- 950. ひゅうが 2011/10/29(土) 18:33:44
- ※最初は原作から。
ネタSS――英国無双かく戦えり〜HELLSINGにあの人たちを突っ込んでみた〜
「ハンッ。」
彼は侮蔑の笑みを漏らした。
額からは血が滴り落ち、首元のヘッドセットへと垂れている。
部下たちは、すでに「あの世」とやらへ徒党を組んで進撃してしまっていた。
さて、そろそろ私もいかなければ。
大英帝国海軍中将にして大英帝国安全保障特別指導部 本営の長という長ったらしい役職についている男、サー・シェルビー・マールヴァラ・ペンウッドは、一世一代の会心の笑みを浮かべる。
目の前にいるやたら犬歯の多い男――いまどき流行らない黒い髑髏の制服の男は、その様子に少し怪訝げになり、ルガーを彼の方に向けた。
「何がおかしい。人間?」
「無能な、こ、このわ、私より、無、無能な、貴、きッ様らがだよ!」
この、廃墟となりつつある本営へ乱入してきた武装SSの者どもはその時、異常に気づいたらしい。
慌てて周囲の至る所に仕掛けられた爆弾類を見渡し、驚愕の表情を浮かべる。
ペンウッドは、ますます口元の彫りを深くした。
そう。その顔が見たかった。
栄光を失い、衰退し続けるロイヤル・ネイヴィーを守り続け、現状維持という名の没落を続ける中、ただ仕事をこなしてきた一生だった。
そんな人生の・・・生まれついた地位で与えられた職務を忠実に果たすだけの人生、負け続けの人生で、ただ一度。
そう、死ぬ前にただ一度の勝利を得た。いや、得つつある。
そう思うと、ペンウッドは今まさにこの帝都大ロンドンを焼き尽くし、殺戮し尽くしつつある哀れな敗残兵――吸血鬼どもになぜか親近感を抱いている自分に気がついた。
「さ、さよ、さようなら。イ、インテグラ。わ、私も楽しかったよ。」
全周波数帯に向けて放っている電波の波に乗せて彼は、彼の娘のような親友の愛娘に向かって別れをつげた。
そして、ペンウッドは、左手のじんわり湿った手袋に握りしめていたスイッチをゆっくりと胸の前に持ち上げる。
「やッ やめろォ!」
五月蠅い吸血鬼のSS将校が拳銃弾を放つ。
続けざまに右腕、そして肩へと命中するものの、慌てているせいか一発で意識を失わせるには至っていない。
素人め。
「嫌だ!」
少し体を倒しながら、ペンウッドは言ってやった。
先ほどまで思い出していたあの娘、インテグラ卿を思い出しつつ。
「そんな頼み事は、聞けないね!!」
- 951. ひゅうが 2011/10/29(土) 18:35:57
- Side ペンウッド
――ボタンを押した。
漂白される視界。体が持ち上がるのを感じた。
一生の思い出が早送りで流れていく。
最初の記憶は、ロンドンの一室。
そして、父に認知され、屋敷に引き取られた。
スパムばかりの生活に飽きていた頃、冷戦というものを知った。
ほどなく父は亡くなり、うら若き女王陛下のもと大英帝国は解体されていく。
東西冷戦のさ中、海軍に入った。
家柄からか、自分でもびっくりするくらいに大事にされた。
やはり、あの父の子だということが助けになったのだろう。お偉方のつきあいには出席させられた。
あの労働党ですら、自分がいるから艦隊航空隊の解体をしばらく待って特殊部隊へ飛ばす措置をとった。
ベルファルストでは死にかけた。
チェルネンコが書記長をはじめた頃には、アフガンに送り込まれた。
といっても後ろの方で椅子を暖めているだけだったが。そういえば、あの越境して子供を助けた特殊部隊は自分の口ききというやつで助かったのだろうか。
シベリアに送られるのだけは阻止してやりたかったが・・・
そして、あのフォークランド。
寒中水泳をしながら空飛ぶモンティパイソンの歌を歌っていたらなぜか中将になっていた。
妻は・・・あの見合い結婚をさせられた彼女は、義務を果たしたからといってずいぶん遊びまわっていたが、呆気なくこの世を去ってしまっていた。
年上の友人だったアーサーは短い間だったがデスクワークの私にずいぶん無茶をいってくれたものだった。
ああ、そういえば、あの頃だったか。あの娘にはじめて会ったのは。
ウォルターに連れられて、当主就任を「通告」してきたあの娘。
思えば、あの頃があの娘の笑顔を見た最後だった気がする。
いつのまにか、視界だけが回復したようだった。
いや、これは夢を見ているのだろうか。現実感はあるが体は動かせない。
当たり前か。もう私は死んだのだから。
ああ。あの娘だ。
ああ。そうか。
そうか。ああ、泣くんじゃないよ。
ほら。
そこで、目が覚めた。
そこは――
――1984年 アフガニスタン中部 ヒンドゥークシ山脈山中
Side 彼女
不覚だった。
あの大隊長が強硬策を採らなければ・・・なぜあの山岳要塞にヘリボーンのみでの攻撃を行うんだろう。
おまけに狙撃兵を使って敵の指揮系統を分断?
われわれ狙撃兵は特殊部隊じゃない!
「おまえ、ひトじち。」
神は偉大なり、と唱える宗教的情熱などまったく考えられないような男がニヤりと笑う。
- 952. ひゅうが 2011/10/29(土) 18:37:46
- ゲスが!
ソ連空挺軍 第318後方攪乱旅団第11支隊に所属する中尉は奥歯を噛んだ。
あのモスクワ上がりの中佐殿が怒るのも分かる。
こいつは、こいつらは戦士じゃない!
あの憎むべき米帝も鼻白むような、死の商人に成り下がった奴らの手下だ!
奴隷貿易に薬物、武器密輸にテロールその他なんでもござれ。
長期化するアフガン侵攻作戦の主敵戦力たる中東圏の戦士たちに武器を売るかわりに、この国のあらゆる者を奪い尽くす。
そんな黒い欲望にまみれた連中がベイルートやテヘラン経由で入っていることは知っていたが、まさかそのアジトを発見するとは。
そこまではよかった。
が、血気盛んなモスクワのボンボン――私も人のことをいえないが――が怒りにまかせて強攻策をとったのがいけなかった。
ここは、この山岳をくりぬいて作られた地下要塞をみれば、あのゲスどもが護衛を雇っていないなんてわけはない。
ここは、ベトナムじゃない。
守る民兵(聖戦の参加者)は後方の少年兵で武器商人どもを一網打尽にできるなんてことはない。
ここを守っていたのは南アフリカ共和国軍の不正規部隊。あのアパルトヘイトにまみれた国の黒い闇に生まれた正真正銘の人でなしどもだ。
奴らがボツワナで何をやらかしたのか、古参の情報通である軍曹は語ってくれた。
今度はこのアフガンで人の生き血をすすっているのか!
「だガ、ソの前に、アの部隊ガ撤収したくナルくらイは警告しテおクヨ。」
下手なロシア語で、口髭をたくわえた男たちは下卑た笑いを洞窟陣地に響かせた。
――このイオー・ジマなみの陣地に蓄えられていたのは、女。
わがロジーナ(祖国)に対抗するムスリムの中でも一番過激で、極悪な連中の、そう、女をただの財産としか考えていない連中から買い取り、売り飛ばす。
村の畑はケシ畑となっているし、住人は中毒を起こし逆らう気力も残っていない。
あの坊ちゃんが怒る気持ちも分かる。
だが、想定以上の敵戦力により強襲は失敗。先行配置されていた狙撃兵部隊は撤退する空挺兵たちを援護するために山腹に踏みとどまり…運悪く私だけが生き残った。
ムカつくことにこの男どもは戦域司令官に「取引き」を持ちかけようと考えているらしい。
そのために何かやろうというのだが・・・
私の脳裏に、悪夢のような何文字かがよぎる。
「安心シナ。中身ニはキずハ付けナい。ヤれレば何デもイイって御仁も多イ。アンタの大好キな祖国の連中モな。
知ってイるか?ォ前、余程モスくワから嫌わレてルらしいナ。イや、お前ノ親父ガ、か。」
「父が何を・・・ぐっ!」
縛り付けられたまま、蹴りを入れられた。
「心配スるナ。殺しハしナい。どんなニなってモ、あんタを飼いタいってさ!親父サんもいヤな政敵持っタな。いや、性的カ?」
ぎゃはははは。
周囲でマチェットを弄んでいた男たちが下卑た笑い声をあげる。
そんな。
こいつらは、モスクワにまで連絡ルートがあるのか?
そして、私は・・・
「ま、アンタの上司ガ取引キを受け入レたら止めテやル。お前ノ顔ハあノ無神論者次第っテことサ。」
私の周囲の男たちは、何やら準備をはじめていた。
火かき棒を暖炉――アフガンの寒さの中では必須の練炭炉――に突っ込み、かと思えば別の男が日本製の小型カメラを三脚にセットしている。
「お前も無神論者じゃないか!ただ金でだけ動く薄汚い――」
今度は銃床で殴られた。
密造カラシニコフ・・・いや、中共製か。
「映画デもいっていタな。日本人はイイかめらヲ作ルって。」
男は赤熱した火かき棒を取り出した。
確か、その台詞は・・・そうだ。あの映画で、キューブリック・・・英軍将校・・・リッパー将軍・・・皆殺し装置・・・いや、泰麺鉄道?
「1分おキに皮膚ヲ焼く。さア。どれダけ耐えらレるかな?」
「ひっ。」
- 953. ひゅうが 2011/10/29(土) 18:40:25
- いつの間にか繋いでいるらしい司令部間TV回線の向こうから、「やめろ!それでも」という声が聞こえてくる。
ああ、そうか。こんな軍事機密の塊にまでアクセスできるってことは、私の運命なんて、党の上層部でもう決定されているんだろうな。
「記録ハ48分が最高ダ。」
ぺろり。
左手に握ったナイフを男は舐めた。右目の目蓋をつ・・・となぞってくる。
血が流れるのが分かった。
「おマエ、そういエばオリンぴックに出タイっテな?」
怒りが体を満たした。
私は、そいつをにらみつけた。
体は震えている。
私をどうしても、いい。だが、私の夢だけは、夢だけは・・・
だが、ヤツは笑い、左手に握られた火かき棒が近づいてきて…
爆発。
閃光。
悲鳴。
そして銃声。
トンネルは土煙で満ち、裸電球の光もほとんど見えなくなった。
私の意識は、そこでいったん途切れた。
「ああもう。こきつかいやがって。アーサーのヤツめ!フォークランドから帰ったら今度はこれか!?
ベルファルストで和平会議の護衛してた方がまだ楽だぞ。というかなんで俺は現場に出されているんだ!」
そんな、英語の声で、目が覚めた。
――そして、帝都ロンドン
Side 副官(従兵)
パン!
間抜けな銃声を立てて頭が飛び散った。吸血鬼信奉者だ。隠れていたらしい。
「ふん。矢張りこうなるか…」
ペンウッド卿が溜息をついた。
「司令。移動大本営のウォルシュ閣下と連絡がつきました。陛下は脱出を完了。近衛第1連隊およびロンドン師団は健在!現在封鎖線から孤立した市民の救出に向け『突撃』を敢行中との由!」
「そうか。『疎開船団』は無事河口に達したか?」
「は。すでに。機甲部隊はロイヤル・オックスフォード連隊が、それに臨時編成した3個武装ヘリ小隊が打撃線を構築しつつあります。現在は『生存する』市民の約半分が市街地より脱出したと・・・!」
さすが、閣下の肝いりで整備された部隊です。とスタッフは付け加えた。
「うん。だがこの本営もまぁ、持つまい。『ここ』だけを守っても意味はないが、だが通信管制はもう意味を成していない。さすがに救援は間に合わない…か。」
卿は、報告をした私にやわらかに笑いかけた。
「私の指揮能力では…そして今の英国軍では、これが限界なのか…」
「閣下。」
私は居住まいをただした。
「閣下がいなければ、ここまで戦えなかったでしょう。近衛第1連隊がバッキンガムを枕に防衛戦を展開することも、空軍が限定的ながらもエアカバーを成し遂げ敵の空中巡洋艦1隻を撃沈、1隻を撃破することも・・・そして大英博物館や大英図書館の防衛に成功することも!」
大英帝国帝都防衛「臨時」司令官にして、「SASの英雄」、「フォークランドの獅子」の異名をとる私の上司、サー・シェルビー・M・P・ペンウッド海軍大将は苦笑するように笑った。
「やれることは、まだあった筈だ。50万余の市民が殺され、今や残った100万あまりを殺しつつある。この地獄を避けるために、私はあらゆる手を尽くしたつもりだった。
こうまでして・・・いや、ここまできて――」
「閣下。」
ペンウッド閣下は顔をあげると、踵をならした。
「ここを放棄する。伝令!大ロンドン東部は放棄。これより司令部はテムズ河の指揮艦『サンダーチャイルド』へ移動を試みる。連絡途絶の後は指揮権は移動大本営に移管する!」
「了解しました!」
――大西洋上の改インヴィンシブル級VTOL空母「イーグル」の通信途絶にはじまった危機は、南米方面から出現した超大型飛行船団による帝都ロンドン強襲、そして武装SS部隊の着上陸により頂点に達した。
緊急招集をかけられていた安全保障特別指導部は、市内で健在だった近衛第1連隊、ロンドン連隊を基幹として敵「吸血鬼」の襲撃を排除しつつ、テムズ河に突入したグランドフリート第2戦隊と空軍残存部隊による火力支援をもって戦力を糾合。
警察官はもちろんのこと、一版の警備員、果ては軍隊経験のある市民を武装させてのなりふり構わぬ防衛戦は一定の効果を発揮し、大ロンドン都市圏の総人口350万余のうち120万あまりを「死都」と化したロンドンより脱出させることに成功しつつあった。
- 954. ひゅうが 2011/10/29(土) 18:41:47
- だが、予想をはるかに上回る敵部隊の戦力や、ミサイルをはじめとした戦術打撃能力を徐々に失っていく味方部隊に対し、最後は「盡力」で劣る味方部隊は各個に撃破されていった。
敵は、攻撃目標をこの本営へ向け収束。
すでに本営の指揮能力は限界に達しつつあったのだ。
いかに、海軍入隊以来研鑽を怠らず、特殊部隊を転々としながらベルファルストではIRAと死闘を繰り広げ、アフガニスタンでは壊滅の危機にさらされていたソ連軍の一部部隊とともに麻薬・人身売買ジンケートを壊滅に追いやり、フォークランド紛争ではわずか2個中隊で師団規模の攻撃に17日間にわたり耐え抜いたペンウッド卿といえども、今回ばかりは厳しかった。
今回は少しだけ、撤退の決断は遅かったようだった。
頷き、走り出した伝令(ケーブルの断線や無線妨害によりオートバイ伝令兵が主力となっていた)と入れ替わりに駆け込んできた伝令は
「敵第3挺団、突撃を開始!正門防御陣地が突破されました!」という報告を持ってきた。
「全員、着剣!私以外のスタッフは、脱出せよ!」
「司令!」
「なあに、心配はいらんよ。」
ペンウッド卿は鍛え上げられた右腕をポンと叩いた。
「徒手格闘戦には『いささか』自信がある。さ。速く。」
「ですが閣下!」
「くどいッ!」
バン!
恐ろしく近くから、爆発音と悲鳴が聞こえてきた。
防弾チョッキとヘルメットを身につけた本部スタッフと参謀たちは、一瞬顔を見合わせた後、敬礼を捧げた。
慌てて私もそれに従う。
「さらばだ。諸君。いずれ『また』あっちで会おう。」
「閣下も!」
スタッフが、先ほど乱入してきた吸血鬼(元同僚)の死体を踏みつけながら走り去ってゆく。非常用地下道は確保されており、彼らが脱出した後でこの本部もろとも爆破される手はずになっていた。
「君は、行かないのか?」
「いえ。私は、閣下の従兵ですから。それに、閣下を見捨てて逃げたなんてことになれば、『あの』奥方に何をされるのやら・・・」
ペンウッド卿は、ああ、「あれ」か・・・と思い切り脱力していた。
「まぁ、あいつのことだ。この死都でも鼻歌を歌って切り抜けそうだな。どこにいるのかは分からんが。今日はたぶん息子の誕生日プレゼントを買いにいっているはずだが・・・」
「吸血鬼でも、あの方には・・・ね?」
「そうだな。」
ペンウッド卿・・・閣下は、笑った。
閣下と奥方については、わが軍内部でも様々な噂が飛び交っていた。
ダートマス出の朴念仁の典型といわれていた閣下に、年下の奥方ができたと知れた時はちょっとした騒動が巻き起こったものだった。
噂では、女王陛下までもが奥方に会いたがったとか。
もっともそのおかげで、出自が特殊すぎる奥方と結婚した閣下も奥方も今は何もいわれない。
まぁあの方が特殊すぎるというのもあるが。
「さて・・・来るぞ!」
閣下の言葉とほぼ同時に、指揮室の扉が爆破された。
- 955. ひゅうが 2011/10/29(土) 18:42:41
- そして、時代がかった黒い軍装に身を包んだ集団が、コートを羽織った髑髏の軍服のSS将校を先頭に入ってきた。
「手こずらせたな。能なしども。・・・おまえが司令官か?」
「そうだ。だが私が死んでもまったく問題はないぞ。すでに指揮権は別のところに引き継がせてある。」
ほう?と、SS将校は少し怪訝そうな顔になった。
「お前らになびいた売国奴どもは処刑済みだ。もう少し歯ごたえのあるものかと思ったぞ。吸血鬼というのは!」
「言ってくれるな。人間!」
どうやら怒ったらしい。
SS将校や周囲の武装親衛隊員(ヴァッフェンSS)から怒気が上がる。
「さぁ。かかってこい。怪物(ミディアン)ども。この時を50年も待っていた!
夜はもはやお前たちのものじゃないことを教えてやる。」
閣下が銃剣付きの小銃を構えた。
私も・・・
「・・・おやおやおやぁ?」
いきなりだった。
爆発しそうだった殺気を打ち消すような、女性の声が指揮室に響いた。
「今日は一緒にあの子の誕生日プレゼントを選んでくれるって言うからずっと待っていたのに、何をやっているのかしら?」
怜悧な声は、確かな殺気を放って、小さな体育館なみの大きさの指揮室にこだました。
見ると、吹き抜けになっている二階のキャットウォークに、スーツを着た女性が立っていた。
銀髪をポニーテールにし、右手にスチェッキン・マシンピストルを持ち、肩には何やらいろいろと武器を詰め込んでいるらしい背嚢が、そして頭には赤い星の徽章が入ったベレー帽がのっている。
表情は、もちろん満面の笑み。
「げっ!!」
ペンウッド卿が後ずさった。
「何をしているのかしら?あなた?」
「いや。見てわかんない?戦争。」
「あなたは、こんな戦争ごときで私との約束をすっぽかしたのかしら?」
右目の古い傷跡を歪め、彼女、ソフィーヤ・I・P・ペンウッド夫人はシベリアなみの極寒の怒気を発していた。
見れば、彼女の周囲には戦闘服を着た連中がいつの間にか集結している。
しかも全員が、旧東側の、もっといえばソヴィエト空挺軍の軍装に身を包んでいた。
火器に一部西側のものが混じっていたが、それがどこかおかしかった。
「戦争ごときってなぁおまえ。」
「結婚する時約束したわよね?お互いに秘密はなしにしようって。予定はきちんと守ろうって。」
「そりゃカラシニコフを頭に突きつけられながら三日三晩を過ごしたあと精根尽き果てたらそうなるって。というか、なんでここにいるんだよ!?」
「あら?私を愛しているって・・・それは嘘?いつも一緒にいようって言ってくれたじゃない?」
「嘘じゃないよ!・・・って今はそれは――」
「おい!」
顔を真っ赤にしたSS将校が怒声をあげた。
「いつまでも乳繰りあってないで・・・というか何なんだお前たちは!」
うんうん。と周囲の吸血鬼たちも頷いている。
彼女は、ようやく彼らに気付いたかのようにゆっくりと首を回すと、
「黙れ、クラウツ(ドイツ人)。それはこっちの台詞だ。」
怖い。
これがあるからこの人は怖い。
- 956. ひゅうが 2011/10/29(土) 18:46:59
- ※ わかりやすいように最後にリンクをのせておきます。
earth閣下のヤマト第52話
>>944-948
本作
>>949-956
ゆらり。
彼女の姿がゆらめくと、次の瞬間彼女は我々がいる地面へ降り立っていた。
「よほど学習能力がないと見える。せっかく白ロシアからライン川までお前らを殺し、燃やし、ベルリンを焼き尽くして懲罰を加えてやったのに。
偉大なるソヴィエトの味をもう忘れたのか?豚ども。」
「黙れ!劣等人種が!ソヴィエトの亡霊がなぜロンドンにいる!?」
「ほう。ということは筋金入りのナチか。なるほどなるほど。ならば我々がいなければいけない筈だ。
忘れたのか?モスクワで、スターリングラードで、スモレンスクで、ダンツィヒで、ベルリンで、誰がお前たちに敗北を与えた?
1000万のドイツ豚もろとも伍長の狂った夢想を打ち砕いたのは?」
カツカツカツ。
信じがたいことに、彼女はハイヒールにスーツ姿だった。
彼女の後ろには、アフガン侵攻時のソヴィエト空挺軍そのままの男たちが続く。
「ナチあるところに赤軍あり。なるほど私はついてる。沿ドニエステルみたいな偽物じゃなくて、このロンドンでナチを存分に鏖殺できるんだから。
――どうやら今日はお祭りみたいねあなた?
なら、楽しみましょう。大祖国戦争以来のダンスのお相手、お願いできるかしら?
ミスター『英国無双』?」
くるり、と顔だけ後ろを振り返り、夫の姿を見た彼女は、そう言った。
ペンウッド卿は少し溜息をつき、そして言った。
「ああ。喜んで。アフガン以来の共同戦線(ダンス)だ。やってやるさツイストでもタンゴでも。お前と一緒なら、どこまでも行けそうだよ。」
何とかなるかもしれない。と私は思った。
この奥方が率いているのは、かつてアフガンでその名を馳せた「後方撹乱部隊」。
ふざけたアメリカ人が肥え太らせた悪魔の組織を壊滅させるため水面下で英国と協力し、あまりに強すぎたがためにモスクワの権力闘争の結果部隊ごとなかったものにされそうになり英国へ「亡命」した連中だ。
雲の上での取引で儀礼部隊である近衛第2連隊所属として軍籍には載っているものの、その実態は今やすっかり有名になってしまったSASと並ぶ英国最強の特殊部隊。
その構成員のほとんどがロシア人であるため、人は彼女らをこう呼ぶ。
「ホテルモスクワ」と。
――ある男がいた。
後悔と、来るべき時の記憶をその身に宿しながら、男は夢を見る。
そのためだけに彼は足掻き、もがき。
その身は舞踏会ではなく戦場で鍛え上げられ、その頭脳は才能のかわりの努力で磨き上げられた。
人呼んで、「英国無双」。
そして、彼はいつしか「夢の続き」にたどり着く。
そんな話。
〜続かない〜
元ネタ 平野耕太氏 著 「HELLSING」より
広江礼威氏 著 「BLACK LAGOON」より
【あとがき】某サイトでママライカというものを発見したら思いついた。
元のままでも格好いいペンウッド卿を本当に「英国無双」にしたいと思って書いていたら彼女に全部もっていかれた気がする。
たぶん飛行船を道連れに爆死はしそうにないでしょう。
(彼の「M」の中身や作中のエピソードは創作です。)
最後に、こんなゲデモノを読んでくださってありがとうございました。
なお、一回でも笑ったら、同志書記長の命によりスターリングラードへ出征することになるらしいです。というわけで弾丸5発持って逝ってきます。
最終更新:2012年01月14日 18:50