646 :Monolith兵:2014/04/30(水) 22:08:29
ネタSS「民営空母出撃す!」
1939年に始まった第2次世界大戦は、当初こそまやかし戦争といわれるほど平穏の中にあったが、翌年には急襲によりフランスが降伏し、イギリスは大陸の足がかりと同盟国を失い、欧州で孤立することになった。
一旦は日本の支援を断ったイギリスも、さすがに形振り構わなくなり、日本にさまざまな支援の要請をし、40年末には参戦することになった。
そして、日本陸海軍が欧州に派遣されることになったのだが、欧州に向かうのは何も軍隊だけではなかった。
「こちら3番機、9時方向に潜水艦発見!」
古めかしい複葉戦闘機、93式艦戦を操る栗原高志は眼下で輸送船を狙おうとするUボートを見つけ、報告してすぐに緩降下に入った。そして、翼下に吊り下げた60キロ爆弾を叩きつけた。暫くすると海面から複数の水柱が真上に吹き上がる。
『油が上がったぞ!撃沈だ!!』
無線機から同僚の高橋から撃沈確実の報告が入った。栗原は小さくガッツポーズを作り、海面を見下ろした。見ると、確かに重油が浮かび上がっているのが見て取れた。そこに、1機の93式艦戦が反復爆撃をしようと降下しているのが見えた。
これは、栗原の戦果を疑っているのではなく、Uボートの艦長の中には重油やごみ等を魚雷発射管から放出して、あたかも撃沈されたかのように偽装するものがいるのだ。それを防ぐためにダメ押しである。
『今夜は酒盛りだ!本当にイギリス様様だな!』
いつも厚化粧したけばけばしいオカマ…もとい戦闘主任のお豊が大声で喝采をあげていた。
日本が第2次世界大戦に本格参戦して以降、日本は多くの艦艇をイギリスに派遣していた。しかし、それでも護衛艦艇は数が足りなかった。そこで穴埋めというのは語弊があるが、補完に使われたのが海援隊を初めとする民間軍事会社であった。栗原の所属する極東警備株式会社も日本から遥々イギリスへと来ていたのだ。
といっても、極東警備は日本が参戦する前からイギリスと契約を結び船団護衛の任務についていた。これは、極東警備が保有する唯一にして最大戦力の艦が関係していた。
647 :Monolith兵:2014/04/30(水) 22:09:30
「3番機これより着艦する。」
『着艦を許可する。』
栗原は着艦しようと速度を落としてゆっくりと降下していく。タイヤが甲板に接触し、機体が着艦フックに係りようやく機体は停止した。
「ふう。いつやってもひやひやするな。」
そういった栗原が降り立ったのは空母だった。だが、民間会社が空母を保有するなどで気はしない。極東警備が保有するこの梁山泊は貨物船を改造した空母もどきなのだ。貨物船としての機能は保有しつつ、艦上部に飛行甲板だけを載せた質素なものだ。エレベーターも無く艦載機は全て露天駐機で、8500トンと空母としては小型ゆえに艦載機数はわずかに6機。防御火器も海軍ほど潤沢ではなく、旧式の75ミリ単装高角砲2基2門と12.7ミリ対空単装機銃がわずかに7基7丁あるだけだ。
こんな失敗兵器を各国とも空母としては見なしてはおらず、極東の民間軍事会社が変な空母もどきを持っているようだ、と笑い話になるくらいだった。じっさい、梁山泊は航空機を載せられる貨物船でしかないのだ。
だがここに来て、梁山泊は護衛艦、対潜艦として優秀な性能を見せ付けていた。いくら艦載機数が少なかろうと、旧式ながらも航空機を運用できるのは対潜水艦戦では大きなアドバンテージとなるのだ。梁山泊の活躍を見て、ロイヤルネイビーも艦艇の不足を補うために貨物船やタンカー改造の空母もどきを複数整備しているほどだから、梁山泊はイギリスの船乗りたちにはかなり知られた存在になりつつあったのだ。
「んもー、高志ちゃんったらいつの間にかこんなに成長しちゃって☆」
「え、い、いやー、まぐれですよ、まぐれ。」
栗原はこのなれなれしいオカ…上司にたじたじになりながらも答えた。お豊は性格はこんなだが、操縦の腕は確かだし、空に上がると性格も頼もしくなるので無辜にはできないのだ。
「でもー、入社して半年でもう潜水艦撃沈4でしょう?凄い、凄すぎるわー。ついでに私も撃沈してー♪」
そう言って栗原に抱きつこうとするが、一瞬の差で何とかこのオカマから逃れることができた。そして、艦内へと足早に逃げていく。お豊は唯の冗談だったらしく、その場でけらけら笑うだけで追いかけてこなくて、ほっとした栗原だった。
648 :Monolith兵:2014/04/30(水) 22:10:07
このようにして、梁山泊は地中海や北海の船団護衛をしていたが、プリマスに3日間の入港する事となった。艦載機の部品の補充や各種弾薬の補充などを行うためだ。
このころになると、イギリスには日本の航空部隊が多数派遣されるようになり、中には96式戦闘機が配備されたりしていた。梁山泊も一度は96式の導入を考えていたが、さすがに空母もどきでは飛行甲板の長さが足りなかった。その代わりに、梁山泊を元に作られたMACシップ用のシーハリケーンを93式と入れ替えていた。また、艦爆も旧式の94式から(外見は旧式だが)ソードフィッシュに入れ替えており、戦闘能力は格段に上昇していた。
「おー、あれが天城に赤城か。でかいなぁー。」
高橋が港から出て行く第7艦隊の空母を見ながらしきりに感嘆の声を上げていた。しかし、栗原はそんな気にはなれなかった。それもそのはず。空母飛行隊という接点の無かった所とはいえ、海軍航空隊は栗原の古巣なのだ。あの理不尽な日々を思い出して、素直に空母を見て喜ぶなどということは出来そうに無かった。
「おーい、ここにいたのか。探したぞ。」
そう言って、二人に声をかけたのは戦闘機隊2番機を預かる小笠原であった。
「どうした。何かあったのか?」
栗原も疑問に思い首をかしげた。
「帰るんだよ。もう戦争も終わったし、太平洋のほうはきな臭いから、今度は太平洋で一儲けだってよ。」
欧州大戦はイギリスの判定負けという結果に終わり、ドイツは西が片付いたことで安心して東に、ソビエトとの戦争に突入していた。現在も規模は小さくなったが船団護衛の仕事はあったが、イギリスはよほど日本を勢力圏外に追放したいのか、連合国から蹴り出し、遣欧陸軍をカナリアへ追いやり、海軍は追い返した。
そんな中梁山泊は契約期間が残っていたためにこれまでヨーロッパにとどまっていたが、それもこれまでのようだった。
「日本に戻っても海上護衛総司令部か海上保安庁に組み込まれるんじゃないんですか?これまでのように傭兵家業は無理だと思いますけど・・・。」
「それは心配ない。海援隊の先例もあるからな。」
海援隊は日露戦争や第一次世界大戦では、確かに海軍の元で船団護衛に従事したが、報酬はそれほど安いものではなかった。それに、イギリスで潜水艦1隻ごとに幾らという報酬制を多くの民間軍事会社が体験したのだ。日本もこの戦力を有効に活用するために、イギリスの例に倣おうとするだろう事は想像できた。
「ま、日本に帰れば豪遊できるぞ。これまで貯めに貯めたからな!」
高橋はそう言って豪快に笑った。
649 :Monolith兵:2014/04/30(水) 22:10:59
1942年8月も半ば、梁山泊は大西洋の上にいた。パナマ運河を使って日本に戻るルートを使おうとしていたのだが、ここにきて最悪の事態に見舞われていた。
「ここまで来てこれか…。」
極東警備社長である落合は艦橋で聞いた報告にそう呟いてため息を吐いた。1942年8月16日、とうとう日本はアメリカに宣戦布告をしたのだ。これにより、梁山泊は敵地に1隻残されることになってしまったのだ。
「どうしますか?引き返しますか?」
「いや、燃料が持たない。ジミーのところで補給するつもりだったからな・・・。」
そう言って落合はまたため息を吐いた。こうなれば駄目もとでマイアミに行ってフロリダ沿岸輸送の元に身を寄せるのもいいかもしれない。そうなれば、日本との戦争に借り出されるだろうが、どうせ日本ではアメリカ相手には勝てないだろう。ならばいっそ、勝つほうに立った方が後々のことを考えるといいかもしれない。
「進路このまま。フロリダに向かう。」
落合は迷いを振り切り、しっかりとした口調で言った。
「そろそろ陸地が見えてもいいはずなんだけどな。」
「何も見えませんよ。って、見えました。」
落合社長の決断で、フロリダに向かうことになった梁山泊だったが、いくら近づいても軍事も民間も無線が入らないという奇妙な事がおきていた。あの日本よりも遥かに発展したアメリカから何の電波も入らないというのは余りにも不可解なことであった。
また、哨戒機や哨戒艦の類とも接触することは無かった。いくらアメリカがレーダー後進国といっても、飛行機の一つや二つには合いそうなものだったが、それも無かったのである。
ここまでくると不気味になり、アメリカを刺激しないようにこれまで艦上空にしか飛ばさなかった艦載機を陸地に向けて偵察に向かわせたのだ。
ソードフィッシュで偵察していた角兄弟が梁山泊に戻り、偵察結果を報告した艦橋には重苦しい雰囲気が漂っていた。
偵察の結果、フロリダと見られる陸地は見つかったが、そこに町は無くただ廃墟が広がっていただけだったというのだ。
「日本軍が爆撃でもしたのか?」
「無理ですよ、日本から何千キロ離れていると思っているんですか。」
「だよな。」
落合と川中が角兄弟が撮った写真を見ながらそんな事を話し合っている。
「あ、あの、偵察していると陸地のあちこちに池が沢山あったのですが、津波が来たと言う事は考えられませんか?」
そう言ったのは角の兄のほうだった。
「何?」
「俺は岩手出身で、三陸地震の時の津波だとあんな風に陸地に水が残っていたんです。だから津波が来たんじゃないかと思って…。」
「ありうるな。…となると、ジミーのところに寄る事も出来んし、もしかするとパナマまで津波が押し寄せてるかも知れん。だとすると、今のうちならパナマを?いや無理だな。」
650 :Monolith兵:2014/04/30(水) 22:11:39
その時、上空哨戒中のハリケーンから連絡が来た。
『10時方向に駆逐艦を含む船団を確認。駆逐艦は4本煙突の模様。』
そちらの方を双眼鏡で覗くと、確かに黒煙が見えた。暫くすると駆逐艦が1隻見えてきた。
『駆逐艦は全て4本煙突、クレムソン駆逐艦。』
それを聞いて落合は直感的にジョンソンの会社、フロリダ沿岸警備の艦ではないかと考えた。無線で相手の船団に連絡を取るように言うと、程なくして陽気な声が聞こえてきた。
『いよー、落合、久しぶりだな。』
「久しぶりだなジョン。街が壊滅してるから、お前さんもくたばったかと思ったがそうでもなかったようだな。」
『いや、くたばりかけたぜ。ただ、うちで雇ってる日本人が早く艦を沖に出せといってな、おかげであのでかい波、ええとツナミってのをやり過ごすことが出来たぜ。…陸上の施設と知り合いや家族は沢山死んだがな。』
「…そうか。」
『それで、どうしてここにいるんだ?今は日本と戦争中だってわかっているだろう?』
「帰る前に戦争が始まったんだよ。でだ、頼みがあるんだが。」
『奇遇だな、俺もお前に頼みがあるんだ。』
こうして、奇跡的に助かったマイアミ沿岸輸送と極東警備は敵国同士の民間軍事会社という関係の中、互いに協力し合いマイアミの復興を進めていくことになる。特に、梁山泊が積み込んでいた各種物資はマイアミ復興に役立ち、航空機を運用できる貨物船として貴重な航空戦力や貨物輸送で縦横無尽に活躍した。
もちろんアメリカからの梁山泊と乗組員の引渡し要請があったが、マイアミ沿岸輸送は自分の所の社員と庇い、フロリダを初めとする近隣州なども彼らの協力で僅かずつでも復興が進んでいた為に、合衆国への引渡しに頑として抵抗した。この事は噂として広がり、後に各国の新聞で紹介される事になる。
当然日本でも紹介され、敵国で復興支援する人情の人々と記事を飾った。無論、彼らへの反発もあったが、政府がこの事に触れて、「目の前で助けを求める人がいて助けるのは当然のことだ。」と言った為にそれほど騒がれることも無くなった。
後に欧州連合軍がフロリダに進駐した際、悪名高きドイツ親衛隊が東欧ほど非人道的な行いを行わなかったのは、日本と事を構えたくないドイツと、これ以上日本の心象を悪くしたくないイギリスの思惑があったためと言われている。
そして、マイアミ沿岸輸送と極東警備、梁山泊の名はフロリダの歴史教科書に名を刻むことになるのであった。
おわり
最終更新:2015年07月14日 18:01