572 :taka:2015/01/13(火) 08:58:09


1945年4月17日 正午

あちこちに黒煙がなびき、時折爆発音が遠雷の如く響き渡る湾内
本来なら南国の美しき海面は、重油、漂流物、人だったものが流れる美しくも棘々しい状態になっていた

その中に佇む、巨大な鋼鉄の廃城が存在した

周りには、転覆したり挫傷した敵味方の躯が波間に浮かぶ中
それは動けなくなっても、戦えなくなっても、既に戦艦としては死に絶えていても
この船が、あの海原の軍勢に【破壊神】と恐れられた戦艦だという事を知らしめていた

「誰か、誰か居ないか!?」

懐中電灯が、電源が落ちた艦内を照らす
数人の人影が電灯を手にあちこち破損した艦内を慎重に進んでいる
倒れている兵士の血や肉で脚を滑らせそうになりながらも、叫び応答を求める

「おーい、助けてくれ。閉じ込められた!!」

ドアを叩く音に男達は歩く速度をあげた
入り口が拉げているドアの向こう側で、叫び声が聞こえる

工具でドアを強引にこじ開けると、中には海兵が数人取り残されていた
座礁時の衝撃でドアが歪み、待機室から出られなくなったという

「よし、歩けるか。ならば軍曹に従ってお前達も生き残りを探してくれ
 お前達と同じように、閉じ込められているものが居るはずだ」

救助の手は必死に伸ばされていく。ただ、失われた者はあまりに多く
その手を巨大過ぎる艦内に伸ばし切れるほど人数も時間も残されていなかった


「よし、抜くぞ……気張れ!」
「んがぁぁぁぁぁ!!??」

腕に突き刺さっていた鉄片を引き抜くと、その一等兵は痛みで気絶した
止血を終えて衛生兵に気付けるよう指示し、軍医は他の負傷者の処置を続ける

破孔だらけの甲板で比較的無事な場所を選び、その露天救護所は機能していた
艦内や甲板で生きていた負傷兵達はここに運ばれ、生き残れる負傷者は処置を受けている
既に艦内の電源が落ちた為医務室が使用不能になり、軍医は用具と薬を持ちだしてここで治療をしていた

軍医も衛生兵も、過半があの激戦で戦死した
だが、軍医が懸念した程の負傷者は集まらなかった
ほとんどが、既に死んでいたからだ。健常者か軽傷者、他は死者。重傷者は殆どいなかった
露天の救護所には、精々50人前後の生存者しか集まっていない
衛生兵達が伝令も兼ねて、生存者をここに避難させているのでちらほらとは集まってくる
だが、それでも、出撃時にこの艦が3000人を要してたとは思えない程人が居ない
人が、いなさすぎる。もう、この艦には死体しかないのか?
軍医は萎えてしまいそうになる気持ちを叱咤し、処置を続けた

573 :taka:2015/01/13(火) 08:58:54



「カッターを降ろすのを手伝ってください、自分は総員退艦の命を伝令せよとの命令を受けています!」
「ふざけるな、俺達はまだ戦うぞ! 逃げるなら貴様だけで逃げろこの臆病者め!!」

略帽の上に【堅忍持久】の鉢巻を締めた上等兵曹が、血走った目付きで伝令を怒鳴りつける
殆どの銃座が破壊された中、唯一稼働可能な露天式の九六式二十五粍高角機銃に20人近い対空戦闘要員が群がっていた
彼らは破壊されたり魚雷攻撃で脱落した銃座の生き残りであり、寄せ集めであった
座礁後も上空に群がる米軍機に対して各自の判断で対空戦闘を行い、生き残った僅かな生存者たちである
銃座の周りには破壊された銃座や艦内から持ち出してきたと思しき弾倉が山積みになり
他の銃座周りからから拝借したと思しき土嚢がこんもりと山を為していた

「俺達は、まだ戦うんだ! コイツが吹き飛ぶまで、戦う事を諦めない!!」

上等兵曹は手にした指揮棒を伝令に突きつけた
結局、彼らが戦闘継続を諦めたのは、この艦で生き延びた最上位の将校が説得した後の事である




「カッターの搬出、海面へ降ろす作業は予定より遅れています……米軍機が来たらひとたまりもありません」
「そうか、生存者の数はどうか?」
「徐々に集まってはおりますが、電源が落ちた事と各所の隔壁や扉が開かず、捜索は捗々しくありません」
「分かった。状況が良くないのは理解しているが、ギリギリまで捜索を続けてくれ」
「了解しました。……その、森下参謀長閣下のご容態は……?」
「軍医が鎮静剤を打って処置をした。安定はしているが……早急に沖縄の軍病院で治療を受けねば危ないとの事だ」

能村次郎副長は生き残った士官達を集め、意識が残っていた森下参謀長からの指示を遂行していた
司令部のほとんどが戦死し、森下参謀長も重傷を負った今彼がこの艦の最高責任者だった

彼は、意識が落ちる前の森下参謀長からの最後の命令
総員退艦し、沖縄方面根拠地隊へ合流せよとの命令を遂行していた

副長はゆっくりと立ち上がり、傾斜した艦体からカッターを海面に滑り落とす光景を見つめていた
カッターに乗り込んだ海兵がロープを掴んで甲板へと引き戻し、生存者の脱出が始まる

「しっかり、しろ。沖縄に上陸できれば、病院に行けるぞ」
「ああ、大丈夫、だ」

指示を出し続ける副長の側を、二等主計兵曹が左目に眼帯をした二等兵曹に肩を貸しながら通過していく
科も階級もバラバラの海軍将兵が力を合わせ、カッターを海面に滑り込ませ、生き延びるために乗り込んでいく


座礁した大和から脱出した兵士の数は
その後自力で艦内から脱出し沖縄に辿り着いた兵士も含めて、400人に満たなかったという

やおい
最終更新:2015年01月22日 13:14