が見込まれていた。
初期ロットの運用データが反映された量産タイプは機械的信頼性が高く、初期トラブルとはほとんど無縁の機体であった。
同時期に極秘裏に開発されていたドイツのMe262とは正反対と言えよう。
信頼性が高く、さらなる性能向上が見込まれていたミーティアに、空軍上層部かける期待は大きかったのであるが、11月に発生したインドにおける巨大サイクロンの災害復旧のため資材を取られたせいで、生産は遅遅として進まなかった。
それでも生産自体は続けられ、一部の機体は脚部延長とアレスティング・フックを装備して『シー・ミーティア』として海軍に配備された。
ドイツとの停戦後から紆余曲折有りながらも、信頼性の確立したジェット戦闘機を戦後まもない時期に配備出来たのは英国の底力と言えよう。
しかし、そんなことをあざ笑うような事態が、関係者のSAN値を直葬するイベントが1945年5月のインド洋で発生したのである。
723 :フォレストン:2014/08/11(月) 13:22:50
『機体誘導始め!』
『チョーク外せー!』
発進管制士官の命令を受けて機付長がチョークを外すと、その機体はゆっくりと前進を開始する。
『機体固定完了』
『目視点検、各部異常無し』
正常な位置に固定され、機体外部に異常が無いことを確認した甲板要員が、射出調整所にボードで示してカタパルト蒸気圧が設定される。これは機体の種類と装備によって重量が変化し、必要な推力が変化するためである。
『排気遮蔽板展開完了』
『エンジン最大推力』
『カタパルト内蒸気、定常圧力到達』
機体の後部にジェット噴流を防ぐ遮蔽版が展開され、甲板要員から合図を受けたパイロットはスロットルレバーを操作してエンジン推力を最大にした。同時にカタパルト内の蒸気圧力も定常圧力に到達する。
最大推力3トンを超えるターボジェットエンジンの轟音が甲板に響き渡る中、機体に異常の無いことを確認したパイロットは、甲板士官に敬礼を送った。
『射出っ!』
敬礼を目視確認した甲板士官が、オーバーアクション気味にも見える大振りな手振りで射出操作要員に合図を送り、それを見た操作員が射出ボタンを押す。カタパルトのロックが外れて機体が急加速する。
甲板から離れた瞬間に機体が沈みこんだが、それも一瞬のことであり、轟音と共に急上昇していく。
その速さはレシプロ機の比では無く、史実の第1世代ジェット機と比較しても破格であった。
『畜生っ、速過ぎる!?追いつけない!』
『一瞬で上を抑えられた!?』
『照準に捉えるどころか、バックさえも取らせてもらえないとは…!?』
疾風はその後行われた英空軍との模擬空戦で、コロンボ基地所属のスピットファイアと海軍の戦闘雷撃機ペレグリンを圧倒した。
英国側は、今回の演習のためにバトル・オブ・ブリテンを戦い抜いた選りすぐりのパイロットを派遣したのであるが、彼らの技量を持ってしても対抗できないほどに彼我の性能差は絶望的であった。
「…例のヤツはどうした?」
「格納庫の奥にしまい込みました。現在、封印作業中です」
「…日本海軍には見られていないな?」
「エレベーターで上げる直前でしたので、外部には見られていません」
「…フィリップス提督のご判断が正しかったということか。このままお披露目したら世界中の笑いものにされるところだった」
装甲空母『ヴィクトリアス』の艦橋では艦長と副官が胸をなでおろしていた。
あのままお披露目をしていたら、世界中に恥をさらすところであった、と。
今回のインド洋演習のために、英国側は秘密兵器をヴィクトリアスに積み込んでいた。
当初は日本の鼻っ柱をへし折るべく、真っ先に公開するつもりだったのであるが、東洋艦隊司令長官のフィリップス大将の判断で、お披露目は後回しにされていたのである。
当然、部下たちからは不満の声も上がったわけであるが、味方機を圧倒する疾風の様子を見た後では、そのような声は立ち消えてしまったのである。
「艦長。秘密兵器は秘密のままにしておいたほうが良いと思います」
「ははっ、久しぶりに笑えるジョークだ…ジョークなら最高だったのだが」
「悲しいことに現実なんですよね…。まぁ、我々はまだマシです」
副官がチラリと見た視線の先には、技術者達が呆然と立ち尽くしていた。
724 :フォレストン:2014/08/11(月) 13:25:09
「「「…」」」
その巨大さと威容でインド洋に堂々たる存在感を示す存在。
言うまでもなく日本海軍の大型空母『大鳳』である。
連続的にカタパルト射出される四式艦上戦闘機『疾風』の姿を目撃した英国の技術者達はしばし無言だった。あまりの衝撃に二の句が告げれないのである。
特に、自信満々にとあるモノを持ち込んだ技術者達の受けた衝撃は大きかった。彼らはドイツとの停戦後、それこそ骨身を削って技術開発に邁進してきたのである。遠心式ジェットエンジンと、それを装備した今回の秘密兵器はその結晶とも言ってよいものであった。
グロスター シー・ミーティアF.2。
英国初のジェット戦闘機であるグロスター ミーティア。その本格量産型であるタイプF.2の艦載機バージョンである。
ヴィクトリアスには、その先行量産機が極秘裏に積み込まれており、今回の合同演習でお披露目をすることになっていた。
インド洋演習で英国海軍の武威を示し、インド洋周辺地域におけるプレゼンスを再確立する狙いのために急遽配備が決定したのであるが、疾風の高性能の前に逆に鼻っ柱をへし折られてしまったのである。
そのため、インド洋演習でお披露目されることなく終わってしまったシー・ミーティアは、『戦わずして負けた戦闘機』という不名誉な渾名を頂戴することになる。
後世の歴史に『疾風ショック』として記載されることになる、日本海軍の新型ジェット艦載機の性能は、合同演習後にイランで行われた疾風とMe262の模擬戦の結果と相まって、英国海空軍の両上層部を震撼させたのであるが、それでも不屈なジョンブルはなんとか立ち直ると直ちに対策に取組んだ。
ドイツのMe262に対しては、細部の改良とエンジン推力を強化したミーティアF.3モデルの量産配備で対抗することにし、目下の脅威でもあるため大急ぎで開発が行われた。
元々、性能向上型として既に設計もほぼ終わっていたこともあり、1945年の10月には生産が開始され、空軍に配備された。
海軍も空軍と同様にシー・ミーティアF.3として、この機体を採用する予定だったのであるが、インド洋演習での醜態から嫌われてしまい、ペレグリンのコンセプトを引き継ぐ新たなジェット艦載機を開発することになる。
次期制式戦闘機として、開発が進められていたデ・ハビランド社の機体の開発は中止され、一から新たな機体を開発することになった。
その際に疾風の機体レイアウトが参考にされたのは言うまでも無い。
なお、余談であるが、開発が中止されたデ・ハビランド社の戦闘機のデータは、ドイツへ対抗するための軍事援助として、遠心式ジェットエンジンと共に極秘裏にソ連へ提供されることになる。
後年、ソ連上空をどこかで見たような双ブーム形式のジェット戦闘機が飛行したり、英国本土防衛の切り札として陸軍から多大な期待をかけられた主力戦車が、L7装備のIS-3もどきだったりするのはそのためである。
725 :フォレストン:2014/08/11(月) 13:29:06
あとがき
戦後編でインド洋演習が書かれたので、それに対応するべく改訂しました。
描写を追加した程度なので、それほど内容は変わっていなかったりします。
ともあれ、英国はギリギリで面子を保てましたが、ドイツはどうなるのでしょうね?
誰か、ドイツの惨状をSSにしても良いのよ?(/ω・\)チラッ
今回、初見の方もおられるかもしれませんので、一応補足です。
当SSでは、ドイツ停戦後から英日合同演習までの空軍の戦闘機について書いています。
以前、設定スレでヴァンパイアとヴェノムまでは大丈夫なんて書いたような気がしますが、存在すら無くなることが確定しました(汗
インド洋演習での『疾風ショック』もですが、その後の疾風とMe262の模擬戦で、遠心式ジェットの限界を知った英国の技術者達は軸流式ジェットの開発に邁進することになります。
ただ、ドイツとの差を詰めるのは容易なことでは無いでしょう。そこらへんは『憂鬱英国ジェットエンジン開発事情2』で書けるといいなぁ。
史実で労働党政権がやらかしたジェットエンジンの供与ですが、憂鬱世界では戦闘機の設計データまで提供する太っ腹ぶりです(爆
おかげでソ連のMig15が史実とは異なる可能性が出てきました。
きっとリトゥーチヤ ムイーシ(летучая мышь)なんて愛称が付くのではないでしょうか?w
まぁ、遠心式ジェットの限界が見えて軸流式の主軸を移す以上、くれてやっても惜しくはありませんし。ソ連にはある程度ドイツと対抗してもらわないと困りますしね。その分もらうモノはもらいますが。
しかし、ソ連からもらえるモノって何がありますかねぇ?重戦車技術以外には大砲と…あとは資源くらいかなぁ。
ドイツは今後戦略爆撃機の開発に力を入れることになると思いますが、個人的には
アメリカのコンソリデーテッド・ヴァルティ(コンベア)社の技術者を確保してドイツ版B36を作ってくれるものと期待しています。そして迎撃してくるであろう憂鬱版Mig15に対抗するためにパラサイトファイターを実戦配備です。パイロットには使い潰してもよい植民地や東欧出身者を充てるので、回収の手間も省けますよ!(外道
726 :フォレストン:2014/08/11(月) 13:37:48
あとがき続き
以下、登場させた兵器のスペックです。
新型スピットファイア(スピットファイア Mk.ⅳ)
乗員数:1名
全長:9.96m
全幅:11.23m
全高:3.86m
自重:3070kg(最大4663kg)
発動機:ロールスロイス グリフォン85 2375馬力×1基
最高速度:740km/h
上昇限度:13560m
航続距離:1268km
武装:AN-M3 20mm機関砲×4、227kg爆弾×1および113kg爆弾×2
史実のスピットMk.24に相当する戦闘機。
グリフォンエンジンを装備してレシプロ戦闘機としては極限といっても良い性能を誇り、ドイツとの停戦後に英国空軍が最優先で生産した機体であるが、複雑精緻なエンジンと二重反転プロペラは整備兵にとっては悪夢のような組み合わせであり、加えてハイオクガソリンが必須のため、生産配備がなかなか進まないのが現状である。
グロスター ミーティア(初期ロット)
乗員数:1名
全長:12.57m
全幅:13.11m
全高:3.96m
自重:2690kg(最大6260kg)
発動機:ロールスロイス ウェランド 推力771kg×2基
最高速度:668km/h
上昇限度:12200m
航続距離:660km
武装:AN-M3 20mm機関砲×4
英国の遠心ジェットエンジンの技術が史実よりも早く進んだため、黎明期のジェット戦闘機としては例外的(チートは除く)に信頼性の高い戦闘機。
搭載エンジンであるウェランドが少数生産で終わったため本機も20機のみで生産を終了し、以後は本格的な量産タイプに生産を移行した。
生産された機体は、主に運用試験や機種転換用の練習機として使用され、英国に貴重なジェット戦闘機運用ノウハウを提供した。
グロスター ミーティア F.2(初期生産型 史実F.3相当)
乗員数:1名
全長:12.57m
全幅:13.11m
全高:3.96m
自重:2690kg(最大6260kg)
発動機:ロールスロイス ダーウェントMk.Ⅰ 推力920kg×2基
最高速度:780km/h
上昇限度:12700m
航続距離:770km
武装:AN-M3 20mm機関砲×4
初期生産タイプの運用結果を反映させた本格量産型。
黎明期のジェット戦闘機としては例外的に信頼性の高い(チートは除く)機体となった。
空軍だけでなく、海軍にも脚部延長とアレスティング・フックを装備したうえで、『シー・ミーティア F.2』として採用された。
この機体は1945年の英日合同によるインド洋演習に密かに持ち込まれていたのであるが、日本海軍の新型艦載機『疾風』の性能に衝撃を受けた関係者が、お披露目せずに終わらせてしまったため、『戦わずして負けた戦闘機』という不名誉な渾名を戴くことになった。
グロスター ミーティア F.3(最終生産型 史実F.8相当)
乗員数:1名
全長:13.59m
全幅:11.32m
全高:3.96m
自重:4846kg(最大7121kg)
発動機:ロールスロイス ダーウェントMk.8 推力1600kg×2基
最高速度:965km/h
上昇限度:13000m
航続距離:965km
武装:AN-M3 20mm機関砲×4、454kg爆弾または無誘導ロケット弾×16
1945年の英日合同演習における『疾風ショック』、さらに同年のイランで行われた日独の模擬空戦の結果に衝撃を受けた英国空軍が開発した機体。
搭載されたエンジンは名前こそダーウェントであるが、実際はニーン(Rolls-Royce Nene)の縮小版であり、その信頼性は高かった。
同時期にドイツが軸流式ジェットエンジンの信頼性醸成に苦労しているのとは対照的であった。
英国空軍はF.3の量産配備でMe262に対抗する一方で、軸流式ジェットエンジンとそれを搭載した新型戦闘機の開発を急ぐことになる。
海軍では、次期主力艦戦としてF.3に着艦装備を追加し、マルチロール機として魚雷と無誘導ロケット弾を運用可能にした『シー・ミーティア F.3』を開発していたのであるが、インド洋演習における醜態を嫌ったためか、新たに独自のジェット艦載機を開発することになる。
最終更新:2014年08月17日 13:12