662 :Monolith兵:2014/12/07(日) 05:30:09
ネタSS「外交」


 1986年に地球と火星で同時に打ち上げられた宇宙ロケットは、翌年に目的地に到達した。
 火星に一番乗りしたのはアメリカ合衆国の宇宙船で、約1月の検疫・隔離期間を経て日本国民の前に姿を現したのは、火星人よりも背が低いものの遥かにがっちりとした体格をした男達だった。
 火星人は、重力が地球の約三分の一という低重力下で400年も過ごした結果、身長は伸びたものの体つきは華奢になっていた。
 また、日照量の減少から肌の色は白くなり、髪の色素まで薄くなっている者も少ないものの存在した。
 つまり、火星人は地球人から見て、(もやしのような)ひょろ長い白人に見えてしまうのだ。
 これは地球で未だ根強い白人至上主義を後押しする事となった一方、黄色人種でも白人に”進化”できるという恐怖を彼らに植えつける事になるのだが、それは余談である。

 それは兎も角、火星には米ソ二カ国の宇宙船が到着し、合計10人の地球人が火星人の前に姿を現した。その一方で、火星人たちが地球人達の前に姿を現したのは、地球到着から約1年後の事であった。


「くそっ、火星じゃ結構鍛えていたはずなのに・・・。」

「これが重力3倍って奴か。漫画のようにはいかないのはともかく、生活するのすら一苦労だ。」

 地球に到着した火星人達だったが、彼らは火星の約3倍もの重力に押さえつけられてしまい、到着当初は1人で立ち上がる事すら不可能であった。簡単に言えば、体重60kgの人間が、突然180kg者体重になってしまったのだ。
 無論、この事を予測して火星や宇宙船では特別な訓練メニューをこなしていた彼らだったが、400年の時を火星で生きてきた彼らは良くも悪くも火星の環境に適応してしまっていた。
 火星人の骨は地球人と比べると細くスカスカだった。また、筋肉量も火星でいくら鍛えようとも地球人よりも少なく、更には重力が増した環境下での心臓への負担は想像を絶するものがあった。
 その為、彼らは地球に到着して約1年もの間、彼らはリハビリと地球の環境になれるための訓練を行っていた。

「約1年の訓練でようやく歩くのがやっとか・・・。俺達は地球じゃ要介護の老人だって事かよ!」

「訓練で助けてくれた人達も、俺達の事をリハビリ中の老人みたいだ、なんて言ってたからなぁ。」

 彼らにとって地球の環境は余りにも苛酷だった。ある日本人は老人のリハビリのような訓練に嫌気がさし、1人で歩き出そうとして前のめりに倒れてしまい、とっさに突き出した右腕を骨折してしまった。また、ある者は何とか歩き出せるようになった頃に調子に乗り、肉離れを起こしてしまった。
 とにかく、火星人にとって地球で活動するのはとてつもなく困難な事であったのだ。

「本国からは地球の軍事力も調べるように命令されたが・・・、もし地球人が火星に攻めてきたら俺達では太刀打ちできないぞ!」

「地球人の強靭な肉体もそうだが、兵器類も火星の物じゃ対抗するのは難しいかもしれない。何と言っても、3倍の重力下で運用する事を想定した兵器だ。」

「それだけじゃない。面積は火星の4倍、人口だって火星の5倍以上いる。現在は平和な関係であっても、将来はわからないぞ!地球人は四六時中戦争ばかりしている戦争狂いの連中なんだからな!」

 火星と地球の技術格差はそれほど無いと当初は見積もられていたが、3倍もの重力の差は同じ技術を用いていたとしても性能に決定的な差を生み出していた。

 例えば、火星から発射されたロケットでは地球の重力圏を脱出する事は不可能だ。銃火器類でもカタログスペックは同一でも、火星の銃火器は地球の物より劣っている。
 何よりも、火星人はここ100年以上にも渡って戦争を経験していない。その為、軍事力は常に最小限に抑えられている上に、その銃口は国民に向けられてきた歴史もあり、国民から軍は余り好かれていなかった。
 また、彼らは知らないが転生者達によって史実の戦訓を反映した訓練を行っていたものの、一部では火星の環境では使えない物もあった。地平線までの距離の短さであったり、低重力の影響であったりと原因は様々だったが、火星の軍事力は地球のそれよりも確実に低かった。

 そのような事から、彼らは何時地球人が火星に牙を剥くかと不安を抱いていた。もっとも、現在の技術では戦争なぞしようものなら地球の国々は軒並み経済崩壊してしまう事になるが、遠い未来まで現在の状況が続くと言う保障はどこにも無かった。

663 :Monolith兵:2014/12/07(日) 05:31:06
「それを防ぐのが俺達の役目だ。地球に来てから外交の重要性がようやくわかったよ。地球との戦争を回避する為に俺達はここにいるんだ。」

 火星は日本ただ一国によって統治されているため、元々外務省と言うものが存在しなかった。20世紀中ごろになり、地球との更新が可能となってから作られた新しい省庁だった。
 そして、外国との交流がこの400年にも渡り存在しなかったため、初歩的な外交すら火星人にとっては問題だった。転生者達によって梃入れはされてはいたものの、江戸時代の資料どころか戦国時代以前の資料まで漁って外交のいろはを学ばなければならなかった。
 そういった努力をしても、地球の複雑怪奇な国際関係で鍛えられた高度な外交技術や能力の前に太刀打ち出来そうにはなかった。

「地球に親火星の勢力を作り、地球との摩擦を未然に防ぐ。考えただけで気が遠くなる話だな。こちらには俺達の味方はゼロなんだぞ。おまけに外交能力もゼロか良くてかすかにプラス程度だ。」

「だがやらないといけない。それが俺達の使命だ。」

 そう言って、6人の火星人達は頷きあった。彼らの目にはやる気が満ち溢れていた。

「まあ、それを始めるのも自由に動けるようになってからなんだけどな。」

「それは言わないでくれよ・・・。」

 室内に笑い声が上がり、翌日の訓練を頑張ろうと言う声が誰とも無く上がった。
 彼らが活躍する日はそう遠い事ではない。

おわり

664 :Monolith兵:2014/12/07(日) 05:37:50
というわけで、火星と地球の外交模様でした。
歩けるようになるまで1年と言うのは適当に考えたので、根拠は無いです。(汗)
ISSに4ヶ月滞在した星出彰彦さんは、地球に帰還した時に自力で立てないほどで、リハビリに4ヶ月かかりました。
それを踏まえると、年単位の時間がかかりそうだとおもいましたが、激しい運動しなければ1年で出歩く事は出来るようになるだろうと考えこの時間にしました。

それと、拙著世界では日本にマイナス補正かかりまくりですのであしからず。w
まあ、本格的な宇宙開発が始まれば火星無双が始まりますが。(距離と脱出速度的に。)
軌道エレベーターのハードルは地球よりも遥かに低いですし。

665 :Monolith兵:2014/12/07(日) 05:53:21
追記。
拙著で出ている年月は基本的に地球年換算です。
ですので、40年で人口が半減したというのは、21火星年となりますのであしからず。

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最終更新:2015年01月17日 18:38