以前投稿させて頂きましたお話しのご意見をいただいたうえで考えた共通話7の加筆修正版です。
提督たちの憂鬱キャラがギアス並行世界に転生。
性格改変注意。
列強各国が俗に言われますパワーインフレ・スーパーインフレの様な状態になっておりますので御注意ください。
ほんの少しだけ甘い要素も混じっておりますので苦手な方は御注意ください。
ギアス原作人物の環境が原作と大きく異なっております。





共通話7


多い? 少ない?






近くて遙か遠い国高麗と、中華連邦より分離独立した清国が、清欧国境沿いに兵力を集結している最中。
自国の国益や安全保障上の問題に拘わってくることが無い以上は傍観の立場を取っていた日本にも動きはあった。


2019年4月末日、大日本帝国領竹島近海。

荒波で知られる日本海に一隻の船が浮かんでいた。
霧が立ちこめている中で見れば島と見間違えること間違いない程の巨体を誇る船だ。
その船の平らな甲板上では鉄の猛禽類が所狭しと羽を休めている。
彼らは自らの家であるその船の上でいつでも飛び立てる準備をしていた。
鉄の猛禽の名は秋水。大日本帝国という名の母によって産み出された大空を支配する鳥だ。
そして彼らをその巨体に内包している船の名は鳳凰。彼女は鳥の名を持ちながらも空ではなく大海原を支配する主である。
更に鳳凰の周りで彼女を守護するように輪陣を組む十つの影。
厳密には目視可能な範囲で十つというだけであり、目に見えない海の中に後二つの影があった。
鳳凰親衛隊とでも言うべきその十二のSP達も無論船である。

ミサイル巡洋艦 長門、陸奥、比叡、鞍馬。

ミサイル駆逐艦 新月、若月。

駆逐艦     村雨、春雨。

攻撃型潜水艦  伊806、伊809。

戦闘支援艦   足摺、襟裳。

いずれも一騎当千の勇猛果敢な女傑。そんな彼女等を引き連れ悠々と海を歩く主、航空母艦鳳凰。
彼女が率いるのはたった一つの群れでありながらも高麗海軍程度なら容易く捻り潰せるだけの戦闘力を持っている。
彼女に対抗可能な同一グループを編成できるのは精々一国であり、他に対抗できる存在を敢えて挙げるとするのならそれは同じ母より産み出されし十五人の姉妹達だけであろう。
姉妹の中には鳳凰よりも更に強い力を持った妹も居たが、同じ母を護るのが使命である為相争うこともなく時折練習試合をするのみとなっている。
その為彼女には存分に力を振るえる場が無く長い生の中全力戦闘が行えたのはたった一度だけしかないのだ。
そのたった一度矛を交えた南の国の船は似たような編成の群れを引き連れていた。だが所詮彼女の敵ではなく殆ど一方的な暴力を振るうに終わり以後退屈な余生を過ごしている。
小国を吹き飛ばす力とは良く言った物で、彼女が引き連れている群れにはやろうと思えば本当に小国の一つくらい何時でも吹き飛ばせるだけの力があった。
それだけ強大な力を持つ彼女たち鳳凰戦闘群の旗艦鳳凰の艦橋では、同艦の艦長を務めている男が気の抜けた様子で何も見えない水平線を眺めていた。
空に目を向けても基本雲以外に見える物は無く、時折偵察任務に出ているらしい空軍の疾風二式と心神が飛び去っていくくらいだ。

「静かですねぇ。盗人共の船は疎か高麗人のボロ船一隻見当たりませんよ」

艦長が声を掛けた相手は、艦長よりも上位の立場に在る帝国海軍少将の階級章を付けている。

「見つからないに越した事はないさ。この海域は日本の海なのだから見つかる様な事があれば此方の面目丸つぶれだ。清の動きで勢い付いた半島人共に馬鹿な動きをさせないようにするのが我々の役目なのだからな」

半島人とは高麗人の事である。彼らは何を考えているのか時折『竹島は高麗固有の領土』と世迷い言を口にする。
無論の事竹島は開国以前より日本固有の領土であり国際社会にも認知されていた。
しかし高麗は1948年に中華連邦より独立するまで500年もの間一地域でしかなかったにも拘わらず竹島を『日本帝国主義者に奪われた』と筋の通らぬ主張を繰り返している。
当然ながら日本は特に相手をする気など無かったが、最近の清国の動きで高麗国内が戦争機運一色に染まっている為何をしでかすか分からないからとこうして空母戦闘群まで出して武威を示していた。
まともに相手をするのも馬鹿らしいのだが裏庭である日本海で好き勝手な事をさせる訳にもいかないだろうと。

「清が妙な真似をするのは考えにくい。玉無し共の中に居る慎重なのが日本を刺激しないように動いているからな。六カ国協議も、中華よりの分離独立も、其奴が糸を引いていたと各筋からの情報でも明らかだ」
「らしいですね。まあ今まで行ってきた国民からの搾取と天子派との政争に敗れる寸前だった事を考えれば正解なのでしょう。何せあの状況で中華内に留まっていれば揃って縛り首ですから。
 割とまともな判断ができる輩が玉無しの中に居たのは連中にとって幸いだったと思いますよ。中華から切り取った地域の住人、現清国民の支持率を考えれば反乱の恐れも有りませんし。
 そこまで慎重な輩がトップ集団に入っている清です、高々中華から分捕った空母黒竜江一艦で日本の海に侵入等という迂闊な事はやらないでしょう」

航空母艦黒竜江。清国が唯一保有している大型正規空母。


全長:318.5m
最大幅:76.0m
吃水:10.7m
満載排水量:75,600t
主機:中華帝国製大型艦専用エナジーフィラー/同プラズマモーター機関8基
推進:スクリュー
軸数:4軸
速力:30kt
乗員:3,600名
兵装:対空ミサイルランチャー×4、30㎜機関砲(CIWS)×3、16連装対潜ロケットランチャー×2
艦載機:S-31戦闘攻撃機等50~70機+VTOL6機


中華大陸を中心に、アジアの大半を領域とする陸軍国家中華連邦には、本来10隻の大型正規空母があった(中華帝国×4。インド軍区×4。ペルシャ軍区×2)。
東方には日本と対峙する東シナ海。西方にはオセアニアと対峙するインド洋。二つの大洋の防備には強力な海上戦力が必要であり、その為の戦力拡充に勤しんできたのだ。
だが、ここまでの海軍力を持つに至る道はといえば、それは艱難辛苦の連続であった事であろう。
特に太平洋・東南アジア進出と、これらの地域を版図に加えようと目論んでいた同国と、既に大海の王者と呼ぶに相応しい大海軍を保持していた大日本帝国が衝突した、1889年8月2日開戦の日中戦争では、中華中央――中華帝国が誇る北洋・南海の両艦隊が、僅か数隻を残して海の藻屑と消え、マラッカ海峡を抜けて遙々インドより派遣されていたインド洋艦隊までもが半壊状態に追いやられており、連邦海軍消滅の危機となる事態に陥っている。
この戦争においては、およそ全体の七割となる主力艦艇を喪失し、連邦海軍は半壊。当時急速な海軍力の拡大によりオセアニアに迫らんとしていた中華連邦海軍は、中小国の海軍戦力と遜色ない程の規模にまで縮小してしまった。(壊滅した海軍の様相を目にした対日強硬派の宦官の一人は憤死。宦官と結託して武力による日本排除後、インドネシア西半分をインドの植民地にと狙っていたインド軍区代表がその地位を追われている)

その後、壊滅した海軍の再建に尽力しつつも、大陸国本来の陸軍重視政策へと立ち返っていた中華連邦は、日中戦争時代よりも遥かに強大化した日本海軍が太平洋戦争において世界最大のブリタニア海軍と互角の戦いを演じるという悪夢の光景を目にした事で、再び本格的な海軍力整備へと大きく舵を切った。
基準排水量81,000tの大鳳型航空母艦。基準排水量87,000tの大和型戦艦。更にジェット戦闘機疾風・橘花・震電。日本が持つ驚異的な先進技術により生み出されたこれらが、もしも自分達へと向けられたら……。恐らく当時の中華連邦では、技術・資源・経済、国の力に直結する総ての要素を十全に生かし始め、超大国へと変貌しつつあった日本に対する漠然とした不安が世に広まっていたのであろう。
このまま手を拱いていては日本に飲み込まれる。それでなくともオセアニアの侵略を許す事になりかねない。太平洋戦争にて明らかにされた日本の真なる力は、国の政策を根本から変えざるを得ない程に中華連邦を震撼させたのだ。
もはや日中戦争時の比ではなくなってしまった強国日本。今日本と戦争と成れば中華は日本の植民地と、或いは隷属国とされるか。若しくは日本を気にして東南アジア侵攻を躊躇い始めたオセアニアが、その矛先を中華へと向けてくるのではないのか。
止め処ない不安はやがて一つの道を選択する要因となって行く。即ち、日本・ブリタニア・オセアニアの三大海軍国に対抗可能な海軍力の整備という選択だ。
この種の動きを見せていたのは、なにも中華連邦一国だけという訳では無かった。オセアニアもE.U.も、およそ他とは比較にならない規模の国力を持った大国は皆、太平洋戦争を機に、日ブへ対抗可能な空海軍力の整備を始めている。
それ程までに太平洋戦争という次世代の戦争は世界に大きな影響を与えていたのであった。

こうして各軍区、中央政府、国民が一体となり始まった、これからの時代に通用する中華連邦海軍の整備。
しかし大海軍国であり、凡そ船という物を知り尽くしている日本の様には行かず、その差は唯々広がっていくばかり。
追い付けたと思えばもう遅く、また追い付いたと思えば二段飛ばしで先へと行く。日本という国は、過去から現在まで変わらず、技術の発展速度が異様なまでに速いのだ。
本格的な正規空母を建造・完成させてもやはり性能の差は大きく、艦の大きさ、搭載機数、運用している航空機の性能、総ての面で埋められない差が厳然としてあった。
次の計画では南の大国オセアニアが近く完成させる満載100,000tに達する艦と同等の物を計画していたが、日本は既に全艦がそれ以上という、彼等から見れば理解の範疇を超えた何かと化していたため、追い付こうとする事を半ば諦めているであろうと推察出来る程に。
そういった経緯を辿り建造してきた10隻の内の貴重な一艦を奪われてしまったのだから、中華は当に踏んだり蹴ったりな目にあっている。
その貴重な一艦こそが清国に盗られた空母黒竜江。そして、これと組み合わされている護衛艦と共に構成された機動部隊1個群は、元は中華連邦海軍所属。
日中戦争、太平洋戦争、その後の日本の発展具合と戦力の整備状況。身近にあって全てを見てきたのが彼等だ。

「此方から手を出さなければ向こうは大人しくしているだろう。間違っても彼方から仕掛けてくる事はない。絶対にだ」
「彼等は日本とやればどうなるか分かっているでしょうからね。態々危険な道を選ぶ意味などありませんし」

元中華連邦海軍、現清国海軍に所属する将兵達は、過去から現在に至る苦い歴史を良く知っていた。戦争でも建艦競争でも負け続けてきたからこそ『やれば負ける』と理解している。
トップが知り現場が知る歴然たる戦力差は、唯それだけで偶発的戦闘さえも起こさせない抑止力となるのだ。そうであるが故に迂闊な行動には出ないとの確信を抱かせるに足る、ある種の信用の様な物があった。

問題は高麗の方だ。彼等についてだけはどうしても『大丈夫』と言い切れない怖さ、迂闊さがあった。清と同じく元中華連邦構成国の一国であったにも拘わらずだ。まったくと言っても過言ではない程にその行動を読むことが出来ない。
有り得ない、普通では考えられない事をやらかすその読めなさは、現場で指揮を採っている者にとっても頭が痛くなる事実。
高麗の現大統領李・承朝や軍上層部などが余りに突拍子のない発言と行動を繰り返している所為で竹島侵攻が絶対に無いとも言い切れず、こうして態々『此処は日本の海ですよ。竹島は日本の領土ですよ』と分からせる為とも言える空母戦闘群を出しての迎撃態勢まで採っているのである。

「本当に迷惑な話だ。出て来たら来たで片っ端から沈めてやる処だが……。連中は境界線に一々名札を貼り付けなければ誰の土地かも理解できないのか?」
「ブリタニアのリップサービスを真に受けて列強入りしたと騒ぐ様なのが大統領ですからねぇ。まあ仮に『竹島強奪』に出て来たとしても、旧式のSー10が相手ならば護衛艦の迎撃ミサイルか、若しくは一個飛行隊でも上げてあげればそれで終わりですよ」

高麗空軍のSー10は所詮中華連邦製S-10の型落ちでしかなく、前世代機の中でも下位に属する機体だ。中華系列の最新鋭機S-20やS-31ですら鳳凰艦載機である秋水には劣勢だというのに、旧世代の更に劣化品である高麗軍機では話にもならない。
いざ戦闘となれば大人と子供の戦い処か、鷹と雀とでも表すべき一方的な展開と成って海の藻屑と消えるであろう。

「本当に気が抜けてしまいますね伊藤閣下。戦っても戦いにならない相手だとこう何というか、物足りないと言いますか」
「まあ言いたいことは分かるが、相手が三線級とはいえ気を抜いて貰っては困るよ有賀大佐」

これを訂正した伊藤少将は肩をすくめて苦笑い。
上司と部下は緊張続く極東の海で、ただ何もない水平線を見つめていた。



「開戦に向けて着々と準備が進んでいるといった処ですか」

夢幻会最高意思決定機関『会合』へと上がってきた情報からは、現在清欧国境に集結している清国軍の兵力が100万を超えたと推察出来た。

「尚、大連から海参に向けて空母黒竜江とその護衛艦隊が廻航されています。中華が反応して緊張が高まるかに見えましたが、やはり清分離前の混乱の余波がまだ終息していない様子でして目立った動きはありません」

報告を上げてきた額の広い中年男性、現枢木内閣官房長官澤崎淳の声は一見落ち着いているようにも聞こえたが、実の処、先程から背中を流れ落ちる冷や汗と手の震えが止まらず緊張しっ放しであった。
此処に来るときはいつもこうなる。この、都内にあるビルの一室にて開かれている秘密の会合に、政府連絡員として訪れるときは。

「強欲な宦官達にあれだけ引っ掻き回されたのですから、国内の改革と、汚泥に塗れた元宦官派の炙り出しと浄化で手一杯であり、清と民主主義失敗者の動向に目を向けている余裕などないでしょう。
 しかし海からとは。我が国の領域であると承知の上で間宮海峡を抜け、そのままオホーツクからマガダンを攻撃するつもりでしょうか?」

澤崎は、時代がかった丸い眼鏡をくっと持ち上げながら報告書に目を通す男、辻政信の一言一句を聞き漏らさないよう神経を集中させる。
何せ彼は不手際があれば自分の首など一瞬で飛ばすことが出来る様な相手なのだから。
官房長官である自分を鼻で吹き飛ばすくらいに軽くどうにか出来てしまう。それ程の大人物。
いや、凡そこの場に居る彼以外の人間全てが一律に。

「E.U.への支援など毛頭行うつもりはないが、裏庭である日本海で緊張を高められるのは願い下げだな」
「清はともかくとして、E.U.の民主主義失敗者共はもう少しまともにならんのか? あの連中のお陰で民主主義がどんどん落ちぶれていくぞ」
「まともだったら今頃は世界の大半が民主主義になっていた筈ですよ。我々が知る第一の世界のようにね」
「確かにな。だが現実は民主共和制のE.U.と高麗があの体たらく」
「それに対してブリタニアと南ブリタニア諸国は君主制で繁栄。中華は天子を頂点とした連邦国家体制で繁栄。オセアニアも属国である東アフリカやイエメンの、選挙に選ばれた大統領や首相ではなく、
 思想的指導者が国権を握っている体制からして当然本体も民主主義ではなく独裁国家でしょう。日本と東南アジアくらいじゃないですか? まともに民主主義が機能しているのは」

(いいえ、恐れ多くも申し上げますが、日本も民主主義ではないと私は考えております)

山本五十六、杉山元、近衛文麿、伏見宮博恭王、そして嶋田繁太郎。澤崎は日本の真なる支配者達の言葉に思わず出掛かけた言葉を飲み込んだ。
彼だけではない。夢幻会という前世代以前の未来見の力を持っていると目されている皇族・政治家・軍人・財界の重鎮達で構成された秘密結社が超大国日本の真の中枢であると考えているのは。
彼らから政を引き継いだ今の枢木内閣で夢幻会の存在を知っている者や、予てより知っていた者は皆同じ考えを持っている。
そして、彼らは未来見の力を持つ者達を賢者であるとし、日本の政治は賢人政治であると考えていた。



「しかしながら、こう情勢が不安定化致しますと、オセアニアを始めとした民主共和制原理主義――原始民主主義圏の動きが懸念材料となってきます。彼等の出方次第ではシベリア地域に限定された戦争が、亜細亜大戦の域にまで発展してくる恐れもありますので」
「オセアニア勢力圏は過去の事例からして国際情勢の不安定化に伴い動きを活発化させている。E.U.共和主義革命、北南戦争~南ブリタニア動乱、太平洋戦争、ニューギニア戦争、ラプラタ戦争、鎖国主義でありつつも拡大の為に外征という選択肢を取ってな。次はどういった手を取ってくるか」

すっと杉山の目が澤崎を射貫く。その視線に恐怖を感じた。心の奥底を読み取ってくるかのようなその鋭い視線に。

「はっ…、万が一の東南アジア侵攻に備えて其方も手抜かりなく。現在トラック諸島とパプアニューギニアに瑞龍、大鳳、翔鶴、瑞鶴から成る四個群を配置。台湾からも即時増援が駆け付けられるよう鉄壁の防衛体制を敷いております」

視線を受けた澤崎はつまりそうになりながらも己を奮い立たせ返答する。けして手抜かりはない。これ以上にないくらいの鉄壁の体制を敷いていると。
無論やろうと思えば更なる増派も可能である。日本が保有する空母は鳳凰級10隻に改鳳凰級6隻の16隻体制。つまり最大で空母戦闘群16個群の編成が可能なのだ。
広い国土の防衛や定期メンテを考えれば16個群総てを一極に集中させることは無理だが、それでも常時8個群程をフリーハンドで動かせるのは大きく、世界に誇る日本の海軍力の象徴となっていた。
尤も、同盟国ブリタニアに至っては日本と同等クラスの航空母艦を26隻体制で、最大26個群を編成可能という、真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなる程の数を揃えていたが……。

「台湾も含め南方に五個群が展開か」
「些か過剰に過ぎる気がしないでもないが、あの連中は警戒を緩めると要らぬちょっかいを掛けてくる恐れがあるから油断できんな」
「高麗と同じで動きが読みにくいですからね。一方で慎重さも持っているだけにこれだけの防衛線を構築しておけば妙な行動には出ないと思うのですが」
「高麗は高麗で飛び抜けた馬鹿が大統領な所為で読みにくい……。今この時にでも『竹島は日中戦争時に日本が奪った! 即時返還を求めると友に謝罪と賠償を要求する!』等、血迷ったことを言い出す可能性がある」
「杉山さん、高麗は深く考えてはいけません。限界を突き抜けてしまった馬鹿はある意味天才と変わらないので凡人である我々が考えるだけ無駄です。そもそも日中戦争時はまだ高麗なんてありませんし、おかしな主張を初めて暴発したときは粛々とした対処を行うのみですよ」
「もう一つの懸念は長きに渡る宦官の支配と、清国分離の際に多くの技術者や文官を引き抜かれて荒廃してしまった中華連邦か。シベリアで武力衝突が起きれば混乱の終息は更に遅れる事となる……。オセアニアの中華侵攻が現実味を帯びてきたな」
「中華国内には古代文明遺跡もあります。一応あの国も古代文明の技術を持っている関係上この機会に中華を狙ってくる可能性は無きにしも非ずかと」
「中華侵攻……絶対にないとも言い切れないか……。あったとして仕掛けるタイミングにより此方の対応も変わってくるが」
「取り敢えずの処は様子見となるでしょう。東南アジアに侵攻してくるのなら別ですが、中華についてだけ申し上げるのならば今の処は我が国が積極的に動いて同国のサポートにまわる義理もありません。といって、中華がオセアニアに飲み込まれるような事態になるのも困りものですが、あの膨大な人口を抱えた国がそう簡単に膝を屈する事もないでしょう。
 但し、流れ次第では連邦崩壊に繋がる遠因と成ってしまう懸念がありますので、場合によってはアジア全体へと混乱が波及したりしないよう独自の手を打つ必要に迫られるかも知れません」

「当面は台湾・海南と、南方の護りを強化するに止めるか。しかし何故こうも我が国の周りは騒がしいのか……。これでは落ち着いてシーランド遠征へも行けんではないか」
「ああそういえば山本さん。その件についてご報告があるのをうっかり失念しておりました」
「報告? 俺個人の趣味について何を報告することがある」
「あるんですよその趣味についての苦情が。まあ率直に申し上げると、そのシーランド王政府から山本さんの賭博目的の入国を当面の間拒否させて頂きたく云々という通達がなされましてね――」
「何だとっ!? 俺はシーランドの法を犯すような事は何一つしておらんというのに、何故入国拒否にされねばならんのだっ?!」
「法を犯して無くともお前に泣かされた人達は多いと思う。お前が表舞台より引退してから何人の賭博関係者が借金に苦しんでいる事やらな。実際に何件かのカジノオーナーが破産したという噂も流れているし」
「まあいっくんですからね」
「辻よ、前々から気になっていたのだがその『いっくん』というのは何なんだ?」
「おや? まだ御存じでない方が居られる? いっくんというのはですね。ブリタニアのリーライ――」
「こっ、此処は個人的な話をする場所ではないっ! 何故シーランド入国拒否の話と俺の名前の話が――あっ…」
「名前? 名前だったのかいっくんというのは?」
「何ですかその甘そうな響きは…っ、いっくん…貴方は一体何を隠しているんだ…?」
「は、計ったな辻――――!?」

『いっくん』というのが何者かが名付けたらしき山本の名前である事が明らかとなってしまう。
途端に騒がしさが増しいっくんの意味とその名が持つ甘い響きへの追求が成されたわけだが、そうして話があさっての方向に向かい始めたとき、切っ掛けを作った張本人である辻は「さて」――と言葉を切った。
その場の誰もを黙らせてしまうような冷たい声を発した彼に、今まで騒がしかった場が潮を引いたように静まりかえる。
当の山本も、彼に同情しながらも似た様な境遇にあったりする嶋田も、この場の最上位者である伏見宮も、事あるごとに中二病の発作を起こす富永も、杉山、近衛、阿部、倉崎他、全会合メンバーが、一様に口を閉ざして視線を一点に集める。
その視線の集約点には唯一人の男が立ち尽くしており、一同皆その男に哀れみの表情を浮かべていたのだ。

(可哀想に)
(彼に罪はないのに)
(金に余裕が有り過ぎるからいかんのだ)
(いや、金に余裕があった方が良いに決まってるだろ)
(杉山さん、陸軍は貴方の管轄でしょう?)
(馬鹿を言うなッ! 辻相手にあんな無茶苦茶な要望を出す訳がなかろうッ! 国防相の独断でこっちはいい迷惑だッ!)

ぼそぼそ、ひそひそ、小さな呟き声が彼の耳にも確かに聞こえた。
助けて下さいと目で訴えたところで誰もが顔を逸らす。余計な事を言ってこっちまでとばっちりを喰らっては適わないと。

「×××兆9800億――」

会議場に響き渡る底冷えのする声。しっかりと見つめ合う事で良く見える辻の目は笑っていない。その手には澤崎が持参していた要望書類が握り締められている。
その手が小刻みに震えている処からして彼の負の感情が高まっているのは誰の目から観ても明らかであった。

「何ですか貴方……このフザケタ金額は?」

指摘されたのは案の定ある一点。防衛を司る組織からの要望についてだ。

「ほっ、ほほ、本年度の…っ、こ、国防予算の要望に御座います…っ、」

ガクガク震え始めた膝を押さえながら渇く喉より精一杯絞り出された言葉。哀れな子羊澤崎淳は今にも膝から崩れ落ちそうになっている。

「わ、私めと致しましてはそのっ、要求が過大に過ぎるという反対意見を閣議の際には述べたのですがっ、陸海空軍共に軍拡を推し進めているらしきオセアニアを念頭に置いた場合は圧倒的なる防衛力の整備が必要だとの主張をし始めてしまいまして収拾が…っ、」

半分涙声になっている彼の言葉の意味。それが分からぬ辻ではない。

「オセアニアの情報は私も自ら収拾しているので、予算要望に対する大凡の根拠となる処が何処にあるのかは重々承知しております」

要望書には軍の過大な予算要求の根拠となっているオセアニア軍の詳細が記載されていたが、鎖国下にある彼の国の国力指数と戦力は、専ら衛星写真による画像と、東アフリカに潜入させている諜報員からの情報が中心である。
本土への潜入は彼の国が明確な古代文明継承国の一国であること。そして同国がギアス技術を保有しているという、ブリタニアの古代文明技術機関である【嚮団】よりの注意喚起から、諜報員が逆に洗脳されたりする危険性を考慮し差し控えている為、どうしても間に一つ置く形での諜報活動となってしまうのだ。
例えそんな状況にあったとしても、かなり精度の高い情報を持ち帰ってくるところが、日本が誇る諜報機関が持つ能力の凄まじさを物語っていたが。

「作戦機13,000機、VTOL6,800機、戦車45,000両、装甲戦闘車両等作戦車両67,000両、自走砲・野戦砲25,000門、航空母艦14隻、揚陸艦艇520隻、主力水上艦艇360隻、潜水艦艇190隻、ミサイル艇・魚雷艇・哨戒艇450隻――」

読み上げられていくのは東アフリカ、イエメン、マダガスカル、南ニューギニア、旧大洋州、オセアニア本土といった、合衆国オセアニアの率いる勢力圏が自ら覆った鉄のカーテンの向こう側に展開している耳を疑う程の強大な戦力。

「そしてKMFと思わしき人型装甲騎、及びこれに近しい機動兵器が10,000騎。確かに軍が予算を増やしてくれと言うに値する大軍勢です」

その総合戦力は、たったいま議題に上がっていた清や高麗など比較にならない程膨大な物。単純な数では日本よりも遥かに多い。
夢幻会の知る平成・昭和――二つの世界には無かった同地域の豊富な天然資源と古代国家時代から続く永き歴史が、これだけの戦力を揃える事を可能とする国力を生み出しているのだ。
世界違えば資源の分布も技術体系も変化する。そう、昭和世界と平成世界では資源の乏しかった日本が、この世界では資源・技術の両面に於ける超大国として君臨しているように。

「一向に削減される様子もなく年々増加傾向に有りか。鉄のカーテンの向こう側故に確実とは言い難いが、情報精度の高さから分析して誤差の範囲を考慮しても想像を絶する数だな。世代・性能・配備数、まるでソ連軍とアメリカ軍をごちゃ混ぜにした様な戦力だが、それでいて第5世代戦闘機や3.5世代、4世代戦車なども普通に運用しているから尚タチが悪い」
「今までに無かった機体もちらほら混じっているなこのKMFらしき装甲騎には。擬きで新機種を作るのは金の無駄である以上、奴らが作り続けるこれらを擬きと一緒には考えん方が良いだろう。洗練された外観からしても純正その物か純正に近い。
 少なくともジェンシーなるサザーランドの盗作品とは根本からして別物だ。大方ブリタニアの五六事変の際に一斉に炙り出されて国外逃亡した原理主義者や不穏分子も開発に関わっているのであろうが」
「実物が手に入らない事にはフンメルや鋼髏の様な擬きか純正品級かの正確な判断は付けられませんが、あのオセアニアの事ですから、恐らくは純正KMFの独自技術を我が国やブリタニアに少し遅れる形で確立していたと見て間違いなさそうです。
 実際衛星写真で初めて捕らえられた当時の装甲騎は中華・E.U.の擬きが登場するよりも前ですからね。それなのに鋼髏の様な万のオーダーが無いとなれば、1騎辺りの製造コストが高いか、高度な技術を詰め込まなければならない仕様から早々万単位の数を揃えられないかとなり、イコール純正KMFの疑いが濃厚となりますので」
純正KMF1騎辺りの製造コストは戦車よりも断然高い。その分、戦闘能力は地形に左右される事はあれど戦車を大きく凌駕しているのだが、これを万のオーダーで揃えようとすれば莫大な費用が要求される事となる。
ましてや日ブが今更新中の第7世代機など、それまであった第5世代以前の機種と比較して技術面・価格面双方で段違いの高コストとなり、KMF技術すら持たない他国が数を揃えての大量導入など行おう物なら財政的に悲鳴を上げる事になるのが目に見えている。
尤もそれは、日ブがKMFの輸出を始めたらの話だが、例え輸出開始となっても第7世代機の輸出など直近では行う予定もない為、所詮は仮定の話でしかない。ともかくも、純正KMFはコストが高いという事だ。
それに比べて鋼髏やパンツァーフンメルといったKMFの類似品ならば、能力こそ低くとも低価格と量産性の高さから数を揃える事が可能。事実、中華連邦やE.U.は前者が構成国全体で鋼髏約23,000騎(配備数は多い順に中華帝国>インド軍区>ペルシャ軍区>その他)
後者がパンツァーヴェスペ・パンツァーフンメル・ガルドメア計約18,000騎(フランス・ドイツ・イタリア・ロシアが多い)といった大量配備をしていた。
二国同様東アフリカやイエメン等の大陸での勢力圏を持っている上、国力的に考えて同じ様な数を揃えられる筈のオセアニアが装甲騎10,000騎の配備に留まっているのは、その時点で純正KMFの疑いが濃厚であるという証明だと言えよう。

「流石に世代までは不明ですが、オセアニアの装甲騎が登場し始めた時期から考えて、現有の物は少なくとも第4世代強~5世代強級はあると見ています。一部は第7世代相当の可能性もあるのではと睨んでいますが恐らくこれらの混成でしょう。
 我が国のダガーシリーズは5世代ですが、同じ世代でも数字上の話が宛にならないのは90式の一件で判明しておりますので、この場での優劣発言は差し控えさせて頂きます」
「要するに、やってみなければ分からないという事か。だがそれでも独力で純正KMFらしき物を開発したのは大した技術力だ。中華とE.Uが揃ってKMF擬きの中、ただ一国だけ純正品レベルの品を独力で開発して来たのだからな」
「腐っても古代文明継承国という事なのだろう。しかし一体どれだけ国の力を軍事に傾けているんだ? 現代兵器は世代が進めば進むほどに製造・維持コストも上がる故、これだけの戦力となると維持するだけでも莫大な費用が掛かっとるだろうに……。
 我が国やブリタニアと本域での軍拡競争をしているのは此処くらいな物だろう? 中華、E.U.も此方への対抗としての量的戦力整備を行っているが、本音としては付き合いたくない筈だからな」
「別に日本は軍拡なんてしてませんよ。ただ必要分を揃えながら早期の大量更新を繰り返しているだけです。我が国ならばそれが可能ですので……。まあ中華とユーロピアが付き合いたくないと考えているという意見には同意ですね。
 中華の黎星刻氏と話をする機会がありましたが、『日本はいつまで異常な軍拡を続けるのか』と質問されましたよ。もちろん軍拡などしておりませんとお答えしておきましたが、どうも御納得頂けてない様子でした」
「中華もそうでしょうが、E.U.など付き合う余裕その物がなくなっているでしょう。溜まりに溜まった大きなツケを現在進行形で支払っている最中ですから、軍拡をしている余裕など欠片も残されてはおりません。実際に我が方への備えとして戦力の拡充に努めてきた筈の極東ユーロピア軍は、此方に領土的野心が無いと理解してからは年々削減の対象となっておりますし、
 シーランド設立に際し、欧州復権を目指すユーロブリタニアが支援に乗り出し始めた辺りからは、極東軍より引き抜いた戦力も欧州の護りに付かせています。まあ対中華で備えている中央ロシアの戦力はそのままですから、彼らにとっては日本が攻めてくる可能性が無いと分かっている以上はさして重要ではない辺境の戦力を引き抜いても問題はないという判断なのでしょうね。
 ロシアとしても、本拠地である欧州側の中央政府の方が優先されるべきであると考えている事でしょうし、それが間違いであるとは申しません。何処の国も首都や本拠地の防衛こそ最優先とするのは当然ですから。
 尤も、実の処はその極東も欧州本土同様に非常に重要な地域であったりするのですが、碌に調査を行ってこなかった彼らがその重要なサクラダイト鉱山に気付くことなく、よりにもよって強欲な宦官の皆さんに嗅ぎ付けられた所為で総てが裏目に出てしまいましたが。といって、此方にはそれを教えてあげる義理もありません。其処は調査を行ってこなかった彼等の怠慢であり、自業自得という面もありますので。
 日本としては彼らの支配体制がこのまま終焉を迎え、友人宅に居候をしているもう一人の友人が無事欧州を取り戻す時を待つのみです。ま、あまり清の影響力が大きくなるのも困りものですが。
 その辺りを考慮致しましても、何とか此方に食らい付いて来ているオセアニアの方が遥かに無視できない相手なのは確かです。彼の国の場合は此方の戦力整備にどこまでも付き合ってくる気満々の様子ですので……無理を推してでもね」
「いっその事、無理に無理を重ねて平成世界のソビエトみたいに内側からぶっ潰れてくれれば、此方としても願ったり適ったりなのだがなぁ」

オセアニアの国家予算に対する国防費の占める割合がどれ程の物かは見当も付かない。あからさまな日ブへの対決姿勢から年々軍備を拡大していくその軍事優先的な思想統制社会の断片的様相からして、まるで平成世界の旧ソ連を彷彿とさせていた。
夢幻会と辻が知る、数では最も強大であった平成世界のソビエト連邦軍。彼の軍も無理に無理を重ねて軍拡を続けていたが、その実態は張り子の虎に近い物であった。
しかし、同じ様な姿勢で日ブと対峙するオセアニアの場合は、質も含めて追い縋ってこようとしているのだから普通に考えれば頭が痛くなる処だ。ソビエトはアメリカに及ばない国力で無理を重ねた結果、国が滅ぶ要因を作ってしまった。
対してオセアニアの国力はアメリカを凌駕している為、まだ無理をしても国家が傾くところまでは行っていない模様。
軍の規模も旧世代戦車や装甲車、老朽化した一部の艦艇を除外したとしても、戦力に含まれている最新兵器類の割合や同国の国力含め、西暦2010年代のアメリカ軍を上回っている。
無論のこと、中華やE.U.もまたアメリカを超えるか同等くらいの力を持っているであろうことは疑うべくも無い。
そういった確信を抱くのは、この世界の文明が全体的に平成世界より進んでいるのと、件の二国があの世界では存在し得ない巨大連合国家であるが故の大きな国力も勘案してのこと。
そしてその二国を更に凌駕している国がオセアニアなのだ。彼の国は太平洋戦争を経験した日ブとは違い空母の運用経験が乏しかった為に、未だ満載100,000t級の航空母艦は一艦も保有するに至っていなかった。
現在運用されている空母は満載で70,000t半ばから80,000t半ばの大型正規空母の混成で、日本から見ればかなり見劣りする物であったが、間もなく完成を見る次級は恐らく鳳凰に匹敵するクラスの艦だろうとの予測が立てられている。(オセアニアが建造中の艦は基準で78,000~80,000t。満載で98,000~100,000t前後と予測されている)
日ブ以外が鳳凰級といえば少々疑問符を付けられそうではあったが、鳳凰が産声を上げたのは今から半世紀も前である事からして、経験・運用実績こそ不足気味であろうとも、日本に次ぐ国力を持ち、それでいて軍事に力を入れているらしいあの国ならば充分可能であるというのが夢幻会会合の統一見解であった。
何より空母艦載機を含む航空戦力はほぼ第5世代機、陸上戦力は3世代以降の戦車が推計12,000~15,000両、水上艦艇もイージスフライトⅡAクラスと遜色のないミサイル艦艇が70~80隻と、平成世界のアメリカを真正面から打ち破れるだけの質的量的戦力を既に保有しているだけに、そう考える方が寧ろ自然だ。
(尤もそれが実戦配備される頃といえば現在同時建造中の改鳳凰後期型――大鳳型の残り4隻が出そろうので、日本は基準100,000t超の大鳳型10隻と基準84,000tの鳳凰後期型6隻の体制となっている。大鳳後期型をベースにした基準105,000t~110,000tの次級CVX計画も進行中)



「当に脅威その物です」

これを脅威と言わずして何と言えばよいか?
こんな大軍勢と正面から激突すれば、それらが持つ圧倒的物量の前に唯押し潰されるだけといった運命が口を開けて待っている事だろう。
ラプラタ戦争の一件からして裏でオセアニアと秘密協定を結んでいるらしきE.U.は別として、中華連邦やその他の小国への侵略的野心をいつ何時表出させるか分かった物では無い。
特に中華国内のペルシャ軍区には古代遺跡が存在している為、宦官との内紛で国力が低下している弱り目な同国の間隙を突いての侵攻は十分予想される事。

遺跡を活用する方法、解析して得られる技術、ギアス・コード・人体強化術といった古代文明の遺産技術を扱えるのは、日ブを除けばオセアニアのみ(完全に使いこなせるのは日ブだけだが)
これを好機として更なる勢力圏拡大と共に、中華連邦ペルシャ軍区の遺跡を狙ってくるのではないか? というのが会合が出した結論であった。無論手に入れたところで日ブ両国が管理し、研究しているような最重要遺跡に比べて得られる物は少ないかも知れないのだが。
最も懸念されるべきは『秩序ある世界』構築の為に、夢幻会の知る別世界にて人を信用できなくなってしまった一人の男がやろうとしていた事と同じ、遺跡の力を使って世界を書き換えてしまうような、
彼等の思想で世界を塗り替えよう等という行動に出ないかについては、その為に必要な最重要地点である神根島遺跡が日本の内側にあるため、何らかの手段を別途保有しているというのなら別だが、余程の事が無い限り実現不可能となっている。

そう、日ブへの明確なる敵対姿勢を見せつつ散々危ないゲームを繰り返し行ってきたオセアニアであったが、それでも尚事を構える相手が日ブであった場合は事情が異なるのだ。

「脅威その物ではありますが、我が国が整備している防衛力――厳密に申し上げますと、現有戦力で充分対処可能です。無論これだけの巨大な戦力ですから万が一にも全面戦争となった場合には此方も相応の傷を負う覚悟をしなければなりませんが、アフリカに中東に南太平洋広域にと手を広げすぎているが為に、これら総てが一極に集中してくる訳でもありません。
 まあ仮に日本と本気でやるつもりならば、全戦力を振り向けての総力戦体制へと移行して来ること確実でしょうが、ニューギニア戦争で一度礼儀を教えて差し上げましたので、早々迂闊な動きは見せないかと思われます」

辻に取っては此処が重要。そして澤崎に取っては此処が胃痛を併発させてしまう処でもあった。
日本は嘗て一度だけオセアニアとの本格的な海戦を経験している。数で上回っていたうえに、希代の名将山本五十六が指揮を採ったのだから勝てて当然とも言われた海戦であったが、けしてオセアニアが弱かった訳では無い。
腐っても世界第三位の大国、極端な軍拡路線により整備されてきた巨大な軍事力と、侵略性の高さも相まって、十二分すぎるほどの脅威となっていた。故に勢力圏を接するE.U.などは同国を刺激しないようにと距離を置くどころか反対に擦り寄る態度を見せ、中華連邦は不意の北進を警戒して、インド洋に面するインド・ペルシャ両軍区の護りを厳重に固めている(永の宦官達による専横でそれなりの問題は出ていたが)
日ブとて唯一挑戦する姿勢を見せ続けてきた先史時代よりの因縁を持つ相手に対し、警戒の手を緩める事は無かった。
オセアニアだけではない。何かの間違いで中・欧とも武力衝突をする可能性とてある。政治は魔物。戦争は外交の延長。国際社会では何が起こるか分からないのだから。
故に日本は万が一にも大・中・欧の列強三国と同時に戦端が開かれるような事態に陥ったときの事までをも想定しながら軍事力の整備に勤しんできたのだ。

「この膨大な戦力を、我が皇軍の“質”を含めた戦力と比較したとき、その差は果たして如何ほどの物となるか? 此処が重要なところなのです」

帝国陸海空三軍の戦闘機・爆撃機等総作戦機数が11,649機(第5世代及び一部6世代戦闘攻撃機8,267機。その他戦略爆撃機・哨戒機・輸送機・給油機・電子戦機等作戦支援機3,382機)
戦闘・輸送・汎用VTOL5,983機。計画中の物も含めた浮遊航空艦艇40隻。
KMF12,537騎(第5世代+第7世代。順次第7世代機へ更新中。他第8世代技術実証機)
90式改、10式、10式改戦車13,835両(第4世代~第4.5世代)、自走砲・野戦砲23,367門、装甲戦闘車両35,276両。
航空母艦16隻、主力水上艦艇287隻、揚陸艦艇504隻、潜水艦155隻、他補給艦・支援艦・ミサイル艇・哨戒艇・掃海艦艇等352隻。

一部を除きオセアニアに劣っている日本軍の量的戦力。戦車・装甲車・火砲の数で言えば、広大な領土を持つ陸軍国家である中華連邦やE.U.にも当然の事ながら劣る。
列強二位にして世界第二位の超大国大日本帝国が量的戦力ではブリタニア以外の列強国よりも少ないのだ。
しかしいざ、日本と他の列強三国が相対したとき、数に押されて日本軍は敗れてしまうのか? 結局は数なのか?
この種の質問を他国人に対して行えば、皆一様に同じ答えを返すであろう。そんなわけがないと。

「確かに量的戦力のみに的を絞れば戦車だけでも三倍以上の差ですが、“質的戦力”を除外しての数値では正確な比率とは言えません。我が国は資源大国であると同時に技術立国でもあります。
 御大層にも『技術の日本』なる異名を戴いて居りますが、よもや現行の量的戦力と“質的戦力”での防衛体制では、いざという時役に立たないとでも仰るおつもりではないでしょうね?」
「め…滅相も御座いませんっ! 我が国の防衛体制には一点の不備もない――当に辻閣下の仰られる通りに御座いますっ!」

こういった事情と、突出した国力を誇る列強が幾つもひしめいている世界情勢から、各々大量生産と配備、早期の世代更新による国防力の強化を図らなければ、力こそが正義であるこの世界を生き抜いていく事は不可能なのである。
但し此処まで極端な量的戦力――万のオーダーを揃えているのは、日・ブ・ユ・大・中・欧の他とは比較にならない大国と勢力のみであり、準列強クラスや、それ以下の中小国になると、国力的にも大きく劣る戦力となってしまう事は否めない。
いつの頃からか中東に於いて覇を唱えるようになったイラク社会主義共和国なども、E.U.・東アフリカ・イエメンといった、反君主制や民主共和制原理主義圏の国々よりの支援の下で量的戦力を突出させていたが、その主力陸上戦力の内情は所詮第2世代~2.5世代戦車と旧式装甲車、そして中東独自の装甲騎バミデスという寒い代物であった。
それでも日本の庇護下に在るクウェート以外の国に取っては脅威その物であり、ヨルダン・サウジアラビアと幾度もの武力紛争を起こして両国の一部を占領状態に置いている。(ヨルダンはマフラク東部。サウジアラビアは北部国境州・ジャウフ州・タブーク州を現在占領状態に置かれている)
そんな彼の国が取っているのは形の上では紛う事なき物量攻勢。中東諸国の君主制崩壊を目指すE.U.・東アフリカ・イエメンの支援あったればこそだが、他の中東諸国ではけして真似できない、数による攻勢を可能としていたのだ。

しかしこの物量というのは、列強やその庇護下にある国が見て鼻で笑う……その程度の物でしかなかった。
結局の処、真の意味で物量攻勢が可能なのは四大列強+鎖国しているオセアニアの列強五カ国と、ユーロブリタニアを含めた六つの勢力に搾られてしまうのだ。それだけ世界の力はこれらの六勢力に集中しているとも言える。

そして総ての面で抜き出た質を揃えられるのが日ブとなる。他国が作る物を1とするならば、日本は同じだけの資金を使って3を、半歩遅れるブリタニアもそれほど時を置かずして同等の物を作り出せるのだから、中・欧はもう付いていけない。
ただ一国オセアニアだけがしつこく追い掛けているのは、それが因縁深い日ブであるからなのかも知れない物の、そのオセアニアの戦車なども数の上では45,000両と膨大だが、第3世代以降に搾れば12,000両~15,000両の間であろうと推計されている。それでも異常な保有数であったが。
尚、同じ世代であっても戦闘力の違いは出てしまう為に、他国の4世代戦車と日本の4世代戦車が=同等という訳でもない。これはニューギニア戦争時の90式戦車が同世代のオセアニア製南ニューギニア戦車を相手にして、戦いを優位に進めていたことからも証明されていた。
質まで入れた計算で導き出される数値での、大・中・欧に対する日本の優勢は揺るがず。1対3と思っていた物が、実は3対1でした。これを各国共に理解しているが為に何処も日本へ手を出さない。これが総てだ。

×××兆5400億円。これだけの巨額の国防費を投じて整備された世界最先端の戦力は、ブリタニアを除けば右に出る物はなかった。
(本音を申し上げれば、周りが周り、世界の有り様が有り様であるからこそ此処までの巨額予算を毎年容認しているのですが、出来れば削減の方向に持って行きたいとすら考えているのですよ? しかし、この世界の有り様がそうさせてはくれない。今の日本には予算を組む余裕があり周りは2010年代のアメリカ並か、それ以上の国ばかり。まったくもってとんでも世界ですよ……。
 せめてもの救いは基礎技術力の高さと豊富な資源、築き上げてきた大きな工業力のお陰で兵器の単価が低く抑えられている事ですか。その為に大量生産と早期更新が可能となっているのですから。もちろんブリタニアと蜜月関係と成った恩恵も大きいですけれどね)

お金に五月蠅い辻政信が、これまで一貫してサクラダイトマネーに物を言わせた巨額の軍事費用と、短期間による兵器の一斉更新・大量生産配備を容認してきたのは、弱肉強食の論理がより強く働いているこの世界の在り方と、日本を取り巻く列強に原因があった。
夢幻会では平成・昭和に次ぐ転生先であるこの世界を“ギアス世界”または“ギアス並行世界”と呼んでいるこの世界の列強国が皆あまりにも強大すぎるのだ。
中華連邦。E.U.ユーロピア共和国連合。合衆国オセアニア。平成世界の基準に当て嵌め直せばいずれも“超大国”にカテゴライズされる国ばかりであり、これらの国々に囲まれている日本としては、否が応にも強力な軍事力を整備し続ける必要に迫られるのである。
特に計50,000両近い大量の戦車や装甲車などいの一番に削減対象とされる島国日本だが、北に神坂から千琴といったユーラシア大陸でE.U.と対峙している為、万が一の第二次日欧戦争等に備えた防衛体制も必要なのだ。
極東ユーロピア軍程度ならば大した事は無くとも、欧州全体を考えた場合、あの思い上がった白人至上主義者共には常に大きな圧力を掛けておく必要があるとして。そして第二次日欧戦争が日本として到底許す事が出来ない理由からの開戦であったのなら、最悪日本自らが強大な地上軍を投入してE.U.を無条件降伏まで追い込み解体させる為として。
これもまた夢幻会の持つ『この世界と似通った世界の知識』が関係していたが、無論そんな面倒事は無い方がいいに決まっている。誰も好き好んで広大な領土に攻め込んでの殲滅戦などやりたい訳では無いのだから。
しかし必要とあらばE.U.を、いやE.U.に限らず列強をどうにか出来るだけの強力な力を保持し続ける必要があったのだ。平和な日常を護る為にも。


(そして万が一にも相手がブリタニアであった場合、これだけの軍事力をもってしてもまだ不足気味というのが……。本当に頭が痛くなります)

昭和世界のアメリカを相手にしていた時の苦悩が蘇ってくるようだ。幸いにしてその最大の障壁となる筈であったブリタニアは、今日では最優の同盟国となっている。
それでも技術面ではブリタニアを含めたこの世界の国々に対し先行し続ける必要があるのだ。弱肉強食のこの世界で弱き者は独力で生きることすら適わず、力の論理によってただ屍を晒す。
なればこそ、日本は常に強者で有り続けなければならない。強者でなければ今頃は太平洋戦争で敗北し、辻が知るギアス世界の日本のようになっていた可能性も考えられる。
ブリタニアの方向性が外への侵略ではなかったというのは所詮結果論に過ぎない。日本が負けて凋落していれば、今度はブリタニアに変わってオセアニアの侵略を受けていたことであろう。
もしかしたら、知らないだけでそんな世界があるのかも知れない。ブリタニアが外に向いていないとなれば、そこからまた違う流れに、歴史は世界は、分岐していくのだから。
枝分かれした世界のその中には、狂信者に抑圧された『日本民主共和国』なる“日本ではないもの”が存在していたとしても何ら不思議なことではないだろう。

(ゾッとしますよそんな日本になっていたとしたならば……)

日本が強者で有り続けたからこそ、こうして今の平和を享受することが出来ている。
故に世界第二位の超大国としてその平和を維持する為に必要だというのならば、幾らでも予算を認めよう。
アメリカに数倍する工業力、世界で一,二を争う経済力、世界第一位の科学技術力をフル活用して、各種兵器の短期間での一斉更新、大量生産、大量配備を容認しよう。
それが安定した今と、そして平和で豊かな未来へ繋がるというのならば、金に糸目を付けるつもりはない。

(しかしですね。物には限度というものがあります)

だがこれは違う。現時点で十分なのに唯あれが欲しい、これが欲しい、もっと欲しい、と駄々を捏ねているだけだ。
この先、更に兵器の単価が上がれば別だが、今揃えている分の戦力の維持費と大量更新・大量生産は今の予算枠でも充分賄えている。
ならばどうして巨額の国防予算増大を目指すのか? その答えなど言わずとも分かる。要はブリタニア並みの量的戦力を! という話なのであった。
世界最強のブリタニアが整備している戦力を目にして欲が出るのは分からないでもなかったが、実現させようとこんなプランを持参してくるのは頂けない。

「必要であるからこそ毎年巨額の予算を承認してきましたが、しかし×××兆9800億もの予算を組んでまで整備しようという戦力が今の時点で必要だと思いますか? ブリタニアではあるまいしあまりに過剰に過ぎます。そもそもにして前年比30%増の国防予算など……私に喧嘩を売っているとしか思えないのですが?」
「だ、断じてその様な事はッッ!」
「その様な事があるから指摘しているのですよ」
「ッッ――!」

真っ青な顔で土下座する勢いの澤崎に、会合メンバー達は各々の思うところを口にしていく。

「まあブリタニアならば正しく一線級の質で我が国の三倍四倍といった数の戦力を揃えていますけど、あそこは別格ですからねぇ」
「ブリタニアと数で張り合おうなんて無茶です不可能です。太平洋戦争時の細かい検証を終えた今、良くドローに持って行けたなという答えが出て居りますので」
「ブリタニアは鳳凰級~改鳳凰級前期クラスの空母26隻体制に対し、日本は改鳳凰改良型という最新鋭艦こそあれど16隻体制……。哀しいかな、所詮日本は数が少なく物量での勝負も出来ない故に、今まで通り質・技術で先を行く以外にない……これも、持たざる者故の宿命か」
「……すまん。海軍で実際に艦隊を動かしてきた俺の立場からは、どう頭を悩ませながら考えても今の日本の戦力が少ないとは思えんのだが。それにブリタニアを基準にしたのならば、世界中どこの国でも少ないとなってしまうではないか」
「皆こっちに来てから感覚が麻痺してしまったのではないのかね? 我が国の戦力で数が少ない、量より質で勝負! とかいって嘆いていたら、某お米の国より怒られてしまうぞ」
「いえ、中華とE.U.にも怒られます。量が足りないというのは単なる錯覚なのです。戦車・装甲戦闘車両・予備役の無頼改まで含めたKMFの合計で約71,000。哨戒艇等の小型船舶まで含めた海軍艦艇1,300。8,000機以上の戦闘機・攻撃機を含めた主要作戦機11,000。
 これら総てが世界に先行した最新鋭の物ばかりなのですよ? これで少ないとか小さいとか感じたのならば、それはサクラダイト溢れる我が国特有の金銭感覚の麻痺と同じであるだけの事かと……。質を考慮して計算し直せば現有戦力の巨大さが分かると思います」
「此処の列強は揃いも揃ってお米さんか、お米さん以上の国ばかりですからね。まあ質にしろ数にしろ軍事費にしろ、おかしな事になってしまうのは仕方がない。それが可能だという国情を喜ぶべきか、将又そうせざるを得ないこの優しくも厳しい世界を恨むべきか」
「その米以上のオセアニアの戦力がこの様に強大であるからして今回の要望も分からん事はないが、×××兆9800億という国防予算を国民にどう納得させるつもりなのかね」
「米を基準に出してもそれはそれでおかしいですよ。ブリタニアに比して小さい我が国でも物量・技術の両面で米を圧倒できますから。米と同等か米以上の国が我が国合わせて五カ国、ユーロブリタニアを入れたら六カ国もあるのが感覚麻痺の原因です」
「その他の要素としては技術力の高さと生産力の大きさ、兵器の単価がある程度抑えられている処ですか。といいましても、やはりサクラダイトの埋蔵量と加工技術の高さこそが一番大きな処でしょうけれど」
「日本は国土全体が資源の塊みたいな国ですからねぇ」

無論、本当にやる気ならば、無限に掘り出せるサクラダイトを武器とし、日本の生産力をフルに発揮する事で、ブリタニア程とは言わずともある程度までなら数すらも揃えられよう。今回の要望書、要求ではなく陳情の内容を観てもそれは明らか。
各省庁の官僚達や、現政権の閣僚達も、財政的余裕も無しに過大な予算の要望を行うような馬鹿ではない。あくまでも可能であると知っているからこその要望だ。
そして可能だからこそ行われたその要望には×××兆9800億という予算要求以外に、改鳳凰級空母調達数を予定より増やしての空母24隻体制、第7世代機で統一したKMF20,000騎――予備役に回される事になる5世代機含めての30,000騎体制を皮切りとした、超軍拡路線な内容が所狭しと書き綴られており、目を通す辻の神経を逆なでしている。

「中華やE.U.を凌駕すると考えられます南半球の古代文明継承覇権国家が油断ならない相手なのは間違い有りません。私を含む我々会合は常々その動向を注視しています」

日本は同盟国ブリタニアと歩調を合わせてかの国が発している思想の浸透や輸出を阻止し、鉄のカーテン(オセアニアとその影響圏)の向こう側から出てこさせないような策をとり続けている。
太平洋戦争前から戦後暫くの間は対ブリタニアを見据え、ブリタニアと同盟関係と成ってより現在までは対オセアニアに、白人優越主義の総本山E.U.。大宦官の専横続く中華連邦までをも見据えた全方位に対応可能な戦力の整備を行ってきたのだ。
巨大な列強諸国を相手にした2桁増どころでは済まない国防予算の増大には、サクラダイトが保証する国家財政の異常黒字により目を瞑り続けてきた。
だが、これで物足りない不十分だと言われたら、今まで必死にやってきた努力を全否定されたような物だ。そんな事を言われた(言ってないがそう聞こえた)上に、金があるからちょっとくらい良いじゃないですかとフザケタ要望書を提出されて、「はいそうですか」と許可するような辻ではない。
金があるからという理由は辻が最も嫌う言い訳の類である。金は無限ではなく有限であり、何よりも国民が国を信用し納めている大切な税金なのだから、無駄に支出できるお金など1円たりとて無いのだ。
何より今更領土拡張を目指した戦争を始める訳でもなければ、列強国を相手にするには充分すぎる戦力があるというのに、無意味な軍拡を目指しての前年比30%増となる国防予算などを組んで国民にどう説明するというのか?
兵器を新規に建造し常備戦力も増やせばその分だけ維持費も割り増しとなり、それが更なる軍事費の増大を招く。最良の形を整えているというのに、多くを目指して無為な拡大路線へと直走っていては、金が幾らあっても足りない。今現在でさえ異常な更新速度と大量配備だというのに……。

やれるからやろうと、やれるけどやらないの違いだ。今切羽詰まった国家的危機に直面している、または近い将来に直面する予測が立っているのであれば話は違ってくるのだが、今のところ何処かが戦争を仕掛けてくる環境にはない為に、これ以上数を増やす必要はない。辻が出したのはそんな当たり前の解であった。
そもそも論として、ブリタニアを目指した量的導入など幾ら何でも無茶無謀である。彼の国に対し唯一勝っているのは技術面であって、物量という意味では完全に負けているのだから。この世界の軍事力や国力をインフレさせている原因となっているのは間違いなくブリタニアだ。
彼の国の存在があるからこそ、各国共に強く大きくならざるを得ない。日ブ以外の国からすれば日本も同じだと言われそうな処ではあったが。

今更の話だが、中華もE.U.もオセアニアも、嘗ての戦争で日本相手に完全敗北している。
これらの国々が戦力の整備に何処を観ているのかと問われれば、第一にブリタニアの名が浮上するのは当然の事として、同列一位で日本の名も挙がるのだ。
列強各国は何もブリタニアだけを恐れているのではない。日本という異常技術と異常なサクラダイト埋蔵量を誇る超大国もまた同様に恐れられているのだ。列強国を悉く撃破して超大国ブリタニアと引き分けた過去を持つ第二の超大国を。
清が過大で命知らずな要求をした事(樺太は固有の云々)が世界に知れ渡ったときなど、世界中の国が「凄いことを言うな」と関心を示し、また同時に日本相手の虚勢など命知らずなと呆れた程だ。
日本と戦争状態に突入する。これは列強を含めた世界の国々に取って致命的とも言える外交の失敗なのだから。
そう、ブリタニアですら日本と戦争すれば多大な犠牲を払う事になると恐れる程に……。

それはさておき。今はこの巨額の国防予算を認めるか否かが重要である。無論言うまでもなく否であったが。

「さて、澤崎さん」
「はッ、はいッ!」
「結論から申し上げますと、こんなフザケタ予算を断じて認める事は出来ません。私の言っている意味がお分かりですね?」
「む、無論でありますッ! 早急に予算の組み直しをッ!」

逆鱗に触れられた魔王の静かな怒りが収まるまで生きた心地がしない澤崎淳は、伏見宮、近衛、嶋田、杉山、東条、阿部、冨永、倉崎、山本等々といった会合の面々よりの生温かい同情の視線を受けながら、唯々辻に頭を下げ続けるのであった。



「ぁぁ…寿命が縮む……。あの方々の話は分からない単語が多いし皆様方一人一人もの凄い威圧感を感じるから精神的に堪える……」

報告を終えた澤崎は足取りもおぼつかない様子で一人静かに会議室から抜け出してきた。
此処に来る度いつも思うことがある。自分のような小物に夢幻会との連絡員等という大役は荷が重すぎると。
まして今回のような軍の動きや各国の動向には留まらない国家予算の話を、特に国防予算の報告をするときが一番胃に堪える。

「だから言ったんだこんな予算は通過しないと……」

年々増加の一途を辿る軍事費はKMFという新世代兵器の開発と大量導入以後加速度的に膨れあがり、去年の段階で×××兆5400億円にまで達していた。
普通の国なら到底有り得ないこの国防費は、世界の七割という異常な量のサクラダイトを唯一国で独占し掘り起こしている金満超大国大日本ならではの物。
これを超えるのはそれこそ同盟国ブリタニアだけであり、緊縮財政中のユーロピアと中華連邦の軍事費を足してもまだ日本一国の方が上である程に莫大な金額だ。
しかし、それでいてGDP比5%内というから日ブの経済力はおかしいとしか言えなかった。それだけ財政的な余裕がある証拠なのだが、その事実が各省庁に無茶な要求をさせると言おうか、時に変な欲望を抱かせてしまうのだ。
特に今年度は第7世代KMFの量産機が正式に認可、大量生産体制への移行を開始したが故に、これより先の国防費用も更なる増加へ向かうからと、海軍が空母や戦闘艦艇をブリタニア並みに増やしたいと主張し始めたのを皮切りに、
陸軍・空軍もKMF・戦車・航空機・浮遊航空艦艇の大量導入を言い出して予算の見積もりが膨れに膨れあがってしまった。
だが国家予算の裁可を下すのはあの辻政信。国家財政の全権は今尚彼が握っている。幾らお金が有り余っているからといって無駄を許さない彼がこんな無茶な予算の要求を許可する筈は無いのだ。
今や与党の幹部クラスは誰もが周知している筈なのに、有り余るサクラダイトマネーに目が眩んで「我が我が」と勇み足になった結果、物の見事に却下されてしまった。

「あの馬鹿共が…ッ、国防予算だけ前年比30%増の×××兆9800億円など通る訳が無いだろうッッ! 枢木もヴィ家の方々と大切な会談があるとかいって単に食事に行ってるだけだし何故私ばかりがこんな目にっ?! 辻閣下に裁可を仰ぐ私の身にもなれッ!!」

(唯でさえ痩せ気味だというのに最近特にやつれたような……。おまけに額が後退して来ているように感じるのは気のせいであろうか? この間は医者から胃潰瘍だと診断されたし…。血尿も出るし……。よし、こうなったら今度の閣僚会議で会合の方々との調整役を交代出来ないか提案してやろう。
 日本の中枢であるあの方々との調整役に抜擢されるなど名誉なことなのだから進んでやりたいという輩も居る筈だ。大体調整役が私と枢木だけというのがおかしかったのだ。
 これは逃げではない。断じて逃げではないぞ。栄誉有る夢幻会会合との調整役を私と枢木で独占しているのは良くないので、他の者にも平等に機会を与えるべきだという極めて謙虚な気持ちなのだっ!)

そうやって考えを巡らせながらチクチクする胃を押さえていた彼の背後にある扉が音もなく開いたのは、思考が途絶えた直後の事であった。
「待ってください澤崎さん」
「~~~っ!?」

ギョッと驚き振り向いた彼の憔悴した目に映し出されたのは……丸眼鏡の男性。つい先程お叱りを戴いた相手――前嶋田内閣No.2の辻政信だった。

「は、はっ!? 何用でありましょうかっ!」

噂をすれば何とやらで現われた辻に、先程身も凍る様な視線と心が破壊されそうな冷たい声で叱責を受けたばかりの澤崎は、直立不動の体勢で元気よく返事をした。

「いえ、随分とお顔の色が優れないようでしたのできちんと眠れているのかと思いましてね。政治家という職業は因果な物で、肉体労働のような激しい運動による疲労こそありませんが、代りに精神的な疲労が他の職業と違い群を抜いていますからね。ましてや真面目な我が国の与党の政治家、それも官房長官等という大役に就いて居られる貴方の場合は特に」
「は? え……ああ、その、私の様な者を高く評価して頂き真に恐悦至極ではあるのですが……。実は閣下の仰います様に、ここ最近特に寝不足気味で御座いまして……」

政治家なのだから寝る間も惜しみ働くのは当たり前のことであるし、けして苦と思った事などない。しかし、人生余裕を持って生きてきたかと言えばそれは否である。
そもそもにして自分の人生には余裕がなさ過ぎであった。学生時代は勉強勉強勉強と、当に勉強付けの毎日。外務省に入ってからも仕事仕事の連続で遊びに行く余裕もない。
六年ほど前から喫茶兼BARである行き付けの店『夢幻の旅人』で知り合い、毎夜共に飲んでいる内に意気投合してお互いの身の上話までするようになった年下の飲み友達井上直美には『このままじゃ危ないわね……』とか、頭頂部を覗き込まれて忠告されてしまうし。
自分の後を継がせて外務官僚から政治家へ、行く行くは国務大臣にと考えていた息子の幸麿は軍人の道へと進んでしまうし。擦れ違いが多い妻とは別居状態に突入してしまうし……。
神経性胃炎に胃潰瘍。ストレスから来ているであろう血尿と吐血。健康不安も盛り沢山だがどうする事も出来ず。

特に美容やメイクに詳しい直美からの『このままでは禿る』という忠告を聞いた時など次回の衆議院総選挙では出馬を辞退し、今まで必死に溜め込んできた貯金でもって隠退生活でも始めようかと考えたくらいだ。
まだ隠居するような歳でもなかったがストレスにより他界など御免だとして。

(本当にそうしようか……。今まで貯めた分でも普通に生活していれば一生遊んで暮らせるし……。しがらみがなくなれば精神的・肉体的健康不安に悩まされることもなくなる。そうすれば毎日快眠が約束されて……)




(それに一番の寝不足要因は自身の私生活には非ず。言わずもがなこの方々との調整役となってよりの物だから、辞めればもう縁が切れて……)

考えるのは自由だが、それをけして表に出さないよう飲み込んだ彼に対し辻は態とらしく手を打つと、「それはいけません」と言いながら、懐より一つの箱を取り出した。

「もし宜しければコレを差し上げますので就寝前にでも食べてみてください」

差し出されたのは四角く平たい缶箱だった。
赤や緑、色とりどりな飴の絵が描かれたそれには覚えがある。
幼い頃に良く食べたトクマ式ドロップスだ。

「トクマ式ドロップスですか?」
「ええ、厳密には夢見ドロップスという物です。人から頼まれて私が考案した夢見が良くなる快眠効果抜群の飴です。実を申しますと今この飴は試験運用しておりましてね、普段お世話になっている方に無料でお配りしているのですよ。
 貴方も我々と与党議員や閣僚達の間に立って色々と気苦労が絶えないでしょうから、ささやかな贈り物ですがどうぞ受け取って下さい」

試験運用と聞いた瞬間に少し不安が過ぎった澤崎であったが、辻より差し出された物を受け取らないわけにも行かず――。

「あ、有り難く頂戴致します、」

結局彼はその怪しげな飴玉が詰まった缶箱を受け取ってしまうのであった。
その後――。




「お前は日本の戦力を見てどう思う?」

山本が問うたのはブリタニア人から見た日本の戦力と物量。
リーライナは軍人であるが故に率直な意見を述べるであろうと思い聞いてみたわけだが。

「そうねぇ……。他の列強国は技術面で劣るからこの際数があっても無視することになるけれど、そこを踏まえて日本軍を数値で見た場合、私的には多い方だと思うわ」
「ほう。少ないではなくか?」
「ええ。技術の面では文句なしに抜き出ているから数だけで戦力を計る事は出来ないしね。質を抜きにしてもE.U.辺りと物量勝負をすれば日本が勝つのは間違いないもの。けれど、私みたいな若輩者にそんなことを聞かなくても、いっくん大提督なら分かっているのでしょう?」
「まあそれはそうなのだがな。ただ第三者の意見を聞きたかっただけだ。やはり俺の感覚の方が正常だったようだが」
「えっ、何の話?」
「要約するとお前の祖国が巨大すぎて、此方の感覚が麻痺しているということだ」
「…?」

山本は良く分からないといった様子の彼女を抱き寄せて頭を撫でてやりながら、より率直に答えてみせた。

「サクラダイト以外の多い少ないを考えるときにブリタニアを参考にしてはいかんという話だ」

思うところを伝えた彼は、理不尽すぎる大帝国のあまりの巨大さに溜息を付く。

一方、恋人がいったい何を悩み憂いているのかの答えに未だ到達しえない大きすぎる国の伯爵令嬢は、彼がそうしてくれているように彼の頭を撫でてみた。

「いっくんのこの毬栗頭の中は何に付いてお悩みなのかしら」
「ブリタニアの可憐なお貴族様には少々分かり辛い事であると思ってくれればいい」
「なによそれ」

彼女は翠玉の瞳で彼の黒目を覗き込みながら、その唇をそっと塞ぐ。

「ん――」

触れ合った唇はただ制止したまま動かされることはなく、互いの腰に回された手もその位置から移動する事はない。

「……」

感じられるのはしっとりとした唇の味わい。触れ合わされるだけの唇は湿ってはいてもそれ以上ではなく、程良い温かさと感触を分かち合えている。

「……」

10…20…30……。通常、人間の限界と言われる無呼吸状態は個人差による違いこそあれ凡そ2分前後。呼吸器官に関係する部位を塞いでおけばその僅かな時間で人は苦しむ事となる。だが、いま塞がっているのは互いの唇のみ。
呼吸は鼻から行えば良く、このままでいても窒息したりする事は無い。故に、こうして幾らでも口付け続けていられたのだが、しかしそうはならず。

甘く切なく心地良い……ほんの僅かなこの時間。
好きという気持ちをそのままの形で表現していたリーライナは、一時の後にすっと静かに離れる。
そして、頬を少しだけ赤らめたまま、山本に微笑み、呟いた。

「いまブリタニアが巨大だとかで溜息を付いていたけれど」
「けれど、なんだ?」
「私から言わせれば、ブリタニアと張り合ってきた日本も凄く大きな国としか思えないわ」
「……」

一と二の差は大きすぎる。だが日本の戦力は大きい方。但しブリタニアを基準にしたら少ないという山本。
一と二の差は大きいかも知れない。でも日本の戦力は大きい。それはブリタニア人から見ても変わらないというリーライナ。

平行線を辿りだした二人の意見。それは両方共に正解であり、両方共に間違えている。
これは所詮、大多数を構成する第三の視点から見て初めて平均的な答えとなるのだから。

世界中の国々の意見を集約して初めて分かる事がある。
一位,二位と三・四・五位。六勢力とその他の勢力。二大超大国+一勢力とその他全世界。
それぞれの見方によって異なる大きい小さい、多い少ないの認識。

大日本帝国軍総合戦力は多いか? 少ないか?
日本は巨大国家なのか? それともブリタニア以外のその他に当て嵌まる一大国か?

将又、そのどれでもない普通の国なのか?

総ての答えは、世界の認識と歴史の中にこそ存在していた。


終わりです。
以下はSSではありません。

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最終更新:2014年08月17日 17:31