- 763. ひゅうが 2011/11/30(水) 00:16:33
- ※ 寒冷化の話が出たので、ちょっと一本。支援SSにしようとしたなりそこないですが(汗)
支援SSもどき――「寒さ」
――西暦2XXX年某日 月面 糸川・フォンブラウン市 かぐや姫大学
「はい。では講義をはじめます。
欠席者は?・・・あああの二人だけだね。まったく青春するのもいいが・・・え?火星の樽志須(タルシス)垂水神社に参拝?観光スポット?
まぁあそこは神道の太陽系伝播を考える上でも重要な場所だからいいんだが。
ごほん!
本講義は、前にも言ったように地球物理学と歴史学の相関関係について解説するものだ。
ナポレオンのロシア遠征しかり、天明の大飢饉による田沼重商主義政策の破綻しかり。
とかく惑星上において核エネルギーのコントロールに成功するまでの人類の歴史はこういった天変地異――気候や噴火、地震、そして津波に左右されてきた。
前回の講義の内容は覚えているね?
そう。
20世紀半ば近くに起こった天変地異「大西洋大津波」だ。
前回は津波被害に限って講義したが、今回はいよいよ津波の原因となったカナリア諸島研ブレビエバ火山の大噴火によってもたらされた災害について総合的に解説しよう。
前回は諸君らは講義が津波による都市破壊や人体の損壊にのみ集中したのを不思議に思ったと思う。
もちろん、津波で流された建造物やもろもろの物体にもみくちゃにされた人体がどうなるのか。
竜巻のそれよりはるかにおぞましい結果は、恐るべきものだ。
だが、諸君がセットで考えがちな大西洋大津波とアメリカ風邪――溶血性レトロウィルス・A1型変異型肺ペスト菌複合感染症は実際はまったく別個の理由でその被害が拡大したことをまずは頭に入れておいてほしい。
あの日本列島でさえ津波警報のネットワークがまだ完成していない時代だ。広大で地方自治性に「富みすぎていた」当時のアメリカ合衆国が対処に失敗したのは当然だと前回は言ったね?
むしろ、大西洋大津波の被害に震え上がった当時の日本政府上層部が戦時下にもかかわらず軍事費の一部を割いて太平洋岸に地震・津波警戒ネットワークを張り巡らせて東南海・南海地震後の退避に成功したことが異常なのだとも。
さて。今回はケンブレビエバ火山の噴火がその主題だ。
西暦1942年8月15日正午過ぎに発生した噴火は、そのエネルギーから考えてカテゴリー6。火山爆発指数6といわれるくらいの大噴火であったことが判明している。
1秒間に標準的な核融合兵器を10発ずつ爆発させているような噴火エネルギーだが、人類にとっては幸いなことに、この噴火エネルギーは数百立方キロメートルの山体を吹き飛ばすという破滅的な結果にはならなかった。
第4回の講義でも述べたように、インドネシアのトバ火山の大噴火によって人類の総人口がわずか200名あまりまで減少したような巨大な気候的影響は発生しなかったのだ。
あの大噴火では2500立方キロほどの火山灰が大気圏内に吹き飛ばされ、氷河期を誘発して欧州を200メートルあまりの氷河で覆ったが、今回のケンブレビエバ火山はそんな怪物じゃなかった。
- 764. ひゅうが 2011/11/30(水) 00:17:28
- アフリカプレートとユーラシアプレートのせめぎあいの中で大洋底からわき上がってきたマグマは、ハワイや九州島のように活発ではなかった。
しかし、ここで重要なのは、性質が南九州のそれと似ていたことだ。
海水を含んだマグマはその粘性を著しく増すということ、覚えているかな?
そう。
だからこそケンブレビエバ火山は巨大な噴火を起こすだけのエネルギーをため込んだのだよ。
しかし、その大半は山体崩壊と津波に費やされた。
でなければ、津波本体の奥行きが200キロを軽く超えることなどないよ。
海底調査でウラニウムをはじめとする放射性元素が見つかったことを考えれば、南アフリカのキンバーライト鉱山のように地球の「核」の塊が剥がれて一気に駆け上がってきたという説も頷ける。1秒間に200メートルを吹き上げるキンバーライト式の恐ろしく激しい噴火なら、弱い玄武岩地質であった火山本体を海底にたたき落とすのに十分だろう。
おっと。話がそれたね。ケンブレビエバ火山の噴火でまき散らされた火山灰の量は、およそ20立方キロほど。
意外に少ないんだ。それでも、火山灰は風に乗って北極周辺に到達した。
結果として、北米大陸のロッキー山脈からウラル山脈、アラル海近くまでの一帯には8月末から翌年11月まで火山灰が顕著な影響を与えたんだ。
最大で日照量は通常の85から82パーセントまで低下。生育のまっさかりだった作物は十分な日照を得られない上に平均気温が0.7度あまり低下したための冷害で記録的な凶作を生み出した。
ジャガイモがあった北ドイツ平原やフランスはまだしも、穀倉地帯だったポーランド平原から西ウクライナの黒土地帯では戦時下ということも手伝って麦の収穫は例年の3割ほど。
しかも9月末には積雪を記録するなどの顕著な影響で、寒さに慣れていない南ウクライナの人々が凍死するなどの被害を受けた。
北米大陸は言わずもがな。津波被害でメキシコ湾岸からの燃料供給を絶たれた大平原地帯の農業は、流通の混乱と東海岸からの「涙の旅路」によって荒らされ、軒並み耕作放棄地と化した。
それに加えて冷害と寒冷化によって収穫は例年の2割以下に落ち込んだとも推定されている。この結果、食糧難がミシシッピ河以東を襲ったんだ。
覚えているかな?後漢末期から三国時代にかけての中原を襲った死のスパイラルを。
食糧難から孤立し、野盗化した人々がさらに流通を混乱させ、難民化を促進。さらにそれが疫病の流行を生み、適切な医療活動を妨害――結果中原の人口は1世紀の間に10分の1以下へと激減したわけだが・・・これが北米東部から中部で再現されたんだ。
同様の事態は、独ソ戦の前線だった中部ウクライナからウラル山脈までの各地で発生したが、決定的な違いは強力な中央政府と曲がりなりにも強力な軍隊が存在したか否かだろうね。
合衆国はそれが存在しなかったうえに政府機能を失った場所が大半であったから、恐怖による統制を失ったんだ。
現代社会の相互補完作用を失った社会がどうなるか――北米の惨禍はその証明のようなものだね。
三国時代の終焉から五胡十六国時代を経て中原の民族自体が北方騎馬民族系へと変質したように、北米大陸の住人もこの惨禍の結果として変質を余儀なくされるわけだが――
ある意味で、同様な寒冷化に見舞われた欧州が生き延びることができたのは、強権的なドイツ第3帝国という強力な中央政府と国家総力戦のために高度に組織された近代的な国家組織があったからといってもいいだろうね。
遅れて寒冷化の影響が出始めていたチャイナ中原の西部で何が起こったかを考えれば・・・おっと、今日はここまでか。
次回は、20世紀の気候変動が第2次世界大戦に与えた諸影響についてだ。
今回はマクロレベルの被害だが、次回からは男の子の大好きな作戦レベルに移るぞ。」
〜おしまい?〜
最終更新:2012年01月01日 21:48