306 :フィー:2015/01/31(土) 16:51:56

惑星日本ネタ

「冬の終わりの日」


葉月の終わりごろ



―――春がきました―――



その日江戸の町に桜が咲き始めた。
雪は融け春の草花が一斉に顔を出し遅くなった春に彩りを添えている。
町行く人々の顔にも笑顔が戻り始めていた。

しかし、長すぎた冬が齎した傷が癒えるにはまだしばらくの時間が掛かるだろう。
物資の統制は解かれず状況は大きくは変わっていない。

「これからは良くなるはず」そう信じたいと思っている。
しかし「また急に冬に戻ったりしないだろうか」そんな思いがどうしても払拭できない。

心から春の訪れを喜びながらも何処かでそんな不安が頭をよぎってしまう。
トラウマは人々の心の中に深く刻まれてしまっていた。



江戸城内のとある屋敷の一室でこの春初めての会合が開かれていた。
集まった面々の顔は疲労の後を残しながらも明るく前回とは正反対の雰囲気だった。
しかし今は一人の男の提案に困惑と戸惑いが漂っている。


「お祭り、ですか。いくら春になり今後にある程度の目途が付いたとはいえ物資に余裕があるわけではないのですが・・・」

「それは分かっています。しかしながら今の町の空気はお世辞にも良いとは言えない。確かに春になり目の前の脅威からは解放されました。ですが・・・」

「本当に信じていいのか確信を持つことが出来ない、と言うことか・・・」

その通りです。そう答えさらに続ける。

「このまま冬場の雰囲気を持ったままでいるのは良くありません。どこかで一度リセットして<これから先>を考えられるようになってもらわなければ悪影響が大きすぎます」

「それでお祭りですか、確かに冬場の鬱憤を発散する場は必要ですか・・・」

少し待ってください。そう答えた物資管理責任者は猛烈な勢いで資料を精査しだす。

「ぇー現在の備蓄残量が・・・春からの収穫予測と・・・この際予備分の大半を吐き出すとして・・・こちらを削減し調整すれば・・・・・・・・。お待たせしました。厳しいですが出来なくはありませんね」

「おお、それでは!」

「ええ、盛大に行うことは不可能ですが。残っている酒類を医薬用を除いて放出し、配給用の食糧を調理した上で振る舞う程度でしたら現状でどうにかなるでしょう」

「我々が出来るのはその程度だが・・・町民に対して告知すれば後はもう流れが生まれるか。御上公認で騒げるなら拒否する理由もないだろう」

「それでは、詳細を詰めた後早急に告知を出すとしましょうか」

307 :フィー:2015/01/31(土) 16:52:55



長月の初め



―――春ですよ―――



その日江戸の町は朝からどこかそわそわとした雰囲気が漂っていた。
待ち望んだ春の訪れが幕府より正式に公布され、それを祝う祭りが行われる事なっていたからだ。
朝の早い時間から町角には屋台が立ち並び久々の慶事に出店を冷かしながら道行く人々の顔には笑顔があった。
もっとも冬を越すために食料品は極限まで切り詰めていたため出店は冬の間の手慰みに作られた小物類が大半となっていたが。

そんな中、珍しく食品を扱い行列を作っている屋台があった。
今も一人子供が走りながら列の最後を目指している。

「おにいちゃーん!おじさまー!はやくはやくー!」

「分かったから!走るなって!ってか前見ろまえー!」

「ハハハ、あまり走ると転びますよ!」

走っていく少女とそれを追いかける少年、その後ろからゆっくりと壮年の男が歩いて付いていく。

「とうちゃっく!さえが一番~!」

「はいはい、紗映が一番だから。だからしっかり前見て歩こうね・・・」

「おじさま、おじさま。このお店は何のお店なの?」

「聞いてないし・・・。というか何の店か分からないで走って来たのかお前は・・・」

「うん!甘くていい匂いがしたから」

「ハハハ、まぁ元気が良いのは良いことですよ。っとこの屋台は・・・わたあめですか」

(わたあめ・・・この時代にありましたかね?)
ふとそんなことを思う壮年の男だったが少女からの問いかけに我に返った。

「わたあめ?」

「ええ、ふわふわした甘いお菓子ですよ。せっかくですから食べていきましょうか」

「わーい。おじさまありがとう!」

「こら、紗映。いいんですか?甘いお菓子なんて高いんじゃ・・・」

「これ位なら何の問題もありませんよ。ほら、もう家の子になったんですから遠慮などせずに」

「ありがとう、ございます」

不安そうに壮年の男を見上げる少年だったが返答を聞くと安心したようにまた、妹に世話を焼きだした。

(まだ硬い所は抜けませんか。まぁ、これからゆっくりと時間を掛けて、ですね。こうして笑って過ごしてくれているだけでも僥倖なんですから)

この冬に亡くなった人は膨大な数に上る。
当然孤児も多数生まれていた。
引き取り手のある子は多くなく幕府側でも引き取り手を探すのと同時に孤児院を各地に建設する方向で調整を行っていた。

(この冬で人口的に大打撃を受けたことは間違いありません。何しろ未だに全体の把握が出来ないレベルですからね・・・。一人でも多くの子供を生きていけるようにしなければ未来など到底望めません)

「はい、おじさまの分ですよ」

「(まぁ、今は・・・)ええ、ありがとうございます。ああ、久しぶりに食べましたがやっぱり甘いですねぇ」

(今は、子供の出来なかった家に来てくれたこの子達をきちんと育てられるよう頑張りましょうか)

308 :フィー:2015/01/31(土) 16:53:36


―――長い冬はもうお終いです―――



屋台の喧騒から少し離れた、それでいて全体を見通せる場所で二人の男が出店の様子を眺めている。
しかし一人は満面の笑みで、もう一人は顔に縦線を入れており実に対照的な様子だった。

「よしよし、盛況盛況!やっぱり祭りといったらわたあめは必須やな」

「ああぁ、貴重な砂糖をあんな安値で・・・」

「なんや?まだ納得しとらんかったんかい」

「それはそうですよ。あれだけの砂糖を作るのにどれだけ苦労したか、旦那様が一番分かってることではないですか!」

(はぁ、数字扱わせたら完璧やのに・・・この頭の固い所さえなければなぁ・・・)

「この祝いの席で高値吹っかける馬鹿に何処の誰が付いていくと思っとるんや。赤字織り込んで店の名前を売る方がよっぽど今後の為になるわ」

「それは・・・」

「そもそもが、この砂糖は冬に間に合わんかったからここで放出してるんや。冬の間に完成さえしてたならタダで御上に製造法渡すつもりやったしな」


この冬の間、南方からの輸入に頼っていた砂糖は完全に幕府及び各藩の統制下にあった。
甘味としてではなく薬品として体が弱った者に投与されていたため一般への流通はほとんど存在しなかった。
そんな中、幕府の流通ルートから外れた商家が江戸で砂糖を使った菓子を提供するというのはあり得ない事態である。


(物になるまで足かけ数年・・・。まさかこんな事態になるとは思わんかったけど現状は悪うない。密輸を疑われてもやってないから証拠は出んし、その上でわたあめや。幕府に確実におるお仲間<転生者>が喰い付かん理由がないわ)

「御上に伝手が出来ればそれだけ商売やり易くなるんや。その為ならこの<楓糖>、ここで全部使い切っても惜しくはないわ」

「そうですね・・・。旦那様の突拍子もない話に乗るのも何時もの事ですからね。ええ!そもそも樹液が砂糖になるとか誰も考えませんしね!」

吹っ切れたというか半ば自棄になっているように見える番頭を横目に、サトウカエデは国内に自生してないし、効率良くない国内種に目を付ける奴はあんまり居らんわなーなどと思いつつ、

「まぁ、わたあめは少ない砂糖の量で見た目大きく作れるからな。高値の砂糖菓子を少し売るより沢山捌けるんや、話題にもなるしまず間違いなく目に留まるわな」

賑わいが途切れることなく続く屋台を遠目に見つつ、今後の商売を思い描きながら隣の番頭の背を叩き気合を入れた。


「さぁ、番頭さん!こっからが勝負や、ガンガンいくで!」



―――新しい始まりの春です―――



町の通りを大きな風が吹き抜けた。
人々が慣れてしまった冷たい風ではない。
暖かい春の風だ。

満開の桜から青い空にたくさんの花びらが舞い上がる。
突然の風に目を細めながらも多くの人が桜吹雪の中に幻視した。
嬉しそうに笑い、舞い踊る白百合の少女の姿を。



こうして日本はこの地へ来てからの最初の試練を乗り越えることに成功した。
新しい春を祝ったこの祭りは<春告祭>としてその後全国へと広がり長くにわたって春の祝祭として祝われることになる。

誰が最初に始めたのかは定かではないが<春告精>に選ばれた少女を先頭に町中に春を告げるパレードが祭りの一番の見所だろう。
広く公募が行われ大変な人気を誇っているが、不思議なことに毎年どこかの町でその年の春告精が誰だったのか分からなくなるという。
そんな「本物」の春告精が来た町はいつもより多くの花が咲き色鮮やかな春になるらしい。

時が流れ人が空を飛び宇宙を旅する時代になろうとも、始まりにあった願いは確かに受け継がれ、不思議は途絶えることなく現代にいきづいている。


―――春です、春が来たのですよ―――



――fin

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最終更新:2015年02月01日 18:49