961プロ。
現在業界で最も影響力のあるアイドルプロダクションである。
その立派なビルの立派な社長室で、黒井崇男は報告書を睨み付けていた。
報告書の内容は今話題の新人アイドル、渋谷凛に関するものだった。
【ネタ】渋谷凜は平行世界で二週目に挑むようです【番外編】
渋谷凛、15歳、『CINDERELLA GIRLS Production』所属。
わずか半年でBランクにまで駆け上がった脅威の新人。
以前の芸暦は無し。
新人で、しかもソロでありながら不利とされるユニット相手でのLIVEバトルで十八戦十七勝という素晴らしい成績を上げている。
しかもその中にBランクで961プロのジュピター、東豪寺プロの幸運エンジェル、彼女と同じくソロでユニットと渡り合っていたBランクで765プロの如月千早、そして一度敗れてはいるもののAランクで765プロの竜宮小町。
こういった錚々たる面子が含まれているのだ。
こういった状況はかつて黒井、そして業界が経験した悪夢に酷似している。
『日高舞』。
彼女はその圧倒的な力で業界を蹂躙した。
多くの事務所が倒産し、その数倍の数のアイドルが業界から消えていった。
あまりにも彼女は魅力的過ぎ、それで火遊びをしたがった馬鹿が居て、そして火種は政界にまで飛び火した。
当時世界はドイツを中心とした枢軸の崩壊による混乱の真っ只中にあり、火種は世界中で燻っていた。
貴族院、そして官僚たちの必死の努力で混乱は最小限に収まったが、時の内閣は衆議院の解散総選挙に踏み切らざるを得なくなり、いくつもの出版社が潰れ、十数誌の新聞と雑誌が廃刊に追い込まれ、百人近い記者がある者は業界を追われ、またある者は行方不明になり現在も見つかっていない。
黒井崇男はその一部始終をその目で見てきた。
夢をあきらめさせられたアイドルたちの涙を見てきた。
制御できないカリスマは害悪以外の何物でもない。
彼がその信念を強く持つようになり、長らく共にやってきた親友と袂を分かち、765プロを退社したのはその頃だ。
彼は日高舞による影響を諸に受けて壊滅寸前の状態となっていた老舗プロダクションに入社し、数年後には無軌道な経営で会社の業績を悪化させていた経営者一族を追い出して、社名を961プロに変更した。
日高舞が業界を去った後、彼は滅茶苦茶になった業界の建て直しに尽力した。
アイドルランク制度が確立されたのもこの頃だ。
これは元々受ける仕事とアイドルのランク分けをすることで、明らかに実力が上のアイドルが下のアイドルに対して露骨なつぶしをかけられないようにするものだったが、これは業界の硬直化に結びつく結果となる。
それを解消するためにLIVEバトルという制度が生まれた。
LIVEバトルという実力重視の制度の新設の結果、業界における階層というものは発生したが、半自由経済主義をとるこの国においてそれはある意味必然と言える事だ。
そして今日のアイドル業界は完成した。
ある意味黒井崇男の人生はアイドル業界と共にあったと言える。
もちろん黒井自身、彼が今のアイドル業界を作ったなどと公言する気は無い。
今のアイドル業界があるのは彼だけでなく、かつての彼の同僚や友人、上司、ライバル達、そして業界粛清を免れた出版社等が必死で業界を再編したからだ。
百億を優に超える資金が投じられ、多大な犠牲を払って再編されたアイドル業界は、たとえ日高舞のような存在が再び現れたとしても、その出現による影響が他の業界に飛び火しにくいよう隔離が進められ、業界内でも幾重にも設けられた安全装置が業界全体の連鎖崩壊を防ぐ。
その結果、業界に対する裏社会の影響力がほぼ完全に排除されたという思わぬ副産物もあったが、おおむねそれは想定通りに機能してきた。
数年前にSランク一歩手前にまで迫った『ココロ』、その少し前に業界で激突した『サザンクロス』と『永瀬麗子』、だが彼ら彼女らはまだ業界にとって想定の範囲内であり、彼らが作り上げた業界はその負荷に耐え切った。
しかし、渋谷凛という『本物』のイレギュラーに対して、彼らが想定していた対策は全くの無力だった。
渋谷凛はただ進んだだけだ。
それにも関わらず業界はその存在に耐えきれず軋みをあげている。
彼女の影響力に目をつけた企業による誘致合戦が水面下で始まりつつあり、業界全体がピリピリしたムードに包まれつつある。
幸いこちらに関しては三菱がそれらを牽制する動きを見せているが、油断はできないだろう。
「…………イレギュラーか…………」
黒井は現在渋谷凛を排除するべく一つの策を考えている。
961プロのジュピター、765プロの竜宮小町を中心に二つのAランク、四つのBランクユニットで渋谷凛に波状攻撃を仕掛けて撃破を狙う策は常の黒井を知る者からは疑問を抱かれるような甘い策だ。
しかし、業界に出てから日が浅いが故に突かれる様な醜聞のない渋谷凛は、黒井にとって天敵とも言えるのだ。
再び日高舞の悪夢を出現させてはならない。
黒井崇男は策謀をめぐらせる。
同じ頃、765プロの会議室でこの事務所に勤めるプロデューサー達は事務所で打ち合わせを行っていた。
現在765プロに所属するプロデューサーは四人。
如月千早、星井美希を担当する水島プロデューサー。
水瀬伊織、三浦あずさ、双海亜美の『竜宮小町』を担当する秋月律子。
事務所最古参で、その他全員と業務全体の統轄を担当する間島プロデューサー。
おもに新人への指導を担当する赤羽根プロデューサー。
それぞれの職分は大まかに分ければこうなっているが、実際はそこまで明確に区切られているわけではない。
特に最近は赤羽根Pが新しく入ってきたアイドル候補生の世話にかかりっきりになっているため、水谷と秋月が通常業務のほとんどを肩代わりしている状況だ。
「……ああ、そうそう、水島さん。千早の調子はどうです?前の一件でだいぶ落ち込んでたようですが」
打ち合わせが終わって軽く雑談を交わしていたとき赤羽根がそう切り出した。
「だいぶ落ち着きはしました。ただ本調子に戻るにはもう少しかかると思います。……やはり千早の得意分野のVoで負けたのが痛かったですね」
「アレですか……。先攻だったとはいえ勝てないとは思いませんでしたが……相手が悪かったですね。彼女、とんでもない逸材ですよ。間島さんはどう思いますか?」
「そうだな、まさかあんな新興事務所で、まったくのド素人からあんなのが出てくるとは予想もしてなかった。あそこは手強いな」
「CGプロか……。見誤っていたかな?最近新しい候補生が入ったみたいだけど、まだ投入できるレベルじゃないみたいだし……、以前主力は渋谷凛とDランク5人だしまだ何とかなりそうだが……」
「あ、水島さん、その情報古いです。先週CGプロの島村卯月が、そして今週本田未央がそれぞれCランク入りしました。前川みくもCランク間近という噂がありますし、たぶん近い内にこの三人でユニットを組んでくると思います」
「マジか?いや、でもこの三人でトリオは無いんじゃないかな?たぶん島村-本田か島村-前川のデュオのどちらかだと思うが」
「…………いっそ渋谷-島村-本田のトリオは無いか?本人同士の相性は良さそうだが……」
「それはちょっと考えにくいのでは?B+ランクとC昇格直後の二人では収まりが悪いと思います」
「しかしだな…………」
加熱してあらぬ方向に走り出した議論の流れを間島が断ち切った。
「はいはい、とにかく、現状こちらからできる事は何も無いんだ。業務上の連絡事項は済んだな?では通常業務に戻るぞ。
秋月、お前は今日雑誌のインタビューがあるのだろう?そろそろ出ないと間に合わないぞ」
慌てて動き出した三人を他所に間島は一人考えを巡らせる。
彼は日高舞が起こした大波乱を芸能界の外、南洋方面艦隊所属の巡洋艦、白根の中から見ていた。
ある種、公的な影響力を持たない民間人が、祖国の意思決定に、それも戦争という非常に大きな問題に対して、無視できないどころかあまりに大きすぎる影響力を持っている。
当時白根乗り組みの中尉だった彼は、その事に非常に強い嫌悪感と危機感を覚えた。
こいつが戦うべきだ、と言ってそれに乗せられた国民が戦争を支持したら、俺達はそれに従って戦って死ななければならないのか?
これは極論ではあるが、一時期非常に危うい時期があったのもまた事実だ。
その後退役した彼が父の友人だった高木社長の誘いとはいえ、新たな職業に芸能事務所765プロダクションを選んだのはそれもあるかも知れない。
(もし仮にまた日高舞のような存在が出てきたら…………いやよそう、俺の仕事はそれを考えることじゃない)
一度頭を振って自分の仕事に戻っていった間島に来客が来る。
765プロに出入りしている雑誌記者、好野だ。
そこで間島は興味深い情報を聞かされる。
「アイドルLIVEロワイアル?」
以上ここまで。
若干黒井がまともになってる気がする。
あとマジPがもはや別人……。
最終更新:2014年08月27日 16:00