121 :ひゅうが@orz:2015/07/02(木) 16:59:24
「戦後夢幻会世界の太平洋戦争、後半の年表」



1942年


【ミッドウェー海戦】―――日本海軍第1航空艦隊壊滅。
             臨探調(臨時探信儀調査会)開催。阿部俊雄大佐が座長をつとめる。
             砲塔運搬艦「樫野」撃沈
             海上護衛総隊設置。船団護衛を開始。

【第一次ソロモン海戦】――ガダルカナル沖の米輸送船団壊滅。米海兵隊がガ島に孤立。「ワシントン・エクスプレス」
             による鼠輸送が開始される。
             音響・電探分野での技術的成熟を図るべく第11駆逐隊に新型電探と音探を搭載、南方での
             実戦試験を開始。指揮官は阿部俊雄大佐

【第二次ソロモン海戦】――電探警戒の成功により日本海軍の圧倒的勝利、太平洋上の米稼働空母がついにゼロになる。

【遣独潜水艦作戦】――――伊8潜および伊30潜水艦によるドイツ連絡航海成功。以後8往復を達成。
             総力戦研究所により補給線の限界点指摘。米潜水艦隊による襲撃活発化
             海軍軍令部、FS作戦およびMO作戦を正式に中止。中部太平洋における米艦隊邀撃計画「Z計
             画」策定を開始。
             田中角栄少尉、GF長官付従卒としてトラック泊地へ。
             局地戦闘機「紫電改」初飛行。
             建造中の戦艦「信濃」の重装甲空母化が決定、急ピッチで作業が開始される。
             「F号研究」開始。すでにすすめられていた「ニ号研究」に基づく日本の原爆開発計画と 
             その発展概念研究。指揮者は京都帝国大学の彦坂忠義博士。


1943年 


【第三次ソロモン海戦】――日米の新鋭戦艦同士による最初の艦隊決戦。大和型戦艦のデビュー戦となり、日本側の圧倒
             的勝利で終結。米駆逐艦「ド・ヘイヴン」捕獲。
             試製三式中戦車、完成披露式典において地面にめりこみ炎上。実用化を断念。

【南方撤収作戦】―――――大本営より「い号作戦」発令。ニューギニアおよびソロモン方面よりの撤収を開始。米艦隊
             による妨害を阻止しつつガダルカナルより撤収。

【コロンバンガラ夜戦】――撤収する日本側への妨害を試みた米艦隊に対し、第二水雷戦隊による夜襲を敢行。完勝。
             同海戦において阿部俊雄大佐率いる駆逐艦「天霧」とジョン・F・ケネディ中尉率いる
             PTボートが衝突。
             山本長官機撃墜事件(海軍甲事件)、大本営が暗号解読の事実を把握。

【トラック沖海空戦】―――米新鋭機動部隊によるトラック環礁攻撃。撤収中の日本機動部隊及び陸攻隊による逆撃
             成功。伊58潜により米空母「エセックス」撃沈。
             陸攻隊の被害甚大により、空対艦ミサイル「桜花」計画始動。
             海軍軍令部およびGF司令部、「Z作戦計画」策定。1年後のマリアナ方面での機動部隊決戦
             を決意。
             初の磁気探知機を用いた対潜哨戒機「東海」が実戦投入。船団護衛に大きな成果を上げる。

1944年 


四式射撃指揮装置実用化、順次配備を開始。
軍需省、試製「烈風」の実用化遅れに鑑み、当面の主力艦上戦闘機を「紫電改」へ統一することを勧告。

【大陸打通作戦】―――――日本陸軍、南方軍より転出した兵力を利用し南北より大陸打通作戦を開始。中華民国陸軍の
             戦線崩壊。沿海部および雲南橋頭保を大包囲。 

【インパール作戦】――――インド領内への侵攻を図りインパール作戦が開始。しかし抵抗が大きく作戦失敗。司令部の
             無策に怒った現地軍が大本営に状況を報告するに至り、作戦中止と撤収が下命される。
             連合軍側にとり久々の勝利として大きな宣伝材料に。

【マリアナ沖海戦】――――日米機動部隊がマリアナ諸島沖にて激突。米機動部隊は飽和攻撃を受けて壊滅。日本側も
             艦載機部隊が壊滅状態に。

【終戦工作】―――――――東条内閣崩壊。3日間の空白ののちに小磯内閣成立。宇垣一成、米内光政ら和平派の人員が
             多く注目を集める。彼らの黙認のもと、終戦工作がにわかに活発化。しかし強硬派は本土
             決戦方針を推し進める。

122 :ひゅうが@orz:2015/07/02(木) 17:00:39


海軍「F計画」公式答申を実施。原子核反応動力およびそれを用いた爆弾などの新世代の兵器開発とその結果を予測。政府関係者を慄然とさせる。
「枢機卿レポート」の初見。日本陸軍の対ソ諜報および政府協力者の情報に基づき、ソ連対日参戦の方針およびマンハッタン計画の内容が政府上層部に知られる。一撃講和論とともに条件付き降伏も視野に入れた終戦論が台頭。

【パラオ陥落】――――――米艦隊によるパラオ強襲。水際防御に失敗し「玉砕」。

【捷号作戦準備】―――――陸海軍共同による決戦作戦が策定。パラオ陥落に鑑み、次の侵攻目標をフィリピンと判断。
             連合艦隊の総力を挙げた敵上陸軍撃滅とそれによる講和アクションが計画される。

【レイテ沖海戦】―――――米軍フィリピンのレイテ島に上陸。連合艦隊は空母機動部隊を囮として水上艦艇を敵橋頭保
             に突入させてこれを撃滅。未曽有の大戦果を挙げるも艦隊は半壊する。特に機動部隊は壊滅
             状態に陥り、攻勢作戦への投入が不可能となった。
             ルーズベルト大統領死去。ウォレス大統領が大統領に就任。

【マリアナ諸島陥落】―――レイテ沖海戦で行動不能になった日本艦隊の隙を突き、警備隊規模の部隊が守備していた
             マリアナ諸島に米軍が強襲上陸。これを占領する。

1945年 


【東京大空襲】――――――レイテ沖海戦の報復として、日本本土へ合計700機もの戦略爆撃機が飛来。うち100機
             程度は最新鋭のB-29。防空戦闘機隊の奮戦により200機余りが撃破されるも、東京下町へ
             集中的に焼夷弾を投下された上機体の残骸が木造家屋に大量に降り注ぎ死者5万名を数える
             大被害を受けた。

【近衛上奏】―――――――増加傾向にある空襲に加え、米新型爆弾とソ連参戦情報を受けた政府上層部は重臣たちを経
             由して終戦の方針を固める。陸軍強硬派はこれに猛反発。

【本土決戦準備】―――――陸軍強硬派に押し切られる形で本土決戦準備が開始。その絶望的な想定に大半が慄然とする
             (NBC兵器の全力投入)も、満州へ皇室を強引に移動させるとして決戦方針は変更されず。
             この時点で大半の軍将兵が彼らを見限った。

【天号作戦準備】―――――本土決戦方針への同調を偽装し、海軍の主力艦艇と航空戦力をもって本土近海の米艦隊を
             邀撃、条件付き降伏までの時間を稼ぐ天号作戦が策定される。事実上海軍は本土決戦方針を
             放棄。
             この頃、スウェーデンのストックホルムおよびスイスのベルンにおいて日本側特使と米国 
             国務省が接触を開始。短くも激しい折衝を繰り広げる。

【ヤルタ会談】――――――米英ソ三国の首脳が黒海沿岸のヤルタにて会談。ソ連による日本分割要求にウォレス大統領
             が激怒。日本側諜報により、ソ連の対日参戦方針が決定路線となったことが確認される。
             カイロ会談の「無条件降伏」方針、事実上撤回。

【鈴木内閣成立】―――――陸軍の一部士官に端を発する讒言事件の責任を取る形で小磯国昭内閣総辞職。鈴木貫太郎
             内閣が成立。ほぼすべてが和平派で統一されたため、連合軍は日本の降伏が近いと判断。
             ソ連もにらんで「最後の一撃」の実施を決意。

【沖縄上陸】―――――――連合軍は沖縄本島へ上陸。大本営は「天号作戦」「義号作戦」「義烈作戦」の予備命令を
             発令する。

【硫黄島の戦い】―――――沖縄と並行し、米海兵隊が硫黄島へ上陸。本土へ護衛戦闘機が飛来することを阻止すべく、
             栗林忠道中将率いる小笠原兵団5万余が激戦を展開。

【沖縄沖海戦】――――――残存艦艇の大半と作戦用航空機の半数以上を投入した沖縄突入作戦「天号作戦」開始。日米
             の間に最後の艦隊決戦が行われ、日本側勝利。残存艦艇は沖縄本島西側の宜野湾へ突入。

【義烈作戦】―――――――海軍の宜野湾突入成功に呼応し、沖縄本島守備隊が反転攻勢を開始。戦線崩壊により米指揮
             官バックナー中将戦死。日米は戦線を本島中部で膠着させる。

【情報爆弾】―――――――枢機卿情報の暴露により米政財界が大混乱に。レッドセル浸透への脅威論が沸騰。日本側の
             降伏方針を米国民も支持。

【ポトマック宣言】――――英ソの賛同を待たず、ウォレス大統領による日本側への条件付き降伏勧告。

【五月事件】―――――――御前会議による条件付き降伏受諾方針に反発し、陸軍強硬派が近衛師団庁舎を占拠。
             近衛第1戦車連隊の一部が宮内省庁舎および「御文庫」へ籠城。
             横須賀鎮守府残存艦隊による前代未聞の「皇居への艦砲射撃」。強硬派、爆殺。

【玉音放送】―――――――全土に対する降伏受諾宣言。南方軍・関東軍・支那派遣軍などへの勅使派遣。古式にのっと
             る錦旗掲揚により、概ね混乱なく宣言受諾が確定。

【降伏文書調印】―――――米戦艦部隊が横須賀沖に来航。戦艦「ミズーリ」艦上において降伏文書に調印。
             以後、1951年まで日本本土は米進駐軍による保障占領下に入る。
最終更新:2015年07月07日 18:31