708 :yukikaze:2014/10/12(日) 02:38:46
漸く終了。まあ毒入れていますが。

  戦後夢幻会ネタSS――前史「栄光ある敗北」

7 カーテンコール

1945年4月。日米海軍最後の艦隊決戦は終わりを告げた。
双方の意地と意地とがぶつかり合った大海戦は、当然のことながら両軍に多大な損害を与えることに
なり、特にアメリカ海軍上層部を絶句させることになる。

日本側

沈没
<大和><陸奥><金剛><比叡>
<瑞鶴><雲龍><天城>
<伊吹><利根><最上><三隈><摩耶><那智><衣笠>
<能代><矢矧><大淀><球磨>
<岸波><浦風><風雲><早波><朝霜><秋霜><長波><浜波><沖波>
<天津風><秋雲><初月><若月><霜月><春月><竹><梅>

大破
<筑摩><妙高><青葉>
<多摩><北上>
<涼月><冬月><浜風><島風><不知火><玉波><清霜>

中破
<那珂><磯風><雪風>

アメリカ側(中破以下は多数なので割愛)

沈没
<レンジャーⅡ><アンティータム><カボット><ブリンストン>
<ヴィクトリアス><インディファディカブル>
<アイオワ><ニュージャージー><ウィスコンシン><インディアナ><ノースカロライナ>
<ボストン><ピッツバーグ>
<スプリングフィールド><アストリアⅡ><ダルース><オクラホマシティ><アムステルダム>
<アトランタⅡ><デイトン><フリント><ツーソン><ブラックプリンス>
<ニューファンドランド><デトロイト><マーブルヘッド>
駆逐艦19隻

大破
<ハンコック><エンタープライズⅡ><ワスプⅡ>
<イラストリアス><インドミダブル><ミズーリ>
<クインシーⅡ><ウィルクスバリ><ヒューストン><ロイヤリスト>
駆逐艦12隻

双方ともに積極的な作戦行動など起こす余力はどこにもなかった。
特に日本海軍は、連合艦隊そのものが実質的に消滅しており、そしてその戦力が回復するのは絶望的と言っていい状態であった。
沖縄沖海戦の後、古賀軍令部総長が天皇に対して「連合艦隊は本日をもって消滅しました」と、奏上したのも嘘でも誇張でもなかった。
既に海軍には艦を作る余力もなければ、艦を直す力も尽きつつあったのである。
マリアナの壊滅から必死の努力で積み上げ、そして壊滅した基地航空艦隊の戦力も又同じであった。
連合艦隊は第二艦隊を沖縄に届けることに全てをかけ、その代償として、全ての戦力を失ったのである。
予測されていた結末とはいえ、その事実が政府上層部に与えた影響は大きかった。

もっとも、この件で海軍を批判する声はほとんど聞こえなかった。
彼らが限界以上の奮戦をし、自らの全滅と引き換えに第32軍の攻勢を成功に導いたのだ。

「沖縄県民と沖縄の第32軍を守るために連合艦隊は命を賭した」

この事実に対して無責任な発言をした場合、それがどういう事象を引き起こすか、少しでも想像力があれば、簡単に導き出せる回答であろう。

『栄光ある敗北』

ある海軍史家は、この戦争における連合艦隊をこう評することになるのだが、言い得て妙であろう。
連合艦隊は戦争に勝つことは出来なかったかもしれないが、負け犬として舞台を去ることはなかったからだ。
彼らは勇者としての栄光と誇りを周囲からも認められつつ、一時歴史の舞台から姿を消すことになる。

709 :yukikaze:2014/10/12(日) 02:40:08
一方、宿敵である連合艦隊を事実上壊滅させたアメリカ海軍であったが、彼らは勝利の栄光に浸るどころか、敗者として糾弾される立場に追い込まれることになった。
キングの大博打の失敗により、アメリカは今度こそ対日戦のスケジュールを根底から破壊されることになった。
沖縄での一連の海戦により、アメリカ第5艦隊は大打撃を受け、特に水上砲戦部隊においては消滅と言ってもいい損害を受けることになった。
アメリカ海軍は、生き残った空母と、何の役にも立っていなかったイギリス艦隊を編入することで何とか金武湾の根拠地を維持することには成功していたものの、日本海軍による『剣号作戦』によりウルシー環礁が実質的に使えなくなったことと、日本海軍の通商破壊作戦が活発で、輸送に多大な被害を受けていた事も相まって、アメリカ軍は沖縄北部へと撤退し、防衛戦に変更するより他に手はなかった。
余談だが、連合艦隊の殴り込みと第32軍の突入で宜野湾が解放されたことで、海軍の突入した艦艇乗組員の何割かが救われる要因となっている。
負傷した海軍兵に対し、陸軍の兵士たちが必死になって声をかけながら、担架に乗せて野戦病院に運んでいく写真など見た人も多いであろう。

こうした事態に、アメリカ政界は今度こそ海軍に愛想を尽かした。
軍司令官を戦死させられたアメリカ陸軍は言うまでもない。
戦争指導に不手際を犯した彼らはスケープゴートを必要とし、そしてそれはこれまでさんざん失態を見せてきた海軍にさせるべきという共通認識があったのだ。
そしてその動きに海軍は何も抵抗は出来なかった。
彼らは勝てる可能性が格段に高かったマリアナ侵攻を強引にひっくり返し、沖縄に攻め込んだ挙句、予想をはるかに超える被害を受けたのである。
打ちのめされた彼らには抵抗する意思も気力もなかった。

海軍作戦部長のキング大将が病気療養を名目に事実上の更迭を受けたのを皮切りに、多くの海軍の高級官僚が表舞台から姿を消した。
哀れを留めたのがタワーズ太平洋艦隊司令長官で、本来なら彼はキング派に全てを押し付けることで生き延びられる筈であったのだが、第5艦隊司令長官のマケイン提督が、海戦終了後査問会議に召還される途上で心臓発作により亡くなり、実戦部隊で責任を取れるものがなく完全なとばっちりで予備役となっている。
前線部隊に多大なる被害が生じた事と、何より海軍上層部が大混乱に陥ったことにより、アメリカ軍の対日侵攻作戦は足を止めざるを得なかった。

そしてそれこそが日本に残された最後の機会であった。
阿部大佐を中心とした講和派グループはもはや公然とその活動を活発化させる。
これまでの根回しで、海軍穏健派や官僚層の支持を取り付けることに成功した彼らは、沖縄沖海戦による実質的な戦力壊滅に茫然としている陸海軍強硬派を政治的に抑えつつ、ストックホルムで秘密裏に接触しているダレスに対し、彼らが切れる最後のカードをめくる。

『アメリカ国内のレッドセルの浸透と、マンハッタン計画の漏洩』

親中親ソで凝り固まっているルーズベルトが死んで、前任者よりはまともな外交視野のあるウォーレスになったあたりで繰り出すことを真剣に考えながらも、未だ国内で少数派である和平派の実情と、アメリカ国内でも根強い継戦論から判断して、無念の思いで封印していた最大にして最後のカード。、
そしてその威力に、アメリカ政界が恐慌に陥るのにさして時間はかからなかった。
半信半疑で調査を進めたOSSとFBIは、日本側が出したマンハッタン計画の資料が驚くべきほど正確であり、更にスパイと名指しされた人間が、実際にスパイ活動を行っていたことが判明した時には、誰もが頭を抱えることになった。
彼らの想像を大きく超えるほどのスパイ網。そしてそこから流失するアメリカの国益の巨大さ。
極東の片田舎で割に合わない戦争をしているよりも、アメリカ国内の立て直しを重視すべきという意見が沸き起こるのも無理はなかった。
何より、共産シンパと資料で記された財務省や国務省の官僚が、「アメリカンボーイズの被害を減らすためにソ連の対日参戦を進めるのが国益にかなう」と、表面上はアメリカの国益を訴えつつ、ソ連に最大の利益を与えようと画策しているのを見れば、まともな人間ならばどうするかは自明の理であろう。

710 :yukikaze:2014/10/12(日) 02:40:51
アメリカ側が日本に対し、日本軍の実質的解体と民主化路線が達成できるまでの進駐を柱とする条件付き降伏を記したワシントン宣言を発したことで、阿部たちの目的は達成されたと言えるであろう。無条件降伏という最悪の選択肢が消滅し、史実と比べGHQが傍若無人に振る舞う余地が、ある程度は緩和されるのである。
そして何よりこれ以上戦えば確実に国は焦土と化すのである。
阿部達にしてみれば、これ以上無責任の元に行われているばかげた戦争にはうんざりであった。

もっとも、このワシントン宣言を正しく間違えて解釈した者達もいる。
彼らにしてみれば、ワシントン宣言はアメリカの譲歩であり、更にアメリカに対して出血を強いれば、更なる譲歩が取れると考えたのである。
第三者からみれば「寝言は寝て言え」レベルなのではあるが、見たいと思う現実しか見たがらない人間に何を言っても無駄である。
何しろ多大なる戦果を上げ続けた南雲が、資料を基にして「もはや継戦は不可能」と言っても「名将南雲が何と弱気な」とか「ここで戦争を止めれば大陸で散った英霊たちは」とか、感情論で返答しているのだから、もはや筋金入りと言っても良かった。

だからこそ、ワシントン宣言受諾が濃厚となったと知るや、強硬派の面々は、後に5・3事件と称されるクーデター事件を引きおこすことになる。
戦前日本の無責任さの精華ともいえるこの行動に、夢幻会派の堪忍袋の緒は遂に切れた。
横須賀で傷心の身を横たえた長門が東京湾に到着したのは5月5日。
クーデター軍の臨時指揮所としていた近衛師団司令部に対して、降伏勧告を2度にわたり告げた後臨時指揮官になっていた栗田中将は、長門の全火力を近衛師団司令部に叩きつけることになる。

「無責任に戦争を煽り立てる馬鹿どもに情けはもはや不要。地獄の鬼どもとでも戦争ごっこやっていろ」

吐き捨てるように言う栗田の思いは、夢幻会派全体の思いでもあった。

1945年5月11日。
日本はようやく戦争を終えることができた。
無邪気に戦争の終結を喜ぶ面々を横目に見つつ、阿部はこう呟いたとされる。

「1人でもいいから自分達のこれまでのふるまいを顧みればいいものを。また繰り返したいのか」
最終更新:2020年05月04日 14:55