631 :Monolith兵:2014/11/25(火) 08:59:37
ネタSS「憂鬱日本欧州大戦 ー悪魔のいる戦場ー」


 1942年の冬将軍が連合軍へと襲い掛かるのと同時に、ソ連軍も反撃に撃って出た。
 当初こそ、連合軍は冬季戦装備の不足と物資弾薬不足で損害を受けたものの、黒海とドニエプル川などの河川を利用した水上輸送が本格化すると、ソ連軍の攻撃は頓挫するに至った。
 また、アメリカ軍が本格的に欧州へと進出し始めていた。当初こそ、バクー油田の戦略爆撃とトルコ及びウクライナでの地上戦で敗北を喫したものの、すぐさま体勢を建て直していた。


「敗北した原因を分析した結果が、1000機にも及ぶ大規模爆撃か・・・。」

「流石は米帝様。数が違いすぎる。」

 1943年3月、東京では夢幻会の会合が行われていた。会合に先立つこと約1ヶ月前、日英米更には独仏も参加しての、バクー油田への1500機を超える爆撃機と500機もの護衛戦闘機による大規模な戦略爆撃が行われた。
 ソ連側も1000機を超える迎撃機を繰り出してきたが、それでも連合軍による爆撃を防ぐ事は出来ず、バクー油田にかなりの損害を与える事に成功していた。

「バクー油田の稼働率は少なくとも2割は低下した模様で、復旧には3ヶ月から半年はかかると思われます。
 また、地上戦でもソ連軍の攻撃は何とか防げています。欧州における連合軍の優位は揺るがないでしょう。」

 永田の報告を聞いた会合メンバー達は満足そうに頷いた。
 バクー油田を叩く事が出来た以上、ソ連軍はこれまでのような馬鹿げた数の兵器を運用する事は困難になると、彼らは確信していた。

「欧州方面は連合軍の優位だが、極東方面はどうするかだ・・・。」

 伏見宮の言葉に、これまで笑顔だった出席者達の顔色が曇った。
 日本陸軍は激戦の末にベロゴルスクを占領するに至っていたが、ソ連軍はそれに対して思いもよらぬ方法で日本軍を苦しませていた。

「まさか、極東でも焦土作戦を行うとは・・・。」

 そう、ソ連軍はベロゴロスクを占領されるとスヴォボードヌイで抵抗しつつ、その隙にソ連極東軍主力は遥か1400km後方のチタにまで撤退してしまったのだ。しかも、鉄道や主要な施設は破壊し、井戸には毒を放り込むという丁寧な仕事だった。

「陸軍としては、スヴォボードヌイで防衛体制を構築する予定です。というよりも、これまでの戦闘による消耗でこれ以上進軍する事は事実上不可能です。
 何よりも、更に1400kmにも渡って兵站線を構築するのは極めて困難です。」

「それは理解している。
 だが、ソ連軍を極東に誘引する必要がある。欧州に兵力を振り向けられたら戦況が変わる可能性がある。そうなれば、各国は日本を非難するだろう。」

「はい。ですので、以降は航空爆撃をメインにしつつ、本格的な攻勢には出れませんが、小規模な侵攻作戦を繰り返してソ連軍を誘引する予定です。
 また、再攻勢の準備を進めており、将兵と物資の補充が完了する3ヶ月後には進撃を再開できそうです。鉄道を敷設しながら進撃しますので、速度は遅くなりますがソ連軍の戦力を拘束できるでしょう。」

 いくらチート強化された帝国陸軍とは言え、損耗した状態でハバロフスクから2000kmも奥地に鉄道無しで大兵力を送り込むのは不可能だった。アメリカ軍の来援があれば話は別だったが、彼らはインドと欧州への派兵に熱心であり、満州と中国を除いて極東に兵力は殆ど存在しなかった。
 これは、一時期は戦端を開きそうになるほどだった事から、日本の国民感情を察したアメリカが日本へ配慮した結果だった。
 だが、同時に日本単独で極東でソ連と対峙させることで国力を殺ぎ落とし、満州や中国での影響力を拡大させる意図も存在していた。

632 :Monolith兵:2014/11/25(火) 09:00:17
「ただ問題もあります。
 現在満州と中国ではペストが流行しつつあります。これがシベリアまで到達すれば、最進撃は不可能となります。何より、日本へ侵入してくれば甚大な被害を齎すでしょう。
 このペストは肺ペストのような症状を持ち、致死率は5割を超えており非常に危険です。
 ただ、このペスト流行は史実には無いものです。」

 永田の言葉に出席者達は顔をしかめた。
 大陸では43年始め頃からペストが徐々に広まっていた。幸い大流行とまでは至ってなかったが、そうなる可能性は高かった。
 そして、史実に無いペストの流行という事もあり、人為的な流行である可能性があった。

「アメリカが中国で奉天軍親ソ派や共産党相手に戦っているうちに流行した、という事は連中が広げた可能性もありますね。」

「連中は最早組織立った抵抗は不可能だ。そんな連中が生物兵器を使えるだろうか?」

 アメリカはソ連に武器や物資を密輸していた奉天軍の一部や共産党残党相手に戦闘を繰り広げていた。これまでの戦闘で奉天軍親ソ派や共産党は、最早組織として立ち行かなくなっていたが、その過程で中国各地は戦渦で荒廃していた。
 そこで発生したペストは瞬く間に大陸と満州に広がり、日本人や欧米人にも感染者は出ていた。

「一応ペストワクチンとストレプトマイシンは増産しているが、新種のペストという情報もある。ワクチンも抗生物質も効かない可能性がある。防疫は徹底的にやらねば成らない。
 被害は1900年前後のペスト流行を超え、戦時中である事から状況的にはスペイン風邪にも達する可能性もある。関係省庁はペスト対策に徹底して取り組んでもらいたい。」

 近衛はそう言い、大蔵省代表者を見た。彼も頷き、「ペスト対策のために緊急予算を組んでいます。」と答えた。

 そんな時、情報局局長の田中が息を切らして部屋へと入ってきた。

「申し訳ありません。非常に重要で、緊急性の高い情報が入ってきまして。」

 この言葉に誰もが田中の方へ顔を向けた。

「欧州でペストが流行しているようです。少なくともトルコ、ウクライナでは大流行と言えるレベルです。
 また、フランスやドイツでも流行しており、欧州全体での死者は少なくとも10万を超えている模様です。」

 その報告に誰もが声に成らない叫び声を上げた。

633 :Monolith兵:2014/11/25(火) 09:01:20
 一方、ロンドンでも今回起きたペストの流行に間して会議が行われていた。

「ようやく共産主義者どもを滅ぼせる好機が来たというのに・・・。」

 チャーチルはそう吐き捨てると、苦虫を潰したような顔を更に渋くさせた。

「だが、このまま手を拱いていては滅びるのは我々になってしまう。
 何としてでもペストに打ち勝たなくては成らない!」

 チャーチルの言葉に閣僚達は深く頷いた。
 イギリスではペスト流行に関して情報統制が取られており、国民の殆どがペストが流行している事を知らなかった。だが、このまま感染が拡大すれば国民は混乱し、戦争どころでは無くなる可能性があった。

「我が国はまだマシなほうだが、トルコとウクライナの状況は酷いようだ。我が軍の将兵もかなりの数が死亡している。トルコの継戦能力は低下しつつある。
 だが、真に重要なのはフランスとドイツでの流行を食い止める事だ。このまま感染が拡大すれば、混乱と暴動で連合国から脱落する可能性もある。特にフランスとかフランスとかだ!」

 イーデンの懸念は最もだった。欧州では過去に幾度かペストの大流行を経験しており、欧州人にとってそれはトラウマになっていた。
 しかも戦争中という事で、大量の人と物が移動しているのでペストの感染拡大は進んでいた。下手をすれば連合国は崩壊し、ソ連が息を吹き返し欧州が赤く染まる可能性もあった。
 最悪の事態にならなくても、フランスが脱落すれば現在の連合軍の最大兵力が消えてしまい、これ以上の攻勢は不可能となるし、防衛線の維持も困難となるのは明白だった。
 また、兵站に関してもフランスは連合国を支えていた。意外な事だが、フランスは欧州におけるドイツと並ぶ自動車生産国だった。特に42年に登場したシトロエン・2CVは低性能だったが、低価格と高い量産性から連合軍の兵站を支えていた。

 そして、ドイツの脱落は連合国の敗北を決定的にするのは間違いなかった。フランスが数の上での主力とすれば、ドイツは質の上での主力だった。
 次々と強力な戦車や航空機を繰り出すドイツは、最早イギリスにとっていなくては成らない存在だった。

「今回のペストはアメリカが発生源のようです。更に言えば、ニューヨークの可能性が一番高いです。
 去年の8月頃から全米の医療関係者が多数ニューヨークに送られています。」

 情報局からの出席者の言葉に、閣僚達はざわめいた。

634 :Monolith兵:2014/11/25(火) 09:05:13
「ニューヨーク・・・。去年の8月に共産主義者どもが武装蜂起したな。もしや、その時にペストをばら撒いた?」

「いや、武装蜂起の際にロックフェラー研究所が襲撃されたはずだ。あそこではペストを始めとする疫病を多く研究していたはずだ。」

「どちらにしろ、ソ連が今回のペスト禍の主犯という事か・・・。」

 アメリカが発生源と聞いて、スペイン風邪のように自然発生したと思った者もいたが、共産主義者による襲撃が原因ではないかという話が出ると、誰もが憎しみに満ちた顔をした。
 なお、言外にアメリカが副犯だと言う者もおり、イギリス人のアメリカへの見方がよくわかる。

「奴らは間違い無く疫病神だ。欧州に戦争を引き起こし、今度はペストを撒き散らした。」

 ここで、彼らは再びペストにどう立ち向かうかと話を戻した。できる事ならば、ここでソ連に対する悪罵の限りを吐きだしたかったが、無駄な時間は存在しなかった。

「中国やインドでもペストは流行しつつあります。特にアメリカが大兵力を派兵しているインドではかなり深刻な状況です。最大で50万人以上の死者が出ているようです。」

「ふん。汚らしいインド人が減るのはいい事ではないか。」

 チャーチルのインド人嫌いはかなりのもので、インドからの撤退時には金や武器弾薬と交換に食料を運び出していた。この結果、42年に起きたサイクロンの被害も相まって、ベンガル地方では大規模な飢饉が発生していた。
 それがペストの流行を後押ししていたが、インドに進出してきた新たな主人であるアメリカ人によって、大量の食料が運び込まれ飢餓自体は収まりつつあった。最も、その際にヒンドゥー教徒やイスラム教徒からかなりの反感を買い、今後の統治に火種が新たに一つ生まれていたが。(ただし、インドでは既に様々な火種から燃え盛っていたが。)

「そして、中国と満州についてですが、日本は自国軍と自国民向けにワクチンと抗生物質の増産を進めています。
 どうやら、ペストに効果のある治療薬が日本には存在するようです。」

「何だと!?」

 情報局からの情報はイギリス人達を驚愕させた。極東の島国に、欧州人を悩ませている疫病に対する切り札があったのだ。

「既に日本には治療薬の供給とイギリスでのライセンス生産について打診している。
 だが、多用すると効果が薄れ、最悪の場合薬の効かない強力な病原菌が生まれる可能性があるようだ。」

「だが、それでも朗報だ。防疫強化や鼠駆除等以外にも対応策があったのだ。」

 イーデンが既に手を回していた事を知った閣僚達は歓喜の声を上げた。
 使用には注意が必要なもののペストに対する切り札を持てた事に、イギリス人達は歓喜した。が、問題もあった。

(まさかあれほど毟り取られるとは。)

 辻が育てた後継者候補達は、腹黒紳士を相手にかなり毟り取っていたのだ。もっとも、抗生物質と言う新しい分野の薬という事もあり、それでも適正価格だったのだが。

635 :Monolith兵:2014/11/25(火) 09:06:01
 各国でペスト対策が進められている頃、イギリス相手に毟り取った者達の師匠はというと、フランスで病床に臥せっていた。

「まさか貴方がペストにかかるとは・・・。世も末ですね。」

「どういう事ですか?私だって人の子ですよ?」

 辻はペストに感染したものの、陸軍が欧州に持ち込んでいた抗生物質のお陰で大事には至らなかった。その為、見舞いに来た杉山と軽口を叩けるほどまでに回復していた。

「後数日もしたら退院です。全く、こんな大事な時にペストが流行するなんて・・・。」

「今回の発生源はどうやらアメリカのようだな。ニューヨーク蜂起で共産主義者達がばら撒いたようだ。と言うのは表の話で、実際はロックフェラー研究所を襲った共産主義者との戦闘で、研究していたペストが流出したらしい、という情報が来ている。
 もしかすると生物兵器の可能性もありえる。」

 今回のペスト禍は史実に無い状況から、杉山はすぐさま自荷的なものではないかと疑っていた。それを裏付ける情報が本国から入ってきたために、杉山は今更ながらソ連の恐ろしさを再確認していた。

「たまたま流行したのがペストだったわけで、天然痘や炭疽病だった可能性があるわけですか。
 しかし、アメリカも生物兵器とはやってくれますね。」

「最も、研究していただけで使う事は想定していなかった可能性は高いでしょうが。余りにも凶暴すぎる。」

「それでも、今後のアメリカの発言力は低下しますよ。戦後になればあのペスト禍はアメリカとソ連のせいだったと声を荒げる人も出て来るでしょうからね。
 ええ、金を毟り取るいい口実が出来ましたよ。」

「と言うと?」

「アメリカからフランスや欧州各国に投資させるんですよ。ペスト対策の名目でいいでしょう。もし断れば、今回流行しているペストはアメリカが生物兵器として開発したものだと公表する。そう言えば、アメリカは孤立する事になりますからね。嫌とは言えませんよ。
 そして、フランスで作った抗生物質をアメリカに売りつけてやるんですよ。イギリスやドイツもこの話には乗るでしょうね。」

 これで多くの人命が救われますね。ああ、何て私は優しいんだろう。と自画自賛する辻を見て、杉山はやはりこの男は恐ろしいと再確認していた。

「なるべく早く欧州でも抗生物質の生産を始めなければなりませんね。連合国がペストで苦しんでいる間にソ連が息を吹き返したら目も当てられません。」

「ペストの流行は深刻な問題ですが、現状では連合国の優位は揺るがないだろうと思われます。
 それに、スペイン風邪の時と同じようにソ連でもペストが流行するだろうしな。
 それはそうと、あの新型戦闘機はかなり開発が進んでいるようだな。」

「ああ、あの。私としてはいい加減に重反転プロペラとか止めて欲しいんですけどね。余りにも価格が高すぎますし、生産効率も単発機と比べて低いですから。
 ですが、フランスがドイツやイギリスのような大馬力エンジンを作れない以上仕方ないですが。」

「マーリンやDBのライセンス生産はしないのか?」

「あのフランス人ですよ?ライミーやクラウツのエンジンなんか使えるか!と言う内心が明け透けて見えますよ。
 こればかりは私も努力しましたが無理です。むしろ、Ⅳ号戦車のライセンス生産を陸軍は良く認めたなと感心しますよ。
 まあ、今年中には大馬力エンジンが完成する目処が立っているようなので、変態戦闘機もその内お払い箱でしょうが。」

 杉山が言う例の戦闘機とは、ヴェルニスと倉崎とが開発を進めている、エンテ型推進式二重反転プロペラ戦闘機である。某艦○シリーズにでてきた蒼○と言ったほうが解りやすい、この変態戦闘機は信じられない事に開発はスムーズに進んでいた。
 既に試作機が作られており、その結果は良好で最近では最高時速760kmを発揮したと言う話もあった。目標速度は時速850kmらしい。

「イギリスはスピットファイアを二重反転プロペラにしようとして盛大に失敗するし、ドイツもDo335なんて変態戦闘機を開発してるし・・・。」

「戦後なら笑い飛ばせる事も、戦中だと私達に降りかかってきますからね。
 ところで、ドイツとイギリスがジェット戦闘機を共同開発しているという話が・・・。」

「一体どうなってしまうんだ、この世界は・・・。」

 杉山の嘆きに答えるものは誰もいなかった。


おわり

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最終更新:2014年12月11日 18:44