413 :ひゅうが:2014/12/05(金) 21:51:34
――1969年1月12日…
その日、世界の目は固唾をのんで月をにらんでいた。
アメリカ合衆国で、ソヴィエト連邦で、大英帝国で、東西ドイツで…
果ては植民地である
アジア極東やアフリカに至るまで――白人と有色人種の区別なく、彼らは空を見上げていた。
第2次世界大戦終結後、人類が狂奔した宇宙開発競争、その成果が今こそ試されようとしていたのだ。
大戦により三極化された世界において、破滅的な核戦力ではなく宇宙開発に資源が投資されたことは人類にとっては幸いであったが、各国の納税者にとってはそうではなかったといわれる。
「そんなものに投資するくらいなら、もっと植民地の福利厚生を向上させてほしい。」
「サハラ緑化計画に反対する現地劣等人種の掃討を」
「旧清国地域の安全確保を!」
エトセトラエトセトラ。
概ね好景気に沸いていた人類は、宇宙へ発散される力の理由を必要としていたのだ。
科学者たちはいった。
「月に行くだけではない。我々が目指すべきなのは、あの青く輝く地球の兄弟星、『水星』だ。」
「水や空気も地球そっくりであり、分光計によれば葉緑素も多量に存在する。面積は地球と等しい。枯渇が予想される地球資源や、将来的な人類の飛躍のためにも水星植民地の建設は必要だ。」
「これまで分析してきた火星の電波信号は、人類とは異なった知的生命体が存在していることを示している。おそらくは電波を使ってコミュニケーションを行う生物であるのだろう。」
「人種改良と生物工学のためにも、かの知的生命体をぜひとも地球のものとしたい。」
彼らの言葉はほとんどが無視されたが、一致した意見として「水星の資源」という点では世界は一度納得した。
これまで送られた探査機のことごとくが失敗していたことはおそらく偶然であろうし、断片的なデータからもかの星が地球型天体であることは明白だ。
第一次世界大戦前のように、世界の分割が終了した現在において、大国の国力増大や将来的な移民先確保は魅力的な課題だったからだ。
その一方、イデオロギー対決の舞台としても宇宙は魅力的だった。
まずは月。
ここを手にすれば、そこを基地として来るべき70年代末には水星への有人探査船出発が叶うだろう。
いや、月だけでもアフリカなみの面積があるのだ――
この年、大英帝国のサンダーバード計画、アメリカ合衆国のアポロ計画、そしてソ連のルナ計画は月を目指す。
そしてその先頭をきり、
アメリカのアポロ11号は飛び続けていたのである。
そしてガス・グリソム船長とウォルター・シラー飛行士の乗った着陸船「イーグル」が着陸。
歴史に残る一言を電波に乗せたその時…
「地球の皆さん、聞こえていますか?」
大出力の極超短波が、地球軌道の通信衛星へと響いた。
その発信先を認めたNASAは総毛だった。
発信先は、太陽系第4惑星水星。
にもかかわらず、電波に乗せた声は、きれいなクイーンズイングリッシュだったのである…
最終更新:2015年01月17日 17:40