823 :ひゅうが:2014/08/09(土) 22:24:42

戦後夢幻会ネタSS――閑話「『彼女』について 20XX年」



――「クレムリンの枢機卿(カーディナル・オブ・クレムリン)」。
その名は大戦末期から冷戦期にかけてのインテリジェンスに興味を抱く人々にとって最大の謎であり、また興味をそそられる議題でもあった。

「彼、あるいは彼女はソ連共産党の最上層部の情報をどうにかして得られる立場にあり、そしてその精確性はほとんど上層部そのものではないかという疑いを抱かせるほどである」

これは、アメリカCIA長官として組織の立て直しに尽力していたロバート・マクナマラ氏の言葉である。
そして枢機卿は、どういうわけか日本国の上層部と密接なつながりを持っていた。
アメリカはもとより、英国が誇るMI機関や、西ドイツ、フランス、そして当のソ連自身もその正体を掴もうと懸命になっていた。
だが、よく知られているようにその正体は謎である。

枢機卿は何者だろうか?
少なくともその正体と目された人々はあるいは粛清され、あるいは自らがソ連のトップとなりつつも表も裏にも関係改善以上のことはしようとしなかった。
だが、そんな存在について近年、ミハイル・ゴルバチョフがその存在について言及したことがCIAの公開文書によって判明した。

「彼女…おそらく彼女の考えるところと私の考えるところは同じだったろう。接触らしきものも明確にあったが、私には彼女の正体を知ることはできなかった。
フルシチョフは時にその存在を前提として西側と対話しようとしたし、ブレジネフは半ば疑心暗鬼になりながらも危機的状況ではその存在を頼りにしようとした。アンドロポフはその恐るべき先見性に怯え、チェルネンコは半ばあきらめきっていた。
私にとっては彼女は文字通り天使だった。」

おわかりだろうか。彼女、とそう述べているのである。
クレムリンの枢機卿には、さまざまな異名がついている。
リンゴ、俯瞰する者、そして「ロマノフの亡霊」。
誰が呼んだのかはわからないながらも、ロマノフの亡霊という言葉は日本の諜報関係者と接触したごく上層部に古くからささやかれていたという。
ロマノフの亡霊にして、情報関係。
このキーワードからは、旧ロシア帝国内務省警察部警備局――通称オフラーナという組織が思い浮かぶ。
旧帝政ロシアにおける秘密警察にして、ソ連共産党結成期最大の敵。
ロシア革命以後その一部はソ連のチェーカーに吸収されたというが、その一部なのだろうか?
筆者が思うに、それは半分正しく半分間違っている。
彼らの定員はわずか6人だが、その構成員ははるかに多数に上っており、そのうちの一部がソ連の上層部に紛れ込んでいたのは事実である。
もちろん、それだけではない。
筆者は、アメリカの黄金時代を作り出したとして現在も尊敬を集めるケネディ元大統領が1956年に記した意味もないと思われる走り書きにそのヒントをみる。

「オリガ」

その名は、当時公開中だったブロードウェーのミュージカルとされる。
実際に上院議員時代のケネディがこれを見に訪れた記録もある。
作家のチェーホフについての伝記を書いた妻のオリガ・クニッペルの手記から着想を得たミュージカルだが、近年リメイクされたことで知る者もいるだろう。

824 :ひゅうが:2014/08/09(土) 22:25:13


さて、ここで唐突ではあるがひとつの話を記しておきたい。
199X年に行われた、エカテリンブルグにおけるニコライ2世一家の遺体調査である。
これにおいて発見されたのは8体の遺体。
DNA鑑定によって、いわゆるアナスタシア皇女の生存説が覆されたことはよく知られている。
だが、筆者が述べたいのは「オリガ・ニコラエヴァ・ロマノヴァ皇女の遺体とされたものは偽物であった」という鑑定結果である。
これは当時イパチェフ館で世話係をしていた女性のものであったとされるが、アナスタシア皇女の遺体偽物説と同様に異論があることはよく知られていよう。
これをもってDNA鑑定の不徹底性が陰謀論などで唱えられていることも。

つまりはこういうことである。
旧帝政ロシアがもっていた社会のあらゆる階層へ張り巡らされた、ことによると代を重ねる伝統職業じみた諜報網はソ連時代においても引き継がれていた。
おそらくは限られた者だけがその「送り先」を知っていたのだろう。
情報を送る当人たちはKGBなどの組織に協力していると思っていたのだろうし、その一員も存在したことだろう。
広大なソ連各地の、普通の一般市民が口の端にのぼらせる話題。
そしてクレムリンの内部でぽろりとこぼされる一言。
さらには、組織内部にいる者が「先祖のやっていたように」送る情報。
そして――それを利用するソ連上層部内部。

半ば、公認の情報漏えいルートといってもいい。
いや、ソ連という閉ざされた国家が「外」と繋がるほぼ唯一の安全な一本道であったのかもしれない。
反主流派の派閥であったり、ソ連の最上層部であっても必要があればここから情報を送ることが慣例化してしまってすらいた。
恐怖政治のスターリン時代に安心して使える「横の」情報伝達ルートからすら彼らは、いや彼女らは情報を得ていたのだろう。
そしてそれを分析したのは、「彼女」のバックに存在していた組織――おそらくは「吉田機関」といわれる存在。

彼女というある種のカリスマを戴くことによりこの膨大な情報集積ルートを管理したわずかな人々は冷戦の長きにわたり表向きは一般市民として存在していたのだろうし、また存在するのだろう。

むろん、これは筆者の空想が多分に混じった想像にすぎない。
「彼女」が現在も健在であるのかは誰にもわからない。
だが、現在のロシアが機密情報について質問を受けると、

「それについてはクレムリンの枢機卿にお聞きください。」

こう答えることが通例である。



――ジャック・J・ライアン著「インテリジェンス」内のコラムより抄録
最終更新:2014年09月26日 03:46