231 :ひゅうが:2014/10/15(水) 03:45:27
※ yukikaze氏のネタに肉付けしてみました。




戦後夢幻会ネタSS——その1.4「海の葬送 1952年」



——西暦1952(昭和27)年4月17日 沖縄本島 宜野湾市沖 「8番岩礁」


8番岩礁というのは、便宜的につけられた名前である。
宜野湾市、すなわち沖縄本島中部北海岸を構成する湾型地形の沖合から侵入する際に遭遇する8番目の岩礁であることがその名の由来だった。
現地の名前では「ギノ場」「福ノ場」など複数の名前が存在する。
東シナ海の地形の常として、遠浅の地形の沖合に複数の暗礁地形が存在するのは、琉球海溝から沈み込んだプレート由来であるホットプルーム、すなわち地下100キロ以上の温度2000度以上の岩石から湧きあがるマグマが由来であるということらしい。
実際、黒鉱という資源豊富な鉱物が近海では見つかっており、海洋工学技術が発達したのならこの地は有望な鉱山となるだろう。
地球中心部にストローを突っ込んで中身を吸うと形容される海底鉱山は、量こそ大陸の古生代以前起源鉱山とは規模の面で大きく劣るが品位の点では比べ物にならない。
同じ起源である九州南部に存在する菱刈金山など、世界平均の20倍近い濃度の金鉱石を算出するほどだ。


この時、戦後わずか「2年」を経過した時点で、この事実はあまり知られていなかったが、その場所に存在していた「それ」の価値についてはおそらくは世界の万人が認めるところだっただろう。
といっても、炭素が幾分か混じった鉄の塊という資源的価値がためではない。
もっと象徴的な、そして精神的な価値がそこにあるからだった。

少なくとも、合衆国海軍中将 ウィリアム・キャラハンはそう考えていた。
そうでなければ今は「帝国」の文字が抜けた日本国からはニュース映画会社が大挙して押しかけていないし、それは合衆国本土のご同業にとっても同様だった。


「とうとう、動きませんでしたね。」


彼の部下は、ニヤリと笑いながらそう言った。

「まったく、最後まで手ごわい敵だった。」

「でなければ、わが合衆国海軍がここまで手こずることはなかっただろうな。艦長。」

戦艦「モンタナ」艦長 ダニエル・スプレーグ大佐もニヤリと笑ってそれに応じる。

「だから我々は、この艦を揃えたのかもしれませんな。まったく、日本人の言う通りに船に魂が宿るというのは本当のようです。」

「そうだな。『姉妹』の集結だ。そしてここに来られなかった妹と、姉もここにはいる。
非科学的だと思うかね?私は『彼女』がゆっくり眠るに足るよき日であると思っているのだ。」

「いえ。海に長く暮らし、戦っている者にとっては皆納得できる考えです。」

ふたりの男と、その周囲の士官たち、そして水兵たちは、1隻の軍艦を見つめていた。


——戦艦「大和」。

その名は、合衆国海軍にとってこの上なき悪夢であり、そしてこの上なき名誉である。
かつて太平洋で死闘を繰り広げた敵国そのものを象徴する名を有する、史上最大の戦艦。
その記録は、この「モンタナ」の就役後も破られることはもはやないだろう。
あるいは、戦艦が空や宇宙を飛ぶ時代になったのなら話は別かもしれないが。

彼女は、日本帝国海軍の栄光だけでなく、「祖国の民を守るため」という誰もが共感する目的をもって沖縄へ突入。
自らが戦艦であることを放棄してまで最後まで戦い抜いた。
最終的には、浮き砲台となった彼女との砲戦によってこれを葬った。
だが、合衆国海軍はそれによって生じた甚大なる被害とともに、「最後の介錯をする」という大いなる名誉を得たのだった。

232 :ひゅうが:2014/10/15(水) 03:46:21

なぜ名誉か?
決まっている。最終的に勝利したからだ。いかに敗北といわれようと、最終的に大和を屈服させひいては日本の降伏を引き出すことができたからだ。
最後の一弾をもって大和の給弾系を沈黙させたのは、大破の傷をとりあえず癒した戦艦ミズーリだったからだ。
だが、彼女は爆沈も轟沈もしなかった。
優美な艦橋は煤にまみれ、ところどころに穴が開いているもののその形をとどめている。
砲塔は陸上を向く第2主砲塔と海上へ旋回可能だった第1主砲塔が仰角をとったままで沈黙しており、やや全体が傾いていた。
ついに主要防御区画を貫通することはかなわなかった彼女は、累積された膨大なダメージによってついに沈黙を余儀なくされたのだ。
そしてそれから7年。
アメリカ軍が試みたあらゆる離礁解体の試みを、彼女は頑としてはねつけた。
航路の邪魔にはならないあたりに着底しているために優先事項とはならなかったというのが公式発表だったが、あの海戦を生き残った者や、それを知るものたちにはわかっていた。
日本本土でささやかれたというある一言がその理由だった。

「大和は、まだ戦っているのか…」

日本人の尊敬を一身に集め、その人柄に接した連合国のあらゆる人々をも虜にしてしまったというミカドの言葉。
これまで5回試みられた離礁作業の失敗を受け、海軍はある意味で納得のできる日本側からの申し出を受け入れることにした。
先の朝鮮戦争においてスプルーアンス提督とともに奮戦し、その代償に北辺に2発の核攻撃を受けることとなった日本国への態度は、少なくともアメリカ国民の大半にとっては一変していた。
そして、「大和を仲間や敵が眠る海底で休ませてやりたい」という日本国防海軍の提督たちの嘆願は、あの海戦、あの戦争を生き抜いたアメリカ海軍の人々にとってまことに納得できる内容だったのだ。

水底へと消えた戦友たち、そしてかつて敵であった友軍艦艇。
蓄積されたダメージからドックでの解体が不可能とわかった際、大質量の爆薬を設置しての爆破でなく日本側の手による自沈措置は、あるものの溜飲を下げることにもなるしまたあるものの気持ちに一区切りをつける作業でもあった。

日本本土において進みつつある急速な旧陸海軍への再評価と、再軍備後に極東のかなめ石となるであろう彼らの政治的立場からみても、ここは「寛大な姿勢を示す」ことが必要という説得にはホワイトハウスも納得していた。
一番恨み骨髄に達しているような人々にとっても、日本人自らの手であのフネを沈めるならということで話はついた。


しかし、今や同盟国となった両国にとって生々しい傷を癒すためには儀式が必要である。
それに、

「ヤマトの妹たちを彼女にあわせてやる最後の機会だ。」

「あのおそるべき戦艦の名を継いで、今度は合衆国の味方となった姿は見せるに足る大いなるものだ。」

そうした感情に訴える内容の意見が、海軍士官たちからも出ていた。
優越感交じりかもしれないが、それは「散った偉大なる敵への敬意」そのものだった。
合衆国という国は、打ち倒したものへの評価を惜しむことはない。
なぜならそれをこきおろすということは、それを打倒した己の誇りを汚すことであるからだ。
ともすれば傲慢な自信にあふれるこの国には、そういう美風がある。


こうして、1952年のこの日。
あの海戦から7年目、大和型戦艦の姉と、そしてその妹たちはこの海域に参集した。
多くの遺族も、特別に参列を許可されている。
ここではじめて会ったあの海戦の生存者たちと語り合い、いかにあの艦が手ごわかったか、そしてそれを打倒すことができた亡き人々は偉大であったかを確認する人々。
人類史上最大にして、今は合衆国海軍しか運用していない18インチ砲を眺める人々。
共通しているのは、悲しみと憎しみに疲れ切り、そしてその終焉を見届けようという勇気を持った人々であることだった。


沖縄沖海戦において、戦艦「ミズーリ」艦長として戦ったキャラハン中将もまたその一人だった。

233 :ひゅうが:2014/10/15(水) 03:47:06


「シナノより発光信号。予定通りはじめます。」

うん。と、艦橋のキャラハンは頷く。
本来なら提督であるキャラハンは艦内奥深くのCICにいなければいけないはずだった。
だが、彼は今、ここにいる。
ヤマトとよく似た塔型艦橋の中ほどで、数キロ先で自らの姉に牽引ケーブルを結びつけた日本人たちが操る航空母艦シナノを見つめながら。


「おおっ。」

思わず、声が漏れた。


動いていた。
あの巨大台風にも、いかなる牽引船にもびくともしなかったあのヤマトがわずかに身じろぎし、少しずつ、少しずつ動き始める。


「そうか——そうか。」

岸で見守っている沖縄県民が歓声を上げているという報告を聞きながら、キャラハンは目頭が熱くなった。

「気が付いているのだな。すまない、だがあとしばらく耐えてくれ。」

シナノに続き、はるばる日本本土からやってきた戦艦ナガトが、そしてサカワが動き出す。
まるで、傷ついたサムライの左右から肩を貸しているようだ。

よろよろと、しかしゆっくりとヤマトは動いていく。


「頑張れ!」

甲板から声が上がった。
あの海戦を生き残った古参水兵であることに、キャラハンは気付いた。

「あと少しだ!行け!」

「いいぞ!その調子だ!」

次々に声が上がる。
いずれも、生き残った人々だ。
遺族たちはそれに眉をひそめることもなく、ただ黙ってそれを見つめている。

予定では、ここから2キロほど離れた、水深150メートルほどの海域において自沈処置が行われるはずであった。
そのために水密区画から排水するなどの簡単な修理が行われ、ヤマト…いや戦艦「大和」は岩礁を離れた。

キャラハンは、陸を見た。
そこには、何万とも、いやひょっとしたら10万人を超えているかもしれない数の沖縄県民が集まっている。


「まるで凱旋将軍のようだなぁ。」

「オキナワの人々にとっては、あの艦はそれ以上のものなのでしょう。そしてすべての日本人にとっても。」

「ああ。」

それは、何かを超越したような光景だった。
珊瑚の海は青く、そして空は春先特有の爽やかな碧(あお)。

ボーッ!と、汽笛が鳴った。

モンタナも、そして僚艦であるオハイオも、そしてあの海戦の生き残りであるミズーリも唱和する。
遅れて長門も、酒匂もこれに唱和した。
日本艦隊の甲板でこれを見つめている人々の間から何かの合唱がおきているようだった。
そうなると、対抗意識の強いわが海軍も歌い始める。
あちらが涙交じりで送り出すのなら、こちらは賑やかに送り出そう。
なにせ、この艦は「ビッグY」。
偉大なる長姉ヤマトを継ぐものなのだから。

そんな、陽性の気風が艦を満たしていた。

234 :ひゅうが:2014/10/15(水) 03:47:59
こればかりは、一度でも海に出たことのない者にはわかるはずもない。

うたうのはアメリカ海軍そのものともいっていい歌「錨を上げて」。
その3番だ。

「海の青は深く、神の太陽は金色」ではじまる美しい情景をうたった一節。
そして最後は「すべての上に名誉の中の名誉」と結ぶ。
まさに、この光景にふさわしい。
いつのまにか、軍楽隊が出てきたようだった。
皆が歌っている。

「シナノより信号。只今より、姉を見送る。」

「返信。各員、持ち場にて見送れ。この海に眠る米日の勇士たちに、そしてその列に加わるわれらが長姉に敬意を。
ささげたくないものはささげたい人物にでいい。敬礼!」


少し、立場の違う人々にも配慮してキャラハンは号令をかけた。




なお、後世公開された宮中の昭和の記録の中には、極めて珍しいことに詠み人知らずといわれる以下の四句があることを付け加えておく。



——くろがねの 旅路見送る 蒼と白

——青によく 大和し祈る 安らぎを

——奥津城に 集う魂らに 干戈なし

——海ゆきて 至れる島は しずかなり



下の句は、いまだに発見されていない。
最終更新:2014年10月19日 23:21