『一輝』にいった翌日凛は事務所に顔を出しに行った。
CGプロの事務所は駅から徒歩20分ほどの場所にある雑居ビルの二階にある。
割と新しい建物で、一回は大手コンビニエンスストアのチェーン店が入っている。
いつもどおりに事務所に入ろうと階段に足をかけたところで、凛はどことなく違和感を感じた。
なんだか感じた覚えのあるざわざわした空気を感じながら階段を上る。
その不思議な感覚に首を傾げながらドアを開けようとドアノブに手を伸ばしたその時、聞こえてきた声が彼女の手を止めさせた。

「「闇に飲まれよ!フゥーハハハハハ!(フフ、フフフフフ!)」」」

凛はドアノブに手を伸ばした姿勢のまま硬直した。



【ネタ】渋谷凜は平行世界で二週目に挑むようです【その5】



事務所の中からは元の世界で聞いた一番苦手だった同僚と聞き覚えのない男性の奇声、社長の上機嫌な笑い声、そしてちひろの困惑しきった声が聞こえてくる。
同時に彼女はこの妙なざわついた感覚が、昨日『一輝』に行った時に感じた感覚と同じだと気がついた。
凛は一瞬の逡巡の末、こっそりと気配を消し、どこかで時間をつぶしてくるべく、踵を返した。
正直ちひろにもプロデューサーにも相談したいことがあるのだが、あの混沌とした空間に割り込むのはごめんだった。
気配を消して事務所のドアの前から逃げ出そうと振り向いた凛はすぐ真後ろに立っていた人影に仰天した。

「おはようございます」
「プリヴィエート、おはようございます」

腰まで届く長い銀髪に紅い目、人形染みた硬質の美貌、そしてなぜか着ているメイド服。
奇人変人電波系といった濃い面子の集まる事務所だった元の世界のCGプロでも一際ぶっ飛んだ変人、高峯のあ。
そして銀髪ショートの露日ハーフ、ロシア系特有の妖精のような雰囲気を持つロシア語交じりで話す少女、アナスタシア。
二人は不思議そうな顔で凛を見つめていた。

「ククク、我が右腕が疼く!この事務所を日本一、いや世界一のアイドルプロダクションにせよと震えておるわ!」
「我が師よ!!いざ共に参らん!!」
「この事務所暑くないですか?」
「うっきゅ~☆!杏ちゃん、ハグ~!」
「き、きらり!?ちょ、まっ、ぐぇぇぇぇぇ…………」
「そうですよね!ボクはカワイイですから!」
「あら?……このステッキとっても素敵……フフフ」
「アーニャ、お茶が入ったわ」
「スパシーバ、ありがとう、のあ」
「………………」

凛は事務所で呆然と立ち尽くしていた。
神崎蘭子、十時愛梨、双葉杏、諸星きらり、輿水幸子、高垣楓、そして事務所前で会ったアナスタシア。
元の世界で凛と共に、当時まだ新興零細だったCGプロが大躍進を果たす原動力になったアイドルたち。
そのほとんどが集まっていた。
おまけに奇声をあげる妙な男までいる。
警察に通報したほうがいいのかな?等と思いつつ凛は辺りを見渡して、部屋の隅っこで小さくなっていたみくを見つけると襟首をつかんで廊下に引きずり出した。

「みく!アレは一体何事!?私が事務所にいなかった一週間の間に一体何が起きたの!?」
「り、凛チャン落ち着いてぇ!み、みくにも何がおきたか分からないにゃ!気がついたらこんなことになってたにゃ!幻覚とか催眠術とかそんなちゃちなもんじゃあ断じてにゃい、もっと恐ろしい社長とプロデューサーのスカウト能力の片鱗を味
わった気分にゃ!」
「みくは一週間ほとんど事務所に顔出していたでしょう!だったらそれぐらい分かるでしょ!?」
「そんにゃ事言われたって知らにゃい事は知らないにゃ!大体昨日まではなんともなかったにゃ!今日みくが来たらこうなってたにゃ!」

事務所の最古参二人がギャーギャーと騒ぎあっているところに声をかける者がいた。

「おお、凛君。来ていたのかね?」
「お、凛か。おはよう」
「…………あ、凛ちゃん、おはようございます」

満面の笑みを浮かべた社長とこれ以上ないくらいのドヤ顔を浮かべたプロデューサー、そしていろいろ諦めたような顔をしたちひろだった。

「……社長、これは一体?」

凛のその言葉に社長が一つ頷いて言った。

「ウム、CGプロに新しい仲間が加わった!」
「卯月と未央が居ないが先に紹介しておこう」

そういってプロデューサーは新しく加入したアイドルたち、そして謎の男、どうやら新しいプロデューサーらしい、の紹介をはじめた。
十時愛梨、双葉杏、諸星きらり、輿水幸子、高垣楓、アナスタシア、高峯のあ、前の世界と変わらぬ仲間達。
しかし最後の一人、前の世界で神崎蘭子だった彼女だけは違った。

「それからあの黒い服を着ているのが森田蘭子君だ」

凛がこの世界に来てから半年以上がたったが、名前が異なる人間に会ったのは初めてだった。

(菜々さんと言い蘭子と言い、やっぱりこの世界は元の世界とは違うんだな……)

俯いて考え込んでいた彼女を不審に思ったのかプロデューサーが声をかけてきたが、凛はそれを笑ってごまかした。

「話は終わったようだな!!ならばあえて名乗らせてもらおう、同胞よ!!我が名は富永!!我輩がこのプロダクションに来た以上、この事務所の発展は約束しよう!!フハハハハハ!!」

話が終わるなりいきなり割り込んできてわけのわからない事を言い出した男を見て凛は一言言った。

「社長、アレ、本気で雇うんですか?」
「……………………正直早まったかもしれん」

事務所に集まったアイドルと候補生たちにレッスンや仕事の指示を出してプロデューサーが富永Pと共に営業に出かけていって静かになった事務所の会議室で、凛は社長とちひろの二人と向かい合っていた。

「…………というわけなんです」
「…………なるほど…………ちひろ君、どう思うかね?」
「…………理屈の筋は通りますし、ここ最近色々とキナ臭いのも事実です。昔の職場の友人からも海外の軍事関係株が上がってるって話を聞いたことがあります。この状況でそういう目的に使う芸能関係者を選べというならば……私も凛ちゃんを選ぶでしょうね」
「…………フム…………」

凛は結局前世の記憶に関することを除いた全てを社長とちひろに打ち明けた。

「まず私の…………CGプロ社長としての意見を述べさせてもらおう。請けるしかない。今のCGプロが三菱などと事を構えたら消し飛んでしまう」
「経理としても意見を言わせていただきます。請けるべきです。要するに有事の際に凛ちゃんの力を借りたいってことですよね?だったら事務所としては総合的に見て利益が多いと考えます」
「…………そうなりますよね…………。私は…………」
「何れにせよ、決めるのは君だ。この一件は君が一番大きく関わることになる」
「………………私は…………請けます。ここは私にとって居心地の良い場所なんです。それを守るためなら私はこの仕事を請けようと思います。…………よくよく考えれば明日明後日にいきなり戦争が始まるというわけでもないですしね」

そう決めると凛は少し愉快な気分になってきた。
ある意味彼女は世界の行く末を左右する立場になったのだ。
たとえそれが操り人形としてだったとしても。

(それに……油断していたら貴方達の手を噛むかもしれないよ?神崎首相?)

凛はそう思って、少しだけほほを緩めた。


「さてと、大事な話が終わったところで凛君。君に良い知らせが二つと、悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」

話が終わりちひろがかかってきた電話の対応で事務スペースに向かった後、社長は凛にそう切り出した。

「…………では悪い知らせから」
「旭日テレビが大規模なイベントを企画しているようなんだが、その中で君に以前敗れたアイドルたちによるリベンジマッチと称して君をチャンピオン枠で招待するつもりらしい。どうやら961プロが根回ししているようで、現在のところジュピター、幸運エンジェル、如月千早といったBランク上位勢や竜宮小町のようなAランク級も出場するようだ」
「……情報元は?」
「善永記者と悪徳記者から。現在P君に確認に回ってもらっている」
「……私はスケジュール次第ですが請けるべきと思います。かなり不利な戦いになりそうですが……同時にまたとない機会でもあります。リベンジだろうがなんだろうが向こうから来るなら迎え撃つのみです。それに……」
「それに?」
「竜宮小町にはまだ一勝一敗、そろそろもう一個勝ち星が欲しいな、と思ってたんです」

凛はそう言って小さく笑みを浮かべた。
しかし彼女の目は笑っていない。
猛烈な闘争心をのぞかせて社長を見つめている。

「…………末恐ろしい子だね、君は。『魔人シンデレラ』は伊達ではないといったところか……」
「……前から思ってたんですけど、その『魔人シンデレラ』って何ですか?私はそう名乗った覚えなんてありませんよ?」
「以前週刊誌の取材を受けた事があっただろう?アレで君は最後に『今後ともよろしく』って締めくくった。そうしたらとあるゲームのファンがそれをネットで話題にしたらしくて、気がついたら『魔人シンデレラ』なんて名前が出来上がってたそうだ。気になるなら対処するが?」
「…………」

凛は眉間を押さえた。
元の世界のネットの住民たちは、自分たちにとって面白い方向に話を転がしていく傾向があったが、それはこの世界でも変わらないらしい。
正直こんなことで実感しなくてもと思いながら凛は社長に話の続きを促した。

「……ほっときましょう。それで良い知らせとは?」
「まず一つは君のB+ランク昇格が決定した」
「えっ!?もう?」
「ああ、正直私も驚いている。この調子だとAランク昇格もそう遠くないかもしれないな。そしてもう一つだが以前君にユニット結成の話をしたのを覚えているかね?」
「はい。でもアレは流れたはずでは?」
「先週卯月君が、そして今週未央君のCランク昇格が決定した」
「!?」
「さて、二人は君の出した条件をクリアした。君の返答を聞こう」

凛は即座に答えられなかった。





以上ここまで。
途中何度も富永シミュレーターが過負荷で火を噴いては書き直す羽目に……。
そのせいでえらく薄味になった気が……。
おのれ、富永!

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最終更新:2014年08月27日 15:46