しげちーネタ好評だったようでもう一個書いた
休日モニカルート色々自己設定


名前の意味


「も、申し訳御座いませんっ、以後気をつけ、」

クルシェフスキー領シアトルの中心街にて、地面に額を付けて一心不乱に謝る老婆の姿があった

「ほう、貴様は謝ればそれで済むとでも考えているのかね?」

老婆が謝っている相手は豪奢な洋服とマントに身を包んだ中年の男。身なりからして間違い無く貴族であろうその男は先程より老婆を怒鳴りつけていた

「貴様は貴族である私の足を踏んだのだぞ?平民如きがこの私の靴を汚したのは極刑に値する重罪だ」

見れば男のブランド物の靴は少し汚れている。老婆が踏んだのだ
勿論態と踏んだのではない。足元の覚束無い高齢者なのだからふらつきもするし、ましてや人通りの多いシアトルの中心街では足を踏んづけられたり肩がぶつかったりするのは日常的に起こり得る
その場合殆どは「済みません」「いや此方こそ悪かったね」と、互いに譲り合う形でトラブルは回避される。貴族・平民問わず大体がそんな物
シアトルは人口の多い大都会故にそんな事に一々目くじらを立てて居てはキリがないのだ

しかし、自領があるテキサスの地方から仕事で出て来ていた貴族の男は、シアトルを預かっているとある伯爵への陳情が上手く行かずにイライラしていた所を平民の老婆に足を踏んづけられた物だから簡単にキレてしまったのである
そもそもに平民差別をするという貴族の地位に胡座を掻いたようなこの男の場合平民に足を踏まれるなど我慢ならない訳で、先程からねちっこく老婆をいびってストレスの発散しているのだ

「ふん、こんな杖を着かねば歩けんようなら大人しく家に引っ込んでおれば良い物を、貴様が出歩いたせいで私の靴が汚れてしまった」

「お許し下さい、お許し下さい、」

周りは誰も助けない。年寄りを虐める貴族の事を許せないと憤りを抱いた者もいたが、皆貴族(子爵位)相手に口を挟む勇気を持っていなかった
貴族と平民の間には大きな力の差がある。天地の差と言って良い程に越えられない壁が歴然として

とばっちりを受けて無礼討ちとなった例も実際にあるのだから平民は下手に貴族には逆らえない。それが如何に理不尽な仕打ちであろうと…


そんな殺伐とした空気に包まれていた時、1人の少年が進み出てきた
何をするでもないその少年は貴族の方に向けて、テクテクと歩み出して行くと、その高そうな黒光りする靴を思い切り踏んづけた

「あ、ゴッメーン、メンゴメンゴ~、こんな所に足があるとは思わなかったからさぁ~」

「くっ…この無礼者が……!?」

脳天気に「失敬失敬」と馬鹿にしたような謝り方をした少年に一瞬で頭に血が上った貴族は、腰に差していた剣を引き抜き少年へ振り――「??!」下ろさなかった
振り下ろすどころか少年の顔を見ながら剣を振り上げた態勢で固まってしまった

「いやぁ~本当にごめんなさぁい」

「こ、」

固まったままの貴族は少年の再度の謝罪に身体を震わせた。怒りから――ではない

「これは、坊ちゃまっ、」

恐怖感や不味い所を見られたという焦りからだ

「ゴメンねェ~」

「い、いえいえ、私の小汚い足を踏まれては坊ちゃまの御御足が汚れてしまうという物で御座います~~」

急に猫なで声になって遜り始めた貴族に、戦々恐々としていた周囲の人たちは少年を見てはっと息を呑む
貴族が大人しくなったのも無理からん。その少年は老婆を虐めていた貴族の男は愚か、シアトル伯爵よりもずっと上位の人間なのだ

同じ貴族でも男やシアトル伯爵辺りとでは文字通り越えられない壁の向こう側にいるのが一部の上位伯爵以上の、所謂大諸侯と呼ばれるブリタニアを支えている貴族たち。その一角を形成するクルシェフスキー侯爵家はブリタニア指折りの名家であり、少年はそのクルシェフスキー侯爵の息子であった
更にはクルシェフスキー侯爵の夫であり、ブリタニアの同盟国で日本の華族、嶋田繁太郎伯爵の息子でもある
クルシェフスキー侯爵は並みの……もとい。並み以上の高位貴族から見ても最早一国の王とでも言うべき存在であって、男程度の木っ端貴族が怒りを買ったりすれば御家断絶の憂き目に遭うこと間違い無しの大貴族
万が一にでもクルシェフスキー領内で問題を起こせば下手をすると彼自身縛り首になりかねない。何せこの大都会シアトルは広大なクルシェフスキー侯爵領の一部である
自領の取引相手で、シアトルを治めている伯爵もクルシェフスキー侯爵の一家臣に過ぎず、その伯爵にさえ頭が上がらない貴族にとっては天上人その物と言えた

「へ~オジサン僕の事知ってるんだ」

「も、もちろんで御座いますとも、坊ちゃまを知らない貴族がこのブリタニアに居よう筈が御座いません、」

さっきまでの威勢の良さはどこへ消えてしまったのか?貴族はいつの間にか振り上げていた剣を下ろして手揉みしながらゴマを擦っていた
貴族はこれを情け無いとも恥だとも思わない。強い者に媚びへつらうのは弱肉強食の社会ではごく当たり前の事だから
出世するのも良い目を見るのも如何に実力者の覚えを良くするかで決まる。彼は焦りながらも事態の打開と、これを機会にシアトル伯爵を飛び越えてクルシェフスキー侯爵にパイプを繋げられないかと考え始めていた

「ま、いいや。ところで…」

そんな自己保身と欲得尽くしの邪な考えを抱く貴族を余所に、少年はゴマを擦る貴族の足下で土下座していた老婆を指差して一言告げた。貴族にとっては最悪の一言を

「そのお婆ちゃんさあ、僕の知り合いなんだけど?」

「……え?」

貴族の顔は見る見るうちに青ざめていく。それはそうだ。彼のような木っ端貴族ではない、西海岸の盟主であるクルシェフスキー侯爵家の人間の知り合いに土下座をさせていたらしいのだから

「ねぇオジサン、お婆ちゃんに何をさせていた訳?お婆ちゃんは地面に這い蹲って何をしている訳?」

「そっ……そっ、そっ、それは……ですな…」

追及された貴族の目が泳ぐ。少年から見ても周囲の人間の誰が見ても面白いように目が泳いでいる
下手な事を言えば自分の身がどうなるか分からない以上誰でもこうなると言わんばかりに
だが次の瞬間、貴族の顔は明るくなった。この場を切り抜けて克つ少年の覚えを良くする最良の手段を思い付いたのだ

「それはですな、この御老人が足をもつれさせて転んでしまった所に偶然にも出会しましたので助け起こそうとしておったのですよ!」

態とらしくというか、開き直ったように大袈裟な手振りを加えながら釈明を始めた貴族は、足元の老婆へと屈み込み(余計な事は口にするな)と脅す。クルシェフスキー家の少年の知り合いとは言え、老婆自身はやはり平民
厳格なる階級社会で平民は貴族に逆らえない。一応念の為にと懐から取り出した帯付きの札を少年に見えないようにサッと老婆の懐へ入れて(私は転んでいた貴様を助け起こそうとした。良いな?)と耳元で囁くと、彼女の体をゆっくり抱き起こして立たせた

「大丈夫であったか?」

「あ、ありがとう、ございます…」

白々しくにこやかな笑顔で立たせた老婆を気遣う貴族に、老婆は礼を述べる。老婆は別にお金など入らなかったが、話を合わせないと貴族にどういう目に合わされるか分からないといった恐怖心がそうさせたのだ。何故なら老婆は少年の知り合いでもなんでもないから
きっと少年は見かねて助けてくれたのだろうと考えた老婆は、もし少年の言葉に甘えて後で少年とは無関係だと貴族に知られたら、と悪い方に捉えてしまった
それにこれで貴族への無礼を許して貰えるのならばと考えたのだ

「うむ、くれぐれも足下には気をつけるのだぞ?」

助けてやったと恩着せがましい嘘を吐く貴族と、二度と関わり合う事は無いであろう少年に何度も頭を下げながら、老婆は去っていった



「困っている平民を助ける!私めもクルシェフスキー侯爵閣下のこの教えこそが当に貴族としての在り方であると考え日々実践しておる次第!」

「………」

老婆の姿が見えなくなるとまたもや貴族は少年にゴマを摺り始めた。周りで一部始終を見ていた者も貴族の報復が怖くて真実を告げられないでいる
クルシェフスキー家お膝元のポートランドの住人ならば少年の顔見知りも多い為に真実を告げていたであろうが、あいにく此処シアトルに少年の知り合いは少ない
こうなればもう貴族の独壇場。彼は周囲の人間に睨みを利かせて散らせてしまうと、如何に自分が弱きを助けているかをアピールしだし、媚びへつらう

「あ!それと坊ちゃま!坊ちゃまは何かと金銭面でお困りであると風の噂で耳に致しましたが」

「えっ?!な、なんで知ってるの??」

いきなり振られた話に少年は取り乱したが、クルシェフスキー侯爵の長男が金欠病であるのは結構有名な話であった
必要以上に余計なお金を持たさない侯爵の教育方針だが、平民よりも少ないその小遣いに同情している者も多いとか
そこを突いた貴族は最後の一手を繰り出す

「こうしてお近づきになれたのも何かの縁でございます。宜しければお納めください」

スッと差し出したのは老婆に渡したのと同じ帯封された札束の入った茶封筒

「………お、おおおお、おか、おか、お金、こ、こんないっぱ、」

中身を見た少年は目を白黒させながら貴族の顔を見た

「こ、これホントに貰っていいの?」

「もちろんですとも!私めのような人間の靴を踏んでしまわれ、坊ちゃまの御御足を汚してしまった事、これでどうかお許しを!」

「い、いいよいいよ許す!超許す!」

「それと宜しければこちらも…」

大喜びの少年を見た貴族がすかさず差し出したのは名刺

「~~子爵、ね」

「以後お見知り置きを!」

「うん見知り置く!それはもう思いっきり見知り置く!」

「有り難き幸せにございます!出来ますれば侯爵閣下にもその……お口添えの程を…」

「了解了解!この僕様に任せておきなさい!」

「ははぁぁ!」

深々と頭を垂れる貴族は調子に乗って「イエスマイロード!」とまで言い既に少年の臣下になった気でいる

こうしてシアトル伯爵への陳情こそ失敗に終わった貴族であったが、伯爵など話にもならない大諸侯とのパイプが出来た事に舞い上がりながら、テキサスにある自領へと帰っていった



「………」

お金の入った茶封筒を貰って大はしゃぎしていた少年が去っていった貴族の名刺をジッと見つめながら何度も名前を確認していると、彼と共にシアトルに遊びに来ていた友人が駆け寄ってきた

「ち、ちょっと何してるんだよキミは!僕に任せろとかいうから黙って見ていたけど、そんな金を受け取るなんて!」

「そんな金って言うけど何十年分の小遣いだぞ!?超大金だぞ!?チミはこれ見て要らんとか抜かすのかね?!」

茶封筒に入った札束を友人に見せる少年

「う、すごい……何ポンドあるんだろ…………じゃない!これ賄賂じゃないか!」

「ええ~っ、賄賂じゃないよ~。僕の靴を汚した詫び金だよ~。正当なお金だよ~」

「どこをどう見たらこれが正当なお金なんだよ!キミはこういうの受け取らないと思ってたけど幻滅だ!おじさんと侯爵閣下に言いつけるよ!」

「うわ、なによキミ?告げ口するとか良くないと思います!」

友人に詰められた少年は僕は詫び金受け取っただけだと自己主張しながら徐に携帯電話を取り出した

「誰に電話するのさ」

「ん~、知り合いのおじさん………。あ、もしもし、~~伯爵ですか?僕です。実はついさっき~~子爵って人にお金の入った茶封筒と名刺貰ったんですけど………」


“こんなゴミ要らないから預かってもらえます?”


電話を切った少年はポカンとしている友人を見る

「ってことで、これからシアトル行政府へ向かいま~す!…………ま、なにがイエスマイロードだよクズがって感じかな?ホントさ、社交界デビューしたころから寄ってくるんだよ、あんな目をしたクズばっかり」

「………」

「僕の名前からいい匂いがするみたいだよ。嶋田・K(クルシェフスキー)って名前からさ」

「………ゴメン、僕キミのこと…」

「いいよ別に。マブダチだしね」


友人と連れ立ってシアトル行政府の伯爵に茶封筒を渡した少年が封筒の札束から一枚だけ抜いていたのは内緒である

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最終更新:2014年08月18日 21:53