ユフィルートしげちーSS 閑話:重圧と独占欲と
「…それにしても、どういうわけなんだろうな、これ…」
「…まあ夢の世界だし、深く考えても無駄だよ、うん」
「「はぁ……」」
二人の青年が、憂鬱そうに溜息を吐いた。
ここは夢の世界。少なくともカズシゲたちはそう判断している。
今ここに存在している人間は8人。青年が4人に少女が4人だ。
カズシゲとしては、ソフィーがいるのはわかる。
聞き覚えのある名も混ざった3人の少女がいるのもまあ許容範囲ではある。
だが青年3人の名前が全て自分と同じとなれば気にせずにはいられなくなる。
話し合った結果、彼らはどうも並行世界の自分なのではないか、という結論に達した。
少なくとも全員が嶋田繁太郎の長男であった。母親は違うが。
そして、少女たちは彼らの婚約者だった(一人は違ったが)。
ブリタニアが平和志向で日ブが同盟し、嶋田繁太郎がブリタニア皇族ユーフェミア・リ・ブリタニアと結婚している世界。
一つ目に近いが嶋田繁太郎がナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキー卿と結婚しており、その他細かい違いがある世界。
ブリタニアが危険な侵略国家であり、日本が中華連邦に加盟してそれに立ち向かっている世界。
三つ目に近いが日本がユーロブリタニアに属し、EUと戦っている世界。
一つ目及び二つ目の世界と、三つ目と四つ目の世界では違いがあり過ぎた。
また、差異が著しい前者二つと後者二つとでは、時代という面でも20年ほども開きがあった。
結果、話が噛み合わないことの多い組み合わせは避け、一人目と二人目、三人目と四人目、という組み合わせになっていた。
(女性陣はあまり気にしていないらしく、ひとかたまりになっていた。)
「…じゃあヒトラー宰相がいないとなると、ムッソリーニ宰相やルントシュテット元帥とかもいないのかな?」
「誰だそれ?」
「…なるほどね。じゃあ半島は?」
「ああ、あそこなら…」
カズシゲは、一繁の世界の情勢について色々と聴いていた。
歴史を創るはずの人物の不在や、歴史的事件の結果の違い等による世界情勢の相違は、
カズシゲにとって興味深く、知的好奇心をくすぐるものであった。
「……」
それを元になにやら考えを巡らしているらしいカズシゲを、一繁はじっと見つめていた。
カズシゲはブリタニア皇族リ家、その分家の次期当主という一繁の二人の姉よりさらに高い身分にある人間である。
「なぁ、ちょっといいか?」
姉たちがそうであるように、生まれから重荷を背負わされ、
それを正面から受け入れ平然としている人間に尋ねたいと思っていたことを聞いてみよう、と一繁は思った。
姉たちにも聞いた事のないことではあるが、どうせ夢なのだ。
それに相手は並行世界の人間。もう会うことはないのだろうから。
「何かな?」
「その…やっぱり皇族っていうのは、貴族以上に勉強とか大量にさせられるのか?」
一繁の問いに、カズシゲは暫し考え込むような仕草をする。
「…まあ、そうかな。今はそうでもないけど、昔はね。元々僕は文官としてリ家の書類仕事とかを取り仕切ることを期待されてたから、みっちり勉強はさせられたし、武門の皇族として恥ずかしくないように戦闘訓練とかもね」
文武両道で人当たりも良く、若手皇族の中でも高い評価を得ているカズシゲだが、生まれつきそうだったわけではない。
交渉やデスクワークに抜群の適性を見せるように元々磨けば光るだけの素養は十分持っていたが、あくまで彼は秀才である。
「…辛くなかったのか?」
「それは辛かったよ。勉強も運動も嫌いじゃないけど、それでも限度ってものがあるし、年相応に遊びたい気持ちとかもあったからね」
問いかける一繁に、あはは、と苦笑するカズシゲ。
「投げ出したくはならなかったのか?期待から逃げたくならなかったのか?」
一繁は父も母も、二人の姉のことも愛している。今の家族を持てたことは幸福なことだと思っている。
だが自分は凡人だと考えている一繁にとって、嶋田家とクルシェフスキー家の血は重荷であり呪縛だった。
自分は代々英雄を輩出した名家を率いれる人間ではない。自分は領民1200万を背負える人間ではない。
だが周囲は彼を、万一の時それらを受け継ぐものと見なし期待する。それが彼を追い詰めていることを知ることなく。
道化の仮面は彼の素顔(こころ)が暴かれることを防げても、彼を守る事も癒す事もできない。
だからと言って責務を放り出し、逃げ出すほど一繁は無責任にはなれなかった。
かといって家族に悩みを打ち明けることもしなかった。
圧力を正面から受けているのは2人の姉の方だし、両親にもむやみに心配をかけたくなかったのだ。
だからこそ彼は問いたかった。
自分より遥かに重いであろう責務を背負いながら、穏やかに微笑むもう一人の自分に。
「…そういった感情を抱いた事が、一度としてなかったとは言わないよ。でも、ブリタニア皇族として生まれた以上は仕方のないことだから」
身分とは義務を伴うもの。ましてや世界最強国家の有力皇族、その分家の嫡子とあっては。
ブリタニアの姓を持つ以上、そのくらいは当然の事だとカズシゲは言う。
(…結局はそれか)
しかし、ただ正面から責務を受け止めることができるだけ、というのであれば、
それはカズシゲが一繁より遥かに強靭な精神力を持っているというだけのこと。彼にとって何の意味もないことであった。
だが、次の言葉に茫然とすることになる。
「それに…怠けて能力が身に付かないようだと、ソフィーとの婚約を破棄されるかもしれないって心配してたからね」
「…は?」
予想外の話に、目が点になる一繁。
「いや、その話って年齢一ケタとかそのあたりだよな?」
「そうだけど?」
「……」
いくらなんでも早いだろう、と一繁は思った。
まあ、年不相応にマセた子供であれば惚れた腫れたの話をしていてもおかしくない歳ではあるが、
カズシゲはそういったタイプにはとても見えないし、
そういうマセた子供でも、恋愛感情から無鉄砲になることはあっても
愛の為艱難辛苦に耐え、というのは口先だけならともかく実行するとなればそう何年ももたないだろう。
故に、一繁としてはそれが大きな要素になるとは考え難かった。
「元は親の決めた許嫁だけど、僕はソフィーのことが昔から好きだったから。ずっと傍にいて欲しかったから。誰にも渡したくなかったから」
カズシゲの瞳の奥から感じられるナニカに、一繁は僅かに気圧される。
「だから、どんなに辛くても耐えられた。ソフィーが他の誰かのモノになるって、考えるだけでももっと辛かったから。遊ぶことができなくても平気だった。どんな遊びよりも、ソフィーと一緒に過ごす時間の方が幸せだったから」
当時の年齢を考えると真剣すぎる、言い換えれば『重い』愛。このあたり、やはりカズシゲはユーフェミアの子なのだろう。
「僕には君の悩みを解消させてあげることはできない。でも、君に僕にとってのソフィーのような存在ができれば変わると思うよ。人は大切な誰かの為ならどこまでも頑張れる、というのは本当のことだから」
『背負うべきモノ』ではなく『背負いたいモノ』であれば、それが苦痛になろうはずもない。
そして背負いたいモノは大きく見えるもの。それを背負えるように身体を鍛えていけば、
いつしか背負うべきモノの多くも背負えるようになるものだ。
「まあ、もう傍にいるのに気が付いていないだけかもしれないけどね」
三人が婚約者を連れてくるなか、唯一婚約者のいない彼が連れて来た少女。
その意味を彼は分かっているのだろうか、とカズシゲは思う。
だがそれを彼に伝えようとは思わない。
あくまで勝手な推論に過ぎないし、何よりこれは自分がどうこう言うべきでないことだと思ったからだ。
でも出来れば気づいて欲しい、とは思う。
友人たちにも話していないようなことを言ったのも、彼への何らかの刺激になればと思えばこそ。
物の本当の価値は失うまで分からないとは言うが、失うべからざるモノの存在を失ってから気付くというのは悲し過ぎる。
「…そろそろこの夢も終わりみたいだね」
「…え?」
話を聞いて俯き考え込んでいた一繁は、カズシゲの言葉の言葉に顔を上げる。
「…何だこりゃ」
視界が奇妙にぼやけている。すぐ近くにいるカズシゲの顔も、それとは分かるものの細部が不明瞭だ。
「夢から覚める前兆じゃないかな?」
一繁のこぼした声へのカズシゲの返答も、どこか遠くからの声のように聞こえる。
「じゃあ、さよならだね。…そっちの世界について色々聞けて楽しかったよ。ありがとう」
「ああ。…こっちも、相談にのってくれてありがとな」
二人が別れの挨拶をする間にも、視界は悪化し声は遠ざかっていく。
「それと、最後にアドバイス。悩みを誰かにうち明けた方がいいよ。重荷も、二人で背負えば軽くなるものだから」
「けど…」
「心配はいらないよ。大切な人に頼られるっていうのは、嬉しいものだから」
カズシゲは微笑みながら言う。
「――――」
一繁は何か返事をしたようだった。だがそれはもう、カズシゲの耳には届かなかった。
「ん……んんっ」
カズシゲはゆっくりと瞼を開く。そこは、見慣れた自分の部屋だった。
「夢から覚めたの…かな」
状況を確認する。
カズシゲは自室のソファーに座っている。左手に温かい感触。
見ると、ソフィーが手を握りながら目を閉じ身体を弛緩させている。
「…二人で寝てしまっていた、ってとこかな」
たしか自分は、ソファーに座りながらソフィーと談笑していたはずだ。
しかし昨晩は来週の打ち合わせについての書類に目を通していて眠るのが遅くなってしまったし、
ソフィーも昨日は忙しく、寝不足だと言っていたように思う。
そのせいで二人ともつい眠気に負けてしまったのだろう。カズシゲはそう判断した。
「不思議な夢だったな…」
しばらく並行世界と、そこの自分に思いを馳せる。
「それにしてもなんだか偉そうなこと言っちゃったけど、僕だってそこまで立派な人間じゃないんだよね…」
カズシゲは好奇心から一繁に彼の世界について色々と質問したが、
彼の世界に嶋田繁太郎の息子一繁がいるように、エル家の姫ソフィーが存在するのかどうかあえて聞かなかった。
それは、もし存在しているなら誰かと婚約しているに違いなく、
例えそれがどんな相手であっても不快感を禁じえないだろうと思ったからだ。
「こういうところが、僕がまだまだ子供ってことなんだろうなぁ。他の世界のソフィーも渡したくない、なんて…」
カズシゲはやれやれ、と頭を振る。
「…で、いつまで寝たふりしてるのかな?ソフィー」
「……!?」
ビクリ、と身体を震わせると、恐る恐るといった風で目を開くソフィー。
「その…バレていました?」
「だって、僕が起きた時から目は閉じていても顔真っ赤だし。手も不意に力が入ったりとか」
「……」
思い当たる節が大量にあるのか、顔を赤くしてそっぽを向くソフィー。
「もしかして…並行世界の僕との話とか、聞いてた?」
「……はい。その…申し訳ありません」
「そっか…聞いちゃってたか…」
申し訳なさそうに頭を下げるソフィーに、カズシゲは困ったような表情で頭を掻く。
「…少し、引いた?」
「…え?」
「ほら、男の独占欲って見苦しいって言うでしょ?ソフィーも…」
「そ、そのようなことは決してありません!」
卑下するように言うカズシゲに、ソフィーは慌てて否定する。
「焼き餅を焼くということはそれだけ、私のことを…その、好きでいてくださるということなのでしょう?」
それを喜びこそすれ、嫌がるなどありえない、とソフィーは言う。
「そもそも、私はもうすぐカズシゲさんの所有物(モノ)になるのですから…。それに私は…その、カズシゲさんにでしたら、どのようなことをされても…その…」
頬を染め、目を逸らしてもじもじしながら語尾を濁すソフィー。
「そっか…」
カズシゲは嬉しそうに微笑むと、ソフィーを抱き寄せる。
「…ありがとうね。ソフィー」
「はい…」
優しく頭を撫でられ、顔を綻ばせるソフィー。
「…で、どんな事をしてもいいんだよね?」
「…え?きゃあっ!」
声色を変えて不穏なことを言うカズシゲに身の危険を感じたソフィーだったが、
とっさに動くことができず、抱き締められた状態のまま横に倒れ込むようにして押し倒される。
「ちょ…カズシゲさ、いけません…!私たち、まだ…!」
「え?僕はただもっと密着したかっただけなんだけど?…ソフィーは何を想像したのかな?」
「~~~っ!」
真っ赤になって声を上げるソフィーにニヤニヤしながらカズシゲが言うと、
耐えられなくなったのかソフィーは手近なクッションを掴み、顔を隠してしまった。
まあ、カズシゲとしてもこういうシチュエーションで手を出したくならないといえば嘘になるのだが、
彼はそれに流されることなく、父譲りの強固な忍耐力によって不埒な衝動を抑え込む。
このまましてしまおうとしても、ソフィーは恥じらいながらも受け入れるであろうし、
彼の従兄弟の一人が言うように最後の部分さえしなければいいのだからBまでは問題ないとすることもできる。
しかし、ソフィーの性格上そういったことにも何らかの憧れがあるだろうからそれを壊したくはなかったし、
カズシゲとしても、一度しかない出来事なのだからと取っておくことにしていた。
(僕たちの場合は、焦る必要がないからね。でも、あの二人の場合は…)
考え込みそうになって、やっぱり止めた。
カズシゲとしては言えるだけのことは言ったし、あとは当人たちの問題なのだ。
(まあ、もしまた会えたとしたら、その時はあの二人が結ばれてるといいんだけどね)
その後カズシゲは一繁たちと夢の世界で再開し、二人が結ばれた事件などに驚かされることになるのだが、
それはまだ何年も先の話である。
以上です。
元々は軽めのノリの話だったのですが、
以前の「しげちー(モニカルート)も内心では不安で一杯なのではないか」という議論を受けて大幅改定したら
なんだか書こうと思っていたものと別物になってしまいました。
貴族としての責務が~重荷が~とかはよく感覚が掴めないので、話はこんなんでいいのかな?と思うのですが…
あ、今回ウチのしげちーがモニカルートしげちーに言っていたのは自分のことであって、
私が考えるところのモニカルートしげちーがそういった感じになるというわけではありませんよ。うん。
ていうか、私がしげちー×春閣下モノ書いたら他の方のと毛色が違うものになってしまいそうですし…
最終更新:2014年08月18日 16:36