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コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー。
ソ連の科学者でありロケット研究者であり、帝政ロシア時代から技術者として宇宙を夢見続けた学者である。
SF作家としても月面への到達を描いた小説「月面世界到達」を出版したこともあり、そのほとんどの情熱は宇宙へと向けられていたといっても過言ではない。
地球の宇宙黎明期における天才――――後世、彼を表した多くの歴史家が彼をそう呼んだ。



そしてもう一つ、彼を皮肉った呼び名もあったことを忘れてはならない。
「宇宙開発で最も多くの学者の心を折った先駆者」と。




先取りしすぎた先駆者 コンスタンチン・ツィオルコフスキー (改訂版)





さて、彼が宇宙開発の分野で評価と尊敬を集めるのは、その優れた先見性にある。
宇宙関連の諸々の物品、宇宙服 宇宙遊泳 人工衛星 多段式ロケット 宇宙ステーション ロケットなどを理論段階とはいえ提唱したのだ。
当初こそ眉唾ものと思われたが、彼の存命中あるいは彼の死後には次々と現実化し、宇宙開発の根幹をなしている。
そして、彼が提唱した中で非常にタイムリーな、まさしく彼の予言ともいえるものが水星から地球にもたらされた。
軌道エレベーターである。
水星に到達したニューホライゾン1号の船員達が、それを用いて水星の大地に降り立つことを提案されたことはとてつもない衝撃となった。
当時、ツィオルコフスキーの提唱した案は猜疑的にみられていたものであったものの、実用化されるのではないかという密かな期待を集めつつあった。
そして水星はそれを現実化していた。その事実は彼の先見性への評価をさらに高めるのに十分すぎた。


そんな世論の盛り上がりに、国の首脳部は敏感に反応した。
何時になるかはわからないとしても、将来宇宙に進出するのに軌道エレベータは必要ではないか?と考えたのだ。
いや、宇宙進出後に必要になる公算が高い。おそらく地球よりも先に宇宙進出を果たした水星が使っているのだ。
彼らのノウハウを学べばより少ない労力で済むはず。
宇宙開拓時代のスエズ運河、あるいはパナマ運河となると判断した為政者たちは、すぐさま建造に向けての準備をするように指示を出した。

「宇宙大航海時代への足掛かり」
「宇宙進出、新たな手段」
「新時代へのステップ」

軌道エレベーターはそのように市民へと伝えられ、市民はまだ見ぬ巨大な建造物に心を躍らせた。
盛り上がりを見せる世論の後押しを受け、早速技術者や建築家、宇宙学者が招集された。
建造のヒントとなるのは宇宙飛行士たちが水星から集めてきた実物の情報だ。
もちろん軌道エレベーターに関する情報全て得ることはできないが、大体の構造は知ることができた。
写真もあれば映像もある。実際に搭乗した宇宙飛行士たちの証言もあるのだ、後はそれを実行に移すだけ。
少なくとも、軌道エレベーターのことを知った人々はそう思っていた。


だが、水星へと転移した日本にはこんなことわざがあった。「捕らぬ狸の皮算用」と。


地球の人々の安易な考えは急遽編成された研究チームあるいは機関の上申書によって覆されることになる。

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一番最初にその非現実性に気が付いたのは、ツィオルコフスキーの故郷 ソ連であった。
宇宙開発競争が始まったころからツィオルコフスキーの論文などを読み漁って、現実化してきたのだ。
即ち、ある種のバイブルとしてソ連の中では見られていたのだ。実際ツィオルコフスキーの弟子も研究チームに招聘されている。
彼らは新たなバイブルである水星からの情報を加えつつも、その日も設計グループ(設計局)がその垣根を超えて議論していた。
この時ばかりは開発において対立しあうこともある複数の設計局も一丸となっていた。まさしく、ソ連の頭脳が集まったと言えるだろう。
喧々諤々の議論の中、ふと一人の建築家が疑問を口にした。

「なあ、これどれくらい資材が必要なんだ?」

会議室は熱狂的な議論に満ちていたのだが、その言葉で冷静な判断を思い出し、試算してみることにした。
水星では静止軌道上に小惑星を持ってきて、そこから糸を降ろすようにしたらしい。
だが地球の近くに都合よく小惑星があるわけもなく、自力で静止軌道上で作らなければならなかった。

「作るだけなら簡単だが、やがてこれは地球を一周するぞ?」
「とりあえず、最終的に完成すれば地球を一周する。それが完成したと仮定して計算するぞ」

地球一周は赤道での直径が約1万2千kmで一周すると約4万km。
一方で水星は、彼らの情報によれば赤道での直径が4879.4kmで、一周すると約1万5千km。
地球と水星を比較すれば水星の方がはるかに大きく、およそ2.5倍近くの差があった。

「ふむ……水星は小さいのだな」
「こう見れば地球とは大きく感じるな」

それぞれ思うことを述べながらも、計算を続けた。

「軌道上に設置されるから、『仮称 衛星軌道構造物』は赤道よりも半径が拡大するか」
「安定するには静止軌道に設置が望ましい。大体高度3万5千kmほどだな」
「つまり地球で建造する場合では、それの二倍の約7万kmを足して計算するわけだな」

この程度の計算はすぐにできた。地球の直径1万2千km、衛星軌道までが3万5千km。
これをもとに円周を求めれば、地球での仮称 衛星軌道構造物の一周の長さがわかる。

「えっと……(1万2千+3万5千×2)×πだから……約26万6千km?」
「……」

何か気まずいものが学者たちの間に流れ始めたのはこの時だった。
纏め役が書類を確認している学者に確認をとった。

「たしか、ここにはヘリウム輸送のための設備や人員の輸送スペースもあるはずだったな?」
「ええ、簡単に言えば港の設備を大型化したものです。加えて、何時でも切り離しができる機能や宇宙ゴミを弾くための外殻もあります」
「さらに、エレベーターを支えるための設備も付け加えるのか」
「……どれほど巨大化するんだ!?」
「あとは建造途中にぶれたりしない様にしなければなりませんな」
「どうやって……?」
「……」

いよいよ、誰もが言葉を失い始めていた。
想定した以上の規模であり、その過程でどれほどの問題に直面するか。
なまじ優秀な学者たちであるために彼らにはどれほど困難か理解できてしまったのだ。
第一、地球上にそんなとんでもない構造物を彼らは作ったことが無い。それを宇宙でやらなければならない。
色々と意見が出たのだが、結局一つに意見は集約された。

「水星のように宇宙から降ろすのは現段階では非現実的である」

悔し涙を流しながらも、彼らはそう結論した。

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では地上から作っていくと仮定し、意見が出され始めた。
だが、ほどなくして致命的かつ宿命ともいえる問いが場に出された。

「そもそも……そんな巨大なものをどうやって支えるんです?」
「それは……塔を建てるしかないだろ」
「少なくとも静止軌道までですから、高さ3万5千kmの塔をどこにどうやって立てるんです?」

その問いに誰も答える人間は、答えることができる人間はいなかった。
そんな塔は、まさしく聖書に出てくるバベルの塔である。
しかもそれは、非常に困難であるがどうにか現実化できると判明している、厄介なバベルの塔だ。
途中で放棄は許されない。国家の威信をかけたプロジェクトとして、すでに発進してしまったのだから。

「優先順位としては仮称 衛星軌道構造物よりこちらの柱が優先でしょう?」
「……そうだったな」
「まずは柱を作り、そこにエレベーターを通して、そこから軌道構造物を作るのが楽かと」
「で、問題はどうやって柱を作るかだ」
「既存の建造物を拡大した物がいいのでは?」
「エッフェル塔のようにしたらそれこそ駄目ですからね、柱が支えが無くても自立できる設計にしなくては……」

だが、地上から伸ばしていく案もすぐに課題にぶつかる。
衛星軌道構造物を作る案と同じように、莫大過ぎる規模で工事を行わなければならないのだ。

「水星の軌道エレベーターの直径は少なく見積もっても200mはある。それが高度3万5千kmまで伸ばすわけだから……」
「外殻の厚さを仮に5mとしてみるか」

外殻の体積は科のように求められた。
200m×200m×π×3万5千km-195m×195m×π×3万5千km=4398.226㎦-4181.06359㎦=217㎦。

「ま、まあ問題ないか……うん」
「まて、これは外殻だけしか計算していないぞ。内部にはトンネルや人員の輸送通路、さらにはエレベーター設備が組み込まれる」
「確か中心に構造物があってそれを覆っていると報告にある。もっと膨れ上がるだろう」
「じゃあ聞いておこう、こんな巨大な外殻をどうやって作っていくんだ?途中で倒れたりしないように」

答えは、当然のように返ってこなかった。
だが、彼らとて意地がある。ひとまず課題の洗い出しを行った。

「赤道上に建造すればもっとも楽だが、同時に建造する量が最大になるのか……」
「というか、どうやってそれだけの資材を運び上げるんだ?既存のロケットだとあまりにも積載量が少ない」
「いっそのことフレームを地表で作ってそのまま打ち上げて途中で受け渡すのは……?」
「ふざけないでくれ、受け渡しの間空中でホバリングするロケットを作れと?ナンセンスだ」
「地上から作っていって、徐々にエレベーターを伸ばしていくのがいいんじゃないか?建造にエレベーターを利用できれば楽になる」
「水星からの情報では、宇宙開発の影響で生じた廃棄物が問題になるらしい。これに外殻が耐える物を作る必要があるわけだな……」
「待て、地球は隕石が降ってくる可能性がある、ぶつかったら大惨事だ」
「だめだ……これ柱をそのまま作ったら途中で崩壊してしまう」
「エレベーターのためのワイヤーだけでもどうにかならないか?」
「なるほど……だが、そうすると軌道上まで物資を運ばなくてはならないぞ?」
「そもそも、これだけ大質量の物体を宇宙空間で安定させるのは難しいだろ……」
「万が一崩壊したらこれが地表に落ちてくる……大気との摩擦で全部燃え尽きるのか?」
「これ、太平洋や大西洋を横断するハイウェイを作った方がまだましだろ……」
「水星とは別なやり方を一から作る必要があるやもしれん……」

このような議論は世界中で行われた。そして、多くの学者たちは同じ結論を出した。
地球に存在する現状の技術では軌道エレベーターを建造することは不可能、と。
そして、誰しもが一度はこのような文句を言ったという。

「水星の人間もツィオルコフスキーも、なんでこんなに苦労するものを考えたんだ」

その後も、多くの学者が議論を重ね、アイディアを出し合って行った。
だが、どうやっても地球では実現が難しいという結論へと向いてしまった。
作るための予算が無い、どうあがいても建造のための人手が足りない、政治的問題も絡む、建造のための資源もどれほど必要になるか未知数。
少なくない学者は、その問題に突き当たり、解決しようと必死に努力をして心を折られていった。
コンスタンチン・ツィオルコフスキー。
彼の思い描いた軌道エレベーターは確かに宇宙開発に必要となるのだろう。
だが、彼の残したそのアイディアはあまりにも後世の人にとって実現には重荷過ぎたのであった。






To be continue.......?

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最終更新:2015年01月17日 15:21