521 :ひゅうが:2014/09/02(火) 13:51:35

戦後夢幻会ネタ――番外編「後悔と 1946年~1962年~1945年」


私には、悔いがある。


「沈め!早く沈め!
恥知らずの奇襲の罪を抱いて死ね!
早く死ね!
そら、痛いだろう。早く死んでしまえ。
おまえはここで死ぬ。偉大な合衆国の正義に卑劣なジャップは敗れ去って死ぬのだ!」


南太平洋で私は狂笑していた。
その5年前、戦艦アリゾナのブリッジで死んだ父の仇――というよりはその象徴に向かって罵声を浴びせながら。

「君。そういうものではないよ。」

「何がです?あの世界一卑劣で邪悪な奴らに思い知らせてやることの何がいけないのですか?
ナチスにだまされていたドイツに比べ、あのサルどもは生まれからして邪悪。
たまたま隣にチャイナがあっただけでそのおこぼれにあずかった度しがたい連中です。
そんな奴らには力でわからせてやるのが一番なのですよ。」

顔をしかめるだけで終わらせたアーレイ・バーク提督の心は、その十年以上後に痛いほど理解できたのだがその時の私はただ嗜虐的な悦びに満ちていた。
おそらくは、新聞のアンケートで「日本人全員への断種手術」に諸手を挙げて賛成した合衆国の半分以上の民と同様、いやそれ以上に。
なんとおぞましいことだろう。

そしてそれを無邪気に信じた海軍大尉である私の、何と愚かなことだろう。


――1946年7月1日 ビキニ環礁。
クロスロード作戦、第1爆発「エイブル」。

ロスアラモスで科学者の命を立て続けに奪っていった「悪魔のコア」は、今や不要品となった合衆国の軍艦と日独からの接収艦の上空で炸裂。
広島・長崎とほぼ同等の爆発によって多くの艦を炎上させた。

「ははは。見ろ、ジャップの艦が鉄くず同然だ!」

軽巡洋艦酒匂は、一度も出撃することなく艦上層部の構造物をなぎ払われ、太陽の表面温度ほどの熱で「鉄が炎上」。
煉獄の溶鉱炉と化して燃えていた。
私や、太平洋戦争で家族や戦友をなくしていた同僚たちは歓声を上げた。
だが。

「ナガトが浮いている。」

私は舌打ちした。
合衆国の軍艦が浮いているのはいい。
戦艦ネバダを狙った弾頭は、落下速度を調整するためのパラシュートの影響から風に流され、630メートルもそれて爆発したためだった。
そしてその他の戦艦群は無事であったのだ。

憎き戦艦長門も。


「沈め!なぜ沈まない!沈め!」

軽巡酒匂は翌日沈没した。
私は少し溜飲を下げたが、それでも最大の敵である長門が無傷であることは我慢がならなかったのだ。
同じ感情は、おそらく少なからぬ人々が共有していたのだろう。
機雷が運ばれ、くくりつけられた。
ご丁寧に、彼女の「古傷」に沿うように。


「古き海軍は死なず。だよ。大尉。」

忌々しい長門の上で、機雷のとりつけ作業が終わったことを報告した私はその言葉を聞いた。

522 :ひゅうが:2014/09/02(火) 13:52:26
「死なぬ、ですか。」

「そうだ。君には思うところがあるだろうが。」

当時の私の上官であった人物が言い放った言葉は今も忘れられない。

「我々は、これから海軍と戦争を殺すのだ。分不相応な玩具に舞い上がって、復讐の名の下に。」

大勢の誰かに見られているような、そんな気がしたことをよく覚えている。




――1946年7月25日 クロスロード作戦 第二爆発「ベーカー」。
水中爆発は、戦艦長門の至近で発生し戦艦アーカンソーを水柱の中で浮き上がらせ「轟沈」させた。


「長門が浮いている!」

悲鳴のような声が上がった。
正直に言えば、私は恐怖していた。
あの艦は屈しないつもりか。
馬鹿な。

あの猿まねしかできない劣等民族が作ったフネが沈まない?
あり得ない。


「古き海軍は死なず…」

沈まない。長門は1日たっても、2日たっても、沈まなかった。
まるで何かに抗議するかのように。

「海底から、太平洋で散った英霊が支えていると日本人はいっているらしいですよ。」

「上等だ。何度でも蒸発させてやる。」

冗談まじりで軽口をたたいた古参の水兵に、私はそう返すのがやっとだった。
目の前で、キノコ雲が巻き起こる光景はそれから何度も夢に出てきた。
海底から伸びる手の色は、黄色だけではなかった。

「なぜあなたが支えているんだ!父さん!」

3日目、私はそう叫んで夢から覚めた。
長門はまだ沈んでいなかった。


「5日が過ぎても浮かんでいるようなら、回収して回航する。」

実験を指揮する第1統合任務部隊の決定に、異議はほとんど上がらなかった。


「なぜ沈まないのだ。」

長門は、そこにいた。
かつて国の誇りと称された軍艦は、そこに浮かんでいた。

「不沈艦なんてあり得ない。」

乗組員もいないのに。長門は、まだ戦っているのか。

「何度でも沈めてやる。何度でも打ち砕いてやる。」

523 :ひゅうが:2014/09/02(火) 13:53:14
4日目。7月29日。
長門は海上にいなかった。
ネバダやプリンツオイゲン、インディペンデンスは海上にあったが、そんなことは私にとってはどうでもよかった。
ホッとした、といってもいいかもしれない。

だが、悪夢からは覚めなかった。








「なぜそこにいるんだ、父さん!」


――1962年10月27日。暗黒の土曜日。
キューバ沖合、「海上封鎖線」。

私は、その日も悪夢で目が覚めた。
あの日から忘れた頃に蘇る夢は、私に多くを語ってはくれなかった。
だが、それでも私は悟りつつあった。

「閣下!わが艦も爆雷を投下しましょう!」

「駄目だ!ソ連艦が核魚雷を装備しているかもしれない。我々が引き金を引くわけにはいかない!」

「閣下!」

世界は、核戦争の瀬戸際にあった。
キューバのミサイル危機。
その最前線。
発見されたソ連潜水艦に対し、勇み足を踏んだ味方駆逐艦が爆雷を投下。
私が指揮官をつとめる対潜戦隊もこれに追随するか否かで意見が分かれていた。


「嫌だ。」

私の口から出た、およそ軍人らしくない言葉。
その瞬間に私はあらゆることを悟った。
妻や子供たちの顔が思い浮かばなかったわけではない。
ただ、私は嫌だった。


「閣下。ソ連潜水艦が反転します。」

ふぅ。と私は息を吐いた。

「艦長。彼らも人間だな。健全な恐怖と知恵が勇気を生んだようだ。」

そのようです。と苦笑する艦長やスタッフたちは、先ほどの醜態を恥じていたようだった。

「同じ人間相手だからできることもあるさ。あの場では自重が最善だったと私は信じる。」


同じ人間。
ああ、だからか。
だから父さんは――



私には、悔いがある。

524 :ひゅうが:2014/09/02(火) 13:54:21


――1945(昭和20)年10月2日 日本国 連合国軍極東司令部(GHQ)


「礼を言おう。あのルメイを引き下がらせたのは貴官の一言だ。」

「いえ。しかしありがとうございます。パットン閣下。」

極東における連合国軍最高司令官ジョージ・パットン元帥は、目の前で敬礼してのけた海軍大尉に軽く頷いた。

「謙遜することはない。『わが海軍は敗者を嬲り殺す趣味はありません。少なくとも若輩ながら私はそうありたいと思っています』。
見事な啖呵だった。」

そう。少なからぬ人々の敵意を買っただろうこの若い海軍士官の将来についてフォレスタル長官に一筆書こうとパットンに思わせるほどに。
海軍に自慢の玩具を見せびらかしたい「空軍」連中や、海軍の一部の企てはミッチャー提督とこの士官に潰された。
検討会において、日本海軍への復讐のために保管状態の戦艦長門を原爆実験の標的艦とすることを提案してきたあの男。
それに間髪を入れずにたたき込まれた痛烈な反撃は、合衆国にとり守るべき「正義」の在処を思い出させたのだった。


「閣下、これは私の贖罪なのです。自分にとっての。」


パットンは、「そうか」とだけ言った。
最終更新:2014年09月26日 03:47