477 :Monolith兵:2014/10/07(火) 23:30:29
ネタSS「
憂鬱日本欧州大戦 -ちょび髭のいないバルバロッサ?-」
1942年6月から始まった連合国の反撃は、8月になるとポーランド全域を解放するに至った。
北欧方面の連合軍は、各国海軍の支援を受けつつソ連領へと侵攻し、レニングラードを包囲するに至った。
また、バルト海には戦艦に護衛された多数の輸送船が存在しており、明らかに上陸戦をしかけてくるだろうそれらに対処するために、ソ連軍は兵力をバルト海沿岸に貼り付けなければならず、ウクライナ方面に戦力を引き抜かれたこともあり、連合軍は多大な損害と引き換えに重厚なソ連軍の陣地を突破する事に成功した。
そして9月になると、北欧とバルト三国から侵攻した連合軍はレニングラードを挟んで合流する事に成功していた。
だが、ウクライナ方面では連合軍は補給不足と想像以上に戦力を集中させたソ連軍に苦戦していた。
こうなった原因は、かつて行われた日本(辻ら)による収奪によって欧州各国の工業力が低下していたことと、ソ連による焦土作戦によるものであった。フランスで経済顧問を務める辻は、こんな事になるとはと冷や汗をかきながらも、針の筵の中フランスの経済や工業力向上の為に業務に励んでいた。勿論、富永らと共にフランスでのMMJの布教活動にも励んでいたが。
そのような状況なので、連合軍は鉄道の復旧を急ぐと共に、(史実と比べ)少ないトラックや自動車を用いて必死に前線に物資を届けようとしたが、必要量には到底届かなかった。
そこで、イギリスは黒海の制海権を奪い海路で補給を行おうと作戦を立てていた。それを知った英海軍の大鑑巨砲主義者達は、何とか戦艦の活躍を見せつけようと、黒海への戦艦を含む艦隊の進出を目論んだ。
元々、セヴァストポリを攻略しない限り、ソ連の大動脈であるバクー油田のあるカフカス地方への侵攻ができないのだ。戦略爆撃を行うにしても、セヴァストポリを攻略しない限り、必要とする燃料や爆弾を運び込む事は困難を極めるため、セヴァストポリの攻略は絶対に必要な事であった。
だが、連合軍よりもソ連軍が動くほうが早かった。
478 :Monolith兵:2014/10/07(火) 23:31:23
9月に入ったアレクサンドリアの会議室で、日英仏の海軍将官たちは会議を行っていた。議題は、セヴァストポリ攻略についてであったが、皆一様に険しい表情をしていた。
「まさかこんな事になるとは・・・。」
イギリス人少将が意気消沈した様子で呟いた。セヴァストポリ攻略に一番意欲的だったイギリス海軍だったが、かつての闘争心は消え失せてしまっていた。
「ソ連海軍を侮っていたということか・・・。ダーダネルス海峡を機雷で封鎖するとは。」
そう、ソ連海軍はダーダネルス海峡を機雷封鎖していたのだ。しかも連合軍は、味方の艦が触雷するまで気がつかず、触雷してから慌てて引き返したものの、再び触雷し巡洋艦2隻を失い、戦艦1隻が大破着底してしまっていた。
「あれだけ我々が支援したと言うのに、思っていたよりもトルコ海軍の能力はかなり低いようだ。今朝になってボスポラス海峡やアラフラ海で貨物船が沈没したと連絡が来た。イズミットにも機雷が入り込んで、トルコ海軍は身動きが取れないらしい。我々は、2日前にダーダネルス海峡で巡洋艦2隻を失ったのだぞ!」
イギリス人少将は、トルコ海軍の能力の低さと連絡の遅さに怒りを露にした。連合国はトルコを味方に引き入れようと様々な支援を行ってきていた。戦車や航空機、艦艇などを格安で、または連合国で費用を負担して引き渡していた。
支援は陸空が主だったが、海軍にも潜水艦や魚雷艇などをトルコに送っていた。
「黒海から地中海まではかなり強い海流がある。ボスポラス海峡の近くから機雷を放り出せば自然と地中海へと流れていく。それを予測できなかった我々が愚かだった。」
フランス海軍の提督が苦しそうな声で、連合軍の敗北を認めた。それに反対の声は上がらなかった。ソ連は機雷を巧みに利用して連合軍を叩きのめしたのだ。
連合軍とて無能ではない。ソ連による機雷封鎖は予想していたが、それは黒海でのことであった。トルコ国内の海峡や内海に機雷がある等とは思いもしなかったのだ。
そして、作り出した時間を彼らは有効に活用した。ソ連海軍はケルチ半島へ部隊を上陸させ、クリミア半島にいる連合軍を挟撃してしまったのだ。当然クリミア半島の連合軍は大混乱に陥り、クリミア半島からの撤退も考慮され始めていた。
「ボスポラス海峡にマルマラ海、ダーダネルス海峡にある機雷の数は予測不能だ。一体何時から機雷の敷設を始めたかも解らない以上、これらの海域は全て機雷で埋め尽くされていると見るべきだろう。」
カニンガム中将は、海域全体が機雷原であるという前提で作戦を建て直すことを提案した。各国の海軍将官たちはそれに頷いた。
「掃海艇による機雷の除去はかなりの時間がかかると思われます。連中は今も機雷を放出しているでしょうから、除去した側から新たな機雷が流れて来る可能性が高いです。」
「だが、黒海へ進出しないと味方の支援が出来ない。このままではクリミア半島からすら追い出されるぞ!」
「被害が戦艦と巡洋艦に集中している事から、ソ連海軍が放った機雷は恐らく深度を調整した浮遊機雷だと思われる。実際、破孔は喫水線以下にある。
つまり、駆逐艦以下の艦艇ならば黒海へと進出できる可能性は高いと言うことだ。」
「それは希望的観測だ。触雷した物がたまたま深度調整されたものだった可能性がある。」
「機雷で海峡が全て埋め尽くされているわけではないはずだ。小型艦艇ならば機雷を避けながら航行する事は可能だろう。」
「だが、駆逐艦のみでは黒海艦隊を牽制できるとしても、セヴァストポリやケルチを砲撃するのは不可能だ。要塞砲や重砲で返り討ちに遭うぞ!」
「モニター艦はどうだ?あれならば喫水線は低いし、触雷の可能性は低い。」
「自衛能力のないモニター艦は黒海艦隊に襲撃されたらそれでお終いだぞ。駆逐艦だけでは守りきれない。」
「多数の水雷艇を持ち込めばかなりの戦力になるはずだ。狭い黒海内ではソ連の戦艦や巡洋艦も思うように動けないはずだ。」
「奴らも水雷艇や駆逐艦は持っている。何よりも、セヴァストポリ周辺は機雷で守られているだろう。掃海艇で機雷を除去しながらソ連海軍を相手にするなど、考えたくもないぞ!」
各国海軍の将官たちは様々な意見を出したものの、中々結論は出なかった。
連合軍は30.5cm要塞砲よりも射程の長い戦艦でセヴァストポリを砲撃するつもりだった。もし黒海艦隊が出撃してきたとしても、巡洋艦や駆逐艦、水雷艇などで返り討ちに出来ると考えていた。
だが、ここに来てその算段がひっくり返されたのだ。
479 :Monolith兵:2014/10/07(火) 23:31:53
「古賀提督は何かないのかね?」
ここで、カニンガムは古賀に意見を求めてきた。中部地中海海戦で空母を活用して戦力に劣る状況をひっくり返したのだ。何か策があるのではないかと思ってのことだった。
余談だが、遣欧艦隊(第7、8艦隊)は損傷艦や故障艦を中心に殆どが帰国の途についており、今欧州にあるのは戦艦金剛と2個駆逐隊のみであった。予定通りなら交代の艦隊が既に来ているはずだったのだが、イタリアの降伏により海軍戦力の需要が低下した上に、フランスへの艦艇売却に絡むごたごたで第3次遣欧艦隊の編成は難航し、7月に入ってようやく軽空母5隻と重巡洋艦2隻を中心とする第3次遣欧艦隊が出航したところであった。
「黒海に戦艦を派遣できない以上、海上からのセヴァストポリ攻略は不可能だと思われます。」
「だが、海上からの支援が無い事にはセヴァストポリ攻略は難しいぞ。
ケルチ半島に上陸した敵軍によって、セヴァストポリを包囲していた味方は窮地に陥っている。ここで艦隊戦力を送らなければ、陸軍はクリミア半島からの撤退を余儀なくされてしまう。」
「解っています。ですから、私は空爆によるセヴァストポリ攻略を進言します。」
古賀の言葉に多くの将官たちが疑問符を浮かべた。
これまで幾度となく連合軍はセヴァストポリに空爆を加えてきたが、投入できる航空戦力や補給の不足によって、芳しい結果は上げていなかった。
それなのに、古賀は更なる空爆を主張したのだ。
「これまで空爆で効果は無かった。やるだけ無駄だ。」
イギリス人少将の言葉には棘があった。彼は大鑑巨砲主義者であり、今回の作戦には並々ならぬ思い入れがあるようだった。
「ウラジオストック攻略でも使用した対要塞用の特殊爆弾が、第3次遣欧艦隊と共に到着しています。これを用いてセヴァストポリを攻略します。
また、黒海艦隊に対しては第3次遣欧艦隊の空母航空隊で対処します。」
要塞専用の爆弾と聞いて、あるイギリス人将官があっと声を上げた。イギリスも同種の爆弾を開発中であり、日本が一足先に完成させつつあるという情報を思い出したのだ。
一方で、大鑑巨砲主義者は苦い顔をしていた。戦艦の有用性を訴える最後のチャンスだと言うのに、またしても航空機に出番を奪われたのだ。最も、古賀としても戦艦の出番を奪うのは本意ではなかったが、無理に黒海に進出して味方に損害が出るよりはマシだと考えていた。後に、古賀は戦艦派に属しているにもかかわらず、航空戦に精通した提督だと言われ、一部の戦艦派の軍人から恨まれたりするのだが、それは余談である。
話を戻すと、セヴァストポリ攻略に不安を持っていた古賀は杉山に相談し、保険として100式地中貫通爆弾の手配を本国に要請していたのだ。ウラジオストック要塞攻略で威力を発揮した100式地中貫通爆弾だったが、それ以後は使い道が無くなっていた。
そこに欧州で使いたいという要請が来たものだから、喜んで送り込んできたのだ。
「確実にセヴァストポリ要塞を艦隊ごと破壊できるのだな?」
「出来ます。しかし、一緒に運んできている爆撃機を組み立ててからでないと使えないために、しばらく時間がかかります。
また、軽空母とは言え搭載しているのは新鋭機ばかりですので、その戦力は第8艦隊にも引けは取りません。」
イギリス人少将は古賀を睨みつけながら尋ねた。古賀は力強く頷いた。
第3次遣欧艦隊の空母は、祥鳳型軽空母と大鷹型軽空母で構成されており、その搭載機数は合計で200機近くあった。なお、フランスへは祥鳳型3番艦と4番艦が売却される予定であり、富士型超重巡や他の軽艦艇は第3次遣欧艦隊と共に欧州へと到着しており。既にフランスへ引き渡されていた。
「残る問題はケルチ半島だ。ケルチの部隊を叩かなければセヴァストポリ要塞を破壊しても、セヴァストポリの占領は不可能だ。空爆が行えるようになるまで、味方がクリミアで踏みとどまれるよう支援しなければならない。」
「大型艦艇が送り込めない以上、陸軍の支援は難しいだろうな・・・。」
「掃海艇で前方水路を開きつつ進むしかないだろうな。だが、それでは何日、いや何週間かかるか・・・。」
「艦隊の牽制ならば駆逐艦や水雷艇で出来る可能性はあるが・・・。」
「・・・賭けになりますが、一つだけ案があります。」
カニンガムの言葉にフランス海軍の提督がある提案をした。それは余りにも突拍子のない案だったが、それ以外に方法もない事もあり、実行に移される事になった。
こうして、セヴァストポリを巡る戦いは再び始まった。
480 :Monolith兵:2014/10/07(火) 23:33:13
アレクサンドリアで連合国海軍が作戦を開始しようとしている頃、イギリスのロンドンでは連合国の主要構成国による会議が行われていた。
参加国はイギリス、フランス、ドイツ、日本、ポーランド、イタリアや北欧諸国、オランダ、ベルギー、ポルトガルなどが肩を並べていた。
そして
アメリカも参加していた。
「忙しい所、集まっていただき感謝する。今回集まってもらったのは、今後の連合国の方針をどうするかについてだ。各国の意見を聞かせてもらいたい。」
「ソ連の解体と各地域の分離独立は必須ですな。」
「各国のお陰をもちまして、我がポーランドは主権を取り戻すことが出来ました。全国民を代表して各国に感謝いたします。」
チャーチル首相が早速本題を切り出したところ、フランスの首相ペタンはすぐさまソ連の無条件降伏と解体を提案してきた。チャーチルはそれを聞いて頷いた。他の国々の代表も同様に賛同した。
そして、ポーランドはここで独立を宣言した。出席者達はポーランドの独立を認め祝福した。
昨年、不利な戦況と軍による強い反対によりポーランドの独立は果たせなかったが、今年に入り戦況は連合国に傾き始めていたため、再び独立の気運が高まっていた。
それに加えて、ドイツでは続々と士官・将官が誕生しておりドイツ軍の士官不足はかなり解消されていた。最も、それでも士官不足はまだまだ深刻だったため、ドイツ軍はポーランド将兵を手放したがらなかった。
そこで、ポーランドはドイツにある提案をした。それはドイツ軍とポーランド軍の統合である。つまり、現在の状況を維持したまま、ポーランドもドイツ軍の運営に参加するというのだ。ただし、指揮権はドイツ軍に移譲する物とした。
ドイツとしては軍の運営をこれまでどおり行えるメリットがあったものの、これまで以上にポーランドの思惑が反映される事になり、悩ましいところであった。
しかし、アデナウァーはそれを受け入れた。と言うのも、ポーランドは独立したとは言ってもドイツに経済的に大きく依存しており、軍事的にもドイツ無しでは立ち行かない状況だった。英仏もポーランドはドイツの経済圏と認識しており、異議は唱えなかった。
そんな事情があるものの、ポーランドにとっては切望していた独立であった。国民達は連合国とドイツに感謝し、ポーランドの復活を祝っていた。
またポーランドの政治家たちは、独立によりこれからの発言権が大きくなるのではと期待していた。例えドイツに首根っこを掴まれていたとしても、形だけの亡命政府やドイツを通じての発言よりかは地位が上昇するだろうと考えていたのだ。
「共産主義者がどれほど危険かは、我が国や他国での奴らの振る舞いから容易にわかることです。ですから、奴らの総本山ともいうべきソ連は必ず消滅させなければならない。フランスとしてはそれ以外の選択肢はありえません。」
ペタンの言葉に頷くものは多かった。
フランス内戦以降、フランスのみならず各国では赤狩りが盛んに行われていたが、共産主義者はそれに対して武力までを持ち出して抵抗していた。一部の国では、パリほどではないが市街地戦に発展したところもあり、各国の赤狩りは更に激しさを増していた。
「ソ連を下した後、ロシアをどうするかも考えないといけません。」
近衛は出席者達を見渡しながら提案した。
近衛は今回の会議に、ロマノフ王朝の血を受け継ぐアナスタシア皇女(陛下)と共に出席していた。第2次世界大戦が勃発して以降、彼女を始めとする亡命ロシア人達は影に日向に連合国に協力していた。
そして、日本はロマノフ王朝の正当な後継者であるアナスタシア皇女を首班とする、ロシア帝国亡命政府の発足を連合国各国へと打診していた。
「ソ連が滅びた後、かの地を纏めるには権威が必要でしょうな。」
「確かに。それに、重要な協力者に、いや同盟者に報いるのは当然の事でしょう。」
「ありがとうございます。ですが、まだ亡命政府は発足したばかり、人も物も不足しておりますので、どうかよろしくお願いします。」
英仏はロマノフ王朝の復活を認めたものの、権威のみの存在となる事を求めた。ドイツはソ連が消えるのなら何でもいいとばかりに同意し、ポーランドは帝政ロシアでは併合された歴史もあり複雑な心境だったが、列強各国が賛成している以上反対できる状況では無かった。
それに対して、アナスタシアはそれを受け入れた上で、各国に支援を求めた。英仏独日はそれに応じ、ロシア帝国亡命政府はこの日発足した。
481 :Monolith兵:2014/10/07(火) 23:36:59
ソ連への基本方針が決まり、会議は次の議題に移った。
「現在の戦況は僅かに我々が有利だが、それは薄氷の上を歩いているようなものだ。
我々が確実に有利な状況になるためには、より多くの仲間を得る必要がある。」
そこで、チャーチルは出席者達の顔を見渡した。
「ここに出席されている方々は、我々と同じく共産主義者の、ソ連の行動を危険だと思っている。つまり、我々の仲間だ。」
チャーチルはそう言って、新たに連合国入りをした国々を紹介した。アメリカやオランダ、ベルギー、ポルトガルは自国での共産主義者によるクーデター計画や武装蜂起が幾度か起きていた。特にアメリカでは、前政権やその更に前の政権でかなりの数の共産主義者が政府や省庁にまでに入り込んでいたために、問題は深刻だった。それらに人員を取られた結果、地下に潜った共産主義者達の行動を掴む事は難しかった。
そして、地下に潜った共産主義者達は、アメリカ経済の心臓であるニューヨークで武装蜂起を起こしたのだ。警察のみならず軍までが出動する騒ぎとなり、ニューヨーク証券取引所やロックフェラー研究所などに逃げ込んだ共産主義者との間で激しい銃撃戦の末、500人以上の死者を出す大惨事となった。
スターリンは、日々ソ連への敵対姿勢を強めるアメリカを恐れていた。欧州各国と日本相手で手一杯なところに、アメリカまで参戦すれば敗北は必須であり引いては自身の失脚に繋がる。そこで、スターリンはニューヨークを破壊してアメリカ経済を混乱させ、戦争に介入する国力を奪おうとしたのだ。
一方で、ウィルキー政権にとってこれはかなりの痛手となる事件だった。
しかし、ウィルキーはこれを逆手に取った。つまり、この武装蜂起の裏側にはソ連が存在していると主張したのだ。実際、生け捕りにした共産主義者からソ連からの指示で行ったという自白が得られていた。
これにより、アメリカ国民は「ニューヨークを忘れるな!」を合言葉にソ連へと敵愾心を燃やした。
そして、ウィルキーは念願の連合国入りを果たしたのである。
「アメリカには欧州方面は勿論だが、インド方面も担当してもらう事になる。」
インドの戦況は混沌としており、前線で敵を叩いたとしても、流れ込んだ難民と元の住民との間で軋轢が生じていた。それが武力衝突に発展するのは自然な流れであり、イギリスは前方で共産軍と戦い、後方でインド人相手に戦わなくてはならなくなっていた。
また、流入してきた難民の殆どがイスラム教徒だったことから、武力衝突は宗教戦争の様相を呈してきていた。
しかも、イギリスによる熾烈な治安維持に反発した独立派の中には、イギリスに対する独立戦争を呼びかけるものが出始め、一定の支持を集めていた。
つまりインドでは、イギリス、ソ連とその傀儡、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、独立派という5者が対立するという、イギリスですらもはや泣き言を言いたくなる状況となっていたのだ。
482 :Monolith兵:2014/10/07(火) 23:38:35
最早不良債権と言ってもいいインドだったが、イギリスはそのような状況を楽観的に語った上でインド利権の美味しさを囁き、イギリスの国力低下でインドの維持が困難になりつつある事をアメリカ国内の親英派を通じて兵器産業界の人間にリークしていた。
一方のアメリカはインドの状況をある程度理解していたが、兵器産業界はインドを巨大な市場(戦場)と見ていた。
自動車産業や航空産業が欧州からの発注で活況を呈している中、船舶や兵器産業は未だ不況の中にあった。
しかし、インドへ軍を派遣すれば、大量の武器弾薬が消費されるし、それを運ぶ船も大量に必要となる。また、連合国の敗北はあり得ないと考えられる以上、インドをイギリスから奪えば戦後も有望な市場を維持する事が出来る。
産業界の者達からそう説得されたアメリカ政府は、イギリスと頭の痛くなる交渉の末、とうとうインドを手に入れる事に成功していた。
「共産主義者とその総本山であるソ連の危険性を、我々はパリとニューヨークで学びました。彼らを排除するためにアメリカは努力を惜しみません。
そして、我々が共産主義者の危険性を知る前から、彼らと戦い続けていた連合国の一員となれた事を誇らしく思います。」
ウィルキーは、そう言って連合国へ加盟できた喜びを表明した。もっとも、彼が喜んでいるのは共産主義者を叩ける事よりも、連合国へと更に各種物資やトラック、爆撃機などを売却できることだった。連合国からの自動車や航空機の受注は、アメリカの工場をフル稼働してもこなせない程であり、ウィルキー政権の支持率は天井知らずであった。
だが、ウィルキーは楽観視していた。インドという地域がどれほど混沌としており、イギリスですら手を焼くほどの恐ろしい所だということを、彼は理解できていなかった。
それをアメリカの若者達の血で理解する事になるのだが、それを理解する者は一部のイギリス人と
夢幻会くらいであった。
おわり
最終更新:2014年10月12日 14:30