636 :ひゅうが:2014/08/08(金) 18:08:40

戦後夢幻会ネタSS――その1.9くらい「文官 1954年」



――西暦1954(昭和29)年5月 日本国 首都東京 防衛省


「こんな…こんなことが?!」

「青軍(あおぐん)左翼に対し赤軍(あかぐん)の近接航空支援。数は戦闘爆撃機120です。判定――青軍第1機甲師団に対し中程度損害。」

「同、赤軍第1機甲師団、攻勢を発起。音威子府の後方12キロに到達。」

「第1から第3機甲師団の残余勢力を再編。道央方面への攻勢を発起する!」

「北日本海より艦砲射撃が開始されました。赤軍第2艦隊による近接射撃です。」

「阻止部隊はどうした?!」

「すべて対潜哨戒機部隊に駆り出されているか、もしくは攻撃不能。第1艦隊は現在青軍第1艦隊と戦闘中につき対地攻撃不能です。」


防衛省の地下にある第2図上演習場は、細かなざわめきに包まれていた。
青軍――すなわち想定上はソ連極東軍役を担当していた国防陸軍士官は、驚愕と半ばあきれ交じりに目の前で涼しい顔をしている彼らのトップをちらと見た。

林敬三大将。
元内務官僚であり、彼らの間では主として「内務省閥」といわれるような官僚出身者としてしかみられていなかった人物である。
そのため、彼は旧帝国陸軍出身者かその教育課程出身者が多い国防陸軍士官たちに軽くみられがちであった。
しかしそれは、彼が内務省出身官僚たちの味方であることを意味しない。
彼は、文民統制の必要上というお題目をもとに、文民による国防軍の支配を目論んだ官僚たちを問答無用で叩き潰していたからだ。
国防陸軍においても運用内局といわれた警察予備隊以来の「制服組の上に君臨する背広組」といわれる「運用内局」を幕僚監部と統合。
この動きはどちらかといえば、青軍指揮官である元帝国陸軍士官たち制服組の要望に近い。

だが彼が士官たちに好かれていないのは、彼が国防陸軍の15個師団(陸軍に改組と同時に名称を変更)体制をつぶし、7個師団8個混成旅団・混成団体制を依然として維持していたためだった。

637 :ひゅうが:2014/08/08(金) 18:09:24

つまるところ、彼は左右両派の先端に位置する人々に嫌われていたといってもいい。
言い方を変えれば、かつて自殺という悲劇的結末に終わったフォレスタル国防長官の立ち位置に近い。
だが、有形無形の妨害は彼にとって屁でもないらしい。
特に、首相を退いたあとも日本の政界に絶大なる影響力を持つ吉田茂前首相の側近たち――俗にいう「吉田機関」のバックアップを受けている林は、旧帝国陸軍の十八番であった誅殺という手段も、そして官僚的な左遷や怠業という手段もとりにくかったのだ。

結果、鬱積した左右の不満はその立場を超えてひとつの挙に及ぶ。

「大将閣下がそれで防衛ができるとおっしゃるのだから、それを証明していただきたい。」

要するに、公開図上演習の席でのリンチであった。
これを受けなければ臆病者呼ばわり、受けても素人同然の官僚をリンチすればよい。
げに男の嫉妬は醜く烈しい。
首相を交代して以来、吉田前首相の影響力を排除できずに焦っていた鳩山一郎首相による黙認もこれを後押しした。
だが、林はなんでもないようにそれを受けた。

想定状況は196X年、米軍の限定参戦下で極東ソ連軍による北海道への限定侵攻。
言うまでもなく不利である。
何しろ、当時ソ連軍が進めつつあった海軍再建ではソ連軍は日本国防海軍と数的には拮抗すると思われており陸軍に至っては数を数えるだけで恐ろしい。

「青軍損害甚大。」

「核を、核を使いましょう!そうすれば――」

青軍指揮官の参謀役としてつけられた国防陸軍の士官はそう口走る。
だが、冷静になった青軍指揮官は首を振った。

「無駄だよ。そこまですれば即座に米軍が参戦する。」

初手、樺太からの航空戦。
これは基本的に決着がつかなかった。
全面戦争を誘発する敵基地への核ミサイル攻撃は実施できなかったためだ。
続いて、青軍は石狩湾方面への上陸を試みるべく偵察を行うも、赤軍により装備がはじまったばかりの地対艦ミサイル部隊が集中配備されることでこれは困難となった。
ゆえに上陸地点は正面となる天塩平野から頓別平野にかけてしかありえない。
津軽海峡の封鎖を図りつつ赤軍増援を阻止しようとした青軍だが、日本海南方から圧力をかける赤軍機動部隊への対処にかかりきりとなり、赤軍第2艦隊の進出を阻止できなかった。

638 :ひゅうが:2014/08/08(金) 18:10:08

潜水艦隊による攻撃を試みるものの、津軽海峡や奥尻島沖というホームグラウンドにおける対潜戦の餌食となり逆に駆り出される始末。
しかし、それは逆に上陸正面ががら空きということ。青軍は名寄から旭川を直撃するルートで進撃を行い、道央の制空権を確保しつつ北海道の東西を分断しようとソ連風のローラー戦を実施しようとし――罠にはまった。
動向を把握していなかった赤軍第3艦隊に所属する第2の空母による航空支援攻撃だ。
これにより、残存する十勝平野から根釧台地にかけての航空基地との航空戦の天秤は急速に赤軍有利へと傾いた。
さらには日本海における艦隊戦を尻目に赤軍第2艦隊は宗谷海峡への航路をとり、青軍の後続は遮断の危機に瀕する。
利尻・礼文両島の攻略作戦が、予想以上に防備の堅い島の防備状況から順調に進んでいない現状を考えれば、危うい。
すでに、赤軍の主力である装甲空母信濃を中心にした第1艦隊対策のために主力艦隊が出払っていた青軍は少ない残余艦隊によってこれに対抗しなければならなかった。
だが。
烈しい航空戦の間隙をぬって青軍の樺太基地に対し、赤軍第2艦隊は航空攻撃を実施。
長大な航続距離を活かした遠距離攻撃という海軍の機動力を見せつけたのである。

これにより青軍の計画は狂い始める。
名寄盆地における「決戦」の間、留萌方面からの赤軍機甲部隊の突破を許し、青軍第2艦隊は艦載攻撃機部隊といつのまにか伏せられていた潜水艦隊との合同攻撃海面へと誘導されて消滅。
道北の簡易航空基地群は神出鬼没の赤軍機動部隊によって次々に叩き潰され航空優勢を喪失。
道東の十勝や網走から転出された兵力は赤軍第2艦隊の手によりついに稚内に逆上陸し後方を遮断した。
結果、名寄防衛線を抜けなかった青軍は乾坤一擲の逆進により音威子府を抜き、青軍第1艦隊の手により状況打開を図るもこれはならなかった。


「見事な海上機動戦でした。林閣下。」

制服組のうち、今回の図上演習の意味を分かる士官たちは姿勢を正した。
青軍指揮官――福田定一大佐の敬礼に、林は見事な敬礼を送った。
そして、その周囲で苦虫をかみつぶしたようにこちらを見ている旧陸軍出身士官や、内務官僚たちを大将にふさわしい鋭い眼光でねめつけた。

そして一喝。

「どうした、かかってこないか!」



林敬三――官僚上がりと揶揄され、賛否両論がある人物である。
だが、彼を「戦争ができない将軍閣下」というものはこの時以降、存在していない。
最終更新:2014年09月26日 03:28