ネタSSです
一部人物の家庭環境は完全にネタとして観てください
武器商人と魔法使いと変わり者
「相変わらず法の網をかいくぐっての商売をしているようだな」
己の役目を果たし後にクウェートの某所にて久方振りと成る息抜きをしていたガナバディが
気配無く現れた声の主に振り返ると、自身のすぐ背後に黄金色の短髪と緑色の瞳を持つ少年が立っていた。
「おお、お前さんか」
一瞬警戒した彼は声を掛けてきたのが知己である少年だと知り相好を崩す。
視ると少年は一人ではなく前面に突き出した形の特徴的な帽子を被り正装であるマントを羽織った三十代と見られる男性を引き連れていた。
「ボッシ卿までお揃いとは……。オレの様な一介の善良なる商人にプルートーンの暗殺者と辺境伯が揃ってなんのようかのぅ」
「なぁに。世界中の武装勢力相手に手広くやって儲けている武器商人殿が看過出来ぬ品物まで取り扱っていないか探りを入れにな」
猛禽類の如くつり上がった目と高い鼻を向けたボッシ辺境伯はしかし不穏な空気など放ってはおらず、
久しぶりに再会した友に挨拶を交わすが如き気安さでガナバディの肩を叩いた。
「久しいなガナバディ。ジヴォン卿……オズ殿とは時折会っているようだが、私とは何年ぶりになるか?」
「そうさのう、イラクのサウジ侵攻後だからかれこれ――」
ブリタニアジヴォン家嫡男オルフェウス・ジヴォン――通称オズと、ブリタニアのボッシ辺境伯家当主アルベルト・ボッシ。共に彼の友人であった。
オズとは武器商人という裏の仕事をしている関係から。
ボッシとはイラク社会主義共和国によるサウジアラビア王国侵攻時に、クウェート領内で同国軍と行われた日本陸軍と、
ブリタニア軍アルガトロ混成騎士団の軍事演習の際にそれぞれ知り合っていた関係で、今も情報のやり取りを行っている立場を超えた友人達である。
三人は何をするでもなく談笑に興じる。
早々会う機会もないのだから余計な事は忘れて楽しめばいいと。
「そういえばオズ。お前さんの妹殿、南ブリタニアで大活躍したそうじゃないか。アニキとしてはかわいい妹殿の活躍に鼻高々だろう?」
「かわいければ良いがアレは唯がさつなだけだ。次期ジヴォン家当主として婿取りをしなければならないというのに、マリーベル殿下の騎士になってからというもの戦ってばかりでな」
そう言って溜息を付くオズであったが、これを観ていたボッシが『婚約話が無いオズ殿も人のことは言えんだろうに』等と突っ込む。
「オレのことは良い。オレは家を継ぐ身ではないからな。それにオレには好きな女性がいるのだから妹とは条件が異なるだろう」
好きな人が居る。溜息と共に浮かない顔を浮かべたオズに話を振った当のボッシは一度口を閉ざす。
彼の好きな相手とは彼が任務の途上で偶然知り合った平民の少女。溜息の原因は其処にあった。
ジヴォン家は爵位こそ低くともブリタニアを影から守る家系である為に、その重要性の高さから平民との恋愛は些か困難なのである。
といって彼はその女性以外の誰かを紹介されて好きになれ、一緒になれと強制されたところで従うつもりなど無い。
貴族と平民……身分差のある恋というものは多分に問題を孕んでいるのだ。
「しかしオズ殿。オリヴィア殿にどう切り出されるおつもりなのだエウリア嬢のこと。このままでは何も解決できんぞ」
「頃合いを観てとは考えている」
「そんな悠長に構えていては事は進まんッ! さあ動けッ! すぐ動けッ! いま動くのだッ!」
なぜか熱く語るアルベルト・ボッシだが、無論言うまでもなくオズの恋愛事情に彼の熱くなる要素が含まれているからだ。
「私もかつて当たって砕けろで今の妻を娶ったのだ」
アルベルト・ボッシ辺境伯、彼の奥方は一般庶子。平民の出であった。
そう、オズと同じく彼もまた身分差のある大恋愛を乗り越えて現在の妻と結ばれたという過去を持っているだけに、オズの話が他人事ではないのである。
「ほうボッシ卿も身分差の恋だったのか? それはさぞ問題を孕んでいたことであろうなぁ」
初耳だったガナバディは良く御両親が承知したものだと関心を示したが、ボッシはというと首を振って否定。
「もちろん父上・母上には猛反対されたさ。平民差別ではないぞ? 階級差の大きく離れた女性と結婚して貴族社会に無理に引き入れ、それでその女性を幸せにできるのかとな」
階級差のある結婚は大変だ。
平民と貴族は住んでいる場所も生活スタイルも違いすぎる。
当然貴族の家に嫁ぐとなれば平民として一切縁の無かった社交の場にも出なければならない。
生まれたときから身に付けてきた貴族の作法、その家が抱える領地や企業の経営。
国家の要人にも顔を合わせたり、他国への表敬訪問とて行わなければならないのだ。
時にこれらを当主に代わって代行することさえ有り得るのが貴族の伴侶と成る者の勤め。
自由を謳歌できる身である平民庶子に、堅苦しく自由のない貴族の生活が堪えられるのか?
相手方を不幸にし、自身と自身の家も不幸にするのではないか?
そもそもにして貴族の嫡子に自由恋愛など許されてはいない。
血脈と家を存続させ続ける為に採られる政略的結婚が殆どで、望む相手と結ばれる方がレアなケースなのである。
領地には領民がおりその領民達の生活も領主たる貴族の身の振り方一つで大きく変化する。
もしもその婚姻が遠因と成って家を没落させ、家臣や領民を路頭に迷わせる事あらば、責任は総て身勝手な行動を起こした貴族に有り。
階級差のある結婚はとかく問題を孕み過ぎているのだ。
自らの親族、仕えている家臣、生活を預かっている領民。
勝手な婚姻はその総てを破壊しかねない。
大抵は此処で躊躇するもの。責任感有る貴族で有れば普通は家を考えて自分を殺すだろう。
だがボッシは、このアルベルト・ボッシという男は違っていた。
自らの意見を反対する両親に対し押し通してしまったのである。
「だから私は妻と両親の目の前で拳銃をコメカミに当てながら宣言したのだ。
『私と結婚すれば貴女は辛い思いをするかも知れないッ! だが貴女と結婚した私は幸せだッ! 貴女を愛する私の為に私と結婚して私を幸せにして欲しいッ!
それとも貴女は身分差から諦めて不幸にさせてしまうのかこの私をっ! 父上母上は私とこの方の結婚を反対して私がこの場で死んでも良いと仰るか!?
先に言っておくが私を幽閉しようとしても無駄だぞッ、私は彼女と引き離される事が決まった瞬間にどたまぶち抜いて死んでやるからなッ!
さあどうする!? さあどうするのだお三方ッ!!』とな」
自慢気味に語る彼の話を聞いて呆れたのはガナバディ。
「なんちゅう自己本位なプロポーズをしおるんだ……。ボッシ卿、お前さん真性のクズの素質があるぞ?」
ボッシの話はプロポーズでもなんでもない。
『俺と結婚しなければ死んでやるッ! オレの結婚を認めなければ死んでやるッ!』
これは単なる脅迫である。此処でこうしてのんびりしていられるのが不思議なくらいの。
彼が自分で言ったように幽閉されていてもおかしくない精神錯乱状態でのプロポーズだった。
「だが結果的にこのプロポーズは成功したのだッ! こんな自分の様な女を死を覚悟する程に好いてくれているアナタが幸せならば私も幸せだとッ!
貴族の作法も一から覚え社交界に出ても恥とならぬボッシ家の嫁になってみせるとッ!」
「だからそれはプロポーズではなく脅迫だと言うとろうに……。それにお前さんの嫁も大した玉だわい。どう考えてもそのときのお前さんは普通の精神状態ではなかったであろうに……」
「ええいうるさいッ! とにかく彼女は見事ボッシ家の嫁として何ら恥じ入る事なき淑女となり父も母も認めてくれたのだッ!」
奥方の能力の高さと度胸。それに愛。
父母と家臣と領民の理解。
総てが上手く重なり合った結果である大変珍しいケースであった。
「変わり者同士だったのとお前さんの御両親と家臣、周りの人間が寛容であったお陰で事なきを得た訳か……。まあ平民と貴族で上手くいった例も知ってはおるがこれは完全に特例だな。
オズ、悪い事は言わん。この精神錯乱自己中男の話は鵜呑みにせずお前さんはお前さんのやり方で彼女さんとやらとの未来を考えろ。無論自分の立場も踏まえてだ。
こんな馬鹿みたいなレアケースなんぞ絶対参考になりはせんからな」
けして参考にはならないボッシの熱い自分語りを聞きながらオズは深い深い溜息を付くのであった。
終わりです。
私個人と致しましてはオルフェウスとエウリアの悲恋があったので二人には幸せになって頂きたいものですね。
最終更新:2015年07月16日 18:23