24 :yukikaze:2014/09/15(月) 00:44:05
本当にすいません。沖縄沖海戦SSをまた見直ししてしまいましたので
再々編話を投下します。
何でこう政治的談議に走ってしまうんでしょうかねえ。ウリは。

  戦後夢幻会ネタSS――前史「栄光ある敗北」

1 強かなる良心

アメリカ合衆国にとって、1944年はまさに天国と地獄であった。
既に前年にはイタリアを戦争から脱落させ、太平洋でもマーシャルを陥落させたことによって、中部太平洋における日本軍の一大根拠地であったトラック諸島を戦略的に無価値にしていたのだが、この時期にはアメリカの戦時生産能力がフル回転したことによって生じた圧倒的な物量によって、全面的な攻勢へと打って出たのである。
その勢いはまさに圧倒的であり、1944年6月にはノルマンディーへの上陸に成功し、欧州本土に足を踏み入れることになる。
もはやアメリカの圧勝はゆるぎないものであるというのが大方の予想であった。

だがその予想は、ノルマンディー上陸作戦成功に湧いていた同じ月に行われた、マリアナ沖海戦で、再生なったアメリカ海軍空母機動艦隊が、連合艦隊によって壊滅的な打撃を受けたことで、雲行きが怪しくなる。
艦の補充そのものは、アメリカの国力をもってすれば十分に対応可能であったのだが、海軍の大敗は、太平洋戦線における陸軍と海軍の主導権争いを激化させることになり、その争いに勝利した陸軍主導の元、実施されたフィリピン侵攻作戦において、アメリカは、未曽有の大敗北を喫することになる。
陸海併せて死傷者が10万人を超えるというこの結末は、最高司令官であるルーズベルトが人事不省に陥っての職務不能という(日本軍ですら全く予想していなかった)大打撃を与えることになり、そしてそれは太平洋戦線における陸海軍の主導権争いから、欧州方面における連合国内での主導権争いという、最悪の結末へと突き進むことになる。
後世多くの歴史家が『この時の主導権争いがなければ、ヒトラーの最期の博打は失敗に終わっただろう』と口をそろえて言うように、このゴタゴタが、ヒトラーに『アメリカ軍に大打撃を与えることで、アメリカの戦争遂行の意思を叩き潰す』という希望を持たせ、そして『史上最悪のクリスマスプレゼント』と言われる、バルジの戦いでの6個師団壊滅という悪夢を、アメリカに突きつけることになった。

こうした状況に、アメリカ国内では厭戦気分が増加していく。
わずか2月の間に、アメリカ軍の死傷者数は10数万のオーダーに突入したのである。
もはや戦局の優位性は覆されることはないだろうが、そうであるが故にこれだけの規模の被害は、アメリカ国民にとって許容範囲を超えていた。
また、アメリカ兵がここまで犠牲を払ったにも拘らず、他の連合国が、口では哀悼の意を述べながらも、陰に日向に主導権と援助をむさぼろうとする態度にも嫌悪感を覚えていた。
実際、この時期の世論調査において、「アメリカが戦争を継続するべき」という意見が、半年前に調査した時の8割強から6割強にまで下がっていったのである。
良くも悪くもカリスマ性のあるルーズベルトと違い、対話と融和を重視するウォーレスの態度が戦時の指導者として果たしてふさわしいかと疑義を覚えられたのも大きかった。

そう。アメリカ合衆国は枢軸国を追い詰めながらも戦争を失う可能性が芽生えてきたのである。
真に奇妙な情景ではあるが、しかし既に戦争の勝利ではなく戦後を見据えつつあったアメリカにとって、「いかに犠牲を少なくして勝つか」というのは、無視できる要因ではなかったのである。

「アメリカの利益が確保できるのならば適当な所で戦争を終わらせても良い」

公然とではないが、少なくともアメリカの名誉と利益が約束されるのであれば、戦争を続ける意味はないと考える議員も少ない数ではなかった。
彼らはアメリカの議員であり、守るべきなのはアメリカ(並びに自己の選挙区)の利益なのである。親切心で他国の為に血を流すなど、愚行以外の何物でもないのだ。

25 :yukikaze:2014/09/15(月) 00:44:38
そうした空気に慌てたのが連合国首脳であった。
彼らにしてみれば、アメリカの脱落は戦争遂行において致命傷といえるものであった。
東部戦線で絶対的優位に立ったソ連はともかくとして、英国は欧州戦線で青息吐息であるし、中国に至っては連戦連敗でもはや国家運営にすら支障をきたしかねない程なのである。
そんな中でアメリカが戦争から脱落してしまえば、彼らは好むと好まざるとかかわらず、独日との停戦を考慮しなければならなかった。
既に彼らにはもう単独で戦争を遂行できるような余力など残されていなかったからである。
だからこそ彼らは形振り構ってはいられなかった。
ありとあらゆるロビー活動を通じて、アメリカの戦争継続を訴え、ウォーレスに対しても、連合国の全指揮権をアメリカに譲渡するという政治的屈服すら提示している。
もう既に彼らには政治的遊戯に耽溺する贅沢など許されていなかったのだ。

この連合国側の屈服に、ウォーレスは満足げな表情を浮かべたとされる。
確かに彼は『アメリカの良心』と言われるほど、道義を重んずる大統領であったが、だからといってその為にアメリカの国益を犠牲にするほど初心でもなかった。
彼にしてみれば、過度な親中・親ソ傾向を示して戦争を遂行するルーズベルトほど、戦争遂行者としては向いていない者はなく、理念と実益のバランスを取ることこそ戦争を遂行する上において大事であると考えていたのである。

このウォーレスの姿勢は、議会の有力者の思惑とも合致していた。
元々、前任者と違って議会を重んじる姿勢を示していたウォーレスは、議会からも好意的に見られていたのだが、彼のバランス感覚は、彼を「リベラルすぎる」と敬遠していた保守派の面々からも満足いくものであった。
かくして彼の、アメリカの理念と正義をもう一度見つめなおそうという演説は、前任者やヒトラーのような大衆的な熱狂は産み出さなかったものの、聴衆に考えさせるというスタンスは、議会やマスメディアからの好評も相まって、徐々に世論に浸透していき、遂には厭戦気分を払拭することに成功する。
前任者のような派手さこそないが、そうであるが故に安心感を持たせる。
それこそが『アメリカの良心』と呼ばれるものの政治的財産であった。

もっとも、このウォーレスにも誤算があった。
彼は演説の中で『世界は枢軸国によって自由と平和を脅かされた』として継戦を訴えていた。
彼自身そう信じていたし、実際彼の言い分も間違ってはいないのだが、ある一つの出来事が、この演説に対して強烈なブーメランとして返ってくるのである。
そしてもう一つの誤算は、この演説でアメリカ国内は固まり、連合国内における主導権構築も完遂されたのだが、そうであるが故に陸海の対立が収まりがつかない程激化したのである。
既に戦後が見えている以上、陸海軍も又戦後を見据えた行動に入ろうとしていた。
そしてそれこそが、アメリカにとって『連合艦隊の伝説に花を添えた』と、認めざるを得ないことになる沖縄沖海戦の序章となるのである。
最終更新:2020年05月04日 14:39