帝都の休日外伝 ダメニートを養おう



皇歴2017年8月13日







「お、おおお~すげェ~ッ!」

鉄の城より突き出された巨大な三連装砲塔が火を噴き、相対する鉄の城を屠っていく様が余程興奮を誘うのか。その情景を目にしていた青年を歓喜の渦へと誘い込んでいた。

太平洋戦争の始まりと終わり。毎年八月。日本の最も暑い季節となるこの時期はお盆の特集と、それなりの広がりを見せる趣味人達の一大イベントたる大祭典。そして、この種の終戦記念番組ばかりが放送されていた。
興味のない者には退屈極まりなかったが、興味在る者にとっては至福とも言える期間。お盆は先祖を迎えるための古来よりの習わしとして。有明と幕張。二つの会場にて開催されている大祭典は趣味人達の神聖なる巡礼の場として日ブを始めとした勢力圏内は疎か、遠く中華連邦やけして良好とは言い難いE.U.からも人が集まる。

そして、終戦記念の日には日ブ両国の国民が不幸な擦れ違いの果てに刃を交えた過去へと思いを馳せながら、祖先への供養と共に、二度と同じ過ちを犯さないとの決意を新たにする意味で、当時の戦争を振り返る特番ドラマ等が公共の電波で流されていた。
しかしそれは同時に軍艦や戦争に興味在る者達の目を惹く番組でもあるという一側面もあった。

興奮している彼の青年がそういった物に興味が在るのかどうかは不明なれど、少なくともこのドラマを観て楽しいと感じているのは間違いない様子で、先程からこの家の家人を放りっぱなしでテレビ画面へと齧り付いている。

『八百万の神々に守護されし神国ッ! 大日本帝国が敗れる事は無いッ!』

“太平洋戦争”
何の捻りもないそのままなタイトルの終戦記念特番であるこのドラマは、当時の戦争を戦い抜いた海軍提督たちの活躍と生き様を描いている。

『奴らに物量が有るようにッ 我らには培ってきた技術がッ……! そして連綿と受け継いできた大和魂が有るッ!! いいか貴様等ッ その日本男児の高貴なる大和魂をブリタニアの貴族共に見せつけてやれいッッ!!』

画面の中で叫んでいる男は日本の俳優であったが、その役柄としての名は無論俳優個人の名前ではなかった。大日本帝国海軍中将ウィリアム・F・ハルゼー(春勢)。大の欧州嫌いで有名なブリタニア系三世の提督の絶叫と共に、隷下の艦が一斉砲撃を開始した。
無数の巨弾をその身に受け、次々と沈み行くブリタニア艦隊。迫力満点なそのシーンを食い入り観ていた青年は再度となる感嘆の声を漏らしていた。

「はァァ~スゲェよなァ~。こんなでっかい軍艦同士が大砲向け合って撃ち合いするとか、もうテレビでしか観れないんだろうなぁ~。ああ~一回でいいから生で観てみてェわ~」

威勢良く逆立てた短い茶髪に、剃り残し気味な顎髭を蓄えた目付きの悪い二十代中頃の青年――玉城真一郎。
刻一刻と変わりゆくドラマの場面を少年の様に目を輝かせながら観ていた彼は、ミサイルが主役と成った現代の海戦を思い浮かべて残念だと不満を漏らすと、再び画面へと意識を集中させる。
平和を謳歌する日本という環境で育った彼は、良くも悪くも非日常の象徴である戦争に興味津々な様子であった。
無論そこにはテレビの向こう側の出来事だという傍観者としての意識が働いている訳だが、男というのは生まれながらにして戦争を含めた非現実にロマンを求めてしまう性を持っている為、一概に彼を非常識だと切って捨てる事も出来ないであろう。
軍艦はカッコイイ。戦車はカッコイイ。戦闘機はカッコイイ。これはもう理屈で語ることが出来ない不可侵の何かなのだ。
方向性こそ違えど鉄道、アニメ、ゲームといった、一文化のジャンルなのである。玉城青年もそれに熱い想いを抱く一人であった。
但し、彼は自分が軍人になろうとは思わなかったが……。
好きな物は好き。だが本職に就こうとは思わない。だが好きだから戦争映画やドラマを観て楽しむ。
好きだから模型を造ったり、趣味人同士で集まって語り合ったりもする。難しい事は言いっこ無し。そういう物なのだ。

「お兄ちゃんてばホントこういう汗臭いの好きだね~」

そんな彼のことをお兄ちゃんと呼び、背後から首に手を回して負ぶさる要領で彼に抱き着いたのは、年の頃十代半ば~後半の少女。
膝裏辺りまで伸ばされた桜色の髪を首の後ろで一つに束ねた、髪と同色の瞳を持つその少女は、玉城にべったりくっつくとにこやかに微笑んだ。

「おうよ、戦争っつーのはなぁ。男のロマンよ」

目を閉じて何処かの国の冒険家の様に話す玉城。少女は興味無さ気に彼が観ているテレビ画面に目を移す。
今度は嶋田提督とニミッツ提督が作戦会議をしている場面に切り替わっていたが、これを観たところで少女が興味をそそられる事は無く、何が面白いのかさっぱり分からないといった表情を浮かべているだけだった。

「ロマン、ねぇ…。それで殺し合いが出来ちゃうんなら、それってもうロマンという名の呪いじゃないの?」
「なんでそうなるんだよ。国の為に武器を持って勇敢に戦う男の生き様……かっこいいじゃねーか」
「その国の為っていうのが抽象的で良く分からないんだなぁ。国の為に命をかけた結果家族を残して死んじゃうとか最悪だし無責任だよ」
「ふ、所詮女のお前にゃ一生理解するのは無理だ。こういうのはな、男にしかわかんねェもんなんだよ」
「ふんだ。別に理解したいとも思わないからいいもん。クララの優先順位は国なんかじゃないし、国を護るために死ぬ気なんてこれっぽっちも無いんだから」
「国なんかどうでもいいってか? ……お前ってホントさァ、忠誠心の塊みたいな騎士とか貴族が普通にいるブリタニアの人間らしくねーよなぁ~。珍しいくれーに愛国心ねェし」
「あのねぇお兄ちゃん。ブリタニア人だからってみんながみんな国家への忠誠心厚い訳じゃないから。というよりも、普通に生きてて忠誠がどうたら言ってんのは貴族様か騎士様かくらいだよ。それにクララは愛国心で生きてる訳じゃないんだし」

玉城が持つ思い込みにも似たブリタニア人のイメージ。これを否定する少女クララ・ランフランク。
在住は日本、そして訛ってもいない流暢な日本語を扱える処からして一見するとブリタニア系の日本人に見えるが、しかしその実はブリタニア生まれのブリタニア育ちという生粋のブリタニア人である。しかし彼女にはブリタニア人特有の国家への忠誠心等はない。
彼の国の人間にしては珍しく祖国に対する帰属意識も低いが故に、国の為に命を捨てられるか? と質問をすれば、彼女は間を置くことなく「捨てない」とはっきりした答えを返すであろう。
彼女に取っての優先順位で“国家”という物は、けして高い位置には無いのだ。それこそ国が分裂するような事態に陥る様な何かが起こったとしても、彼女が国の心配等をする事など皆無に近い程に。

物事の優先順位が自分に取り高い物以外は殆どどうでも良いと思っているくらいなのだから、クララ・ランフランクという少女に愛国心を問うこと自体が間違っているのだ言えようか。

だがもし、その質問が何の為なら命を捨てられるか? といった類の物であったのならば、彼女は迷うこと無く答えていたはずだ。自身の命を掛けても良いと言える程に優先順位の高い存在の名を。

彼女に取っては何物にも代え難い優先順位を誇る存在――即ち“家族”と。



クララ・ランフランク。彼女はブリタニアの国家機密に拘わる重要な研究機関、及びブリタニアの秘中の秘に当たる【嚮団】という特務機関の関係者であった。
世間一般には公表されていない、人の精神や脳に干渉可能な能力という、現代文明を持ってしても全容を解き明かすこと困難を極める超科学に類別される能力研究の対象者として【嚮団】施設で育ち、9歳までのあいだ普通の子供では生涯体験することがないような様々な実験を行われてきた。

発現した超科学能力が人にどのような影響を与えるのか? これを調べる為と死刑の確定した受刑者を対象に使用するという実験が行われた。
能力保持者の精神状態によってその効力はどのように変化するのか? その為にと孤独な環境下で長い時を過ごさせられもした。

どんなに平和な国であっても、国家という物はけして清廉潔白で清らかなる物では無い。凡そ戦争とは縁遠く、他国よりの信頼を裏切らない善良で平和な国というイメージが強い日本であっても、光あればまた闇もある。
光を護る為に存在する闇の部分は、途もすれば悪と捉えられてしまうような事さえ行っている物だ。政治腐敗が少ない日本ですら粛正や暗殺等、非合法手段による害悪の排除をこれまで幾度となく行っているのだから。
法治国家として如何な物なのか? そう問題視されることもあれど、国家が国家として存続していく以上、これは容認されるべき必要悪なのである。

大を生かすために小を犠牲に。

国という名の集団……即ち“大”の存在が創り上げし非情なロジックであったが、必要なこと故に誰しもが目を瞑る。非合法とされる研究もまた同じだ。
利用法によっては永久機関に限りなく近いエネルギーを得る事も可能となる原子の力を用いた大量破壊兵器の研究を行うのは如何なる理由があっての事か? それ即ち国を、陛下を、そして民を護る為。
力の駆け引きによって成り立つのが国際社会、そして人類文明である以上は、国を護る非合法な闇の存在は必要不可欠な物であり、そこから目を背けることは国家にとって許されない大罪となるのだ。
民が力を持つ法治国家大日本帝国でさえそうなのだから、絶対君主と貴族こそが法であるとし、日本以上に力の論理が働いているブリタニアでなら尚のこと、大を生かす為の小の犠牲は容認されてしまう物。

良い悪い。その様な単純且つ無意味な二元論で片付けられる話ではない。
必要なこと――それが全てであり答えなのである。正義でも悪でもなく必要だから有る。唯それだけのこと。

だが如何に必要であるとは言え、それらの研究が倫理的には疑問符が付く物である事は確かであり、クララが体験してきた能力開発や研究もその類の物であるというのは明々白々なこと。
如何に美辞麗句で飾り立てようが、彼女達の存在は国家が必要とする犠牲の小であり、ブリタニアという国の日の当たらない部分。
日の当たらない影の存在として生み出された――それがクララを含め【嚮団】より生み出された者達と、【嚮団】に関わる者達であった。

帝国を陰から護り支える機関が行ってきたその研究や課題は、彼女以外にも数多くの子ども達に課せられてきた。当然その子ども達は【嚮団】によって生み出された者が大多数であったが、中には暗部組織などから預けられた子どもも存在する。
それ程までに【嚮団】が持つ失われし旧世界の技術は、帝国の裏側にとって無くてはならない物であった。
無論、能力開発の対象と成る子ども達には出来る得る限りの手厚い待遇が与えられてもいたが、満ち足りた楽しい日々であったのかと問われれば、皆が「違う」と答えるであろう。いや、本当はそれすらも彼らには分からないのかも知れない。
自分達が過ごす環境こそが、生まれた時より、または物心付いた頃より当たり前であるのだから、「違う」と答えるのは、所詮事情を知らない外部の人間の勝手な思い込みに過ぎないとも言えるのではないだろうか。
彼等には彼等の『幸せ』があり、彼等の常識と考え方がある。それを彼等でもない外部の人間がどうこう言うのは、実は大きな間違いなのかも知れない。
早い者では10歳前後の歳には研究過程や特殊な訓練、及び能力開発を終え、個々人の適正に沿った任務が与えられる。それが彼等の進む進路であり、彼等自身が望む道。
暗部組織で【嚮団】で、己の能力を活かしつつ、帝国に反逆を試みる不忠者や、帝国と帝国が抱える勢力圏の平和を脅かす外敵を排除し、帝国と同盟国とその庇護下にある国々の繁栄を支えているのだ。
また、能力に目覚めなかった者は、研究に携わっていた貴族や【嚮団】関係者に身柄を引き取られ、普通の生活を送れるようにとの配慮も成されている。
それは彼等を必要とする者達の、彼等にも幸せになる権利があるという思いの表れであった。
そんな彼等には、多少の個人差こそあれど、唯一無二の求めて止まない物がある。それこそが『家族』という存在。
家族の居ない環境で育ってきたからこそ、彼等は家族を強く求めるのだ。

言わずもがな、国を護るために必要であるからこそ行われる彼等への能力開発と研究は、彼等が普通の子どもとして育つ環境を奪うという制約を科さざるを得ない大人の側の勝手な都合である。
故に機関の者達……取り分け総責任者である【嚮団】の【嚮主】は、その為だけに産み出されてきた彼等が、少しでも“楽しい”“生まれてきて良かった”と思えるようにと、どんな望みでも叶えてきたが、しかし唯一本当の家族だけは与えることが出来なかった。
だがそれこそ勝手な大人の思い込みであり、真の意味で彼等の事を理解出来ては居なかったという証明でしかなかったのだ。そう、彼等が求める第一の家族は当に彼等の眼前に居て、何時何処にいても彼等と繋がっているのだから。
彼等の家族……それは彼等が父と呼び慕う【嚮団嚮主】に他ならない。
事を理解してより、いいや理解する以前より彼等の父であろうと心掛けてきた【嚮主】もまた、彼等の心の内を知り、以前よりも強く彼等への愛情を示すようになった。
自身は彼等の父であり、親として接していかなければならない。自身の遺伝子を持つ者も、またそうでない子ども達へも、平等な愛情を持って接する。そう、【嚮主】の血を分けた実弟が、自らの愛する子ども達へそうしているのと同じように。

だが、その特異な環境で育ってきた彼等の家族を求める欲求は、時に父一人の存在では完結し得ない時がある。

彼女――クララ・ランフランクもそうであった。

彼女も他の子ども達同様“家族”或いは“家族の絆”を求める気持ちが強く大きかったが、一点だけ他の子ども達とは異なる状況下に置かれていた。
相手を認識しながらキーワードを口にする事で、能力を掛けた対象人物の思考を無視して身体の命令権を奪うという、使い方によっては非情に強力且つ有用な能力を持つ彼女は、その能力が故に【嚮主】である父の直属としての立ち位置を得ることが出来たのだ。
つまり『遠くにいても繋がっている』ではなく、『近くに居て何時でも話せる』という、非常に満たされる位置に在ったのである。
大好きな父と常に一緒にいられる立場は、本当の意味での“満ち足りた”を彼女に与えていた。
遊びに行くとき、仕事のとき、日常生活。全てに於いて父が近くに居る充足した毎日を送っている。
それも彼女が父の遺伝子を有している、本当の意味で血が繋がっていると明かされてからは特に。

『君の中にはボクの血も入っているんだよ。君だけじゃなくて他の幾人かの子ども達にもね。まあボクにとってはそんな事どうでもいいんだけどね。血の繋がりがあろうと無かろうと、君たちはみんな大切なボクの子どもである事には変わりないから』

衝撃を受けたその告白は実にさらりとした物だった。自然ではない出生法ではあっても、自分の中には確かに父の血が流れている。
そしてそれ程仲の良かった訳では無い兄弟の中にも本当の兄弟が……。これを知り、また一つ家族の絆を得ることが出来た様に感じた彼女は、至上の喜びの中にいた。
自分にも本当の家族が居たのだと……。

その後、父が移り住んでいた日本へと渡ったクララは、時折父の命で動くときを除いて、平穏で静かな満ち足りた日々を送っていたが、ふとあるとき思い至る。
父に連れられ会った叔父。その家族は何百人と居たのに、いま自分は父と二人だけで暮らしている。

(もっと欲しい…な……)

今この時、とても恵まれた幸せの中に身を置いているというのに、彼女はその先を求めるようになってしまったのだ。

もっと家族が欲しい。
もっと絆を造りたい。
もっと繋がりたい。

これは彼女の持って生まれた性。そういう絆を求めてしまう環境で育ってきたが故の性。欲張りだと、強欲だと分かっていても止められない。
人間という物は欲深い生き物ゆえ、一つ手に入れれば二つ目が欲しくなり、二つ目を手に入れれば更に多くが欲しくなる。人とはそういう物。

親と子の絆、自身と兄弟の絆を手に入れた彼女は、また新しい家族の絆を紡げる相手を欲していた。





(お兄ちゃんて昔からまったく変わらないんだよね)

父が良く連れて行ってくれた公園。そこで知り合った玉城の事を、クララがお兄ちゃんと呼び懐くようになったのは、今から六年と少し前。
日本に来たばかりでまだ友達と呼べる存在が居なかった彼女が公園で一人遊んでいる時、今にも死んでしまいそうな程に暗い顔をしてベンチに座っていた彼へと声を掛けたのが切欠であった。
友達が居ないというと『んじゃあ俺が友達になってやる』と軽い調子で返されたことは、今でも良く覚えている。

(あのときだってやけっぱちだったみたいだし、ホント成長しないというか浮き沈みが激しいというか……。そこが放っておけなくて良いんだけどさぁ)

彼がそんな事を言ったのは、その年の大学受験に失敗したショックを紛らわせることが出来るのならば誰でもいいと話し相手を欲していたが故だ。
当時10歳のクララにそれを求めてしまう辺りかなりの落ち込みようだったと言えるが、立場上人を見る目が確かな彼女の父も、クララには人との触れ合いが必要だと考え、馬鹿だが悪い人間ではない彼なら大丈夫だろうと、公園で会う度に娘の遊び相手を頼んでいた。
そうして後に再び受験を失敗して自暴自棄となり、酒に溺れ泥酔状態で倒れていた彼は、父の手により家に連れてこられた。そのとき父の一張羅が台無しになってしまったが、それを機にこうして時々遊びに来てくれるようになったのは素直に嬉しい。
彼女にとって彼と会うとき、彼とお話しをするときは、不思議と家族の絆を確たる物とした幼い頃と同じ気持ちになれるのだから。

(どうせパパの好意に甘えているだけだと分かってるんだけど、こうしてお兄ちゃんが家へ遊びに来てくれるようになって、クララは本当に嬉しいんだよ)

自慢ではないがクララの父はお金持ちであり、家も高級住宅街に建つ大きめな日本家屋。貧乏浪人生な玉城が食うに困ったとき、父が『食費に困ったらおいでよ』と好意で言った言葉に思い切り甘えているのだ。
勿論、ただ飯をたかりに来ているだけではなく、父に勉強を見て貰ったりと一端の浪人生らしい真面目な姿も見せている。
最近では時折訪れる父の姪や、その部下にまで勉強を見て貰っては、受験失敗を繰り返している為、もう諦めた方が良いとまで諭されている始末であったが。
気性の荒い父の姪……クララの従姉など、今年の受験失敗の言い訳『俺が悪いんじゃねェ! “受験番号が”悪いんだよ!』に激怒して、家に飾ってあった真剣を抜き、『お前の脳みそこそが悪いようだから私が切り開いて診てやろう!』と追い掛け回したりしていた。
普通に考えるのならそんなおっかない相手に追われれば恐ろしいと思い避ける様になる物。普段から「怒ると怖ェよあの乳デカ男女」そんな悪口さえ口にする事がある。

唯知っている。玉城は従姉に追い掛け回されながらも嬉しそうにしていたのを彼女は知っている。
従姉とこの家でばったり会った時など無駄にかっこ付けようとしているのを知っている。
勉強を教わっているときの態度がいつもと違う事を知っている。
従姉の従者が従姉の手に触れたのを見たときに怒気を露わにしていたのを知っている。
クララは知っている。玉城真一郎が『コーネリア・ランペルージ』に色目を使っている事を――――知っている。

(お兄ちゃん……クララはね。お兄ちゃんに家族になって貰いたいと思ってるから。だから絶対に――)


絶対に――お姫様や他の女になんか渡さない


髪と同じ色を持つ瞳……彼女の右目に赤い鳥の姿が浮かび上がる。その光る赤鳥の浮かんだ瞳が捕らえているのは、彼女が負ぶさり抱き着いている玉城の瞳。

(もし、お兄ちゃんが他の女の物になるのなら……そんなことになるくらいなら……)

クララは彼の肩越しに顔を出し、瞳を彼に合わせている。それはまるで照準を合わせたスナイパーライフルの銃口の様に。
普段は降ろしている髪を暑いからと束ねているのもあっていつも以上に良く見える彼女の瞳。しかし彼からは見えない。ぴたりと頬を触れ合わせたままでいるから、赤く光る彼女の瞳は死角となって見えない。
無論、彼女が“コレ”を使用することは無く、ただその綺麗な桜色の右目に浮かべてみただけ。
威圧とも威嚇とも取れるその行為は、ある種彼女の独占欲と嫉妬心からくる行動であったが、“家族にしようと決めた相手”にコレを使用する程、彼女も非情ではないのだ。彼女に取り、何よりも優先すべき存在である“家族”に、彼女はソレをけして行使することができない。
それ以前の問題として、コレを許可なく使用したら父の怒りを買ってしまうという理由もあるにはあったのだが、そんな事情を除いても、クララ・ランフランクが玉城真一郎にコレを使うことは、彼女に取って大いなるタブーとなっていたのである。
「クララお前──」
「なぁに?」
「ちょっとよォ……胸、おっきくなってねェ?」
「あはは、そんなの当たり前だよ。クララだってもう高校生なんだからおっぱいだって育ってくるよ? なんだったら触らせてあげようか? お兄ちゃんはおっぱいが好きだもんねェー」
「ば、バーロー十年早ェよッ、そういうのはネリーくらいのデカパイになってから言えっつーのッ! つーか暑ィからいい加減離れろ!」
「……」

(ふ~ん、お姫様と……コウお姉ちゃんと比較するのね……)

――今はクララの話をしているのに

不意に玉城の口より溢れ出た名前。
父や従姉や従姉の兄弟達の事を『クララの叔父の子どもで、お金持ちのランペルージ』としか知らないお兄ちゃんにはそうなる“芽が無い”と知ってはいても、気分の良い物では無い。

(どうせ無理なのに。お兄ちゃんがメガネって呼んでるあの騎士くらいの身分が有れば別だけれど。でもね、クララなら……私なら、お兄ちゃんの家族になれるんだよ?)

クララが唯一安心できる部分。ずっと昔、クララがこの世に生を受けるよりもずっと以前に父は皇籍奉還――臣籍降下をしたことによって、今は“一民間人”であることであった。
父の血を持つ自身には“芽が有る”。父は皇族ではない、父の娘たる自分も皇族ではない。民間人なのだ。例え裏側の仕事をしていようと民間人なのだ。
それでも苛立つ事はある。コーネリア・ランペルージの話を出されると特に。
何がどうなる物でもなかったが、何が起こるか分からないのがこの世という物。
まかに間違って、という事態など考えたくもない。玉城真一郎は、自分が家族とするべく決めた人間。
そうあのとき、あの瞬間から――。

(あのとき言ったよね? 女の前ではカッコつけたいって。私を庇ってくれたあの時に、私の事を子どもじゃなくて“女”って言ったよね? あれ――)


――忘れてないから


思い起こされるのは来日後。彼と出逢ったあの公園の情景。手に持ったソフトクリームを通行人の男にぶつけてしまった時のこと。
その時、まだ出逢ったばかりなのにも拘わらず、彼が自分を庇ってくれた時のこと。

クララは忘れていない。あのとき、お兄ちゃんを家族にしたいと感じた事を。クララはけして忘れない……。




終わりです。
予告しておりました玉城の甘いお話の予定でしたが少し変わってしまいました。

ご意見ご感想ありがとうございました。
ご意見いただいたイージス艦二種に付きましてはまた後日考えての再投下となると思います。
それでは失礼いたしました。

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最終更新:2014年08月17日 18:02