475 :グアンタナモの人:2014/12/05(金) 23:14:41
  • 惑星日本ネタSS、やまなしおちなし少年少女

 大日本帝国連邦、瑞穂州、加論(カロン)市。
 内地の西岸に位置する大陸を一つの州としているこの瑞穂の地は、
 内地に次いで開発が進んでおり、生活水準も内地と比較してほとんど大差が無い。

 そんな加論市の住宅街。
 とある一軒家の二階のベランダに少年の姿はあった。
 中肉中背で黒髪黒目。特筆すべき特徴も無い普通の少年。
 強いて言うとすれば、大きな天体望遠鏡を濡宙縁(ベランダ)に据え、覗き込んでいることぐらいだろうか。
 少年の目当ては、今夜が特に見ごろとされる〝蒼球〟である。
 彼が住む高天原と呼ばれる星とは異なる、だがとても良く似た蒼い星。
 帝国天文台や帝国宇宙開発事業団によれば、
 この星と同様になんらかの知的生命体が活動しているとの可能性が極めて高い星であるそうだ。

 接触については帝国連邦政府も大真面目に検討しており、
 計数(デジタル)通信波による交信も実験されているそうだが、今のところは不発に終わっているらしい。
 だが、現在進行中の天津奥地の開発が終了次第、帝国軍や宇宙開発事業団が中心となり、
 接触に向けた第二次計画が行われるとの話を、丁度夕方の電映(テレビ)放送が行っていた。
 だからこそ、少年は久しぶりに天体望遠鏡を引っ張り出し、蒼球観測に勤しんでいるのだが。

 微動だにせず、天体望遠鏡を覗き込む少年。
 その背後に屋根伝いに濡宙縁の柵を越え、忍び寄る人影があった。
 少年の髪とは対照的な、明るい黄金色の髪が夜風に揺れる。

「こんばんは」
「おう、こんばんは」
「……少しくらいは望遠鏡から目を離す素振りを見せてよ」
「屋根伝いに来る奴の心当たりなんて一人しか知らないからな」
「もう……」

 素っ気無い対応を取る少年に、忍び寄っていた人影――少女は不満げに口を尖らせる。

「というか、好い加減危ないから下から来いよ。母さんもお前なら普通に通すだろ?」
「でも、すっかり慣れちゃったからね。ここ通ってくるの」
「だからってなぁ……」
「何、心配してくれてるの? 嬉しいわね」
「いっぺん落ちろ」
「あ、酷い」

 膨れ面になる少女を察したのか、少年が頭を掻きながら天体望遠鏡から瞳を離す。

「ったく、近所の人は好い加減慣れてるが、その辺知らない人が見たら通報されるからな? 金髪で目立つんだし」
「うむむ、遠いご先祖様の血が出たらしいけど、こういう時は良くも悪くも目立つから困るわ」

 少女はそう言い、黄金色の髪の毛を指先でくるくると弄り回す。
 今や歴史の教科書の中の存在となって久しい和蘭人。
 内地は長崎の出島という土地に住んでいたとされる彼らは、
 何百年も昔、この国が瑞穂や天津に出て行く際に、その手助けを行ったとされる。

476 :グアンタナモの人:2014/12/05(金) 23:15:15
 しかし、何百年も昔に存在したとされる大多数の国々同様、
 帰るべき祖国がなんらかの理由で滅びてしまったとされる彼らは、
 この国の人々の中に溶け込んでしまって久しいと教科書では習った。
 とはいえ、その功績は今でも語り継がれており、特に最初期の殖民が行われたとされる瑞穂東岸や
 天津北岸では彼らを記念する地名がちらほらと残っている。
 現に、少年と少女が住まうこの加論市も、その和蘭人の一人から名付けられたとのことだ。
 そして、少年の横を陣取った少女にはそんな和蘭人の血が流れているらしく、
 この高天原で暮らす人々の中では大変珍しい金髪碧眼の容姿を持っていた。

「……」

 そんな少女を横目見ていた少年は一度口を開きかけたが、
 直後に閉じ、それを誤魔化すように再び天体望遠鏡を覗き込む。
 金細工みたいで綺麗だとは思うけどな、とは流石に気恥ずかしく、とても言えなかったからだ。

「それにしても、よく飽きないね」
「うん? ……まあな」

 少年の気を知ってか知らずか、少女は話題を変えた。

「そんなに楽しいの? 蒼球観測」
「楽しいぞ?」
「ふーん……ちょっと見せてよ」

 そう言って、少女が少年の方へと身を乗り出す。
 それに少年は思わず仰け反ってしまい、あっさりと天体望遠鏡を少女へと明け渡してしまった。

「……別に良いけど、角度は変えないでくれよ」
「りょーかい」

 楽しげに言いながら、天体望遠鏡を覗き込む少女。
 少年は思わず頭を掻いた。

「……何も見えないんだけど」
「え? いや、そんなはずは……」

 しかし間もなく、少女が不満そうな表情で天体望遠鏡から瞳を離した。
 少女の言葉に、少年の顔色がにわかに青くなる。まさか壊れたのではないだろうか。
 少女と入れ替わるように、少年が天体望遠鏡を覗き込む。
 すると確かに望遠鏡に映っているのは、夜闇とは異なる黒一色――否、時折、ちかちかと強い光が確認できた。
 この光景に、少年が憶えがあった。

「……あー……〝八咫烏〟だよ、これ」
「八咫烏?」

 安堵したような溜息と共に、天体望遠鏡から瞳を離してぼやく。
 隣では少女が首を傾げていた。

「航空宇宙軍の空中母艦だよ。ほら、この間、電映放送で流れてたろ?」
「ああ、あの凄くおっきな飛行機? それが見えてるの?」
「偶然、航路に被ったんだろうな。大丈夫、すぐに通り過ぎると思う」

 そう言って、少年はもう一度天体望遠鏡を覗き込む。
 すると、八咫烏は既に通り過ぎたようで、先ほどまでと同じく丸い視界の中心には蒼球の姿があった。

「ほら、もう見えるぞ」
「見せて!」

 待ってましたとばかりに少女が再び身を乗り出す。
 少年も再び身を仰け反らせ、今度はそのまま後頭部で手を組んで寝転んだ。
 気が済むまで、存分に見せるとしよう。
 少年はそう考えながら、わーわーと小さく黄色い声を上げる少女の後姿を眺めていた。

(終)

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最終更新:2015年01月17日 17:50