184 :ひゅうが:2014/12/20(土) 01:44:57
惑星日本ネタ―――「水星(火星)年代記のようなもの」その8 【真実】
――八重洲という家がある。
その名の通り、帝都東京の中心部に屋敷を構えた旧旗本家で家禄は2100石。
1000石を下回るものがほとんどである幕府旗本の中にあっては優遇されているといってもいい。
だが、旗本寄合席に着座可能な3000石は下回り、それより一段下の柳間詰格であった。
したがって、大名と同じ扱いを受ける交代寄合に出席可能であったのだが、参勤交代については義務付けられておらず、ほとんどの場合領地となる大陸領や番屋敷のあった長崎にいることが多かった。
そのため、本家の姫が交代で八重洲屋敷詰として通常5年ほどを過ごすこととなっておりその間に当時の旗本家には珍しく実学を学ぶものが多かったという。
この家の初代は八重洲耶揚子
またの名を、ヤン・ヨーステン。元オランダの航海士であり、イングランド船リーフデ号の事故によって日本に漂着したうちの一人であった。
元和の頃、大天変に伴い断行された海外移民計画に際しては同僚でありかつての上司であった三浦按針(彼も三浦家として旗本家を興している)とともに幕府側の責任者として働き、その後3代にわたって大型船舶を統括する御船手奉行をつとめたことからむしろ大陸でこそその名は知られていた。
彼とその配下となった船員たちはのちの世に航洋服、のちの洋服やイングランド語を世に広めることとなるが、それ以上に幕府時代から八重洲家は旗本家には珍しく裕福な家であった。
徳川家治公の内地侵攻に際してはかの家の資金援助があり、そのために以後も複数の海運企業を経営する資本家として過ごすことができていた。
そんな八重洲家には、国内においては珍しく言語学を伝える家という顔もある。
19世紀の日本においてはラテン語や英語については義務教育にあっては文章を読める程度の学習が進められていたものの、それは御船手奉行などの古記録を参照するものであり、また日常的に使用する用途のある海事関係者に限られていた。
その中にあってある程度英語を話すことができる者は、10億の水星上の人類にあっても万の単位に届くまい。
完全なものたるや、両手で数えられる程度だろう。
八重洲家はその筆頭であった。
西暦の1890年、八重洲家をはじめとするその多くが宇宙庁に集められた。
いぶかしがる彼らに、宇宙庁外惑星探査局長 白瀬矗は複数の写真を見せた。
「蒼星に、人類同様の知的生命体が文明を築いている証拠を発見しました。ご覧ください。」
20歳(地球年で30)になったばかりの白瀬の率直な言葉に一同は騒然となり、そして写真を見て唖然とした。
「何かに似ているとは思いませんか?これは…ヴェネツィアです。そしてこれはロッテルダム。これはロンドン。いずれも古地図と照合が一致しました。」
すでにガス灯が夜を照らし出し、白熱電球が爆発的な普及を遂げていた蒼星、いや地球の夜は明るかった。
さらには数十年前の蒼星3号と違い、探査機「のぞみ1号」から「のぞみ3号」に搭載されていたのは高感度テレビジョンカメラ。
観測衛星に搭載されていた分別能力2メートルほどという高性能なそれを搭載した大型探査機は地上の識別能力においても雲泥の差があった。
185 :ひゅうが:2014/12/20(土) 01:45:28
1890年2月に蒼星軌道へ入った3機の探査機は、高度200キロから100キロをたどる楕円軌道と極軌道へと遷移し初期観測を開始。
すぐに、地球の町の灯火を見つけたのである。
地上においてもこの衛星に気が付き、隕石のようなものが地球軌道に入ったと判断していたようであったが、水星側の驚きようを想像することは叶わなかった。
わずかに、H・G・ウェルズがのちに「宇宙戦争」のアイデアとして隕石により大気圏突入の際の熱を防ぐというアイデアをこの衛星によって思いついているが、天文学者たちは総じて珍しい「3つの小隕石」を会報に載せただけであった。
宇宙庁は箝口令を敷きつつ、宇宙軍や政府上層部との連絡を密にしながら表向きにはアマゾンやサハラ砂漠などの人跡未踏の地の写真を発表し続け、その間に帝国国立図書館の古地図との対照作業を進め…真実にたどり着いた。
「あれは、あの蒼星は、我々人類の、日本人の故郷だったのです。そして、元和の大天変により失われたはずの外国は未だにかの地において健在であると考えることができましょう。」
白瀬はそう述べると、厳重に封印された封筒を取り出し、人々の前へと差し出した。
それは…
「陸戦の陣形と思われます。そしてこれ。アフリカ南部の写真です。ご覧のとおり、小規模な都市が見受けられます。そして周囲の赤はおそらく軍人たちの集団。見ての通り、雑多な民間人を虐殺しています。」
実際のところ、赤い集団、すなわちレッドコートを有した英国軍に対している雑多な服装の集団はボーア戦争におけるコマンド部隊であったのだが宇宙からの観測ではそれはわからなかった。
しかし、至った結論はあながち間違いではない。
「以上の事から、地球上はいくつかの国家に分かれて断続的あるいは永続的な戦争状態にあり、同胞に対しても容赦せずに虐殺が横行しているものと考えられます。」
1か月後に大日本帝国全土に叩き込まれる衝撃を先取りした人々は青い顔で自分たちが呼び出されたわけを悟った。
白瀬は続ける。
「ゆえに、帝国政府としてはこのかつての故郷の民たちと非友好的な選択肢を含んだ関係を結ばざるを得ないことを将来的に覚悟せねばならないと思っています。
さらに、探査機はこの――イングランド諸島近傍やアメリカ大陸東部において断続的に電波らしきものをとらえました。
おそらく無線通信の過渡期にあるのでしょう。」
そのため、通信の解析によって蒼星の現状を探ってほしい。
そのためには古言語に通じたあなた方の協力が必要だ。
白瀬はそういった。
「わが帝国は総じて技術的には優越していますが、この差はたかだか200年ほど。我々が接触すれば種子島銃が戦国の世にわずか数年で広がったようにあっという間に追いつかれます。まして、戦争のもとではそうした技術への投資は最優先事項でしょう。
これは、まさに我が帝国の、そして水星の全国民の未来を左右する事業なのです。」
―――西暦1890年4月1日 大日本帝国の国民は知った。
決してやさしくない真実を。
最終更新:2015年01月17日 17:09