912 :ひゅうが:2014/12/29(月) 22:45:40
惑星日本ネタ―――「水星(火星)年代記のようなもの」 その10 【星間通信】
――――西暦1980年1月3日…テキサス州ヒューストン。
このとき、この地には全世界の注文が集まっていた。
APやロイター通信はもとより、ソ連のタス通信やドイツのEPA、珍しいところでは植民地系の南華社までが現地に集結。
テレビ局は100社あまり、ラジオ中継に至っては独立系もあわせて数百社が此処に存在していたといわれている。
彼らが追い求めていたのは、ただひとつ。
「史上初の外惑星との直接中継通信」」
これを去ること3日前に水星への軟着陸を果たした「イーグル2号」は、パラシュート降下する過程で数十枚の写真を地球へ送信。
その中には、のちに帝都東京であると判明する超高層ビルの群れと緑地帯が映っており、だんだんと近づいてくるどうみても田園地帯そのものである区画化されたあぜ道と刈り取り後の田畑、そして彼方に見える緑あふれる山岳地帯と高速道路や鉄道路線がこの大地が地球そっくりであることをいやでも彼らに知らしめていた。
特に、着陸後十分もたたずに駆けつけてきた車両らしきものと、探査機に外付けされていた無線機ユニットが取り外される前後に探査機のカメラに布らしきものがかぶせられた事実は水星に明らかに知的生命体が存在していることを示していた。
ピンぼけした黒いスーツ姿の集団が「ディオネリアン(水星人)」の見出しでトップニュースを飾ってからまだ30時間もたっていない。
続く大ニュースは誘蛾灯のように記者という種族を呼び寄せ、つい数時間前にキャッチされた通信機器の電源が入れられたという事実は「来たるべき時」をいち早く伝えたいという思いをさらに強くさせる。
そして、広報面では大きな努力を傾けているNASAは、管制センターに入る音声をそのまま流すという決断を下していた。
言葉も違うだろうが、ともかく話題性というものはバカにできない。
アポロ計画がもはや誰にも注目されない15号にさしかかった時にソ連が月周回船を打ち上げた時に彼らはそれを思い知っていた。
思い出したように続く地球軌道上での米ソの宇宙技術自慢大会、一般には「アポロ・ソユーズドッキングミッション」として知られるそれは、米ソ両国ともにそうした話題を必要としたための産物だった。
「大統領が話しかけられます。」
NASAの報道官がそう前置きすると、屋内屋外を問わずにスピーカーの向こうにいた記者たちや中継を聞いていた世界中の人々からわずかな驚きの嘆息が放たれる。
外交防衛の大統領と宇宙計画の副大統領という形で8年のニクソン政権を支えたケネディは、この数時間前にヒューストンへ入っていた。
先代のゴールドウォーター政権政権(共和党)に続いて久しぶりに政権へ戻ってきて2年目の大統領はこの年63歳。
政治家として脂ののりきった年齢であり、どちらかというと第2次大戦を戦い抜いたローズヴェルト大統領のように国民にゆっくり語りかけるタイプの人物である。
その声がゆっくりと電波に乗った。
「こんにちは、水星のみなさん。私は、その探査機を送った太陽系第3惑星にある国の代表です。聞こえますか?
我々人類はあなたがた友人になるべくこうして語りかけています。どうかこたえてください。」
最接近時ではないために往復6分半の時間がかかる返事を、人々は無言で待った。
かえってくるのは声だろうか?それとも信号のようなものだろうか?
「こんにちは。こちら水星。蒼星の皆さん聞こえますか?」
――世にいう「世界一有名なクイーンズイングリッシュ」はきっかり7分後にかえってきた。
誰もが驚いた。
女性だ。しかしなぜ?なぜ英語が流れてくる?
「こちらは地球。よく聞こえています。そちらに私の言葉が通じて嬉しいです。
私はアメリカ合衆国大統領 ジョン・F・ケネディ。どうぞよろしくお願いします。
よろしければあなたの名前を教えてくれませんか? そしてカメラを覆っているものをとっていただければなお嬉しいのですが。」
「こちら水星。こちらもお話ができて嬉しいです大統領閣下(ミスタープレジデント)。
私は、日本内閣府特命外交部に所属しております八重洲寛美と申します。
数千万キロの彼方から聞くよりもずっと優しいお声ですね。」
「水星にも私の声を知っている方がいて驚いています。それでカメラを――おっと失礼。きました。不躾ながらとても魅力的な方ですね。おっと、妻には内緒でお願いしますよ?」
913 :ひゅうが:2014/12/29(月) 22:46:27
ヒューストンのモニターには、カラー画像で金髪碧眼の女性が黒い礼服らしきものを着て映っていた。
カメラにかぶせられた布が取り払われたのだ。
そしてその横には、インディアンと呼ばれる人々と東部白人の中間程度の肌の色と思われる男性が映っている。
人種的特徴は黄色人種に近いのだろうか?
いや、白人そっくりの女性が話していることを考えると水星側の支配階級なのかもしれない。
人種観はリベラルであるケネディは別にして、南部白人層や世界各地では人々が少しだけ眉をひそめたがそれだけだった。
WWⅡから35年が経過したものの、あの大戦の記憶はまだまだ受け継がれていたのだ。
6分半後、
女性はころころ笑う。
「心得ております。私どもも、そちらの丁寧な親書を受け取りました。返書を受け取りましたのでこうしてやってきた次第です。
返書をすぐにお届けできませんから通信でこれに替えることをお許しください。」
「いえいえ。謹んでお受けします。首相閣下からの素早い回答痛み入ります。
よろしければ私どもは今、6年後を目処に水星への有人飛行を計画しております。我々の使節を貴国やその周辺国へ訪問させていただくのは可能でしょうか?」
「喜んでお迎えさせていただきます。わが国はこの星全土をその領域としておりますので、星を挙げて歓迎させていただくと申し上げた方がよいでしょうか。
それでは返書を読み上げますのでよろしければその旨ご返答おねがいいたします。」
「わかりました。それをお伺いできてよかった。では、どうぞ。」
記者たちはひそひそ話しているつもりだったが、6分半の時間をおいて一言一句を本社へ伝えるために走り出し、そして解説のコメントをいれたりと忙しい。
管制センターの周囲はさながらお祭り騒ぎだった。
6分半後、水星から返書の読み上げがはじまった。
JAPANの首相であるマサヨシ・オーヒラからの丁寧な返書は歴史上はじめてのアメリカ合衆国からの国書を嬉しく思うこと、そして、365年ぶりの蒼星世界との再会に際して二つの星の平和発展を目指したい思いは自分たちも一緒であると綴られていた。
この段階で、人々はJAPANの名が、突如太平洋の海中に没した島国の名をとったものではなくまさに「その島国」であることを知った。
アナウンサーはがなりたて、懐疑的な解説者がコメントする横で記者やディレクターが電話先に向けて叫んでいる。
「あなたがたJAPANは、かつて地球上にあった、といわれるのですか?
確かに同名の島国が17世紀初頭に水中へ没したという伝説がありますが。」
「その通りです
その証拠に、私はかつて日本列島にやってきたオランダ人の子孫ですよ。」
「なるほど。貴族というわけですか?」
「本邦においては制度上の貴族は存在しませんよ。蒼星でも奴隷制や身分制度は廃止されて久しいと聞いていますが。」
「不快にさせてしまったのならすみません。遠く離れた星のことですから想像するのも難しいのです。」
「こちらこそ失礼しました。私たちはきちんとそちらの放送を聞き取ることもできるのです。資本主義や共産主義はもちろん存じていますし、蒼星上の状況についてもそちらの新聞やラジオが丁寧に解説して下さるのでよくわかっています。
我が国も貴国同様、自由と平等の理念は共有しております。」
「ご寛恕ありがとうございます。
自由を愛する人々がおられることはわが国や世界中の人々を勇気づけることでしょう。」
「今後は、この周波数で呼びかけていただければ我が国の電波アンテナを用いて連絡をとることができます。ですが、いきなり大量の通信を送られては非常に困ってしまいます。
ですから当分の間は連絡はこの周波数帯でのみ、そして最初に接触してこられた貴国の宇宙機関を窓口にお願いしたいと思います。
卑近な言い方ですと早い者勝ち、というわけでしょうか。」
914 :ひゅうが:2014/12/29(月) 22:47:11
「それは…我々としては願ったり叶ったりですが、よろしいのですか?」
「かまいません。ですが質問攻勢をされたり、水星軌道上からのぞき見をなされるよりも実際に我が国にいらしてくださる方が私どもとしては嬉しいですね。」
「わかりました。そのように取り計らいます。」
「ありがとうございます。機密のために答えられないことも多くありますが、貴国が我が国へ来たるために必要な情報は優先してお知らせしたく存じます。
それでは、本日はありがとうございました。」
「はい。本日はありがとうございました。よい一日を。」
「よい一日を。」
全世界に中継された接触は、こうして初日が終了する。
米英ソ三国はもとより、地球人類は連日トップニュースでこの接触や、その後に続く通信の情報を報道し続けた。
「我々は孤独ではなかった」という喜びは地球人類と同じ起源であるとされたために半減したものの、地上では見なかった動植物の存在から生命は地球以外でも発生し得たと人々は納得したり憤慨したりした。
この時代、多くの列強諸国において、創造主の存在は大きな問題だったからである。
――この後、中継衛星であったイーグル2号が水星への落下を避けるべく高軌道への移動中に消息を絶った1ヶ月半後まで、担当者を変えてこの通信は行われ続けた。
実は、水星側が軌道エレベーターへの衝突コースをとっていた探査機に対して電磁パルス放射による無力化と「掃海」を行っていたのだが、この時点でそれを知る者は蒼星にはいない。
(まだ軌道リング構造の建設は計画段階であり、天文学によって軌道エレベーターを観察することはできなかった)
また、NASAの担当者や、大統領府、果てはCIAまでが参加した通信による質問においては、水星の概要や人口など以外の情報、ことに国家データや技術力の情報はあまり知ることはできなかった。
「自国の技術が劣っているということを見せたくないのではないか」というのがおおかたの意見であったが、「それについてはお話できません。」という言葉が出たときはたいていが交渉の終わりであった。
もっとも、そういった質問はたいていが学者や情報当局の突っ込みすぎで不躾な質問であったので、質問はやがて落ち着いていくことになる。
「予定を早め、1984年の水星着陸を目指す。」
こうケネディが宣言したのは、「平和と平等を愛するわがソヴィエトは世界の一員であるジャパンを同胞として迎えたい。アメリカ帝国主義の悪しき毒牙から水星を守るために」としてソ連邦への加盟要請を行うべきという意見をソ連科学アカデミーが発表した1ヶ月後のこととなる。
かくて宇宙開発競争の次なる目標は、「水星」となった。
最終更新:2015年01月17日 16:48