646 :四〇艦隊の人:2014/03/06(木) 06:46:58

数分前まで戦場だったそこには地獄絵図が広がっていた。
くっついていた胴体が消え、バラバラに吹き飛んだ手足と頭。
頭の半分が消え、あたりに散らばった脳。
引き裂かれた胴体の中に詰まっていた糞尿の悪臭。
それらに混じって即死できなかった者があげる苦痛と懇願の呻き声。
そして彼らを『処理』していく第一一大隊の将兵達。
自らの手で敵の首をはねたことはある。
同僚の恋が敵をひき肉にした光景を見たこともある。
しかしそこに広がっていたのは彼女が知らない地獄、「いかに効率よく人を殺すか?」を追求した地獄だった。
霞はその日、初めて戦場で嘔吐した。

【ネタ】北郷一刀君と一〇〇〇人と六〇〇頭の愉快な仲間たちは外史に放り込まれたようです【その五】

硝煙の臭いに混じって「人の死ぬ」臭いが充満している戦場跡で、荻窪中尉は戦後処理の指揮を執っていた。
本隊の損害は負傷者一六名と猫二頭。
内二名が重症だが、橘軍医中佐は命には別状無しと診断している。
彼の下した突撃命令は戦闘終了直後に少し問題になった。
結果的には彼の主張した、「現時点で董卓陣営以外に我々の情報、技術を知られるのは得策ではない」という意見が容れられたが、同時に後藤、冴島両中尉に不信感を持たれてしまった。
彼がここで戦後処理の陣頭指揮を執っているのも、その視線から逃げ出してきたからという側面がある。
彼には医学の知識はほとんど無いが、それなりに長く戦場にいた身として「生き残れるかも知れない人間」と「もう駄目な人間」を見分けることはできる。
その「もう駄目な人間」に俗に言う慈悲の一撃をくれてやり、生き残れそうなものは軍医の所へ持っていく。
そして大きな穴を掘って死体を埋める。
その指示を出しながら、(重機があったら楽なんだが)等そんなことを荻窪中尉は考えていた。


ひとしきり胃の内容物を地面にぶちまけた霞に何か透明な容器が差し出された。
中には綺麗な水が入っている。
霞はノロノロとそれを差し出してきた人物を見上げた。
北郷一刀。
『天の御使い』軍の総指揮官だという男が、感情を感じさせない顔で容器を差し出していた。

「水です、飲めますか?」
「……おおきに……」

周りを見渡せば、并州兵のほぼ全員が青い顔になっており、その半分近くが嘔吐などでヘタっていて『天の御使い』軍、日本軍の兵に介抱されている。
その場にいる日本軍の騎兵達は約一〇〇人ほどで、残り人間と彼らと一緒に戦っていた虎達は黄巾騎兵が乗っていた馬を捕まえて回っている。

「……なあ……天の戦争って……皆あんなんなんか?……」
「ええ、我々の世界で百年ほど前に起きた第一次欧州大戦では、一日の戦闘で七個師団、約十万人が戦死した戦闘がありました」
「………………」

淡々と答える北郷。
霞は先ほどの戦闘を思い返した。


647 :四〇艦隊の人:2014/03/06(木) 06:47:42

霞達并州騎兵隊が戦闘に加わった時、既に黄巾騎兵は壊乱状態に陥っていた。
横二列で突進する虎達の前に、黄巾兵よりも先に彼らの馬がビビッてしまったのだ。
しかもこの直前に第一中隊の誰かの放った銃弾が黄巾騎兵隊長の頭を吹っ飛ばしてしまった。
そこに虎達が突っ込んだ。
虎達は騎兵に襲い掛かるとまず太い手足で騎兵を馬上から叩き落し、鋭い爪や牙をのどに突き立てる。
骨のある黄巾兵が何とか虎を倒そうとするも、そうした猛者を虎達や第一中隊の将兵が囲み手早く始末していく。
結局黄巾騎兵は最初から最後まで統制を回復できず、あっさりと第一中隊と并州騎兵隊に掃討された。
そして、第一中隊と并州騎兵隊は、後始末に第三小隊を残して第一一大隊本隊の援護に向かい……。

そこでまた吐き気がぶり返してきた。
霞は何とかこらえようとするが、北郷は彼女に淡々と声をかける。

「吐いてしまったほうがいいですよ。胃に何も無くなれば吐き気もなくなります」

その言葉で霞は決壊した。
吐き出したモノには既に固形物は無くほとんど液体になっている。
陣羽織と袴に吐瀉物が付くがそれを気にする余裕は無い。
北郷は、俯いて嘔吐する霞の背を彼女が落ち着くまで淡々と、だがやさしくなで続けた。

一方その頃、詠は後藤と名乗った女に連れてこられた天幕の中で内心冷や汗を垂れ流していた。
連れてこられた指揮用天幕の中では十数名が何かの作業を行っている。
八名ほどが黒い耳当てをつけて天幕の壁際に配置された机の上に置かれた箱の前に座って誰かと話しており、四人が天幕の中心に置かれた地図の机の周りで何か作業している。
地図の上には青い紙片のつけられた虎の駒が二つと馬の駒が一つ、赤い紙片のつけられた人と馬の駒が一つずつ、緑の紙片のつけられた馬の駒が一つ乗っている。
それぞれの紙片には『4000』や『500』等の謎の記号が書かれている。
それらの記号が何を意味しているのかはよくわからないが、ここが何をする場所なのかはわかった。
『天の御使い』の予言にあった『遠く離れた人と言葉を交わす』周りのカラクリを使って、この地図で兵棋のように部隊を指揮するのだ。
それに気づいたとき、詠は体の震えを何とか内側に押しとどめた。

(これは戦を変えてしまう)

将が自分の配下の兵がどこで何をしているのか、敵兵がどのような動きをとっているのか、それが手に取るようにわかる。
物見の兵が将の下に報告に戻る時間無しに敵の情報を知ることができ、戦の主導権を握ることができる。
伝令を用いずに遠く離れた別働隊と緊密に連絡を取り合い、最適の時期に挟撃を仕掛けることができる。
事実先ほどの戦いで後藤という女は、各部隊から来る報告を兵棋の上で処理し、それを元に各部隊を動かしていた。
この女は軍師の様な役割なのだろうが、敵の姿を見ることなくまるで作業の様に敵を一掃してしまった。
一瞬第二中隊と呼ばれている部隊の突出で指揮が乱れかけたが、それすら一瞬でこの女は収めて見せた。

(天の企て?それとも悪鬼の意思?これが未来の戦争……それでも、月のためならボクは手段を選ばない)

詠は静かに思索をめぐらせる。


648 :四〇艦隊の人:2014/03/06(木) 06:51:54

(この世界は一体どうなっているんだ?)

指揮用天幕の中で後藤中尉は内心眉を顰めた。
賈(言羽)文和。
三国志時代の人物で最初は董卓、その後様々な経緯を経て曹操に仕えた軍師で、彼女の知識の上では“男性”である。
しかし、目の前にいる賈駆文和と名乗る彼女は間違いなく女性だ。
さらに今現在北郷大尉と行動を共にしている痴女。
彼女は張遼文遠と名乗っていた。
張遼文遠も董卓から呂布、そして最終的に曹操に仕えた武将でこれまた知識の上では“男性”である。
しかし彼女たちは女性で、それとなく聞き出したところによれば董卓も女性で呂布も女性、しかも二十歳に満たない年齢であるらしい。
後の時代に事実が改竄されたにしては少々大げさすぎるし、董卓が洛陽を掌握した後に配下になった呂布が既に董卓配下に収まっている等、時系列も滅茶苦茶だ。

(この世界は本当に私たちの世界につながっているのか?つながっているのだとしたらこの世界の現状はなんだ?)

思考の海にもぐり始めた後藤中尉を通信兵が呼び止めた。

「後藤中尉、敵軍の掃討が完了しました。こちらの損害は極めて軽微、并州隊も合わせて死亡無し、負傷者は五三人と猫三頭。それと第一中隊から敵の馬六八二頭を捕獲したとのことです。現在第一中隊は并州騎兵隊と共に帰投中、第二、第三中隊は敵兵の『処理』が完了次第死体の火葬を行いたいとの報告が入っています」
「了解、鹵獲品の火炎放射器を使い、後は林から薪を取ってきて対応するよう指示。橘中佐に負傷者の状況を知らせるよう伝えてくれ」
「了解」

(どちらにしてもこの状況については士官全員に共有してもらわなければならない。それより先にまずは彼女からだ)

そう考えて後藤中尉は目先の問題に対処することにした。

一方その頃、胃の中身を全部吐き出して多少はマシになった霞は、吐瀉物の付いてしまった陣羽織の代わりになぜか北郷の戦闘服の上着を着て、北郷の馬の前に跨っていた。
確かに吐瀉物の付いたものを何時までも着続けるのは嫌だが、何で自分がこの男の上着を着ているのかはまったくわからない。
あまつさえ、なぜこの男の前に乗せられているのかについては、もはや想像すらできない。
しかも第一中隊と并州騎兵隊の兵士たちが妙にニヤニヤとしている。
何時の間にそんなに仲良くなったのか。
結局、霞は第一一大隊の宿営地に着くまで羞恥プレイを強要される羽目になった。


649 :四〇艦隊の人:2014/03/06(木) 06:53:25

以上ここまで。
突っ込み所は山盛りだけど、言い訳は後ほど。
では、出撃します。
 

最終更新:2015年02月21日 16:56