638 :ひゅうが:2015/01/10(土) 00:22:17
惑星日本ネタ――――「水星(火星)年代記のようなもの」その13 【幕間 水星の事情】
「みなさん今晩は。こちらはウォルター・クロンカイトです。皆さんもすでにご存知でしょうが、つい数時間前、宇宙船『ニュー・ホライズン1』は水星圏内に到達しました。
それに伴い、さきほど驚くべき発表がなされました。
NASAの発表によりますと、宇宙船は日本側(EGJ)の宇宙艦隊による栄誉礼のもとで軌道上に到達し、月軌道ステーションにおいて1週間あまりの検疫期間を経て水星地上へ降下する模様です。 念のために申し上げておきますが―――これは映画でもドラマでもありませんよ?」
夕方のニュース、最後の一言が、歴史に残った。
テレビジョンを通じて配布された映像は、最初は巨大なNASAマークが10秒ほど続き、それに続いて記者会見場で流れる映像がそのまま流された。
まず、オーロラが目に映った。
緑色ではなく青色に近いそれは、その起源が自然ならざるものであることを示している。
続いて、画面の下には月そっくりの天体が。
画面の真ん中に明灰白色の物体が群れを成しているのが見られた。
月の裏側と表側の境界線にあるためか、暗い面と明るい面は境界がはっきりしている。
しかし、下に見える黒い部分に、光がともりはじめる。
それなりの速度で軌道をまわっているためにだんだんと近づいてくるが、それらは英語の「WELCOME(ようこそ)」という文字へかわった。
それらは幾何学的な文様をとっており、円形を幾重にも組み合わせ、放射状にパイプラインや輸送レール、ドック群があわさった月面基地を光で照らしだした。
サーチライトらしき光の柱は、まるでバビロンの城門のようにさえ見える。
やがて、艦隊らしきものの上に、宇宙服を着た人々が整列している様子が映し出され、彼らが一斉に敬礼したところで映像は途切れた。
「冒険に出た先で、我々は予想もしなかった大きな宝を見つけた。」
そういったオルドリン船長のコメントに加えて、ハッチ越しに握手する船長と軍服を着た日本人士官の写真が数十分もせずに届いた。
「ケネディ大統領に向け、水星のナカソネ首相は大航海成功の祝意を伝えました。」
「ナカソネ首相は、水星へ向かって旅立った3隻の宇宙船の目的である国交樹立について極めて前向きに検討する旨を明らかにし、国賓として訪問団を遇する旨を約束しました。」
「ソヴィエトのゴルバチョフ大統領は、水星への一足早い到着についてケネディ大統領へ祝意を伝え、『水星で会おう』と飛行士への伝言を――」
「大英帝国のサッチャー宰相は、女王陛下からの名代として合衆国に祝賀の意を――」
蒼星、いや地球の人々からすればよく分からないうちにいきなり水星に巨大な帝国が出現したようなものだった。
が、衝撃はそれなり、といったところであった。
なんといっても距離が大きい。
月に突然帝国が出現したのならまだしも、隣の惑星に存在する国家がいくら巨大で、そしてテクノロジー的に先をいっていると思われるとしても、ロケットで数か月を要する距離にあれば、いきなり核ミサイルを発射してくるかもしれないという懸念が大きいほかの超大国よりは警戒感が薄れる。
まして、礼砲を撃って登舷礼で迎えられては、よほど偏屈な人間でない限りとりあえずはほほを緩めるものである。
これが最初の接触の際に国家の概要を聞かされていたのなら、この接触の頃までに悪の帝国じみたイメージが形作られ定着していたのかもしれないと考えたのは、訳知り顔のアナリストぐらいなものだった。
639 :ひゅうが:2015/01/10(土) 00:22:52
総じて人々は、この衝撃を受け入れるのに時間を費やし、小出しにされる情報に翻弄され続けたのだった。
――実はこの小出しにされる情報こそが水星を統べる帝国政府のさらに上層部の考えていた対蒼星情報戦の一環だったということが近年の情報公開によって判明している。
「今は、蒼星の超大国に我々との対決路線を考えさせてはならない。
可能な限り友好的に少なくとも四半世紀を維持し、蒼星側が宇宙軍を作り上げても小惑星帯と木星圏での持久を可能とする」
会議の席で発せられたというこの発言は、当時の水星側がいかに蒼星(地球)側を恐れていたのかの証でもあった。
蒼星上に展開する数万発の核弾頭は、技術的に言えばすぐさま宇宙空間攻撃用に転用可能ですらある。
ならば、自らの力で宇宙戦力を整備される前に、積極的に行動するべきである。
そのためならば、宇宙技術や原子力技術の格安提供も辞さない。
「こうなれば、蒼星の宇宙産業とエネルギー産業のすべてをわが国の基幹部品で染め上げてしまえ。
白人優位主義など、金(かね)と鉄火のもとには無力であることを教えてくれる。」
蒼星人類の宇宙進出開始から水星探査機の投入までに考えられていた方針は、大きく分けて3つ。
ひとつは、これまで同様の完全無視。
これは蒼星の技術発達により早晩不可能になり果てる。
もうひとつは、武力を全面的に用いての蒼星軌道上の封鎖も含む全面対決。
これではいくら予算があっても足りない。木星や小惑星圏内の開発を考えれば、この方針をとればいずれも中途半端に終わってしまうだろう。よって却下である。
最後に残ったのが、友好的な交流を進めつつ政戦両面で蒼星を取り込み、その間に勢力圏を拡大するという折衷案じみた方針だった。
実のところ、日本側も蒼星側の意図を測りかねていた。
電波解析や暗号解読による情報集積によれば、冷戦期の外交はそのほとんどが勢力圏の拡大と戦時における優位を確保するために行われているようにさえ見えていたためである。
ならば、
「彼らの国家としての意思は我々ととりあえず平和裏の交流をよしとするか?距離の防壁を無視してまで誘惑を断ち切れるのか?」
幸か不幸か、蒼星側は水星の技術段階を低いものと推定している。
ならば、果たして蒼星上におけるそれのような軍事的恫喝を彼らは行わないとはいえないのではないか?
こうした懸念から、初期の接触において日本側の情報提供は極めて限られていた。
だが、直接接触によってその枷は解き放たれた。
懸念を覚える暇もなく、この後蒼星側は情報の奔流を浴びせかけられることになる。
「大日本帝国政府より水星上への降下にあたって軌道エレベーターの使用が提案。」
最終更新:2015年01月17日 16:05