衣装

「ちょっと一繁!」
今日も今日とてモニカの罵声が屋敷を震わせる
「アンタ明々後日の準備は出来たの?」
うんうん、と横にいる春香も頷く

「アンタの社交界へのお披露目と同時に春香との婚約発表も兼ねてるんだからね」
騎士として、貴族としての特権は長女に、財産の多くは自助に渡すことがすでに決まっており
ほとんど身一つで放り出すに等しい息子に、すこしでも何かを与えてやりたいと
このパーティもいささか大きなものにしようと彼女は考えていた
クルシェフスキーの姓すら与えてやれぬ息子にせめて、せめて人脈くらいは譲りたい
そんな母心であった

「わかってるよ」
それを理解しているのかいないのか、廊下の奥からのんびりとした声が聞こえてくる
「どんな服を着るつもりなのか、それくらい見せなさい」
「そう思って今準備してるところさ・・・・・・・・よし、今出るよ」

やがて足音が近づいてきて・・・・・・現れたその姿に二人は絶句した

「ドゥーーーーーーーーだい、このファッショナブルなスーツは!」
「あ・・・・・あんた・・・・・・・・」
春香が震えながら呟く  モニカは声すら出ないようだ
「俺が長年、そう幼い頃より繰り返してきた試行錯誤の末に作り上げたわんだふぉーな衣装!
 この、蝶マーベラスな服、そう名付けて『パピ☆ヨン スーツ』の美しさは!!」 くいっくいっ
愕然とする春香
仮にも幼馴染 この男の事はおねしょの回数から(全部日記に記録してある)初恋の相手の名前(これも当然日記に)
中学の時のクラス委員長、通称いいんちょへのラブレターの内容(いいんちょが見つける前に確保)
そして勿論ベッドの下や隠し棚の中にあるえろい本の傾向、果てはパソコンのHDの中身やブックマークまで
きっちり把握していた自分が、こんな趣味を知らなかったとは

「全身をくまなく覆うぴっちりスーツにこの覆面がとってもオサレなのさ」くいっくいっ」

いけない、これはこの私が矯正しなければならない
そう考えた春香が、どこからともなく金属バットを取り出そうとした時、横で震えていたモニカが声を上げる
「ちょっと一繁!」
言ってやって言ってやって!
「アンタ、そのスーツってばステキすぎるじゃない!」
ほへ?
「そうだろそうだろ」くいっくいっ
「ああわんだほーであめいじんぐなその美しさ、そして魅惑の腰使い
 息子とわかってなければ即効恋に落ちてるところよ!」
「ふっ 罪深いほどにこのスーツが美しいということだね」くいっくいっ
「でもね一繁  やはりそのスーツは失敗よ」
「なんですと?」
なんかもー不安しか湧いてこない
「そう、今度のパーティはあんたのお披露目もだけど春香との婚約発表でもあるのよ
 パーティにおいて男の役目とは女性を引き立たせること 目立たず出しゃばらず、しかし決して埋没することなく
 自己を主張する それが要求されるわ
 なのにそんな素ン晴らしいスーツなど着ていたら、あなただけが目立ってしまい
 春香が存在忘れ去られてしまうわ」
「おお、なんということだこの俺としたことがでっかい失敗」くいっくいっ
「ふむ…そうだな、よしこうしよう
 もう一着この超びゅーてほーな『パピ☆ヨン スーツ』を作り春香に着せるというのは」くいっくいっ
あんですと?
「まあステキ!あまりにもステキすぎるわよアンタその提案」
「だろうだろう どうせならもう二着作って、母さんと父さんも着るってどうかな」くいっくいっ
「くぅ・・・・・・・・・・一繁、アンタこの私を超えたわね
 己が子に超えられるが親の務めとはいえ・・・・・・・・・・・」
「今回だけさ それ以外は全て母さんが上なんだし、それになによりもこの『パピ☆ヨン スーツ』が
 ステキ過ぎるのがいけないんだ  ああなんという罪深き美しさ・・・・・・」くいっくいっ
「その点は全く同感だわ」

珍妙な方向に進み始めた母子は、背後でゆうらりと蠢く金属バットを持った影に気づくことはなかった




数日後のデイリー・ブリタニア新聞  社交面より抜粋
先日、クルシェフスキー家主催による大規模なパーティが開催された
長男カズシゲ氏のお披露目と婚約記念を兼ねたものであり
通常の貴族は婚姻を家同士の結び付き強化に用いることが一般的であり
かような行いをするのはいかにクルシェフスキー家が尚武の一門であっても極めて異例であり(中略)

なおこのパーティの主役であるカズシゲ氏は地味ながらもしっかりとした安定感のある衣装で
周囲をとりまとめており・・・・・・・・・・・・・





はいここまでです

うん、書きながらも思ってたけど、きっと超あめいじんぐわんだほーな「パピ☆ヨン スーツ」は
一繁に、多分似合いすぎてしまうな

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最終更新:2015年05月24日 22:04