凛のデビューから半年が過ぎた。
この半年で彼女が到達したアイドルランクはB。
わかりやすく言えば、デビューから半年でCD百万枚を売り上げ、ドームでライブを行ったのだ。
さらにこの過程で、LIVEバトルでは総合で一八戦一七勝、765プロのアイドル相手に三戦二勝、961プロのトップアイドルユニット相手に三戦三勝と勝ち越している。
はっきり言ってデビューして半年の新人が到達して良い場所ではない。
つけられたあだ名も様々で、『しぶりん』『シンデレラガール』といった好意的なものから、『第二の魔王』『新世紀アイドル伝説』『魔人シンデレラ』などそもそもゲームが違うのでは?と聞きたくなるようなものまで。
まさしく彼女は規格外だった。
【ネタ】渋谷凜は平行世界で二週目に挑むようです【その2】
凛が所属しているアイドルプロダクション『CINDERELLA GIRLS Production』。
その小さな事務所の小さな会議室でこの会社の社長は二人の部下と共に深刻な顔で額を寄せ合っていた。
彼らの話題は今後の事業方針、そしてこの新興零細プロダクションにやってきた超兵器、本当に新人か?と疑いたくなるような成果をあげているアイドル、渋谷凛についてである。
現在のCGプロには六人のアイドルが所属しているが、収入面で言えばこの事務所は凛が支えているといっても過言ではない。
ちなみにその凛は現在休養中である。この半年間を疾走してきた彼女は二週間の休暇を取っていた。
さて、事業方針はすんなり決まった。
凛を前面に出して、その間に言い方は悪いが他のアイドルを戦力化する。
現在のCGプロにとってこれ以外の手は無いと言っても良い。
しかし問題は凛である。
正直に言うなら、彼らが凛に期待していたのは、「同期の二人と共に一年半かけてBランクに到達する」であった。
これはこの時代で成功したアイドルの平均とも言うべき数字で、このある意味常識的な目標に則り彼らは事業方針を立てていた。
しかし、この方針はわずか半年で瓦解する。
ユニットの本結成される前のわずか半年で凛はランク制が開始されてからのBランク昇格の最速記録を更新した。
結果、残りの二人が浮いてしまったのである。
凛自身は、急速にのし上がったとは言えBランクのアイドルにEランクを二人つけるのは、結果的に彼女たちの芽を潰す行為だと主張して、二人が最低でもCランクに上がるまではユニット結成に反対。
それにちひろとプロデューサーが賛意を示したため、凛を中心にしたユニットの結成は保留となった。
さて、こうして方針が決まると後に出てくるのは、凛に対する疑問である。
彼女はスカウトされて来た時点で既に異質だった。
役者や俳優、アイドル等、人に見られることを前提とする職業の人間には特有の“動きの癖”のようなものが存在する。
それは髪の毛一筋から足の爪先まで、自分が人にどう見られているかを理解して、自分の動きを最も美しく見せる方法を知っている人間にしかできない動きである。
これは才能ではなくそれなり以上の訓練を積まなければ身につけられないもので、つい最近まで極普通の中学生であった凛が出来るのは本来おかしい所か、ありえないと言っても良い。
しかし凛はそれを点数を付けるなら90点台でこなして見せた。
(まるでAランクのアイドルを見ているようだ)
そう、まるで経験者の様なのだ。
まるでAランクのアイドルが彼女の中にいて、しかしそのAランクが求める動きに彼女の体が追い付いていない。
プロのレースドライバーが軽自動車を動かしている、あるいは最新のOSを三世代前のPCに入れたと言っても良い。
凛自身もそれに違和感を感じているのか、連日軍隊の新兵教育並みのキツいメニューをこなしていた。
その殆どは基礎体力作りだったが。
(まさかな、そんなオカルトに何の意味がある。今の私はこの事務所の社長だ。所属する全てのアイドルと社員に責任のある身だ。むしろそういう意味では彼女を一番最初にスカウトできたのは幸運だったかもしれん。でもなぁ……)
凛のこれまでの所業は既に業界を大混乱に叩き込んでいる。
961プロの『ジュピター』には三戦全勝。
東豪寺プロの『幸運エンジェル』には二戦二勝。
765プロの『竜宮小町』には一度敗れているが、既にリベンジは成功し、そしてこれまでLIVEバトルで無敗を誇った如月千早にはじめて土を付けている。
この時点で既に業界の主要な大型アイドルを軒並み破った凛は、個人の実力では業界のトップに限りなく近い位置にいる。
(凛君が頑張って稼いでくるのは良いんだ、でもこのままだと私の胃は……!)
「……千川君、例の胃薬と栄養剤だが量産はできんかね?このままだと胃が……」
「ちひろさん、僕の分もお願いします。このままじゃ先p……社長と僕のほうが先に倒れそうです……」
「……強い薬ですから飲みすぎはあまりよくないですよ?それと材料費もそれなりにするのですが……」
「それについては構わない。経費から出そう。それから事務員だけでもいいからもう一人入れよう。このままじゃ社員が全滅する……!」
いまや業界の注目株となったCGプロ。
その社員たちの悩みは尽きない。
一方今話題のアイドル、渋谷凜はこの休みを利用して遅れていた勉学と、この世界の情報収集を行っていた。
彼女はそれほど勉強が好きだというわけではないが、それでも馬鹿といわれたり、赤点で補習を命じられるのは我慢できなかった。
そして情報収集。
彼女はこの世界に来てからたったの半年しかたっていないのだ。
そして、彼女はこの世界のことをほとんど知らない。
歴史にはさほど興味の無かった彼女には『巨大津波があって、日本が太平洋戦争に勝った』ということしかわかっていないのだ。
他にも元の世界で千葉県浦安にあった夢の国は、現在も稼働中の石油コンビナートになっているし、数年前にあった大地震で発生した津波によって未曾有の大事故を引き起こした原子力発電所は現在点検のため停止しているがメルトダウンという大事故を起こしていない。
そして元の世界の彼女の死因になったあの病気。
何が起こるかわからない。
その恐怖に抗うかのように彼女は情報を欲していた。
そして今日彼女は海軍の町、横須賀へと足を踏み入れていた。
彼女が横須賀を訪れることにした理由は、元の世界で一度だけだがここには仕事で来ているからだ。
一度見たことのある町ならば何か違いがわかるかも知れない。
そう考えた彼女は、まずは日帰りできる範囲で一番遠くにある横須賀に行くことにした。
結論から言えば渋谷凛はこの世界が明確に元の世界と違うのだということを再認識させられた。
横須賀の町は彼女がかつて目にしたものとはまったく違っていた。
横須賀の特徴といっても良い英語表記の多い看板はまったく無く、町を歩く外国人の姿はまったくといっていいほど見られない。
星条旗の翻っていた在日米海軍横須賀基地は、旭日旗の翻る大日本帝国海軍横須賀鎮守府になっている。
元の世界のプロデューサーと、ユニットを組んでいた二人、そして年上の後輩だったミリオタ系アイドルと一緒に来た記念艦三笠は心なしか記憶にあるものよりも賑わっている。
横須賀のあちらこちらを見てまわり、記憶の中の風景との相違点を探していた彼女はその最後に特大の違和感に直面した。
彼女は目にしたそれに圧倒された。
四基の巨大な三連装砲塔。
巨大な天守閣のごとき艦上構造物。
それらを載せて尚余りある優美かつ巨大な艦体。
そしてそのマストに翻る旗は昇る朝日の意匠の軍艦旗。
大日本帝国海軍が誇る最後の巨竜、大和型戦艦の弐番艦、戦艦武蔵。
巨艦はただ静かにその身を水面に浮かべていた。
凛はとぼとぼと、元来た道を引き返していた。
この世界は確実に彼女の元居た世界ではない、その事実が彼女を打ちのめしていた。
そうやってとぼとぼと歩いていた凛は道端にあった喫茶店から出てきた壮年の紳士にぶつかってしまった。
ぶつかった衝撃で尻餅をついた彼女は、そこで初めて我に帰った。
「あっ、すみません!お怪我は!?」
「いえいえ、ご心配なく。それより……」
壮年の紳士は凛の顔を見て言った。
「何か悩み事かね?こんな老い耄れでよければ相談に乗るが?」
凛は少し悩んでから言った。
「ちょっと信じられないような、頭がおかしいんじゃないかと思われるような話なんですが、聞いてもらえますか?」
「構わんよ、こんな老人にとっちゃ、あんた見たいな若くて美人のお嬢さんと話せるだけでも気分が良いんだ。まあ入んなさい。お茶の一杯でもご馳走しよう」
凛は紳士の後に続いて喫茶店に入った。
入る直前、凛はこの店の看板が目に入った。
喫茶店「fantasy party」。
以上ここまで。
やっぱりキャラ物って難しいなぁ……。
最終更新:2014年08月27日 15:32