九月の強い日差しが照りつける洋上を六隻の軍艦が進んでいた。
一隻の扁平な艦影の大型艦を中心に四隻の小型艦と、四隻より一回り大型の艦が輪形陣を組んでいる。
五隻の護衛艦に守られ洋上を進むその艦は就役から四十年間、ある時は祖国の剣として、またある時は祖国の盾として、その軍事力の一翼を担ってきた。
そして今、彼女はようやく完成した後輩に後事を託し、予備役の任を解かれて解体される彼女の姉からその任を引き継ぐべく最後の航海として本土に向かっていた。
彼女の名は『瑞鳳』。
大日本帝国海軍の誇る四隻の大型正規空母の一隻、改大鳳型航空母艦後期型、通称『祥鳳型』の弐番艦である。
その瑞鳳の艦内で一人の男が内地の妹から受け取った手紙を開封した事から騒動は始まった。
その手紙は要約すればこのような内容だった。

『拝啓 親愛なるアレクサンドル兄様へ
 熱い日が続いておりますが、兄様におかれましては如何お過ごしでしょうか?
 まあ、年末年始も家に戻ってこられない兄様のことですから元気にしているものと思います。

 (中略)

 まだまだ暑い日が続きそうですので身体にはお気をつけください。敬具
 アナスタシアより

 追伸
 書き忘れてましたが、この7月から私はシンデレラガールズプロダクションという事務所からアイドルとしてデビューしました。
 あの渋谷凛さんの所属事務所です。
 『アナスタシア』と言う芸名で活動しています。
 応援よろしくお願いします。』


「うおおぉぉおおぉおぉおーーーー!!アアァァァァァーーーーーーニャァァァァーーーーーー!!」
「隊長、アレクがまた壊れました!!」
「…………簀巻きにして営倉にでも放り込んどけ」

手紙を受け取った男は自らの乗機を奪って一足先に本土に飛ぼうとし、彼の後席要員と中隊長にシメられて営倉に放り込まれた。
彼はシスコンだった。



【ネタ】渋谷凛は平行世界で二週目に挑むようです【番外編その3】



先日神崎蘭子、十時愛梨らCGプロの二期生組がデビューした。
渋谷凛が休養復帰から時期をずらして行われた二期生組のお披露目は、大方の予想通り業界を波乱に叩き込んだ。
デビュー直後の事務所対抗LIVEバトルでこだまプロ、西園寺プロの選抜チームを立て続けに粉砕した彼女たちとCGプロは一挙に逆襲に転じた。
凛が休養で離脱した穴を埋めるために奮闘した一期生組を休養に回しているが、それでもシェアは徐々に凛の休養前水準に持ち直してきている。
CGプロは業界に不動の位置を築きつつあった。

残暑の厳しい九月の初頭の昼下がり。
CGプロの事務所のある通りの電信柱の影から不思議なトーテムポールが顔を出していた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

上から高垣楓、本田未央、島村卯月、そして先日富永Pが拾ってきた二人の片割れ、白坂小梅である。
拾ってきたって何?と思わなくもないがその辺を気にしていたらこの業界では生きていけない。
しかしそんな彼女たちでも見過ごすことのできない異常が今、事務所の前にて発生していた。

「…………」

彼女達から見て一本分事務所に近い電信柱の影。
その影から見るからに怪しい、どんなに予算の安いドラマでも今時やらない様な風体の男が事務所の様子を伺っていた。
具体的に言うと、黒いコートに黒帽子、サングラスに大きなマスク、さらに大きな双眼鏡を持った身の丈六尺を超える大男である。
さらに言うと今は九月、日差しは未だ強く東京は最高気温27度、その上前日の夜に降った雨の影響で湿度が高く、しかも道路からの照り返しで体感温度は30度との予報だった。
ここまで怪しいとかえって様式美に見えてくるくらいの怪しさだ。

「…………何あれ?不審者?誰か心当たりある?」
「さすがにあんな不審な人間には心当たりは無いわね。凛ちゃん絡みかしら?」
「それでもこうも立て続けには来ないんじゃないかな?」
「…………あの人…………一時間くらいずっと…………あそこにいるって…………あの子が…………」

黒服は彼女らに気づく気配無く、双眼鏡で事務所の様子を伺っている。
この事務所に入って、謎の人脈を持つCGプロの決戦兵器や日本どころか世界でも指折りの変人、現職の総理大臣に現役の海軍中将、トップアイドルユニットのメンバーに日本六位の財閥当主等々、そういった錚々たる面子が一遍に来襲したことでだいぶ常識が削られてきている彼女達だが、それでもこれを見過ごすことはできなかった。

「確か事務所にきらりんが居たよね?」
「今日はきらりちゃんとのあが待機だったわね、珍しくアーニャちゃんが一人でのお仕事だから、のあがソワソワしていたわ」
「じゃあ事務所に電話しますね。きらりちゃんとのあさんに捕まえてもらいましょう」
「……おまわりさんは……近くに居ないって……あの子が……」
「じゃあ、それで行きましょう。卯月ちゃん、電話お願いね」

二分後、怪しい男は二階の窓から「にょわー!!」と飛び掛ってきたきらりに気を取られている間に背後に回りこんだのあによって制圧され、簀巻きにされて事務所に引きずり込まれた。
わずか十五秒の早業だった。

事務所で一騒動持ち上がっているその頃、渋谷凛はレッスンに励んでいた。
凛のアキレス腱は体力、正確には持久力である。
一日全力でライブをやればそれだけで体力切れに陥る。
最近はランク最低レベルの体力も付いてきて徐々にこの弱点が弱点でなくなりつつあるのだが、それでもまだまだ全く足りていないのが現状である。
一心不乱に体を動かしながら凛はどこか穏やかな気持ちになっていた。

(そう、これだ……私はアイドルなんだ……過労でおかしくなりかけてる首相やその部下達、海軍のお偉方やら日本一位の財閥やら変態飛行機メーカーの居る陰謀団とは全く関係の無い、ちょっと変わった過去を持つ一介の女子高生トップアイドルなんだ……こんな気分でレッスンするのは久しぶり……もう何も怖くない……)

前世の同僚のツンデレ太眉が脳内で「トップアイドルは“一介の”じゃねえだろ!あとそれは死亡フラグだ!」と言ったような気がしたが凛は考えなかった事にした。

ちなみに後日、CGプロに「皇軍航空学生募集」のポスターへの参加依頼が届いて凛は頭を抱え、結局その仕事を卯月に押し付けた。
そこそこ好評で例年に比べて10%ほど志願者が増えたらしい。


舞台は戻ってCGプロ。
狭い給湯室で一人のメイドが大鍋を前に料理をしていた。
炊事洗濯から不審人物の確保まで、歌って踊れて演技もできる万能メイド、高峯のあである。
用意した食材は大根、卵、椎茸、がんもどき、餅巾着、昆布、練り物、厚揚げ、馬鈴薯、コンニャク、その他色々。
まあ要するに冬に嬉しい煮込み料理、関東炊きの材料である。
この段階で勘の鋭い諸氏はこの「関東炊き」が何に使われるのかわかった方も多いと思う。
味付けに納得がいったのかコンロの火を消したのあは卵と大根、餅巾着を小皿に取り分けて盆に載せ、給湯室を後にした。
数分後、九月の青い空に男のくぐもった悲鳴が伸びていった。


後の事はあえて語るまい。
瑞鳳航空隊のとある中尉が顔に火傷をしたとか、しばらくアナスタシアの機嫌が非常に悪かったりしたが些細な事である。
ただひとつ言える事は、のあの作った関東炊きは事務所の皆が美味しく頂きました、という事である。

765プロ。
昨年、竜宮小町と如月千早のヒットによって業界二番手の地位に返り咲いた古参の事務所である。
その一角の休憩スペースで竜宮小町のリーダー、水瀬伊織はぐったりとテーブルに突っ伏していた。
主な原因は彼女の兄である。
彼女の次兄、水瀬恭二郎は幼少のころから一種の超人だった。
勉強をすれば全国一位、運動をすれば日本記録、しかも実家は日本六位の大財閥。
今時少女マンガでもそうそう無い様な設定を具現化したような存在、それが水瀬恭二郎という男である。
……まあ、どうしようもないほど残念なその中身が、他の全てを台無しにしているのだが。
そんな兄であるが、一回り年の離れた伊織をなぜか溺愛しており、幼い頃は色々と世話を焼いてもらった記憶がある。
だが…………。

「…………あそこまで変じゃなかった気がする…………」

水瀬恭二郎は誰もが認める変人である。、
中学時代、生徒たちを扇動して学園祭をありとあらゆる厨二病要素で埋め尽くして、父母や教師達を阿鼻叫喚の地獄絵図(黒歴史的な意味で)へと叩き込んだ武勇伝?は、当時まだ物心のついてなかった伊織ですら知ってる所業である。
そんな兄でもいきなり国外に飛び出そうとかは考えなかったような気がする…………と思う。

「…………あっ…………」

そこまで考えたところで伊織は思い出してしまった。
兄が飛び出してしまう一週間ほど前。
兄にお気に入りのぬいぐるみを踏まれてしまった彼女は勢いに任せてこういってしまった。

「お兄ちゃんなんて大っ嫌い!!もう顔も見たくない!!」

それは小学校低学年の起こした小さな癇癪だった。
がしかし、どうしようもないほど中身が残念な兄はその言葉を言葉通りに受け取ってしまったのではないだろうか。
となると数年前からの兄が起こした騒動の原因は…………。

「…………もしかして私のせい?」

その日休憩所で頭を抱えてテーブルに突っ伏し奇声を上げる伊織を765プロの所属アイドルや社員たちが見つけたが、彼ら彼女らは全員それを見なかったことにした。
765プロは今日も平和です。


結局、一晩悩んだ末伊織はそれを考えなかったことにした。
彼女の精神衛生にとってその判断は正解だったが、同時に富永被害者友の会から恨みを買うことになるとは彼女には思いもよらないことだった。





ちょっと時間が空いてしまいましたが、以上ここまで。
…………自分でもかなり微妙な出来だと思うけど、リハビリ代りということでどうか一つ(土下座)
次回からは話を進める予定です。
…………一ヶ月以内に投稿できたら良いなぁ…………。

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最終更新:2015年02月12日 11:43