50 :ひゅうが:2014/12/31(水) 00:34:38
惑星日本ネタ――――「水星(火星)年代記のようなもの」 その10.8 【水星の事情】
―――――大日本帝国の国防は、宇宙軍による機動迎撃戦と、地上の三軍の本土絶対防衛による持久によって成り立っている。
いまだに光速の壁を越えることができないこの時代、最短4000万キロという距離は有人飛行に加えて無理をすれば移民すら可能という短距離である。
そのため、本土であり替えることができない水星という大地に存在する帝国はどうしても本土を陣地としての戦闘を想定せざるを得なかった。
核融合炉のエネルギー源として無尽蔵なヘリウムを有する木星圏と、そこで運転される真空電子対生成プラントは宇宙軍にとっても宇宙船にとっても生命線であったし、小惑星ベスタに建造された工業プラントは安全な後方兵站基地である。
だが、蒼星が外惑星系に存在したり、水星との間にもうひとつの惑星があったりするわけでもない。
そのため、宇宙軍は攻勢防御を、陸海空軍はまるで要塞地帯であるかのように本土を機動し防衛するという防空戦のような運用構想を立てていたのだ。
防空戦闘機と地対空ミサイルの関係で考えてみればわかりやすいかもしれない。
さて、西暦でいうところの1980年、帝国宇宙軍は深宇宙衛星により地球圏を観測。
ロケットの打ち上げを確認するたびに迎撃準備を行っていた。
これをスクランブルと呼ぶ。
水星から地球を見ると、いやでも巨大な太陽が目に入る。
これの反射に加え、月面裏や水星に同期した深宇宙軌道や重力均衡点(そうでなければ軌道エレベーターにいつかぶつかってしまう)に打ち上げられた宇宙望遠鏡群はシップ・スタートラックシステムといわれる観測網をもって水星へ向かう探査機をとらえていた。
全天球に輝くあまたの星をすべて把握し、自機の位置を把握するのが通常のスタートラックシステムである。
だが、安定位置に設置された衛星や軌道が決まっている衛星に全天球カメラを設置すれば、たとえばその星と衛星の間に物体や探査機が入ればわずかに光が陰る。
また、赤外線画像上も太陽光を受ける探査機はどうしても不自然な放射を行う。
これをデータベースと照合すれば、その速度と予想軌道から物体の来歴が推定できる。
ちょうど、海図上にない物体を水平線上に見つけてそれをフネだと判断するように。
このほかにも、極めて高い指向性を持たせた電磁波である「メーサー」を用いてある程度の幅をもってこれを放射し反射波を待つ「メーサーレーダー」もあるが、これは距離上の限界もある。
宇宙軍は打ち上げ後の噴射を確認しつつ、電波傍受によって探査機の目的から攻撃でないと判断し警戒レベルを引き下げる。
そして、数ヶ月後の水星上への進入へ向けて準備態勢を整える。
万が一、探査機自体が本土へ落下すれば、大量のプルトニウムが飛散し大地や海洋が汚染される。
まして、彼らの目標となったのは帝都東京の周辺地帯である。
まかり間違って皇居に落ちれば、考えるだに恐ろしいことになる。
蒼星上で緊張しながらNASAが操作を行っていたとき、帝国四軍もまたピリピリしながら彼らを待っていたのである。
軌道進入にあたっては静止軌道上の小惑星を転用した宇宙港では万が一の時には光圧により強制軌道変更を実施すべくレーザー砲が準備を整え、空には迎撃用の戦闘機隊と警戒管制機が編隊飛行を続けていた。
海上では、空母機動部隊に加え電磁砲や高性能誘導弾を満載した戦艦群が定位置につき、陸上では多薬室・電磁誘導複合型大口径高射砲や、核融合炉からの大量の電力を受けて稼働するレーザー砲台、そして局地レベルの高射ミサイルと速射レールガンが天空をにらむ。
戦域レベルで運用されるはずの多連装高速飛翔体迎撃ミサイル搭載車が街頭に展開すると、町中に訓練以外では鳴り響いたことのない本物の「空襲警報」が鳴り響いた。
人々は耐ショック姿勢をとり、また普段は使われたことのないカーボン製のヘルメットを身につけたりした。
義体化されていない多くの人々の中には、ゴーグルと一体化した防毒面をつける者もいる。
同様の事態はこの1年で8回も繰り返されており、人々は不安そうな目で情報を待った。
51 :ひゅうが:2014/12/31(水) 00:35:55
「軌道上への投入を確認しました。警報を解除いたします。」
ほっとしたため息が漏れた。
約1日後、この警報が再び鳴り響いた時にも、帝都東京周辺にはVTOL機群がエンジンを吹かせて待機しており、その中には対NBC戦処理部隊だけではなく外交官たちが乗り込んでいる。
大綬章(たすき掛けされたリボン状の勲章)をつけた礼服の上から防毒面とヘルメットをつけるというシュールな格好だったが、彼ら自身は大まじめである。
各州から帝国議会に登院する議員たちは古式によって地球諸国でいうところの大使と同格として遇されており、その着任にあっては皇居宮殿における認証が行われる。
その儀式を踏襲する形で礼服を身につけていたのである。
探査機のカメラに映し出される初の水星人がラフな格好をしていては帝国の鼎の軽重が問われるというのはしごく尤もな話だ。
衣冠束帯などの和装も考慮されたものの、儀礼と実用の間をとってこうした方式がとられたのは結果的にはよい方向へ働いたといえるだろう。
テレビジョンの向こうで見守る人々にとっては、東洋風の衣装よりも古風なエンパイア様式と海軍軍装に近い礼装の方が彼ら自身の偏見を刺激せずに済んだのであるから。
――――なお、外交官たちは、テレビカメラであると考えた物体がまだ作動しておらず、軍事機密の観点から通信機や親書ユニットの取り出しにあたって布がかけられるまでほとんど写真レベルでしか画像が送られていなかったことを知ってのちに大いに凹むことになる。
「知っていればわざわざあの格好をしなかったのに、と。」
もっとも、礼装をとったがために蒼星こと地球上ではそれまでの誤解が確信に変わり、本格的な直接接触までそれがとけることがなかったのは水星側ののぞむところだったのだが。
「19世紀末レベルの国家に対して可能な限り友好的に地球上の超大国は接するか否か」
そうした試験期間を大日本帝国が設けていることを、地球の人々は知らない。
【あとがき】――小品ですが、水星側のお出迎え事情を一本書いてみました。
参考になれば幸いです。
最終更新:2015年01月17日 15:26