936 :ひゅうが:2014/08/18(月) 16:33:10

戦後夢幻会ネタSS――その2.11「想定状況『北海の勇者』概説」



――西暦1957(昭和32)年12月8日 アメリカ合衆国


「さて、諸君。私が諸君に見せたいのはいわゆる『電撃戦』になる。」

阿部俊雄大将がさらりといった言葉は、周囲の失望まじりのため息で報いられた。
先日の林大将で忘れかけていたが、この阿部提督は海軍軍人なのだ。
だからしょうがないといった風である。
だが、その中にいる顔を青く染めた士官たちや、真剣な表情をしている将帥たちを見て「これは少し違うぞ」という風に思い直す者も多い。

図上演習の結果は知らされていても、経過は前回のそれと違って極秘にされているらしい。
ご苦労なことだと阿部は思った。


「とはいってもただの電撃戦ではないのは当然だろう。」

そういってから、かつて嶋田繁太郎という名前だった阿部俊雄はニヤリと笑ってからあらかじめ書いておいたホワイトボード上の図を見せてやる。
そこには先ほどまで行われていた統合参謀本部の上級士官たちとの「図上演習」の中で阿部が実施したひとつの戦闘構想の概略が記されていた。

「諸君。昨日の図上演習においては、ワルシャワ条約軍の戦力想定から『戦術核兵器を重砲に見立てての火力突破戦』を想定し実施した。」

「提督。質問をよろしいでしょうか。」

「官姓名を名乗って全員に聞こえるように頼む。何しろ私は定年前だから耳が悪いかもしれない。」

講堂を笑いが走った。
「耳が悪い」とは、聞き取れないかもしれないという暗喩だったが、それにしては阿部がしゃべっていたのは見事な英国英語(クイーンズイングリッシュ)だったからだ。

「統合参謀本部付きのジョン・メークス大佐であります。」

周囲から、ほう、彼がパットンの後継者かというつぶやきが広がる。

「ハヤシ閣下と提督が実施した戦闘は、トゥハチェフスキー元帥の縦深作戦ドクトリンに基づく『スチームローラー作戦』かと思量しましたが。」

「その通りであり、またどちらも正しい。
縦深作戦ドクトリンとは、分進進撃、すなわち部隊を左右2つに分けて時間差をつけて敵へ攻勢をかける進撃法を文字通り『縦に』展開したものだ。
車輪が回転するように第1波が衝力を失うと後方から第2波が繰り出されまるでスチームローラーのように進撃を継続するのだが。」

阿部はそこで周囲を見渡した。
ここまででついてこられていない者はいないな。

「ここで注目すべきなのは、主戦場となる西欧においてワルシャワ条約軍がある意味では圧倒的に劣勢であるという事実だ。」

ざわっとどよめきが起こる。

「それがなぜか、わかるかなメークス大佐。」

「は…それは…航空戦力でありましょうか?」

「その通り。地政学的に見ると、ヨーロッパロシア平原からイベリア半島に至るまで、ヨーロッパは南北に海を挟み、かつブレストを頂点とした三角形を描いていることがわかるだろう。さらにはライン川という大河がこれをさらに上下に分けている。これが意味するところは、防衛側は頂点に近づくに従って戦力を集中し、かつ三角形の『外側』から支援攻撃が実施できるということだ。」

「空母機動部隊…そして英国やイタリアの航空基地群…。」

誰かがうめくように言った。

「その通り。ゆえにNATO軍がとる基本戦術は、機動防御によってライン川という金床へWTO軍を誘引し、南ドイツと北ドイツの両翼で敵主力を包囲殲滅してしまうというものだ。この間、空軍主力は敵後方兵站に対する戦略爆撃によって経戦能力を喪失せしめる。
基本方針としてはまったく間違っていない。」

937 :ひゅうが:2014/08/18(月) 16:33:58


だが。と阿部は言う。

「包囲殲滅に対する対抗策は古来から同じだ。片翼を拘置し、中央突破を図る。
さらには敵の機動力を失わせるために常に先手をとることが必要となる。
そのためにソ連軍が選択したと思われるのが、火力戦である。
第1次世界大戦時に投入された大火力に加え、破城槌としての戦術核兵器の大量使用が選択された。
これには、進撃路の前面に存在する敵の民間人を効率よく『駆除』しつつ進撃することができるという副産物がある。――ああそこで嫌な顔をすることは健全な自由世界の軍人である証拠だからその感覚を大切にしたまえ。」

さりげなくアメリカ人が誇りにしているらしい「自由世界」の単語を混ぜ込んでから阿部は続けた。

「しかし諸君。これはあくまで航空優勢が果たせぬがために用いられるものであると理解したまえ。
特に空母機動部隊の持つ大量の航空機を任意の場所へ集中投入できるという強みは、間違ってもソ連軍には不可能だからである。
このため、本質的にソ連軍は航空劣勢下で、かつ兵站の時間的制約のうちに作戦を遂行しなければならない。
だから彼らは第1次世界大戦時の英国以上に大火力主義となったのだ。」

と、背広姿の若い男性が手を挙げる。

「アドミラル・トシ。上院戦略研究所のロバート・マクナマラです。」

フォードを立て直した男は、昨日のバーで友誼を結んだ際の愛称を混ぜ込んでから立ち上がった。

「その論法からいけば、今回の戦時においてはさらなる空軍の機能強化が必要という結論に達したということでよろしいでしょうか?」

陸海軍士官たちがいやそうな顔をし、空軍士官が苦笑いしていた。
昨日の「北の暴風」演習においては、空軍は散開して各所へ突入する前に長距離対空核ミサイルによってたたきつぶされていたためだ。
当然、その分陸海軍は割を食う。

「それは少し違うだろう。諸君。空軍の主任務はおおまかにいって戦略爆撃と制空権――航空優勢確保にあるというのがこれまでの常識だろうと思う。だが、換言すればそれが先日の演習での敗北を生んだといってもいい。」

なっ…
という空気が講堂に広がる。

「ここで対地攻撃のシステムを考えてみよう。CAP士官が敵に対する近接航空支援を要請し、後方の基地から飛び立った攻撃機や爆撃機が爆弾を投下する。
あるいは、あらかじめリストアップされた目標へ向かって爆撃機をはるか後方から飛ばす。
だが――よく考えてみてほしい。
師団以上は?」

「戦術核ロケット弾や短距離弾道弾の使用でしたね。あっ…」

「そう。そこだ。空軍による独自爆撃はそのうちに弾道ミサイルによる攻撃がとってかわることになるだろう。この前のように迎撃される心配も少なくなるし、何より『基地は動かない』。
しかし、陸上を進む敵集団に対する通常兵器を用いた攻撃は?
昨日のように先制核攻撃をかけても指揮命令系統が混乱状態にある際はどのように敵の大集団を攻撃する?
敵味方が入り乱れる中でCAP士官からの五月雨式の戦力投入要望をどのように処理する?
師団以上の上級司令部から空軍に航空支援を要請して投入する?
1日がかりで戦力の集中をやっている間に敵は100キロ以上を駆け抜けて状況が変わっているのに?」

そう。
空軍はこれまで戦略抑止力の花形だった。
陸上を進む敵の大戦車軍団に対する「大規模航空攻撃」は彼らの頭からすっぽり抜け落ちていたのだ。
制空権、いや航空優勢を確保した後で陸上部隊の要請に応じて細やかな支援を行う。
少なくとも第2次大戦時にはそれでよかった。
だが、今はそのような受動的なことでは困る。

「そこで、我々は今回の演習『北海の勇者』においては『電撃戦』を実施した。
空から攻撃する目標は敵の兵站だけではない。
『敵の侵攻能力そのもの』である。ゆえに、敵の軍需工業地帯に対し核弾頭を投下する前にまず重戦車軍団に親子爆弾を投下するべきであると本職は考えた。」

939 :ひゅうが:2014/08/18(月) 16:34:34

ここまでくると、士官たちには得心がいったらしい。
かつて、ナチスドイツのフランス侵攻においては戦車部隊の機動力と「空飛ぶ砲兵」スツーカ、そして戦術的攻撃能力に特化した航空部隊が敵の脆弱点を痛打して戦線を各個に突破。
敵に対応のいとまを与えずに大侵攻を成功させていた。
それを参考に、阿部は今回の演習において空陸立体攻撃を実現してのけたのだ。

「敵の恐ろしさの由来は核戦力ではない。強力きわまりない重戦車軍団とその圧倒的な機動力だ。
この点、『北の暴風』演習においてオーデル・ナイセ線からズデーデン山地にかけて50発あまりの戦略核を投下したことは正しい。
今回は、初動において核攻撃部隊による『大量報復』はこれを実施せず、戦術攻撃に徹した。」

「待って下さい。それでは敵の核攻撃能力は…」

「『北の暴風』の最終段階において実証したように、たとえ先制攻撃を受けたとしても最後に敵を壊滅させるだけの核戦力を維持していれば対抗する手段がない敵は屈服を余儀なくされる。
最悪でも痛み分けを強制することが可能となる。
この『第二撃』を行う余裕を保つことこそが破滅的な核戦争を双方の壊滅によって終わらせないために必要なこととなる。
核戦争においては、『敵が核をまだ持っているかもしれない』という疑念が逆説的に戦争の拡大を呼び込み、また抑止する。
相互に核兵器が大量配備されている場合、『核は使って楽しい玩具ではなく、見せびらかして畏怖させ、相手の行動を抑止する装置である』。
そこに戦術核と戦略核の違いは存在しない。
話がそれたな。」

今回実施した「北海の勇者」演習において、初撃は戦略爆撃機の集中投入以外は前日と同様に推移した。
しかし、ベルリンへの前進に際しては航空機の空中待機と早期警戒機による厳重な警戒態勢がとられていた。
そしてソ連側からの攻撃も抑制的に推移し、結果として「後手からの一撃」が加えられることとなったのだった。
しかも。

「主力として『B-47ストラトジェット』による通常爆撃で近接攻撃機の不足を代用した。」

その総数は全体の半分ほどとなる600機程度。
本来は、低空侵攻によって広範囲に攻撃を行える対地攻撃機か、対空攻撃をものともしない対戦車攻撃機のようなものがまとまった数存在していればベストなのだが今回は致し方ない。
しかしその投下する爆弾はソ連軍主力である第1軍集団に甚大な損害を与え、分進攻撃をする後方の「敵地上軍」に対する戦術核をも含めた攻撃が実施されたことで敵の作戦計画は大きく狂う。


「敵にとっての戦略打撃力がその重戦車軍団であるのなら、それに対する攻撃はもはや戦術レベルのものではない。
『戦略レベルの攻撃』がなければそれを打ち砕くのは不可能である。」


航空優勢を保ったNATO側が海上の機動部隊からの適切な援護を受けられるのに対してどうしてもWTO側はそれができない。
そこにつけ込む隙が生まれる。
それに対し、わざわざ地対空ミサイルでガチガチに固められた敵地にえっちらおっちら核弾頭を高高度から運んでいくことはもはや自殺行為なのだ。
そんなものには、中距離弾道弾のような音速の7倍以上で飛翔する怪物をぶつけておけばいいのだ。
しかし防備を固めた敵陣地ではない「移動する機甲部隊」はどうしてもそれほどの鉄壁とはなり得ない。
もともとが戦略爆撃機であるため地対空ミサイルによって甚大な被害を出したものの、その代償として敵第1総軍の衝力は失われた。

「速度を殺せば、あとは敵の指揮能力をマヒさせればよい。いみじくもソ連のドクトリン通り。3分の1を火力で、3分の1を通信…つまり指揮能力で失わせれば残る3分の1は自ずから瓦解する。
もともと敵はこちらの指揮能力の飽和によって軍集団相互の連絡の不備と補給能力不足による連絡の不備を補っていた。」

940 :ひゅうが:2014/08/18(月) 16:37:14

敵第1総軍の衝力が失われたことにより、ライン軍団との間に展開していた西ドイツ連邦軍は危機から脱出。
ライン川防衛線から戦力を抽出するだけの時間的余裕が生まれた。
南ドイツに展開しているNATO軍の中でも最強を誇るアメリカ軍の打撃部隊は、野戦飛行場に緊急展開したフランスや英国駐留の航空部隊と緊密に連絡を保ちながら進撃を開始。
後方の分進する戦力に的を絞って行われた阻止攻撃によって混乱する敵軍集団を各個に撃破していく。

この過程でNATO軍も敵の戦術核攻撃により大きな被害を受けていたが、開戦後10日時点でNATO軍は東独領内において侵攻してきたWTO軍のうち50個師団あまりを包囲殲滅。
20個師団あまりを補給切れにより孤立させていた。
WTO軍の先鋒は崩壊。
さらに残存する戦略爆撃部隊による圧力は、ソ連側から抗戦の選択肢を奪っていった。


「このように、もともとNATO軍は強力である。
相互の連絡、ことに陸海空軍が一体となって戦闘を遂行できる態勢を作れば現時点においても『戦術的な勝利』、そして『戦略的な痛み分け以上』が実現できる、そう我々は結論づける。」

「そうか。」

誰かが言った。

「マリアナ沖海戦だ。」

「その通り。いかに強力な基地航空隊といえども、敵の基地航空隊とばかり戦っていては機動部隊を打ち砕けない。主となる矛が何であるかを忘れてはいけない。
地上軍は空軍と陸軍が司令部を統合するレベルで『統合攻撃』を実施する必要があるだろう。
そしてこれに対応可能なまでに独立した作戦能力を高めておく必要がある。
むろん兵器体系も。
本職はこれらを総称した『空陸立体作戦(エアランドバトル)構想』こそが赤い鋼鉄の軍団を打ち砕く切り札となると考えるものである。
――ご静聴ありがとうございました。」
最終更新:2014年09月26日 03:45