憂鬱なる魔術師(ウィザード)



プルートーン――それはブリタニア皇族の為、歴史の表舞台に上がることのない様々な汚れ仕事を担う集団――ではない。
いや、そうであった時代もあったらしいのだが、現在ではブリタニア皇帝直属の特殊部隊の一つに過ぎない。
しかし数ある特殊部隊の中でも隠密行動に優れるとされる彼らは、ある騎士団の結成を契機に積極的に活動することとなる。
その騎士団とは――

「…ティフォン、そっちはどうだ?」
「問題ない。というかさすがは隊長の娘だな、オルドリン卿は」
「ああ」

森林地帯に潜み、ブリタニア軍とテロリストの戦闘を見守るプルートーンたち。
その戦場の上には、グリンダ騎士団旗艦クランベリーの姿があった。

グリンダ騎士団を影から見守り、騎士団が危機にさらされた際には気づかれぬように手助けする。
それが、ここ最近のプルートーンの主な任務であった。

「…今回も無事終わってくれよ」

そして、彼らを率いるプルートーン副隊長、オイアグロ・ジヴォンはそう呟いて青い顔で腹部をさすっていた。


言うまでもなく、グリンダ騎士団の団長は第88皇女マリーベル・メル・ブリタニアであり、
筆頭騎士はジヴォン家の娘であるオルドリン・ジヴォンである。
親馬鹿である現皇帝シャルルから「マリーベルに怪我をさせたら容赦しない」と脅され、
同じく親馬鹿であるプルートーン隊長、姉オリヴィアからも「オルドリンに怪我させたら半殺し」と詰め寄られ、
オイアグロの胃は甚大な被害を被っていた。
後者については当のオリヴィアが出撃すればよいではないか、というように思えるが、
オリヴィアと共に出撃した場合は毎回オルドリンを助けに飛び出そうとする彼女を抑えることになり、
非番だがオリヴィアが出撃した場合は出撃した部下から泣き事を聞かされる為、あまり救いにはならなかったりする。

「ふぅ…」

テロリストの最後のKMFが撃破されグリンダ騎士団がクランベリーに回収されるのを見届けると、
オイアグロは安心したように大きく息を吐いた。

「…大丈夫か?オイアグロ」
「大丈夫だ。…心配を掛けるな、サーベラス」
「まあ、お前の苦労に比べれば大したことじゃないさ」

オイアグロの境遇は他のプルートーン隊員たちからも同情されている。
もっとも、彼と代わってやろうという命知らずは一人もいなかったが。

「すまないなオイアグロ、待たせてしまって…」
「何、予定より早く来た俺の方が悪いさ。コンラート」

数日後。オイアグロは友人のもとを訪れていた。

「それにしても暫くぶりだな。グリンダ騎士団を追ってコロンビアに行っていたんだったか?」
「ああ。いつもの仕事さ」
「…そのいつもの仕事で以前コロンビアに行った時は、胃に穴が空きかけなかったか?」
「…そのことは忘れてくれ。頼む」

前回仕事でコロンビアに向かった際にはオリヴィアも出撃していたが、
グリンダ騎士団は相手が練度の高い民主共和制原理主義組織の部隊だったことから苦戦し…
……それ以降のことをオイアグロは思い出したくなかった。

「……そういうお前の身体は大丈夫か?」

封印した記憶の扉に手をかけぬよう、オイアグロは話を逸らす。

「私は健康そのものさ。お前の甥っ子も、な」
「…ならいいが」

――コンラート・フォルカシュ。オイアグロの友人にして、オイアグロの甥・オルフェウスの養父である。


ジヴォン家には、男女の双子が産まれた際には男の方を平民の家に捨てるべしという風習がある。
オリヴィアもその風習に従いオルフェウスを平民の養子に出すこととなったのであるが、
可愛い息子をどこぞの馬の骨の子にしてたまるかと、
オリヴィアはオイアグロにも手伝わせてオルフェウスを養子に出す先を慎重に吟味した。
そして、最終的にオルフェウスの養父となることになったのはオイアグロの歳の離れた友人、
コンラート・フォルカシュであった。

彼を選んだ理由としては、

  • コンラートはオイアグロの友人であるからオルフェウスの様子を観察しやすいし、信用もおけること。
  • フォルカシュ家はブリタニアにおいては平民であるが、欧州の諸侯が革命から逃れる際に同行した従者を祖先とし、
ハプスブルグ一門でハンガリー系貴族を統括するヴィテーズ家に代々仕えている一族で、
ユーロブリタニアの欧州帰還後には代々の功績によってハンガリー貴族に列せられるとされていること。
  • コンラートの妻は第一子を死産し、その際身体を壊して次の子供を産むのは難しいとされていたことから、
コンラートはフォルカシュ家を継がせる養子を取ることにしていたこと。
(子供を作るだけなら問題ないが、出産するとなると母体か子供のどちらかを犠牲にすることになる可能性が高いとされ、コンラートとしては妻を犠牲にしてまで実子を儲けるつもりはなかった)

などがあった。
一方のコンラートも、武門の家柄であるフォルカシュ家の当主として武に長ける後継者を欲していたことから、
オリヴィアの子でありオイアグロの甥ならば優秀な騎士に育つだろうと考えたことと、
死産以来塞ぎ込みがちな妻も、赤子を養子として迎えれば元気になるのではないかと考えたことから、
オルフェウスを養子として引き取ることに決めた。

この判断は関係者たちにとって良い事であった。育児の喜びに目覚めたコンラートの妻は徐々に明るさを取り戻したし、
オルフェウスの才能もコンラートの期待に沿えるもので、
オルフェウスはフォルカシュ家を委ねるに足る実力を持つ騎士へと成長した。
当のオルフェウスも養父母から実子のように可愛がられて育ったし、
フォルカシュ家に引き取られていたからこそあった出会いもあったことから、概ね幸運だったと言えるだろう。

強いて言うなら、下級貴族とはいえジヴォン家当主のオリヴィアが頻繁にフォルカシュ家に通うよりは、
当主ではなくコンラートの友人であるオイアグロが行った方が自然という理由で
オルフェウスの様子を見に時折フォルカシュ家を訪れることから、
オリヴィアから嫉妬されるオイアグロには災難だったかもしれない。
しかし、この理由は実はオリヴィアが事情を知らないオルフェウスの前で親馬鹿を爆発させるのを危惧したオイアグロたちが、
彼女をフォルカシュ家に向かわせない為にひねり出した名目であったため、
どこに養子に出しても同じような事態になっていたと思われ、
それなら訪れる先が、気を使う必要がなく愚痴をこぼしたりできるコンラートという分だけマシと言えた。

「ところでオルフェウスは?」
「ああ、今はエウリア嬢が来ていてな。彼女と二人で甘い時間を過ごしているだろう。会いに行くか?」
「…遠慮しておく。馬に蹴り出されるのがオチだろう」
「違いない」

呆れたように言うオイアグロに、笑いながら返すコンラート。


オルフェウスにはエウリアという幼馴染兼恋人がいる。
オルフェウスには後々フォルカシュ家の血を引いている女性と結婚して子供を作ってもらわねばならなかったのだが、
幸いエウリアのモルナール家はファルカシュ家と同じくヴィテーズ家に仕える家柄で過去に縁戚関係を結んでいた。
まあ、実はエウリアは両親を亡くしてモルナール家に引き取られた遠戚の娘だったりするのだが、
きちんとフォルカシュの血は流れているのでオルフェウスの妻に迎えるのに問題はないとされた。
(エウリアはコンラートの祖父の妹の曾孫にあたる)
エウリアよりフォルカシュ家の血が濃く、家柄的にも格上の少女を用意することも出来なくはなかったが、
コンラートはオルフェウスが家のしきたりによって理不尽に本来の家族を奪われたのだから、
新しく得る家族くらいは自分で選ばせてやろうと思いエウリアとの交際を認めた。

解放的とは言い難い性格のオルフェウスだが、エウリアのことは溺愛しており
彼女に対しては言動も雰囲気も柔らかくなる。
エウリアと出会って以降のオルフェウスはより一層鍛練に力を入れるようになり、
遂には自分を超え、ユーロブリタニアのハンガリー系騎士では最強とも言われる程になった今のオルフェウスを見て、
コンラートは自分の判断は間違っていなかった、と確信している。

「それにしても、いい加減オルフェウスの経過報告はやめてもいいと思うのだがな。姉上ときたら…」

オリヴィアは定期的にオイアグロにオルフェウスに会いに行かせその様子を報告させているが、
それはコンラートたちの都合が悪く、
オルフェウスに会う為だけにフォルカシュ家を訪れることになってしまうような日でも強行される。
勘のいいオルフェウスに不審がられないようにするのは、オイアグロとしてもなかなか骨が折れるのだ。

「それには、簡単な解決策があるぞ」

コンラートはニヤリと笑って言う。

「私の義弟になればいい」

――コンラートにはエルマという名の歳の離れた妹がいる。
彼女は幼少期から付き合いのあるオイアグロに惚れており、十年以上も前からアプローチを行っている。
オイアグロとしても容姿も性格も良く、一途に自分を慕ってくれるエルマのことは少し…いや、かなり気に入っていた。

「お前が私の義弟になれば問題なく近くにいることができるようになるし、公的にオルフェウスの『叔父さん』になれるぞ?」
「またその話か。悪くはないんだが…そうすると姉上の反応が、な」

自分は赤の他人だというのに、オイアグロがオルフェウスに『叔父さん』と呼ばれるようになったら、
現状でも不満たらたらのオリヴィアがどんな反応をするかわかったものではない。

「それに…消化器を人工臓器に取り換えるような事態は避けたい」
「まあ……あいつには悪気はないんだ。うん」
「それは分かっているさ。だが…」

エルマの欠点…それはとんでもないメスマズであることだ。
まあ本来は使用人に作らせればいい身分なのだが、エウリアがオルフェウスに色々作っているのに触発されたのか、
手料理やらお手製の菓子やらをオイアグロに食べさせようとする。
ただでさえ精神的に胃が痛めつけられている状況で、日常的に胃を痛めつけるようなマネは何としても避けたい。
まあオイアグロが食べたくないからやめろ、と言えばやめるだろうが、良心に負けて言い出せずにいた。

コンコン

「どうした?」
「エルマ様がお帰りです」

と、使用人がエルマの帰宅を伝える。

「エルマの奴め、お前が予定より早く来たものだから慌てて帰って来たと見えるな。出迎えてやれ、オイアグロ」
「お前は行かないのか?」
「私が出迎えても喜ばんさ。それにオルフェウスに会えないのなら、エルマの部屋で過ごすのだろう?」
「まあ…そうだな」

何かと心労の多いオイアグロにとって、エルマを抱き締めて過ごすひと時は無くてはならない癒しなのだ。
手に持っていたティーカップを置くと、オイアグロは玄関に向かう為部屋を出て行く。

「やはり手ごわいな。……そうだ、オイアグロに前後不覚になるまで酒を飲ませてエルマに夜這…いや、あいつの性格では無理か。提案しただけでぽかぽか殴られそうだな。となると…」

そんなオイアグロを妹とくっつけるべく知恵を巡らすコンラート。
決して彼はこの事態を面白がって煽っているわけではない。
三十手前にもなって未だに嫁を探そうとしない友人と、
それを想い続けて行き遅れになりそうな妹の幸せを願って行動しているだけなのだ。
まあ、メシマズ問題については『愛の力という奴に期待しよう』などと考えているあたり、外野気分が強いのも事実だったが。


この先、オイアグロがどのような決断をし、それによってどのような心労が減り、あるいは増えるのかは分からない。
一つだけ言えることは、オイアグロ(の胃)の戦いはこれからも続く、ということだろう。


その頃のオルフェウスの私室では、互いに向かい合うようにして一組の男女がベッドに横たわっていた。
端正な顔立ちの青年は、言うまでもなく部屋の主オルフェウス。そして少女の方は、その恋人であるエウリアである。
彼らの格好やベッド周辺に散らかったものについて、深くは言うまい。
ただ二人の乱れた息と、疲労と幸福感が混ざった上気した顔とが、先ほどまで彼らが何をしていたのかを示している。

「…………」

エウリアの少し癖のある髪を愛おしげに撫でているオルフェウスは、時折見覚えのない山村の夢を見る。
炎上する家々、地に転がる死体、そして――血に染まって倒れたエウリア。
オルフェウスの記憶にはないはずの悪夢。だが魂が語りかける。
これはかつてあった光景なのだと。そして、再び現出させてはならないものなのだと。
だからこそ彼は己を鍛える。失ってはならぬものを再び失わぬように。

幸せそうに目を細めるエウリアもまた、時折あるはずのない記憶がフラッシュバックする。
復讐の為、死地に赴き続けるオルフェウスと、それを見ていることしかできない自分。
この記憶は何なのか、何故これが存在するのか。詳細は分からないが、自分の中の何かに後押しされ、彼女は決意していた。
オルフェウスの危うさ、それが彼自身に牙を剥かぬよう、自分が傍にいてやらねばならないのだと。
そしてそれ以上に、できることならいつまでも彼の傍にいたい、と。

「エウリア。その…もう一度だけ…」
「……」

オルフェウスの求めに、エウリアは強く抱きつくことで応えた。


かつて引き離され、そして別の世界で再び出会った二つの魂は重なり合い、混じり合う。
決して離されぬように。決して手放さぬように。




以上です。
仲良し家族(?)らしきジヴォン家と、それが為に苦労するオイアグロでした。
オルフェウスとエウリアも、原作とは別の家で育ったことで幸せな青春時代を過ごしています。
オルフェウスの口調に違和感を感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、
双貌のオズ本編でもエウリア(の墓)に対してとズィーたちに対してでは口調が異なるようなので…

それにしても、本編であるはずのユフィルートしげちーSSが書けない…
ネタを練ってたのが3月だってのにもう初夏…花見するSSのつもりだったのに…まあ季節無視して投稿するかもしれませんが。

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最終更新:2014年08月18日 16:32