大日本帝国。
この世界の列強国の中で筆頭と呼べる立場にあり、世界の海洋の六割を支配する陣営の盟主国である。
その中枢である首都東京の首相官邸の中で、内閣総理大臣神崎博之は日曜日の今日も今日とて仕事に明け暮れていた。
彼が半日かけて机の上に積み上げられた書類の大半を処理済の箱に放り込んだ頃、現内閣の辻堂大蔵大臣が訪ねて来た。
神崎は仕事を一時中断し、秘書官にお茶を入れてくるように命じた。
秘書官は一度頷いて了解の言葉を述べ、給湯室に向かっていく。
彼女を見送ってから、神崎は口を開いた。
「カリフォルニアでの会議への出席、ご苦労様です。辻さん」
「嶋田さんこそ毎日毎日の書類仕事、ご苦労様です」
お互いに昔の名前で呼び合って冗談雑談を交し、彼らは仕事の話に戻った。
一通りの打ち合わせが終わった頃、秘書官がアイスコーヒーを持って戻ってきた。
それを飲んで一息ついた時、辻堂はおもむろに切り出した。
「そういえば今日でしたね、例のイベントは」
「……ああ、そういえばそうでしたね。済まないがテレビをつけてくれないか?」
秘書官がテレビをつけると、ちょうど彼女の歌が始まるところだった。
渋谷凛。
明治の初期から日本のあらゆる場所に根を張り、この国を発展に導いてきた組織、『
夢幻会』、その一番新しい構成員にして、おそらく歴代最年少の少女は、億を軽く上回る金の動く舞台に主役として立っていた。
「……たいしたものですね、彼女」
「ええ、元の世界で日本の頂点にあと一歩まで行ったというのも伊達ではないようです。どこか引き込まれるような感じがします」
「良くも悪くもこの世界でアイドルという職業は高い影響力を持っている。それこそ十五年前の日高舞のように下手すれば政権を転覆させてしまうほどの」
「まさか我々のいた世界がアイドルマスターの世界に繋がっていたとは……さすがの私も想像すらしていませんでしたよ。……まあそれよりも問題は……」
「……その渋谷凛のことを我々の多くが『原作知識』という形でも知らないことなんですよね……」
【ネタ】渋谷凜は平行世界で二週目に挑むようです【その8】
4曲目、自身のデビュー曲である「Never say never」を歌い、4戦目の相手に勝利した凛は大きく深呼吸をしていた。
呼吸を整えながら、これからの展開について考えをめぐらせる。
現在の得点は116対111。
5点リードしているが、逆に言えば5点しか余裕がない。
そしてここからは幸運エンジェル、竜宮小町、そして如月千早を含む後半戦だ。
一点のミスが許されない相手との連戦、それでも凛は心の底から笑っていた。
(……楽しい。とても胸がドキドキしている。……それ以上に……私は此処に居る)
たとえここが違う世界だとしても、自分はここに居て、この場にアイドルとして立っている。
凛はそれがたまらなく嬉しかった。
「……の皆さん!ありがとうございました!お次は後攻、渋谷凛さんのアピールです!凛さん!曲名をどうぞ!」
司会に促され、凛は自分にできる最高の笑顔で後半の一曲目、今日この場で初めて世に出す四曲、その最初の一曲の曲名を告げた。
15年前、彼女は日本の頂点に立った。
13歳で芸能界に乗り込んだ彼女は、その圧倒的な実力で他のアイドル達の殆どを駆逐、瞬く間に頂点の座を取った。
しかし、彼女が進めたのはそこまでだった。
頂点に立つ過程で全てを蹴散らしてきた彼女の前に立ち塞がる者はすでに芸能界に存在しなかった。
そして頂点に立った彼女を襲ったのは、もはや自分と対等に戦える相手など日本にはいない、という虚無感だった。
もしかしたら海外には居たかもしれない。
しかし当時の国際状況はそれを許さなかった。
それを悟った彼女は待つことにした。
自分と対等に渡り合える相手が現れるのを。
しかしそれは無駄に終わった。
彼女が自分に並べるかもしれないと期待した相手は相方の死と共に芸能界を去り、彼女が待ち望んだ相手はついに現れず、彼女は失望と共に芸能界を去った。
彼女自身が破壊しつくした芸能界を残して。
休日出勤の夫と友達と遊びに行くと言って出かけていった娘を送り出し、洗濯物を干そうと考えた彼女はBGM代わりにテレビを点けた。
テレビではアイドルのイベントの中継をやっていたが、彼女は特に関心を持たなかった。
今の日本に彼女と張りあえるようなアイドルは居ない。
その瞬間まで彼女はそう思い込んでいた。
「…………?」
ふと彼女の耳に歌が届いた。
それを聞いた瞬間、彼女は硬直した。
何のことはない少女の心情を歌った歌だったが、その歌には魂を揺さぶる何かがあった。
洗濯物を入れたかごを放り出して、テレビの前に急ぐ。
画面の中で歌う一人の少女。
新聞を引っ掴みテレビ欄を見る。
渋谷凛。
『魔人シンデレラ』『第二の魔王』の渾名を持つ今最も波に乗っている新人アイドルは大観衆の前のステージで、かつての彼女と同じように歌っていた。
「…………やっと…………」
彼女は自分の体が震えているのにも、自分の口から声が漏れているのにも気づいていなかった。
「…………やっと、会えた…………」
震える声で言葉を搾り出す。
「…………私の…………」
その目は溢れ出るほどの歓喜をたたえて画面を見つめている。
「……ライバル…………」
その日、かつて日本初のSランクアイドルとして君臨した元トップアイドル、日高舞は芸能界への復帰を決意した。
以上ここまで。
次からしばらく番外編の予定。
マジで仕事が忙しくて家でゆっくり飯を食う時間もない(泣)。
それでも暖かい夕飯を用意して待っててくれる嫁に感謝の言葉がない
最終更新:2014年08月28日 10:35