八月の第三週、取った休暇の最終日、渋谷凛は再び横須賀を訪れていた。
目的地は喫茶店「fantasy party」。
凛はそこで東雲と待ち合わせをしていた。



【ネタ】渋谷凜は平行世界で二週目に挑むようです【その6】



凛が「fantasy party」に入ると、直ぐに前と同じウェイトレスがやって来た。
午後三時という時間もあってか店内は比較的閑散としている。
店にいる客は奥のカウンター席に座っている中年の士官だけだ。

「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」
「あ、待ち合わせです。東雲さんは来てますか?」
「まだお越しになっていませんね。お待ちしますか?」

その問いかけに凛が頷きアイスコーヒーを注文すると、ウェイトレスは凛を店のテーブルの一つに通した。
少し待つとアイスコーヒーが運ばれてくる。
凛はそれを飲みながら東雲が来るのを待つことにした。


結局東雲が来たのは凛が「fantasy party」に入ってから三〇分近くたってからの事だった。
来た時にいた中年の士官は既に店を出て、凛の直ぐ後に入ってきた老人は手早く軽食を取ると店を後にし、今店にいる客は凛一人だけだ。

「すまない、待たせてしまった」

そういって店に現れた東雲を凛はジト目で向かえた。

「…………少し遅いんじゃありません?」
「悪いね、明日には出航だから会議が長引いてしまった」
「…………!?」

東雲と彼の艦隊が出航すると言う情報を聞き、一瞬凛は総毛だった。

「?…………ああ、通常の訓練、哨戒任務での出航だ。君が想像している様な事ではないよ」
「………………」

東雲の否定を聞いて胸をなでおろす。
神崎の要請を受け入れて以来、凛はその手の情報に敏感になっていた。
たとえば目の前にいるこの人のよさそうな初老の海軍軍人、東雲孝一がこの国においてどのような立場にいるのか、ということなど。
東雲孝一は日本帝國海軍中将で、現在日本が保有する現役の航空母艦四隻の内、最新最良と謳われる原子力航空母艦、信濃を中心とする艦隊の司令官である。
そしてその信濃は六〇機以上の戦闘機と十数機の早期警戒機、対潜ヘリコプターを搭載し、敵による探知を妨害する能動索敵妨害装置を装備。
ネットでは、信濃艦隊単独で枢軸海軍の半分と互角に渡り合えるきわめて強力な艦と言われていた。
そのような強力な艦隊の指揮を任されているこの男はこの国どころかこの世界全体で見ても大きな影響力を持っている人間の一人だ。
そのような人物に悩みを聞かれる機会があり、そして本人も凛自身と同じ境遇だというのはある意味奇妙なことだ。

「さてと、どうかしたのかね?あいにく私も明日には出航してしまうから長話はできないが」
「あ、そうですね。では手短に。まず先週の件ですけどまだお礼を言ってなかったな、と思って」
「ああ、そのことか。気にする必要はないよ。私にとっても良い息抜きになった。何せ現役のトップアイドルに悩みを相談されるなんてね。望んでもそうない出来事だよ」
「それでもお礼は言わせてください。本当にありがとうございました」

凛は座ったまま姿勢を正し、頭を下げてそう言った。

「うん、わかった。その件はこれでお終いにしよう。それだけかい?」
「あと二つほど。来月の第二週の月曜日、祝日ですがお暇ですか?」
「来月か……特に用事は無い筈だ。その頃には帰港していると思う」

それを聞いて凛は持ってきた鞄から封筒を一つ取り出した。

「その三連休に旭日テレビが主催する大規模イベントがあるんですが、その最終日、月曜日に私がメインでステージに立ちます。そのペアのチケットです。後ろのほうですがかなりいい席ですよ」
「フム、ありがとう、時間が許せば必ず行こう」
「それともう一つ……」

凛はちょっと悩んでから恐る恐る切り出した。

「富永って人、知ってますか?」

東雲は口に含んだコーヒーを噴出した。


「なるほど、あの野郎、いきなりカリフォルニアに行くとか言い出して姿を晦ませたかと思いきやそんなことしてやがったのか……」
「あの時、神崎総理が「私たちみたいな人間同士は惹かれあう」って言ってましたが、不思議な感覚でしたね……。……というか夢幻会ってあんな変な人まで在籍してるんですか?」
「むしろ常識人の方が少数派だ……。とにかく、そのことについては神崎さんと奴の実家に伝えておこう……」

凛は正直、自分は早まったのではないだろうかと真剣に悩みだしていた。

とりあえず伝えることは伝えたので、凛は仕事に戻る東雲と別れ、家に帰る事にした。
横須賀の町を駅に向かってゆっくりと歩く。
町は活気に満ちている。
それは凛がかつて見た横須賀の光景とそっくりだった。
凛が横須賀駅の近くまで来たときの事だった。
凛は角の向こうから走ってきた人物とぶつかり尻餅をついてしまった。

「あっ!!すいません!大丈夫ですか!?」
「……大丈夫です。そちらもお怪我はございませんか?」

ぶつかった相手は白い軍服を着た若い男だったが、凛は彼の顔にどこか既視間を覚えた。
顔だけ見れば女性にも見える中性的な顔立ちに短く刈り込んだ髪の毛。
凛とほぼ差がないどころか若干低いかもしれない身長。
凛が彼の名前を思い出す前に彼はもう一度凛に謝ると、そのまま走り去ってしまった。
結局、凛が彼の名前を思い出すことは無かった。


横須賀駅から荷物を背負って走ってきた少年は赤信号に引っかかって一度立ち止まった。
息を整えながら先ほどぶつかってしまった女性を思い出す。
長い黒髪を頭の後ろでまとめたパンツルックとTシャツの女性。

「うーん、さっきの人、どっかで見たような……」
「おい涼!ぼさっとしてねえで走れ!教官にどやされるぞ!」
「あ、うん、今行くよ!」

同期に怒鳴られて我に返った日本海軍海軍兵学校生徒、秋月涼は背の荷物を背負いなおして走り出した。
後日、彼は寮の談話室で、先日ぶつかった女性がテレビに出ているのを見つけて間抜けな声を上げ、事情を知った同期の仲間達から袋叩きにされることになる。

東豪寺プロダクション。
ここ数年で業界に参入した新興アイドルプロダクションである。
まだまだ会社の規模は小さいが順調に上昇気流を掴み、そう遠くないうちにトップ層の仲間入りを果たすだろうといわれている。
その休憩室で書類を見ながら東豪寺麗華は大きなため息をついた。
手には先日テレビ局から回ってきた書類。
表題には『アイドルLIVEロワイヤル企画書』とある。

「浮かない顔ね、麗華」
「……雪さん……トレーニング終わったんですか?」
「うん、今日はもう引き上げようと思ってたところ。……なんかあったの?」

自動販売機でスポーツドリンクを買った雪が別のテーブルから椅子を持ってきて、麗華の向かいに腰を下ろす。
その雪に麗華は自分が手にした書類を渡した。
受け取った書類を雪は流し読みしていく。
一通り流し読みした雪は無言で麗華に書類を返し、そしてスポーツドリンクの口を開けた。
一息でペットボトルの半分を開けて一服した雪はおもむろに口を開いた。

「……で?麗華は……社長はどうするつもり?」
「東豪寺プロとしては参加すべきだと思います。これだけ大きなイベントですから内外から注目が集まりますし、新人の顔見せにはもってこいと言えます。どこの事務所も予定が合う限りほぼ全力を投じてくるでしょうし。ですがこの日程だと……」
「『雪月花』としては参加できないわね…………」

『雪月花』にはこのイベントの決勝当日までかかるアラスカでのロケがあった。
これは東豪寺財閥参加の旅行会社が出資している番組で旭日テレビと仲の悪い富士テレビ系列で放送される上、こちらは半年近く前から入っていた予定なので、今からキャンセルするとなると少々面倒な事態となる。
考えた末、麗華と雪は『雪月花』の参加は見送ることにした。
話が終わって、雪が席を立とうとした時、麗華は雪を呼び止めた。

「雪さん」
「何?」
「…………渋谷凛について、どう思います?」
「……………………」

雪は立ち上がりかけた椅子に座りなおした。
そしてたっぷり30秒ほど沈黙してからおもむろに切り出した。

「…………麗華、あなたって確か18歳だっけ?」

麗華が肯定すると雪は少し考え込むそぶりを見せた。

「じゃあ、日高舞を生で見た記憶は無いわね…………。私はね麗華、彼女はそう遠くないうちに日高舞と同じ立場に立てる人間だと思ってる。もちろん15年前とは世界の情勢が大きく違うからまったく同じとは言えないけど…………もし仮に火種があって、それを燃やしたい、あるいは消したいと彼女が望むのなら国民の大半を誘導できる、そういった立場に立てる人間だと思うわ」
「…………」

そう言うと雪は今度こそ席を立った。
麗華は黙ってそれを見送るほか無かった。







以上ここまで。
言い訳は後日にでも。
この土日は嫁とダラダラ過ごすことにします。
では、おやすみなさい。

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最終更新:2014年08月27日 15:50