ユフィルートしげちーSS 閑話:聖ウァレンティヌスの日
2月14日。それは世に言うバレンタインデーである。
本来親しい人間にプレゼントを送る日であったこの一日は
日本においては女性が愛する男性にチョコレートを送るイベントに変貌していたが、
その風習は日本からブリタニアに逆輸入され、
現在ではブリタニアの恋する乙女がチョコレート片手に告白するのも珍しくない日となっていた。
日本人とブリタニア人のハーフであるカズシゲや、その許嫁であるソフィーも当然のことながらその風習に染まっており、
毎年この日にはソフィーがチョコレートをカズシゲにプレゼントしている。
そしてバレンタインデー前日の夜。エル家の離宮の調理室に、ソフィーの姿があった。
「~~~~♪」
楽しげに泡立て器でボールをかき混ぜるソフィー。
ボールの中のバターは、何回もイタリアン・メレンゲを加えられながらかき混ぜられ、徐々にバタークリームになっていく。
「…順調みたいね、ソフィー」
「あ、お母様」
そこにクローディアが姿を見せる。
「相変わらず上手ねぇ。まあ、カズシゲ君のためだからこそ頑張れるんでしょうけど」
「お、お母様…!」
ソフィーの手元を覗きこみながらのクローディアの言葉に、顔を赤らめるソフィー。
「そ、それよりお母様も明日の準備ですか?」
これはイジられ続ける流れだと判断したソフィーは、すぐさま話を逸らしにかかる。
「違うわ。私は今日ここを使わないつもりだし」
「え?…今年はお父様へのプレゼントを作らないのですか?」
クローディアの予想外の言葉に首を傾げるソフィー。
「いえ、明日になってから準備するわ。というか、明日でないと意味がないから」
「…一体、何を作るのでしょうか?」
「うふふ、ひ・み・つ」
「はぁ…」
問い詰めても教えてはもらえないようなので、ソフィーはあっさり引き下がる。
大量のチョコレートを買い込んでいるようなので、かなり大きな物を作るのではとは予想しているのだが。
ちなみに、この間にもソフィーの手は動き続けており、白かったバタークリームは既に茶色く染まっていた。
「今年はガトーオペラか…結構難易度高いケーキじゃなかったっけ?」
「去年のザッハトルテよりは簡単でしたけど…」
「いや、比較基準がおかしいから」
翌日、バレンタインデー当日。ソフィーはカズシゲの私室を訪れていた。
カズシゲはプレゼントの中身を開け、去年に続いて難易度の高いケーキが出てきたことに唸る。
「まあ、わざわざ難しいケーキに挑戦してくれるのは嬉しいよ。ありがとうね、ソフィー」
カズシゲが礼を言いながら頭を撫でると、ソフィーは嬉しそうに目を細めた。
「…これはランベールさんよりジャネットさんの方が悪いと思うんですよね」
「そう、だね…」
「………」
「………」
ソフィーの作ってきたガトーオペラを食べながら談笑していたカズシゲとソフィーだったが、
カズシゲの返答が徐々に適当になり、会話が途切れる。
不審に思ったソフィーがケーキの皿をテーブルに置いてカズシゲを見ると、
彼は右手に持ったフォークを――厳密にはその上に載ったケーキを――見つめていた。
「…どうしました?」
「ねえソフィー…食べさせてあげようか?」
ソフィーが問いかけると、カズシゲはケーキから視線を動かさずに答えた。
「…『あーん』ですか?」
「まあ…そんなところかな」
「しょうがないですね…」
口ではそんなことを言いつつも顔を綻ばせ、小さく口を開けて待つソフィー。
「…あむっ」
しかし、何故かカズシゲはフォークですくったケーキを自分で食べてしまう。
「え?……~~~~っ!?!?」
不審げな声を上げたソフィーだったが、すぐにそれどころではなくなった。
いきなりカズシゲが近付き、キスしてきたのだ。
突然のことに対処できず、ソファーに押し倒される形になったソフィーはジタバタと暴れるが、すぐに大人しくなる。
重ねられた二人の口から水音が響き、こくん、とソフィーの喉が音を立てる。
「…やってみたかったんだよね。口移し」
口を離したカズシゲは、照れたような表情で言う。
「……」
一方のソフィーは、非難やら羞恥やら、複数の感情がごた混ぜになったような複雑な表情で彼を見上げている。
何事か呟いたようにも見えたが、その内容はカズシゲの耳に届かなかった。
「美味しかった?」
「…驚いたせいで、味がよく分かりませんでした」
先ほどの複雑そうな表情を、やや羞恥の要素が強いものに変えて返事をするソフィー。
「…つまり、もう一回して欲しいってこと?」
「……」
ソフィーはぷい、と拗ねたように顔を背ける。言わせないでください、ということだろう。
カズシゲはどこか嬉しそうに苦笑いしながら、皿の上のフォークを手に取った。
バレンタインデーの夜、シュゼットはヴィルジールの私室を訪れていた。
「…こんばんは、ヴィル兄様」
「やあ、シュゼット」
ヴィルジールはスタスタとシュゼットに歩み寄ると、彼女の頭に手をのせてゆっくりと撫で始める。
「…ヴィル兄様、私はもう子供ではないといつも…!」
シュゼットにとってヴィルジールは、幼少期にたくさん甘えさせてもらった年上の幼馴染だけに、
頭を撫でられたりすると子供扱いされているような気分になる。
「別に子供扱いしてるわけじゃあないさ。シュゼットの髪は触り心地が良いからねぇ」
そう言ってニコニコしながらシュゼットの頭を撫で続けるヴィルジール。これまでの流れはいつものことである。
かくいうシュゼットも、気持ちが良いのか目がトロンとしている。
もっとも、延々と頭を撫で続けてもしょうがないので、ひとしきり髪の感触を堪能したヴィルジールはシュゼットの頭から手を離す。
解放されたシュゼットは一瞬物欲しげな表情を浮かべるが、慌ててそれを吹き消して勧められたソファーに座る。
「…それで、今日は何の用かな?」
「…その、今日はバレンタインデーだから、チョコレートを…」
ヴィルジールはシュゼットが何の用で来たかは分かってはいたが、形式上それを問いかけ、
シュゼットは箱を取り出しながらヴィルジールの予想通りの答えをした。
「ありがとう。…開けていいかな?」
「……」
シュゼットが無言で頷く。
「じゃあ、失礼して…」
ヴィルジールが箱を開けると、中に入っていたのはチョコレートクッキーだった。
料理の腕は並み以上のシュゼットだが、バレンタインデーのプレゼントは大抵簡単なチョコレート菓子を作る。
凝ったチョコレートケーキを作らないのは、ヴィルジールの妹であるソフィーのものと比較されるのを避けるためだ。
ソフィーがカズシゲに何を贈るのかを聞いたわけではないが、彼女は毎年チョコレートケーキを焼いているので予想はつく。
プロ級というか、カズシゲの為にお菓子を作る際にはそこらの料理人を軽く凌駕するソフィーの作品と比較されては、
シュゼット渾身の一作も見劣りしてしまうのだ。
一般的なお菓子を基準とすれば、シュゼットお手製のお菓子は十分に上手と言えるレベルである。
…妹とはいえ、こういう時に他の女性のことを考えないでほしいという想いもちょっとだけあるが。
さて、この後は二人でチョコレートクッキーを食べる、のだが…
「じゃあ、いつものを頼むよ」
「……」
シュゼットは無言で頷くと、硬い表情でクッキーを一つ手に取る。
カズシゲとソフィーにとっては定番の『はい、あーん』なのだが、シュゼットにとってはかなり抵抗のある行為である。
カズシゲらに比べてシュゼットは経験が一年少ないことや、
普段のスキンシップがカズシゲたちに比べて少ないことが原因だろう。
とはいえ、この手の行為をいつまでも『恥ずかしいからできません』では困るので、
ヴィルジールはこのようなイベントの日にはシュゼットに『はい、あーん』をさせるようにしている。
このような時カズシゲは自分から行動するのだが、ヴィルジールは相手にやってみさせるタイプなのだ。
「あ、あーん…して…」
そう言われて口を開けたヴィルジールに、クッキーを持った右手をゆっくりと近付けていく。
一方のヴィルジールは口を開けながら待っていたのだが…
(…今年は、少し嗜好を変えてみようかねぇ?)
唐突な思いつきを実行に移すことにした。
ヴィルジールは急に顔を前進させ、シュゼットの指ごとチョコレートクッキーをくわえ込んだ。
「………!?」
硬直するシュゼット。
ヴィルジールはシュゼットの指先を唇で挟み込んだままゆっくりと顔を引き、クッキーを回収する。
「うん、美味しいねぇ」
「……」
呑気に感想を述べるヴィルジールに対し、シュゼットは顔を紅潮させて固まったままだ。
「…シュゼット、顔が真っ赤だよ?」
「~~~~!!」
ニヤニヤ笑いながらのヴィルジールの言葉に我に返ると、
シュゼットは傍にあったクッションを手に取りヴィルジールをポカポカ叩く。
「ふふ、照れない照れない」
とはいえ、全く痛くないのでヴィルジールはまったく堪えていない。
クッションを握る腕を掴んで叩くのを止めさせると、そのままぎゅっと抱きしめてシュゼットの動きを封じる。
「どうどう。落ち着いて」
シュゼットの背中を優しくポンポン、と叩いて彼女を宥める。
「………意地悪」
抱き締められて大人しくなったシュゼットは、俯いて呟きを漏らす。
「何が?」
「……」
(…こうやって抱き締められたら、私が何も言えなくなるのを知ってるくせに…)
意地悪く問いかけてくるヴィルジールに、シュゼットは非難するような目で睨むが、口に出すのは恥ずかしいのか無言で顔を背ける。
シュゼットの反応にヴィルジールは一層笑みを深めると、シュゼットの機嫌が直るまで彼女のことを抱きしめ続けた。
ピリリリ ピリリリ
シュゼットの機嫌が直ると二人は元のように談笑していたが、急にヴィルジールの携帯電話が鳴りだす。
「っと、電話だ。済まないが、少し席を外させていただくよ」
そう言ってヴィルジールは部屋から出ていく。
役職上人に聞かせては不味い会話をすることもあるので、ヴィルジールがシュゼットの前で電話をすることはまずない。
残されたシュゼットはふと、自分の指先に目を落とす。
「………」
ぼうっとした目でじっと指先を見つめるシュゼット。
余談ではあるが、ヴィルジールはシュゼットに対する過度なスキンシップは控えている。
『まだ婚約者候補に過ぎないのに、ファーストキスを奪うのは悪いからねぇ』と言ってキスをしたことはない。
精々たまにシュゼットの額や頬に口づけする程度である。
(指先…ヴィル兄様の口が……)
シュゼットの動悸が高まる。
ゆっくりと、シュゼットの顔が右手に近付いていく。そして指先に唇が触れるかという瞬間――
ガチャ
「…いやはや、待たせて済まなかったねぇ」
「きゃあっ!?」
電話を終えたらしいヴィルジールが戻り、シュゼットは飛び上がらんばかりに驚く。
「…何かあったのかい?」
「べ、別に、何でも…」
別に右手に口づけようとしている瞬間を見られたわけではないのだが、何となくシュゼットは右手を隠してしまう。
「…まあ、何でもないというならかまわないんだがねぇ」
ヴィルジールは納得できない様子ではあったが、とりあえずソファーに座る。
「………」
「………」
無言でもじもじするシュゼットを見ていたヴィルジールは、何かに気付いたらしく数秒間だけ頬をつり上げる。
だが、ヴィルジールの顔を見ていない(というか見ようとしていない)シュゼットは気づかなかった。
「…んっ」
ヴィルジールは無言でクッキーを一つ取って齧り、シュゼットに視点を移す。
「…シュゼット」
そう言いながら、ヴィルジールはシュゼットに一口齧ったクッキーを差し出す。
「食べてくれ」
「えぇっ!?」
唐突かつわけの分からない要求に仰天するシュゼット。
「…ど、どうして私がこれを食べなくてはいけないの?」
「どうして、と言われても、どうしても、としか言えないねぇ」
そう言って、後は無言でシュゼットを見つめるヴィルジール。
シュゼットの視線の先は、ヴィルジールとクッキーとの間を忙しなく動き続ける。
「…その…どうしても、というなら…」
シュゼットは一言言い訳染みたことを言うと、そのクッキーを齧る。
ヴィルジールから必死に目を逸らしながら咀嚼するシュゼットに、ヴィルジールはそっと近づき耳元に口を寄せる。
「…今のところは、このくらいで勘弁してほしいんだがねぇ」
そう囁かれ、シュゼットはさらに顔を赤くした。
(18禁につき掲載できません)
「いっくん、あーん」
「あーん」
大きく開けられた山本の口に、チョコレートでコーティングされたイチゴが放り込まれる。
二人が暮らすヴェルガモン伯爵邸にて、山本五十六とリーライナ・ヴェルガモンは
リーライナが用意したチョコレートフォンデュを食べさせ合いっこしていた。
「美味しい?」
「勿論だ」
山本の言葉に笑みを浮かべるリーライナ。
『告白用ってわけじゃないんだから、やっぱり双方が楽しくないとね』とは彼女の言である。
「…ねえいっくん、エミリはどうしてるかな?ランベール殿下のところに行ってるけど…」
「まあ…いつも通りじゃないか?」
「…そうよね」
エミリにしろランベールにしろ、甘い雰囲気を作り出せる性格ではない。
「まあ、俺達が気にしてもしょうがないだろう。あの二人にはあの二人なりの空気があるのだろうさ」
「それもそうね…じゃあ、エミリとランベール殿下の分まで私たちが甘い空気を作らないとね」
「…イチャつく口実が欲しいだけだろう」
リーライナの脈絡のない言葉に、山本が少し呆れたように言う。
「いっくんは嫌なの?」
「それは…嫌じゃあないが…」
「だったら問題ないじゃない♪」
チョコレートフォンデュを食べ終え後片付けをすると、山本とリーライナは二人の寝室に向かう。
彼らの夜はまだまだ長いようだ。
女性が好きな男性にチョコレートを送る――日本式バレンタインデーはブリタニアのみならずAEUにも浸透している。
女性たちが好きなアイドルなどにチョコレートを送る、というのも同時に伝わっていた。
そしてイタリアでもっとも多くのチョコレートを送られている男は、
AEUの重鎮の一人であるイタリアの英雄、『統領(ドゥーチェ)』ことベニート・アミルカレ・アンドレア・ムッソリーニであった。
とはいえ、アイドルなどと違って暗殺の危険がある彼は不特定多数から送られてきたチョコレートを食べることはできない。
もっとも、暗殺の危険がなくとも数が多過ぎてムッソリーニ一人では食べきれないのというのも事実だが。
「だからといって、処分するのは心苦しいものなのだがね」
「…何を言っているんですか?ドゥーチェ」
突然誰もいない方向に語りだしたムッソリーニに、秘書が不審げな顔で問いかける。
「何となくさ。何となくこう言わないといけないような気がしたんだ」
「……」
呆れたような目でムッソリーニを見る秘書。
どことなく馬鹿を見るような目で見ているような気もするが、ムッソリーニは注意しない。彼は美女には優しいのだ。
「しかし、世にはチョコレートを食べられない者がたくさんいるというのに…勿体ないものだ」
「そうは言っても、安全管理上このような措置を足らざるを得ません」
「…一つだけ取って食べたら駄目かね?」
「駄目です!その一つに毒が入っていたらどうするんですか!」
怒ったような口調で言う秘書。
「そうは言っても、折角のバレンタインデーだというのに私はチョコレートを一つも食べていないんだぞ?」
今日一日、仕事で邸宅に缶詰状態だったムッソリーニはチョコレートを手渡しされるような機会がなかった。
一応、配達でチョコレートを送ってきそうな知己の女性は何人もいるのだが、
何の因果か彼女たちの住む地方が尽く数日前から大雪で、配送業者がその地区での臨時休業を始めていたのだ。
「…チョコレートならここにありますから。これで我慢してください」
そう言って、秘書はラッピングされた小箱を取り出す。
「ほう、私にくれるつもりで…」
「あくまで義理ですので。勘違いはしないでくださいね」
「うんうん。分かっている。分かっているともさ」
そう言いながら、鼻歌でも歌い出しそうな様子で書類仕事を再開するムッソリーニ。
(本当に分かっているのかしら…こんな時にアメー元長官あたりがいれば、多少は抑えてくれるんだけど…)
軽く頭を抱え、首席秘書官リツコ・アキヅキは小さく溜息をついた。
チョコレートを肴にユフィと紅茶を楽しみつつ、彼女との初めてのバレンタインデーの思い出話をする嶋田。
チョコレートを持ってきたミレイに書類仕事を手伝ってもらい、学生時代を思い起こすルルーシュ。
背伸びしたような風体でチョコレートの蘊蓄を語るナナリーに苦笑しつつ、幸福感に浸るスザク。
甘い雰囲気をまったく作らず、チョコレートを仲良く食べるランベールとエミリ。
贈られた大量のチョコレートに頭を抱えるアンドリューとヴァレリー。
娘や孫娘たちから贈られたチョコレートを暴食するシャルル。
ドロテアと共にキッチンに立ち、チョコレート菓子を共作する南雲。
エヴァと寄り添い、ハイセ・ショコラーテを飲みながら庭の雪景色を眺めるヒトラー。
人々は、思い思いのバレンタインデーを過ごしている。
どうか、より多くの人に幸せなバレンタインデーが訪れますように…
以上です。
…ネタが浮かべば再改定版を出すかもしれません(特にカズシゲとソフィーのとこ)。
書く気力が回復していないとネタも表現技法も浮かばないものですね。
やはりVD前の第五話&オリキャラ設定集投下を強行したツケか…
最終更新:2014年08月18日 16:18