性格改変注意。
恋愛率100%。

一年という暦が示す前半が終わり入った七の月。
梅雨明け宣言が成されてより暫く。風通しの良い濃紺色の浴衣を着た嶋田は日当たりの良い縁側の戸を開け放したまま座布団を敷き、一人腰掛けていた。

「良い天気だな~」

七の月末日。梅雨は明けども湿度高き日本の夏真っ直中にありながらこうして晴天を良き事として楽しむ事が出来るのは、文明の利器たる冷房器具があるから……ではない。
梅雨の最後に長雨を降らせた低気圧が北からの空気を呼び寄せ、関東周辺まで運んできてくれるという自然がもたらした束の間の恵みであった。
北の乾いた空気はこの国の標準である夏の象徴湿気を取り除き、気温30℃の真夏日にも拘わらず体感温度を下方へと修正。
そのお陰で冷房も入れずに縁側で涼むことが出来るのだ。

「本当に良いお天気ですわね」

その暑いながらも乾いた涼しい天然風が入り込む縁側に響く、高くて柔らかい声音。
男性である嶋田の物とは違うその高い声は女性特有の音域を持ち、涼風に乗って彼の耳を擽る。

「雲一つ無くどこまでも広がり行く青い空。ほんの数日前までの厚い雲に閉ざされていた灰色の梅雨空がまるで幻であったかのよう……」

彼は確かに一人で縁側に腰掛けていた。しかし座っているのが彼一人なのであってこの場に居るのが彼一人というわけでもない。
膝の上から聞こえたその声は最早傍に居るのが当たり前、居てこそ自然の状態となったこの場に居るもう一人が発したものであった。

「独裁者様もご満足な陽気だというわけか」

独裁者。そう、彼が言うようにこの場に居るもう一人の人物は独裁者だった。いまこのときにも自らの膝の上を占拠したまま動こうとする気配さえ見せない非情なる独裁者。
おそらくは地球上で己に対しての権利を主張し、その一切を支配下に置こうとしてくるのはこの膝の上に桃色髪の頭を置いて仰向けになり寝ている少女以外に存在しないであろう。

“わたしを好きになりなさいッ!!”

嶋田はこんな滅茶苦茶な言葉をぶつけてきて心を奪っていったこの少女ほど完成された独裁者も珍しいと思っていた。
今年の10月11日に満18を迎えるこの少女と、9月24日に61となる自分とでは、親と子、祖父と孫でも通用する程に年齢が離れている。
つまり自分は彼女に対しての圧倒的年長者。
年長者には敬いを持って接するのが世の常識である。
無論年長者であろうともどうしようもない人間はいるのですべてにおいてそれが当て嵌まるわけでもない。だが大筋のところでは間違っていないだろう。
こんなのは万国共通であり何処の国でも年長者にはそれ相応の敬意を払って接するものなのだ。
しかしながらこの少女は年長者である自分を敬うどころか『好きになれ』と命令してきた。

私があなたを好きになるからあなたは私を愛しなさい。
私を愛して私の物になりなさい。

そう言って憚らない傲慢さをこの歳で隠そうともしないのだから、これを自分に対しての独裁者と言わずしてなんと呼べば良いのだろうか。

ユーフェミア・リ・ブリタニア。

この、いま膝を枕にして寝そべっている橙色のスカートに白い半袖というワンピースを着たブリタニアの第三皇女は慈愛の皇女と呼ばれているらしいが、それはとんでもない大嘘。
この世でただ一人の特定人物――自分にとっては、凡そ遠慮という物を欠片も持たずに接してくる独裁的権力者でしかない。

「独裁者とは失礼なっ。わたくしはただわたくしが持つ権利をあなたに対して行使させて頂いているだけですっ」

膝の上から見詰めてくる藤色の双眸に浮かぶ不満の色。
御機嫌取りでもしてみようかと彼女の桃色の髪の毛をそっと撫でてあげると一瞬だけ目を閉じかけた。がしかし思い通りにとはいかず。
頬を膨らませたまま怒り覚めやらずといった空気をびしびしと投げ付けてくる。

どうやら膝を占拠している独裁者様は完全にお冠らしい。

「君の持つ権利は俺の自由を容赦なく奪ってくれるからな。抵抗運動を試みるのも当然だろう」
「いいえあなたには抵抗する権利なんてありませんっ。わたくしはそのような権利を認めませんっ」
「そら本音が出た。慈愛の皇女ならぬ専制君主ユーフェミアの本領発揮だ」

やはり彼女――ユーフェミアは自分嶋田繁太郎にとって強権的独裁者であることは疑う余地もなさそうだ


帝都の休日 第8話 七月の終わりに



「ですがこうも良いお天気の日にこうしてただ縁側で日向ぼっこをしているだけというのも勿体ないと思います」
「勿体ない……か。確かに勿体ないかも知れないが、と言ってもどこかへ出掛ける予定を立てていた訳じゃないんから、今この瞬間にどこへ行こうとも決められないだろ」
「むぅ~っ」
「膨れても何も出ないぞ」

先とは異なり御機嫌取りなどするつもりもない嶋田の指が、むくれる彼女の髪の中へと通されている。
桃色の川の中を泳ぐ指に絡みつくのは触り心地の良い艶やかな絹糸の如き繊維。
もう何度梳いたか分からない髪の毛をそれでも撫で続けているのは、ただそれしかすることがないからだ。
元々何をするでもなく始めた休日の日向ぼっこ。涼しい風を受けながらぼんやり過ごそうかとしていた夏の中休み。
そこへ丁度休暇を貰っていたユーフェミアが訪ねてきて付き合う形になっていただけなのだから予定も何もあったものではない。

「本当に今日一日こうして日向ぼっこをするおつもりなのですか?」

やはりどこかへとお出掛けがしたいのか、彼女は尚も未練がましく聞いてくる。

「何度も言うがいま急にどこかへ行こうと言われてもそれは無茶振りというものだよ。じゃあ聞くけどユフィはどうなんだ? どこか行きたい所でもあるのか?」
「えっ…!? わ、わたくし…ですか…?」

言葉に詰まる独裁者。

「わたくしは………」

その先を続けようとする彼女であったが目を泳がせているだけで答えを出さない。
まあそれが普通である。何も決めていない状態で行きたいと思う場所や目的地なんてのはそうそう頭に思い浮かぶ物ではないのだ。

「ほら君も出ないだろう? どこへ行こうかと言って直ぐ出て来るのは最初から行きたい所があるときくらいで今の今では出てこないのが普通だよ」
「う~っ」
「恨めしそうな目で視てくるな」

髪に通していた手を彼女の膨れた頬に移動させてぺたぺた叩いてやると空気が抜けて頬が萎んだ。

(風船みたいだな)

「なにをなさるのですかっ!」
「空気を抜いてやっただけだよ。そんな膨れっ面をしていたらおたふくみたいになるからな」

ユーフェミアがおたふくになっているのもそれはそれで可愛らしい。

「んなっ!?」




他愛ない返しに激昂した様子の彼女は何か言いたげだったが、そのとき偶然にも吹いたそよ風が瞬間湯沸かし器みたいに沸騰した怒りを和らげてくれたようで
険しくなりかけていた目尻と逆ハの字につり上がっていた眉が一瞬にして元に戻る。

「涼しい……」

穏やかな表情でそよ風を受ける彼女の髪がさわさわと揺れた。

「だろう? というわけでだ、今日みたいな涼しく過ごしやすい日に無理して出掛けたりする必要は無いよ」
「むぅぅ~」

風にそよぐ桃色の髪を抑えながらまた髪を撫でてあげるも、話をはぐらかされたと言わんばかりに不満色濃い表情を浮かべて彼女は唸る。

「普通は過ごしやすい日にこそお出かけをするものですわ」

湿気に塗れた34,5℃の炎天下の中を目的地に向けて歩くよりは、当て所なくとも湿気のないカラッとした暑さの中を歩いている方がまだマシ。
まあ至極真っ当な意見だ。極めて正論である。しかしだ。

「逆に言うなら過ごしやすい穏やかなときほど身体を癒すにもってこいな日もないだろう?」

彼女が言う正論と嶋田が主張する対極の意見はそのどちらもが正論なのである。
過ごしやすいから出掛ける。
過ごしやすいからゆっくり休む。
どちらの意見も穏やかなこの日にこそ当て嵌まる。

「それに君には明日からまた公務が待っているんだから身体を休めて英気を養った方が良い。どうせ出掛けようとしても行く当てはないことだしな」

だが彼は敢えて自分の意見を推す。
行く当てがないなら無理して外へ出る必要は無い。
それなら二人でのんびりゆったり涼みながら家で休もうと。

「………」

納得したのかしていないのか先程のように機嫌を悪くすることなく此方を視てくる彼女と目を合わせたまま暫し沈黙の時を過ごす。
気まずい空気はない。ただなんとなく見つめ合っているだけだ。

「シゲタロウもですか?」
「ん?」
「シゲタロウも夢幻会のお仕事で疲れた身体を休めたいと?」

(いや別にそういうわけでもないんだがな。ただ行き先もなく出掛けようというのが面倒なだけで……)

心の声は表に出さず、ただユーフェミアの頬に添えたままでいた手の指を少しだけ動かしてみた。
染み一つ無い白磁の肌の上を彼の指が滑り行く。

「……」

気持ちが良いのか、少し目を細めて頬への愛撫を受け入れている彼女がかわいらしい。

「まあそんなところかな」

予定もなく出掛けるのが億劫で多少の誤魔化しも入っていたが、全てが全て嘘というわけでもない。

「引退したといっても夢幻会の仕事が無くなることはないからそれなりに疲れもするさ」

こちらを見つめ続けている藤色の瞳より目を逸らすことなく答える。

「昔はそれこそ外交に内政に夢幻会にと激務の毎日だったからその当時に比べれば『普通の』疲れだが、それでも疲れるには疲れるよ」

現役時代と比較するなら今の仕事量など本当に大した事は無い。
だがそれで身体が疲れないという訳でもないのだ。
書類仕事をすれば目と頭が疲れる。会合の召集が掛かれば精神的な疲れも出る。
結局多い少ないの差こそ有れど仕事による疲労は蓄積するものだ。

「だからこういう穏やかな日には、な」

ゆっくり休みたい……そう述べる彼に、ユーフェミアは未だ未練がましく勿体ないとごねたが、彼の言うことにも一理あると渋々頷いた。

「真に自由な老後を迎えたそのときには精一杯のサービスをさせてもらうよ」

実に妙なことを口走っていると思う。老後にサービスを受けるのは普通老人の方だ。
その老後を迎える自分が年若いユーフェミアにサービスをするというのだから変なことこの上ない話となる。

自分でもこれ如何にと思わないでもないその話しに、ユーフェミアも笑った。

「ふふっ、おかしい」
「何がおかしいんだい?」
「だってシゲタロウはまだ60歳ではありませんか。人生120年の折り返しに来たところで老後と申されるのは些か早すぎるというものですわ」

太平洋戦争以後、遺伝子医術やサイバネティクス医術の発展を促進してきた日本とブリタニアの人間は、
今や共に平均寿命が120年という、信じがたいほどの長寿となっていた。
中には150歳という年齢の人も居るくらいで、両国人の平均寿命は年々延びる一方。
故に60歳というのはまだまだ血気盛んで働き盛りな壮年期とも言えるのだ。

「まだ人生の半分か……。まあ確かにそうには違いないが、といって激しい運動をしすぎると腰が痛くなったりするのはもう老後が近いと言っても言い過ぎじゃない気もするんだがなあ。生まれたのがもう少し後の世代だったなら遺伝子医術の恩恵をもっと早期に受けられて、体力面での衰えを抑えることも出来たんだが」


急速な長寿化は遺伝子・サイバネティクス分野の医術や技術の進化に伴うここ60~70年の話で、嶋田世代がギリギリ入ると言ったところ。
遺伝子医術では肉体の老化を遅らせると共に悪性新生物の発生を抑え、サイバネティクス医術では病気や怪我による欠損部の補填、といった具合に戦後世代以降が最も多くの恩恵を享受している。
現在研究中・試験的な実用段階に入った抗老化技術が完成・普及すれば、将来的には外見年齢二十代の実年齢四,五十代といった世代も現われてくるであろう。
尤もブリタニアのマリアンヌ皇妃始め、実年齢と外見年齢が一致していない四十代が既にちらほら散見されているため一概に将来的と決めつけることも出来なかったが……。

長寿化にギリギリ間に合った嶋田世代についても実年齢と外見年齢こそ一致していたが、現在の遺伝子医術によって体力的な老化現象が随分と遅くなっていた。
もしかしたら百を越えてもある程度の激務に堪えられるくらいの体力を保つことが可能かもしれないと思えるほどに。
まあ六十代前後の体力がこの先ずっと続いていくのならこれは大きな恩恵を受けていると言えようが、
できれば激しい運動にも耐えられるほどの体力があった四十代までに恩恵を受けたかったと思わずには居られない。

「ああでも恩恵を享受し過ぎればし過ぎたで今度は引退が遠くなるし、旺盛な体力に見合うだけの仕事量になって家に帰る時間が……」

但し、その場合は辻による拘束期間が延びてしまうであろうことは確実。
長寿化に伴って現在の労働環境も世情に合わなくなってきており、定年の基準を八十代にという流れも生まれていたが、これは夢幻会にも当て嵌まるのではないか?
なので平穏な人生をこそ望む彼としては絶好のタイミングであったのかも知れないのだが、それはそれ、これはこれだ。
同じ長生きをするのならば体力年齢の若い方が良いに決まっている。


再び溢れ出た夢幻会という秘密の名前。
その名を耳にしたユーフェミアが静かに口を開く。

「夢幻会。日本を陰から支える転生者の組織」

その名が意味し、その組織が目指し続けてきた事の全てを彼女は知っている。
夢幻会。その存在こそが日本を超大国へと飛躍させ、今日の日ブ関係を築き上げてきたことを。
過去から現在まで、日本という国を守護し続けてきた者達の集団であることを。

そして、その中核メンバーの正体が、生まれ出でたるこの世界とは異なる異世界より訪れし稀人達であるということを。

日本を導く夢幻会という組織その物は日本の裏側を知る者達の間で広範に認知されていたが、
その深い秘密までをも知り得ているこの世界の人間はユーフェミア・リ・ブリタニアというただ一人のみである。

嶋田の転生と前世の記憶。

彼と最も親交厚きこの世界の人間である父や叔父でさえ知り得ないその秘密を、ユーフェミアだけは知っていた。

「シゲタロウはその夢幻会でどの様な軌跡を辿ってきたのかしら」
「辿ってきた道も何も、大体は話したよ」

最大の秘密である衝号のことすら知っているのだから、彼女に隠し立てすることは最早微塵たりとて残っていない。
もちろん大雑把にではあったが殆どの道程を話してきた。ユーフェミアが最も知りたいと言った神崎博之……つまり自分という存在のことも。

『あなたのすべてを知りたい』

他の何よりも請われたのは、もう遠い記憶の彼方へと封印されてしまった本当の自分について。
会合メンバーですら殆ど知らない彼自身の、嶋田繁太郎という人間の全てだ。

心より愛するユーフェミアにだけは自分の全てを話しておこうと、博之としての子どもの頃から辿ってきた第一の転生を迎えるまでの人生。
前世から今現在へと至る嶋田繁太郎としての第二、第三の人生。
三度の人生で経験した全てを包み隠さず伝えたのだから、今更彼女が知る以上の何かが出て来よう筈もなかった。

「日露戦争、世界大戦、ドイツ第三帝国、大英帝国、枢軸国、ソビエト連邦、アメリカ合衆国、中華民国、衝号、メキシコと原子爆弾、アメリカ風邪」

知り得た幾多の秘密の単語を反芻するように口にしたユーフェミアは彼の手を静かに握る。

「あなたは幾多の苦難の中で常に自分を殺しながら辛い決断を選び続けて来られたのですね」

自身が目指す答えとは異なる、辛く苦しい道を選ばざるを得ない現実。
逃げる事が出来ないからこそ苦難の道を選び、多くの命を奪ってきた。それが嶋田繁太郎の歩んできた一つの人生。

どれだけの悲劇が生じようともけして優しくないこの世という世界を生き抜いていく為には、時に非情な決断を下さねばならない事とて有る。
神聖ブリタニア帝国第三皇女としての公務経験は浅くとも、四分五裂となる寸前であったブリタニアを救いし英雄帝――クレア・リ・ブリタニアを直系の祖先とする彼女にはそれを理解することが出来る。
世界はいつの世も綺麗事のみではないのだと。

「きっと『昭和世界』の日本人の皆さんはあなたを……あなた方を誇りに思っているはずです。真なる日本の守護者として傷付き戦い、そして日本の平和を守ってきたあなた方のことを」

きっとではなく、そうであると信じたい。
犠牲になった命と守り抜いた命。そのどちらも“無駄”であってはならないのだ。
傷付き摩耗し戦い抜いた彼等の道。
正解であるとも謝りであるとも言える選択が、決して意味のないものであって欲しくない。

彼の過去を知り彼等の戦いを知るユーフェミアは、この世界から貧困と争い、そして憎しみを無くしたいと考える慈愛の皇女。
土台、人が人である以上不可能なその夢想は、彼等が歩んだ道のような硝煙の匂いこそないのであろうが、同時に彼等の道と答え以上に実現不可能な難題。
天上に輝く太陽を掴もうとして翼を焼かれたイカロスに等しき愚行なのかも知れない。

欧州革命、北南戦争、南方・太平洋・大西洋侵攻と併合、太平洋戦争、血の紋章。
祖国ブリタニアが辿ってきた争いの歴史。

先史時代以前、古代文明国家が起こしたと言われる世界大戦『ラグナロク』。
二千年前のローマ帝国によるブリタニアへの侵攻。
幾度も繰り返された戦いの世、戦国の乱世。
フランス・ドイツ・スペインのマグレブ侵攻。
中欧間の幾度に渡る紛争。
オセアニアの暗躍とメリナ滅亡。
東アフリカのオマーン帝国侵攻。
イラクのサウジ・ヨルダン侵攻。
南ブリタニア動乱、ニューギニア戦争、ラプラタ戦争。
日中・日欧・日大戦争。
世界の国々が辿ってきた戦いの歴史。


滅んだ国があった。
興された国があった。
戦争を望まない者達が居た。
戦争を望む者達が居た。
民を殺戮の坩堝へと投じる為政者が居た。
民を守ろうと命を投げ出す為政者が居た。
他より奪い繁栄を享受する者達が居た。
他と手を取り合い共に繁栄する道を選ぶ者達が居た。

事細かく記録された世界史と、ブリタニア年代記が示す世界の光と闇。

旧世界を滅ぼしたラグナロクより続く人類の負の系譜。

欺き、信じ、愛し、殺され、また生まれ来る。数多の人が紡ぎ行く世界の物語。
ただ甘やかされるだけで育っていたらきっと知り得なかった本当の世界がそこにあった。

「大切な臣民、守るべき家族、己が属する国。ブリタニア第三皇女としてのわたくしが第一に考えなければならないのは我が国の民の安寧……」

皇族として政治に関わり始めたことで少しずつ知ることができたのは、優しいだけ、理想だけでは何も救えない、何も守ることが出来ないという非情な現実。

彼女が望む世界平和。総ての人が平穏に幸福に暮らして行ける優しい世界。

世界を対象とするその望みは、自国さえ守れぬ者が語るべきではない壮大な夢物語。
優しい世界。それは自分の足下より創り始めなければならないもの。
夢幻会と父や叔父達はその足下である日本とブリタニアから始め勢力圏内に優しい世界を築いてきた。
他から攻めさせず、無為に他を攻めず。
民を第一に考える政治の元、民と共に手を取り合って今を生きている日ブという国が実現した理想的な世界。


しかしそれは自国を護るために他を犠牲にするという、犠牲になる者にとっては到底受け入れられない結果をも招く。
それは戦争然り生活然り、生きていく上で必ず表面化してくる格差という名の魔物。
一方が強く豊かになりすぎれば他方が弱く貧しくなるのが世界の法則。
隆盛を極める日ブの環太平洋経済圏と、凋落の一途を辿るユーロピア経済圏。
停滞する中華経済圏に、日ブによる封じ込めと監視を受けるオセアニア経済圏を見ればその差は歴然としていた。
富も資源も技術も日ブへ集束しているのに比し、貧困と不況に喘ぐユーロピア経済圏の民の多くは日ブを毛嫌いしている。

“黄色い悪魔”
“中世の原始人”

長く戦争はしていなくとも生まれる怨嗟の声。
その地に住まう人々の憎しみ。

己が目指そうという優しい世界からこぼれ落ちてしまう者が確かに存在しているという、選びたくない答えが突き付けられる。

“どんなに望んでも全ての人間が満足する『完全なる優しい世界』というものは創り上げることが出来ない”

ブリタニア国内より欧州帰還の機を窺うユーロブリタニアがその道を選ぶ以上、争いが、戦乱が巻き起こる。
戦が起こればまた多くの血が流れユーフェミアの願う幸せとは反対の不幸が生まれてしまう。
しかし、彼等が行動を起こさなければ亡くなる命と造り出される不幸もある。
どちらへ進もうともやはり犠牲と不幸は生まれてしまうのだ。

彼女が目指す道はそれこそ世界征服よりも難しい。

「そうだな。理想だけでは何も救えない」

寂しい笑顔を浮かべた嶋田は語る。

「皇族も政治家も国も、時に己の手を汚し非情な決断をしなければならない物だ。
 みんなで仲良くしましょう。こちらが愛をもって接するから貴方たちも愛してください。
 それだけを唱え続けていれば世の中誰もが争わなくなるのならこれほど理想的な世界もないだろうが、生憎と人類はそこまで頭の良い生き物じゃない。
 今はこうして君の国と良好な関係を築けているけどほんの少し前、百年にも満たない過去には血で血を洗う『おおいくさ』をしていたんだ。
 君も知っているだろう俺の前世における難敵だったアメリカ。あの国とだって元々は戦争する気などなかった。しかし対米戦は起き、自分達を守る為にあらゆる手段を講じる必要性に迫られた。
 繁栄と平和を守るために行った衝号の結果、この身が死後決して光の届かぬ煉獄に落とされようとも“その程度”の代償で日本を守れるのならば……。そう考えたこともあったよ」

彼の手に少し力が入る。ユーフェミアと触れ合っているその手に。

「ユフィが目指している世界というのは、ある意味俺が歩んできた道のりよりも険しく困難な道だ。
 全ての人を幸せに。まずこれは限りなく不可能処か、100%実現不可能だといっても過言ではない。
 自然界を見れば一目瞭然だが弱肉強食が是とされているだろう?
 人間だって動物だから戦争が無くなっても他者との生存競争がある以上は社会的弱者をゼロに出来る訳じゃない。
 競争心や欲望を無くしてしまえば強者も弱者も居なくなるが、それはもう動物ですらなく生きてさえ居ない人の形をした物だ」

生まれ出た弱者は強者を羨み妬む。
追い付こうと努力する者もいれば、ただ暗い感情を抱いて成功者を憎悪する者も居る。
それでも全てを平等にする為に競争心と欲望を無くして機械のように感情無く生きる“物”であるよりもずっとましだ。

「ユフィが目指すべき道は競争心を無くすことで不幸をゼロにする世界では無く、一人でも多くの人が幸せを享受できる世界が正解だろうな」
「一人でも多くの人が幸せを享受できる世界……」

目指すべき優しい世界は一人でも多くの人を幸せにするという最大多数の幸福を追求していく、その先に在る世界。
正しく生きようと頑張る弱きには国が手助けを。生きる事さえままならない者には今以上の福祉政策の充実をもって掬い上げる。
他方では不正による利益享受や強き者の横暴を許さぬ社会を。
強きを挫き弱きを助けるではなく、弱きを見捨て強気を助けるでもない。
頑張り努力する両者を支え、その過程でこぼれ落ちた者には手厚い福祉で救う。
戦争を回避するための対話を持つ機会があるのならば其処へ飛び込んで戦争勃発を防ぐ。
圧政に苦しむ者あらば救いの手を差し伸べる。


救える者は当然の如く救い、手の届かない範囲にすらも手を広げて救い上げるという難解極まりない世界の実現。
いま日ブとその勢力圏下で行われている其れを世界へと広げて行けないか。
一人でも多くの人と手を取り合い、共に歩んでいこうという難題中の難題を形にした世界。
愚か極まりない理想論だ。人の血も不幸も見たくないという、世界中が笑顔で満たされていて欲しいからという、自分勝手で傲慢な思いを実現したいだけの独りよがり。

(でも……わたくしは)

苦しみに喘ぐ人々を見過ごし日々を平穏に過ごせるほど行儀の良く、言われたことだけをしていられるような“良い子”ではない。
手が汚れてでもお節介を焼きたい自分勝手な“悪い子”だから。
積極的な福祉政策を推進する第一皇女ギネヴィア・ド・ブリタニアのように。
戦災孤児と孤児院への積極的な支援に動く、リ家に仕えるアンドレアス・ダールトンのように。
誰に言われるでもなく助けたいから助ける。自分がそうしたいからそうするだけ。
敬愛する叔父からは『それは夢だよ』と諭された。世界平和なんて不可能だと。
本当に見えない。どんなに見ようとしてもこれは無理だと否定される。
すべての人を幸せに。それはいま愛する人から不可能であると否定された。
それが人間なのだと。
ギネヴィアお姉さまは言う。『一人でも多くを助ける』。
ダールトン将軍は言う。『一人でも多くの面倒を見る』。
そして繁太郎は言った。『一人でも多くの幸せを』。

(わたくしは)

一人でも多くの幸せを目指しながら、すべての幸せを願い歩む。
一人でも多くを実践し、すべてを目標とする。
叶えられない目標であっても、目標とするのは自由だから。願うことは出来るから。
そうして願うすべての中の一人、また一人と、少しずつだが着実に笑顔にしていってみせる。


反芻するユーフェミアの手を嶋田がもう一度強く握ると、彼女もまた強く彼の手を握り返した。

「その幸せな世界の実現のために、一人でも多くの人を幸せにする為に、シゲタロウは力を貸してくださいますか?」

まだまだ未熟者である自分一人では到底成し得ない難業に、彼女は誰よりも頼りになる己がパートナー。最愛の人、嶋田繁太郎を求める。

「ふぅ……仕方のない子だよ、君は」

やれやれ。還暦に到達する年寄りを今更まだ酷使しようというかね?
自分を求め来る最愛の少女に彼は溜息と共に笑みをこぼした。

「この手で支えられるのは、どこまでも広く大きな“世界”という名の途方のないものではなく、“ユーフェミア”という一人の女性くらいなんだぞ?」

彼女が視野に入れている世界全体など、己が手には大きすぎて支えること適わず、また進んで支えようとも思えなかった。
見ず知らずの他人(他国)よりも、自分自身(日本)と、親しき家族(ブリタニア)を優先する。
言葉に出して伝えずとも、彼が支えてきた範囲を見渡せば一目瞭然ではないか。
彼が数多の人と共に支えてきたのは日本。そして後に歩むべきパートナーとしたブリタニア。夢幻会と、シャルルやV.V.達と、気心の知れた仲間達と共に、今日まで支え来た日ブとその勢力圏まで。
他人と考えた地域、頼られもしない場所にまで手を広げようとしたことは一度たりとてない。
そしてその手は個人となればより狭く小さな範囲しか支えられなくなる。
己という個人、たった一人の人間に対し、世界はあまりに大きすぎるから。
そう、個人で支えられるのは……、否、支えようと頑張れる範囲は、本当に限られてしまうのだ。

「どれだけ頑張っても君と、いつか生まれてくる子供を含めた親族……家族だけだ。俺の身体はそれ以上を支えられるほど頑丈に出来てないし、苦しみに喘ぐ見ず知らずの誰かよりも何よりも大切な君を優先するぞ」

そうなのだ。大日本帝国宰相でも、大日本帝国海軍元帥でもない、嶋田繁太郎というたった一人の人間が支えられるのは、眼前にて手を握る彼女……ユーフェミア・リ・ブリタニアと、彼女との間にいつか生まれ来るだろう己が子。
そして彼女の母や姉、父となるシャルルや新たに出来る大勢の兄弟達と、自らの家族のみである。

それ以上は手に余る。

「大日本帝国伯爵。元宰相。色んな肩書きを持って居ようが所詮俺も一人の人間に過ぎない。肩書きも肩書きだけの話で現役ほどの力も無い」

それでもいいのか?
聞いても意味のない問い。
彼女の答えは知っている。
次ぎに何を言うのか手に取るように分かろう。
彼女とは――。

「それでも構いませんわ」

ユーフェミア・リ・ブリタニアとはこういう女だと、もう知っているから。

「シゲタロウが傍に居て支えてくださるだけで。だってわたくしは、あなたさえ居て下さればどこまでも頑張れますもの」

彼の言葉を受けたユーフェミアはブリタニアの皇女として、リ家の次女としてどれだけ大変な道が待っていたとしても嶋田が居れば頑張れると宣言して彼の黒き瞳を見つめた。

「シマダ・シゲタロウ。わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアに、あなたの力をお貸し下さいますか?」

もう一度問う。愛するあなたにこそ力を貸して欲しいと。
それは彼に、リ家へと婿入りしてくれという申し出。リ家への婿入り――即ち政治の世界への現役復帰。
ブリタニア皇家の一員として日ブ、そして世界の安定のために、更なる時を現役で居てくれとも言える言葉。
彼女の問いかけ……それは彼が先程口にした引退したらという話を真っ向から否定するものだ。
夢幻会を引退しても今度はブリタニアの皇族リ家の一員として政務に戻って欲しいというものに他ならない。
いや夢幻会に籍を置きながらリ家の一員として二足の草鞋を履く事となるからには、やもすれば政治家時代と同じくらいの激務が待っているかもしれない。

彼女の手が嶋田の手より離れ、彼の頬へと向かう。
頬に触れた手はそのまま肌の上にて滑らされた。上へ下へと、まるで陶磁器を撫でるが如く丁寧で、ただ静かに。
血の通った手の平の温もりが実に心地良いが、これは辻から逃れたところをユーフェミアに捕まえられたようなものだと彼には思えてならない。
引退がまた一歩、いいや何歩も先に遠のいてしまったような物なのだから。

「力を貸してではなく、貸せなのだろう?」

万民には慈愛の皇女。しかし彼に対してだけは慈愛の独裁者。
自分の物になりなさいという世にも不可思議な逆プロポーズを受けて悟った彼女の本質。
即ち、優しさと穏やかさに見合わぬ頑固者という一側面。

「ふふっ、そうお受け取りくださっても結構ですわ」

絶対に手伝って貰うのだと微笑むユーフェミアに、彼の口よりまた溜息が一つこぼれた。

「ハァ~。どこまでも強引で、こうと決めたら梃子でも引かない我が強く傲慢な慈愛の皇女様に捕まってしまったのが運の尽きか」

いつもと変わらぬほんわかした微笑みが悪意に満ちているのは気のせいだろうか?

「逃がしませんからね?」
「辻さんじゃあるまいし、その手の台詞は止めてくれ」

頭の片隅に浮かび上がった疑問に考えた処で仕方が無いと思う嶋田は、完全引退をお預けにし、夢描く薔薇色の年金生活を御破算にしてくれようとしている強引極まりない皇女殿下へと顔を近付けて言った。

「Yes, Your Highness.」


互いの顔に息の掛かる距離で示された肯定の意を確かに受け取った彼女の透き通った藤色の双眸がゆっくり閉じていく。
合図を受けた彼の唇が眼下にある瑞々しい唇へと近付いていき……そっと塞いだ。

「ん……」

低気圧が引き寄せてきた北の乾いた空気の中でも、けして乾くことのない二人の唇は接触したまま音もなく啄み合う。
重なり合った唇の隙間から漏れ出たのは彼女の声であろうか?
漂う甘い香りを嗅覚が捕らえ、香りが示唆している通りの甘美な唇の味に嶋田は酔いしれる。

「んっ、んん……」

触れ合う唇が細かに動き擦れ、接触面に付着していた粘質を繊維のように伸ばす。

混ざり合ったそれはもうどちらか一方のものではなく、口付けという愛の行為が生み出した真新しいブランデー。

「っ…」

完全に一つとなった唇の中で終わることのない接触を通じて造り出された美酒を仲良く分け合いながら、
まだまだ醸造されゆくワインを勧め合っては互いのグラスへと注ぎ、飲み下し耽る甘い時。

「んぅ…っ」

嶋田の左手はユーフェミアの喉から頤のラインを、右手は頭部を抑え、膝の上で少し身を捩る彼女は右手だけを彼の頬に添えたまま、共に造り出した新酒の味わい深さを楽しみながら、二人はやがて静かに瞳を開く。

「……」
「……」

交差する瞳は嶋田がしっかりしているのに対し、ユーフェミアは熱に浮かされ蕩けている。
本来なら吐息の掛かるゼロ距離。
しかしながら唇が重なり合っている為に吐息が零れることはない。
その代りに鼻による呼吸の微風を互いに感じられていた。

今が夜で此処が座敷に敷かれた布団の上や、備え付けられたソファの上ならば、恐らくはこのまま先へと進む。
想いのままに愛を語り合って、望むままに熱い時を共有したい。
幾らそうした処で尽きぬ程に大きな想いを互いの胸に抱えているのだから。

だが、あいにく今は昼で、此処は外が見える縁側。
時間も、場所も、共に二人がこれ以上の結びつきへ至らんとする事を由とはしていない。
愛し合っているというのにもう離れなければならないのがなんとも言えない寂しさをもたらす。

「んっ、ふ……、むぅ…っ」

押し付け合った唇を何度も啄ませてせめてこれくらいはという時間を送りつつ、二人の唇がゆっくり離れていった。
唇の間を細く伸びては音もなく切れる銀色に輝く糸を引きながら……。

「胸がドキドキして、とても熱いですわ……」
「こっちも身体が熱くなったよ。まったくこれじゃあなんのために涼んでいるのか分からないな」

彼女の頤を押さえていた手を再び頬に戻してやる。
紅色に染まったその白磁の頬に。

「こんなにも火照らせてしまったのか」
「火照っちゃいました」

アルコールなど入れてもいないというのに赤くなったユーフェミアの頬。
赤く染まり火照ったその頬を手の平で数回擦ってみる。

「ほんとに熱い。まるで熱でもあるみたいに……」

もちろん彼だけではなくユーフェミアの手も彼の頬を擦っている。
お互いに何かをするときは一方が与えて終わるではなく、共に与え分かち合うのが二人の間で決められたルール。
嶋田がユーフェミアにキスをするときは、ユーフェミアからも嶋田へキスを贈り、夜の帷が下ろされ熱いときを刻むそのときも、抱く、抱かれる、ではなく『愛し合う』。
そんなルールだ。

頬に触れ愛撫するのもお互いに仲良く。

「シゲタロウの頬も熱いですわ」

互いに赤く染まったその頬には摩擦熱ではない熱さが感じられた。
風邪を引いたときに抗体が活性化したような、そんな熱が。

「ユフィとキスをする様になってから随分と健康になった気がするよ」

胸の鼓動は早鐘を打つかの如きスピードで大きく振動し、大量の血液を送り出していた。
血の巡りが良くなるのは実に健康的であったが、それとは別にキスが身体に良いとも聞いた事があるなと思い出す。
唇には沢山のツボがあってこれを刺激することで健康になれるとか、キスをすることで身体の免疫力が高まるとか色々言われている。
ユーフェミアとのキスは老後の健康の為にもいっぱい行わなければならないだろう。
彼女も愛する夫の健康の為にと精一杯の熱いベーゼを送る。

「わたくしもシゲタロウに口付けて頂けますと、とても元気になります」

そしてやはり彼女にとっても嶋田との熱い口付けは元気の源となる。

“んっ”

互いに必要な相手を求めてもう一度軽く口付ける。二度目の口付けは触れ合わせて直ぐ終わりの味気ないものではあったが、つい今し方たっぷりと堪能したばかりなので物足りないということはなさそうだった。


再度の口付けを終え離れた二人。
嶋田は縁側に腰掛け、ユーフェミアは嶋田の膝を枕に仰向けといった日向ぼっこの最初へと逆戻り。
二人が見上げる先には雲一つ浮かんでいない快晴の空が広がっていた。

「もう七月も終わりか」

広い青空の下呟くのは七の月の終わりについて。

「七夕から今日まで本当に短かった」
「そうですわね。シゲタロウと二人で過ごす時間は楽しすぎてあっという間に過ぎ去ってしまいますから」

とかく楽しい時間というのは流れ早く過ぎ行くもの。
本来時の流れは常に一定であり早いも遅いもなく、早く感じるというのは所詮ただの錯覚。
だが、楽しい時は楽しいからこそ時間の経過を気にしない。
気にしないからこそ時の支配より一時的に解放され、それが時間感覚の麻痺を誘う。
故に気が付けばその日はもう夕暮れというのが今まで幾らでもあった。
夜も同じだ。時を忘れて愛し合う切なく心地良い時間は直ぐに終わる。
どんなに永遠を願ったところで眠りに落ちるか、朝を迎えてしまうのだ。

出逢ってより約一年。想いを通じ合わせてより約半年。今日までの時の流れが本当に早い。
まだまだ長い人生には沢山の時があるにも拘わらずこの一秒一秒が実に惜しい。
嶋田もユーフェミアも幾度となく考えた。このまま永遠に時が止まってしまえばいいと……。


「ふふ、そういえば七夕のときはわたくしが膝枕をする側でしたね」
「確かに七夕の時とは立場が逆だな」

七夕のときは自分が彼女の膝を枕にして寝ていたが、今日は彼女が自分の膝を枕に寝ている。
完全に立場が入れ替わっていた。

「あの時のシゲタロウの寝顔はとてもかわいいものでしたよ?」
「やめてくれ。男が寝顔かわいいとか言われてもちっとも嬉しくない」
「うふふ。でも本当にかわいい寝顔でしたもの。嘘はつけませんわ」

にっこり微笑むその笑顔は変わらず嶋田へと向けられている。

「叔父様……お誕生日の前には時間が取れるそうですね」

彼女の叔父とは嶋田の友人の一人であるV.V.のことだ。

「来週漸くな」

コーネリア皇女への挨拶後、俄に騒がしくなってきた世界情勢に合わせて嶋田属する夢幻会の動きや、
日ブの皇族貴族(華族)・政財界の動きが慌ただしくなり彼女の親族への挨拶がまだ碌に進んでいなかったのだ。
最も重要なリ家への挨拶もコーネリアと彼女の家臣達に留まっており、彼女達の母への挨拶にも伺えていないのが現状。
いやそれ以上に大切な相手である彼女の父、現ブリタニア皇帝シャルルへの挨拶がまだ残っている。
彼への挨拶についてはそれこそリ家よりも前に行うべきであったのだが『時間が取れない』と先延ばしにされている。
尤も、シャルルだけは別の事情で嶋田に会おうとしない様子が見受けられていたが、これは嶋田自身肌身に感じていた。

「V.V.さんも此処最近忙しかったようでまったく予定が空いてなかったらしいから仕方がないさ」
「ふふっ、予定が空いていないのはシゲタロウもでしょう?」
「まあ、な。だがそれを言うなら公務で忙しいユフィもだ。
 シャルルさんの予定も中々空かない、君のお母様の予定も空かない、俺自身の予定も空かないでまったく身動きが取れなくなっていたからな」

嶋田は夢幻会最高意思決定機関【会合】の一員。
ユーフェミアはブリタニア帝国第三皇女にして駐日大使補佐官。
嚮主代行に権限の委譲を行っている半隠居状態とは言えV.V.もブリタニアの特務機関【ギアス嚮団】の嚮主。
シャルルは現ブリタニア帝国皇帝。
ユフィの母はブリタニア皇妃にして有力皇家であるリ家の現当主。

休日の日が合えば、または予定の摺り合わせが出来れば良いのだが、皆が皆国家の重要人物ばかりでそうそう自由の利く身ではない。


もう自分達の関係――二人の間で結婚の約束までしてしまった関係については先方、ブリタニア皇家全体に伝わっているのは確かだ。
これはコーネリア皇女より伝えられている筈なのだから間違いない。

ほぼ同時期に日本政府筋は元より国家に拘わる特別事項として皇家や夢幻会も動いてブリタニア政府関係者、ブリタニア皇家と連絡を密に取り合っていた。
つまり現時点で日、ブ、ユーロ・ブリタニアの中枢と上層部には『嶋田繁太郎とユーフェミア・リ・ブリタニアが特別な関係を築いていること』が知れ渡っているのだ。
にも拘わらず何も進まないどころか関係各所が沈黙して静かなのはまだお膳立てが整えられていない故である。

話が進められない以上は情報を開示する訳にも行かず、当然のこと箝口令も敷かれていた。
もし情報が漏れでもすれば日ブ勢力圏、東南アジア・南ブリタニア・シーランド・クウェートという広範な地域全体で大騒ぎとなることは想像に難くない。
いや、そんな生やさしい物では無いか。二大超大国の元宰相と序列最上位に近い姫君が婚約したともなれば世界中の国でトップニュースとして流され、
こんなのんびりと日向ぼっこなどしていられなくなるだろう。
故に情報の解禁はブリタニア皇家への一通りの挨拶が終わってからとなるが、それが焦臭い世界情勢の所為で遅延している―――と、いうのが一応の建前。


実の処、話が進まない最大の理由はたった一人の人物に原因がある。

二人を含む関係者全員が超大国とその勢力圏を率いる立場に在る為、時間の調整が取りにくいというのは事実だ。
しかしまったく取れないわけでもなく、幾度となく挨拶へ赴くチャンスはあった。
だがまずリ家と並ぶ、いやそれ以上に重要な相手への挨拶を終わらせなければ他の皇家への挨拶にも行けないのだ。
その重要な相手が『わしは忙しいのだッ!』と豪語して空いていた日まで強引なスケジュールを組み、この半年休み無しで働いている為会えないで居る。

はっきり言おう。その相手とは他でもない現ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアその人である。
彼の行動だけはどう好意的に見ても挨拶に伺いたいという嶋田から逃げ回っているとしか思えない程に空きがなかった。
原因は分かっている。『嶋田と会えば娘を盗られる』からだ。

『慌ただしい世界情勢と……その、大変申し上げにくく、身内として恥ずかしいことこの上ない限りですが、嶋田卿も察している通り父上がアレなため、
 とりあえずの処はジ家、ウ家、エル家、リ家、ド家、ラ家、ヴィ家、メル家、ネ家、ルィ家、
 その他ブリタニア全皇家の当主と、次期皇帝である我が兄オデュッセウス、宰相シュナイゼル、
 有力諸侯当主に対し、事実関係のみをお伝えさせて頂くことになりますが宜しいか?』

こうなる事態も見越してコーネリアの好意に甘えさせて貰ったが、結果としてこれは良い方向に進んだと言えるだろう。

ユーフェミアの見初めた相手が『嶋田繁太郎』と聞いて反発する者が皆無であったのだ。

嶋田自身はあまり深く考えていなかった物の、実はここで『大日本帝国元総理大臣』『伯爵位』といった肩書きが生きていたのである。
それもその筈。幾ら心より好き合っているからといっても何処の馬の骨とも知れない身分不肖の相手であったり、
身分ははっきりしていても民間人や位の低い下級貴族を、『神聖ブリタニア帝国第三皇女』の伴侶として迎えることなど許される筈もないのだから。

しかし日本を世界第二位の超大国へと押し上げ、日ブの関係をより強固なものとし連合国家に近いくらいにまで持って行った大宰相が相手ならば誰も文句は言わない。
反対に『よくやった!』とユーフェミアを賞賛する声で溢れかえったほど支持されているという話で、これ以上はない結婚相手と言えるのではないだろうか。

年齢差に付いても皇族貴族間ではさほど珍しいことでもないようで、次期ブリタニア皇帝が内定しているオデュッセウスなどは年齢云々の話を聞いて笑い飛ばしていた。

『嶋田卿とユフィの年齢云々はそれほど重要でもないね。そこを言及するのならば父上などどうなるんだい?』

シャルル皇帝は20も30も年下の妃を幾人と娶っている。
年齢差で反対を唱える者あらば公然とした『皇帝批判』となり、投獄されるか身分剥奪の憂き目にあってしまうこと確実である。

つまり、身分・出自・経歴・人柄・年齢に加え、ユーフェミアを大切に想う気持ち。
総てにおいて嶋田繁太郎はブリタニア第三皇女の伴侶として問題無いと認められていたのだ。
これはオデュッセウスやコーネリアの個人的な賛成という話ではなく、ブリタニア全皇家と有力諸侯達の総意。
二人の間柄はあくまでも当主級の人間にのみ伝えられた機密事項である為、未だ日本に留学中であるヴィ家のルルーシュ皇子、ナナリー皇女始め、
ブリタニアの大半の皇子皇女でさえ知り得ていない話であったが、概ね賛意を得られるであろうというのがコーネリアの見方であった。



(となれば結局は当初の予想通り、シャルルさんか……)

これは元より予想していた。
子ども達を溺愛……偏愛するシャルルが反対姿勢ならぬ『逃亡姿勢』に入り話を聞こうとしなくなる可能性について。
コーネリアの話では――。

『御自身が人となりを知る心友の嶋田卿……シゲタロウだからこそ父は悩み最終的に逃げの姿勢に転じたが、父も決して反対ではないと思われる。
 反対ならばギネヴィア姉上の縁談を破談に持ち込んだ時のように、はっきり反対の意思を示されるはずなのだからな』

とのことだが、逃げてくれた所為で話が進まなくなってしまった。
本当ならば今頃、全皇家への挨拶回りの真っ最中か、挨拶を終わらせていた筈なのだ。
嶋田とて前世では子を持つ親であった経験から、会えば娘を盗られるという彼の気持ちも分からないではない。
それにこちらとて怖いのだ。シャルルと築き上げてきた友情がこれを切欠として壊れてしまわないかと。
彼にとってシャルルは大切な存在である。飲み友達といった軽い物でも、上っ面の友達という『友達』ですらない関係でもなく、『親友』。

(シャルルさんは前世での山本と同じ様に、この世界での友達だからな……)

シャルル流に直すなら心の友と書いて心友という、掛け替えのない友人であった。




嶋田繁太郎とシャルル・ジ・ブリタニアの付き合いは長く、その関係は実に半世紀にも及ぶ。
まだ父、嶋田命周が存命であった頃、当時外交官であった父のお供として訪れたブリタニアはジ家の離宮。
そこで出逢ったのはオドオドとした気弱な年上の少年と、気の強いその少年の兄。

気が弱くていつも周りの目を気にしてばかりいた少年には友達が居ないという。
はっきり物を言わない。年上なのに上目遣いでこちらの機嫌ばかり窺い自分の意見を出さない。
聞けば次期帝位を巡る親族間の駆け引きや、周囲の者の嘘・裏切りを何度も目にした事もあって若干人間不信にも陥っているらしく、
両親と兄以外に心を開かないのだ。皇家や貴族の友達だった者も、結局はジ家の名前のみを見ているため信用できないと殻に閉じこもっていた。

その一方で気の強い兄は嶋田伯爵家――嶋田命周とジ家の付き合いから父の人となりを良く知っていたので、信用できる人として命周の事を覚えていた。
命周の息子である自分にも積極的に話し掛けてきて、幾度もの交流を経『友達』となれたのだが、殻に閉じこもった弟だけは中々上手くいかない。
父より『遊び相手』として紹介されたというのに、これでは何の為の遊び相手なのか分からなかった。兄皇子と仲良くなれただけでも僥倖であったが、
引っ込み思案な弟皇子をどうにか出来ないかという意図が汲み取れるだけに何とも歯痒い気持ちであった。

そんな引っ込み思案な弟皇子相手に、自分から積極的に友達になろうという性に合わないことをしたのは、
遊び相手という与えられた使命だけではなく、きっと当時の自分にも腹を割って話せる相手が居なかったからだろう。
幼少期より前世の記憶を持っていた所為で同年代の子ども達と話が合わないのだ。
気弱なジ家の弟皇子の様に孤立していた訳では無かった物の、その気弱な彼が感じているのと同じもの。ある種の疎外感のようなものは感じていたと思う。
今思えば、そんなとき巡り会った本当に孤立している弟皇子に自分を重ねていたのかも知れない。

ブリタニアとの関係を立て直し、戦前のような友好関係をもう一度構築し直すという父の仕事の都合でジ家を訪れる機会は度々あった。
彼はその都度ジ家の兄と弟。双子の兄弟皇子と交流を図り、兄と共に弟を引っ張り回しては友達になろうと試みる。
日本から来た年下の子どもと兄に連れ回された彼は当初迷惑に感じていたことだろう。
放っておいてと何度も言われた。『どうせ君もボクを裏切ったり嘘を吐いたりするんだろ?』そんな心無い言葉を投げ付けられたりもした。
イライラする。どこまで内向的で偏屈な子どもなんだ。もうこんなやつ放置しておけばいい。何度そう考えたことか。
それでも此処で見捨てたら本当に嘘吐きや裏切り者になるように思えて諦めずに遊んだ。


ある時、あまりに卑屈なことばかり言う弟皇子と本気の掴み合いをした事があった。

喧嘩など一体何時振りか? 
それになぜ自分は手を出す喧嘩をするのだろうか? 
精神は100歳を超えた大人であるというのに……。

当時疑問に思っていたその答え。今ならば分かる。きっと精神を肉体に引っ張られていたのだ。
心は大人でも身体はまだ6歳の幼児。理屈や対話ではなく身体で物を語ったりする事もあるだろう。
弟皇子は当時9歳だったが、体力も腕力もなくひ弱。
お陰で3歳差という年齢差が本来持つであろう体格の差と力の差が埋まり、互角の喧嘩を繰り広げられた。

(こんな引き籠もりには負けないっ!)
(くそ生意気な年下に負けて堪るかっ!)

意地のぶつかり合い。
くだらないガキの喧嘩。

子どもとはそういう事を平気でしてしまう本能的な生き物。

久しく忘れていたその感覚に身を任せた嶋田は弟皇子の顔を叩き、逆に弟皇子に顔を叩かれ。
擦り傷を創り砂に塗れて転がり合いながら喧嘩をしていた。

その直後に止めに入ってきた兄皇子とも喧嘩になって三人での掴み合いが始まったが、不思議とそのときは弟皇子と二人で共闘していた。
兄皇子は弟皇子よりも強く一人では勝てない。ならば一緒に戦うしかないと共通の敵と見据えて向かっていったのだ。

最後は青タンと擦り傷だらけになってジ家の中庭に三人揃って寝転がったまま笑っていた記憶がある。


『さあこれでもうボクら三人はずっと友達だよ。日本ではあるんだよね? 河原で喧嘩したライバル達が心友になるお話し』
『お兄さんはどこで知ったのですかそんなの』
『君の御父上が持参した本にあったよ。本当の友達の作り方って』
『なんですかそのインチキ臭い題名は……』

『ねえ兄さん……喧嘩したら……友達なの?』
『そうさ。シゲタロウと喧嘩をしたシャルルはもうシゲタロウと友達さ』

兄皇子が披露した話は前世・前々世から知る日本のレトロチックな物語の内容そのままであったが、
それをどう解釈したのか弟皇子は初めて友達になって欲しいと手を差し伸べてきた。
こちらが散々友達になろうとしても嫌がっていたオドオドした少年が差し出してきたその手を、嶋田は静かに握り返す。

『こちらこそ宜しく。シャルル殿下……シャルル君』

晴れて弟皇子と友達になったところで兄皇子が手を前に出し宣誓。

『ボクはシャルルとシゲタロウを信じる。君たちを信じるボクを信じる』

さあ君たちも。
傷だらけで微笑みながら急かす兄皇子に自分も手を出し宣誓。

『私は……ボクはシャルル君とお兄さんを信じる。二人を信じるボクを信じる』

そして最後に弟皇子が誓う。

『ボクは、ボクは兄さんとシゲタロウを信じる。兄さんとシゲタロウを信じられるボクを信じる』

締めに再び兄が言った。

『ボクらはこの先何があろうとお互いを信じる。ボクらはボクらに嘘を吐かない』

最後に三人で復唱。

“ボクらはボクらに嘘を吐かない”

重ね合わされた三つの手、この時より始まった友情は今尚綻びることなく続いている。


後に知った話だが、それはブリタニアの新大陸開祖リカルドが遺した最後の演説をアレンジしたもので、
ブリタニアの皇族が真に信用できる相手とだけ取り交わす誓いの儀式であるらしかった。



(ボクらはボクらに嘘を吐かない……友情という名の永久の盟約か)

子どもの頃を思い出していた嶋田は、そう言った人物の顔を思い浮かべる。
踵まで伸びた髪の毛以外、あの幼い頃と何ら変わらぬ背格好をした永遠の少年の姿を。

「思えば彼は幼少期の俺とシャルルさんにとってはリーダーみたいな人だったな」

そのリーダーの提案でもある。シャルルのことは一先ず置いておき、動ける範囲で挨拶回りを先行させてみてはどうかというのは。
シャルルの実兄であり、皇籍奉還した今尚ブリタニアの政財界に多大な影響力を持つ彼の提案に否と唱える者など居ない。

『どうせシャルルにも伝わっているんだ。それで何の反応もしない処か君から逃げ回ってる。誓いの日から逃げる事を止めたシャルルが逃げてるってことは
 本心では認めているってことだよ君とユーフェミアの仲をね。認めていながらユーフェミア……ううん、子ども達を側に置いておきたいっていう抑えきれない
 独占欲からあんな無意味な抵抗をしているだけさ。だから今はシャルルをそっとしておいてあげて。あの子ももう大人なんだし、自分の中の気持ちに決着を付けられる筈だからさ。
 その間シゲタロウは時間の合間を見て順に皇家への挨拶回りを済ませてしまえばいいと思うよ。まあ飽くまでもシャルルを第一にっていうならそれでもいいけど
 このままじゃ何にも進まないから手始めにボクの処へでも来てみたらどうかな。八月の頭から四日の誕生日までは家で暇してるから君の休みと合えば丁度いいと思うし。
 といってもボクは皇族じゃなくて唯の民間人だから、挨拶するのはボクっていうよりルルーシュとナナリーとまりヴィ家の皇子と皇女へっていうのが正しいんだけどね』

その提案に乗る形で八月の頭、つまり来週ユーフェミアの叔父であるV.V.の家へ伺うのだ。

「シゲタロウ?」
「ん? ああ悪い。少し考え事をしていてね」
「ふふっ、おかしなシゲタロウ」

不意に黙り込んでしまったので何事かと不安になったという彼女の頭を撫でながらなんでもないよと安心させた嶋田へ向けられたのは眩しい笑顔。
夏の花向日葵にも負けない微笑みに自身もまた微笑み返しをした晴天の下で送る静かなとき。

「今日シゲタロウがお誓いになられた言葉。わたくしの胸に刻まれましたので必ず守って下さいね」

ブリタニア皇家との話し合いで正式に入り婿となり、リ家入りが決まったらの話だがと前置きを付けた嶋田は溜息をつきながら言う。

「過労死したらユフィの所為だぞ」

夢の年金生活がまた仕事生活に逆戻りであると。

「ご安心下さい。シゲタロウがわたくしに働きすぎないよう御注意くださったのと同じく、わたくしも無茶は申しませんもの。
 それに未亡人なんて嫌ですわ。わたくしはシゲタロウと添い遂げるつもりですもの」
「俺もユフィを残して死ぬのは御免だよ。老後ののんびりした年金生活だって楽しみたい。
 子供や孫の成長に曾孫の顔だって見たいからな。ここは一つ、本気で日本人の限界150歳を目指してみるか」
「いいえ駄目ですっ! あと140年。わたくしを看取ってからヴァルハラへとお越し下さいまし」
「いやそれは無理だ。幾ら何でも200歳は生きられ――」

ユーフェミアの無理な注文にふと夫婦揃ってコード保持者となれば永遠に添い遂げるなんてのが出来るなと思う嶋田。

(永遠の命なんて欲しいとも思わないが、ユフィと二人でなら悪くはないか……)


七の月の終わり。
それはただ穏やかな空気に包まれた二人だけの世界がもたらす、甘く涼しく静かな一日であった。

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最終更新:2015年07月16日 18:32