639 :フィー:2014/12/07(日) 00:17:14
続きができたので投下
転移後の混乱期です。
「とある冬の日」
あの太陽が小さくなった日よりおよそ3か月。
各地の情報収集や混乱の鎮圧、各大名との連携強化に東奔西走していた
夢幻会の面々は江戸城下の料亭で現状の再確認と今後についての会合を行っていた。
「さて、各地の現状ですが混乱もおおよそ収束し落ち着きを取り戻してきています。あれだけの異常事態ですが直接的な災害が発生した訳ではないのが幸いした形ですかね?詳しくは資料にあります」
「太陽が小さくなってもそれに対して何かできる訳でもないからな。現状を受け流して日常を継続するというのは極めて日本人的ではあるが・・・」
しばし配布された資料に目を通しつつそれぞれが各地の情勢を報告していく。
一部で小規模な終末思想系の宗派が信者を伸ばしていること以外は得に大きな問題は出ていない。
確実に不安は蓄積しているのだろうが生きることに忙しいこの時代において、生活に大きく影響が出ない以上いつまでも騒ぎ続けることは困難だというのもあるのかもしれない。
「人的な混乱が最小限に収まったのは良かったが他はどうなっている?特に植生の関係だ。日照量が激減した影響の取りまとめをしていたのは誰だったか・・・」
「ああ、それは私ですね。それでは資料の8枚目をご覧ください」
転移からの時間を使って行われた情報収集の中でも重きを置かれていたのが各地の植生や動物の行動についての調査だ。
日照量の減少がどのような影響を与えるかは未知の領域であり今後の政策に大きな影響を与えることは疑いようもない。詳細な現状把握は急務だった。
転移は夏の終わりごろに発生しており秋の収穫への影響は大きくはなかった。
多くの作物は日照が大量に必要な時期を過ぎており豊作と言えないまでも十分な実りを人々に与えてくれていたからだ。
しかし、来年以降は間違いなく量が減るだろうと見込まれていた。
植物にとって太陽の光は水と同等に重要な物であり日照量の減少はそのまま凶作へつながることになる。
食糧の増産については検討や実験がされており、それは短期で収穫できる作物や温室栽培、日照量が少なくとも育つ種類の野菜、茸類など多岐にわたる。
しかし日照量の減少は農作物だけの影響にとどまらない。
狩猟や採取による食糧確保は大きな影響持っているし山林や平野の実りはそこに暮らす動物の行動に大きく影響を与える。
さらに河川や海の生態系へも山林の状況は影響を与えるし太陽光そのものが弱った影響で海の深い場所へ光が届かなくなることも無視できない。
日本列島と共にやってきた地球型生態系は大きな試練に直面していた。
「大きな影響はまだ目に見える形では発生していません。しかし現在の状況が続く限り確実に多方面に影響が出てくることでしょう。こればかりは兆候をつかむために些細なことも見逃さず継続的に情報収集を続ける以外に把握する方法はありません」
「日照量を減らした場合のシミュレーションをしようにも影響範囲が大きすぎて結論が確定しきれませんか・・・。致し方ありませんね。人員と予算は増額しますので少しでも多くの情報を集めてください。事態が拡大する前に予測を付けるためにも」
「はい、事は日本の未来に直結しますからね。委細承知しました」
そうして手に持った資料を整え座りなおす男はまだ知らない。
これから先の調査権限を一手に握ることになる代わりに外界開拓事業を含めて莫大な量の環境情報を処理し続けることになる未来を。
しかし、そんな努力のかいもあり集められた情報は日本の未来において重要な価値を持つものとなる。
「それにしても幸いだったのはこの世界が比較的温暖だったことでしょうか。あれだけ日照量が減っているにも関わらず気温低下が起きなかったことは僥倖でしたね」
「普通に考えるとあれだけ太陽が小さいともっと寒くならないとおかしいですからな。まぁ、暦上では完全に冬なのにまだ氷も張らないくらいです。逆に夏になったらどうなるか恐ろしい部分もありますがね」
「転移の影響で暦がずれている可能性も考えられますが、これもまた時間が経たないと分からないことですしねぇ。」
640 :フィー:2014/12/07(日) 00:17:47
分からないことだらけだったが状況は安定してきており後は時間をかけながら対処していくしかないという結論が出た所で顔色を悪くした男女が連れ立って会場に入って来る。
「遅くなりました。申し訳ない、少々看過できない情報が舞い込んだもので」
「何があったんです?あまり良くない事のようですが・・・」
「それについては彼女から・・・」
男の後ろから付いて来たまだ幼さを残す女性が前に進み出、緊張に強張りながらも語りだす。
「初めまして、この場への出席を許して頂きありがとうございます。この世界について重要なことが分かりましたのでご報告させていただきます」
一礼すると少し言いよどみながら話を続けていく。
「私はこの時代に生まれる前は天文学を専攻していました。この時代に生まれてからも望遠鏡を特注し観測をずっと続けてきました。そして転移の後の星空についても可能な限り記録をしていたのですが・・・」
「結論から教えていただけますか?よほどの大事だということは顔色を見ればわかります。ならばこそ、どんな情報であれきちんと把握しておきたいのです」
その言葉に女性は一度目を瞑り意を決して言葉を紡ぐ。
「―――この世界は火星です―――」
「あるいは限りなく近い異世界なのかもしれません。ですが、観測結果から考えるとこの場所はほぼ間違いなく火星軌道なのです」
それからは堰を切ったように話し出す。
江戸郊外で観測し続けた星の位置関係。
この世界に来てからの星の位置関係。
形が多少変わっていても同じだと思われる星座があること。
江戸の夜空に見つけた火星らしき惑星が蒼かったこと。
この世界の夜空にある蒼い惑星と見えなくなった火星。
今までよりも鮮明に見えるようになった木星。
「そして、太陽の大きさを加味するとこの場所は火星軌道としか考えられないのです」
その場に集まっていた内の何人かの顔色が変わる。
その内の一人が間違っていてくれることを祈りながら再度確認の言葉を口に乗せた。
「計算の間違いの可能性は・・・?」
「私も間違っていてほしいと何度も計算し直しました。でも、その度同じ結果しかでないのです!ここは、この場所は、火星なのだとしか考えられません・・・!」
そう言い切った女性はこの事に気が付いた時の昂揚感とその後に、とある事実に考えが及んだ瞬間の絶望感を思い出す。
この何処とも分からない世界の真実の一端に触れた瞬間の喜び、震える手で何度も検算を行い間違いないと確信した時の昂揚感。
直ぐに誰かに教えようと外に出た瞬間に目に入った冬の星座と共に気が付いてしまった事実への不安感。
先ほどとは別の意味で震える手で祈りながら再度行った検算の何も変わらない答え。
目の前が暗くなる様な絶望感と共に知り合いの夢幻会員に相談した時の事を。
そして、まだそこまで思い至っていない目の前の人達に最後の説明をする。
「いま日本の暦の上では真冬ですがこの世界はまだ秋と言っていい暖かさです。それはこの世界が温暖なのではありません」
再び目を瞑り再度、意を決して言葉を紡ぐ。
「火星の公転周期は約687日です。長いのです、1年が。そしてまもなくここにも冬が来ます。普段の冬よりも、倍近く長い冬が・・・!」
その瞬間、会場は凍り付いた。
その日江戸の町に普段よりだいぶ遅い初雪が舞った。
町の人々は寒さに身を竦めながらも遅れてきた風花に目を楽しませた。
余裕のあるものは今夜は熱燗でも飲もうかと笑いあう。
絶望の冬はすぐそこに。
最終更新:2015年01月17日 18:34