おまけ1
終わる事なき永遠さえも二人でならば生きて行ける
その日の夕刻。
「ユフィ。もし今のまま永遠に生きられるとしたら君はどうする?」
永遠の命。
人類の究極の命題の一つはこの世界では不可能ではない。
コード保持者となれば可能であり、確認されているだけでも三つのコードが存在している。
未確認の物まで含めれば幾つのコードが存在しているか分からないが、これを生み出す技術が遥か太古の文明にはあった。
何らかの形で手に入れば彼とユーフェミアは揃って永遠に生きる事が可能となる。
それ以前に技術解析を続けてコードを生み出す技術が復活すればいつの日か人類は寿命を克服してしまえるかも知れないのだ。
「嘘か本当か、叔父様がそうだとお聞きしたことはありますが、わたくしは特に欲しいとも思いません」
だが、死の次があると知っている嶋田もユーフェミアも死んでしまった後を思い恐怖することはないので、永遠の命が欲しいか欲しくないかで言えば、決して欲しいとも思わないのが常であった。
「それに家族や友人、知っている方々を看取り、誰も知る者のいない世界でただ一人だけで生き続けるのは、生き地獄ですわ……」
子供が死に、孫が死に、友達が死に、たった一人で年老いもせず行き続けていられるほど人間の精神は強くない。
嶋田自身も以前V.V.より聞かされたことがある。
歴代のコード保持者の大半はただ死にたいが為にコードを次代へと継承させたと。
人は一人では生きられないという言葉がある。
集団で生活する習性を持った生物である人は、徹底的な孤独に耐えて生きていけるほどに精神が強くない。
コード保持者が死を望むのは、永遠という名の牢獄に耐えられなくなったが故の、人として在るべき当然の思いであった。
ならば、親しい者と共生きる永遠はどうか? というのがふと抱いた疑問。
そこで真っ先に思い浮かぶのは愛する人だ。
「じゃあ仮に俺と二人で永遠を生きるとなればユフィはどうする?」
「シゲタロウと二人……」
最も身近にいる、居て欲しいと考える人物と共に送る永遠地獄ならば耐えられてしまうのではないか?
しかし彼女はそうと言い切ることなく曖昧に答える。
「分かりません……」
至極標準的な回答である。人は想像できないことは答えられない。
決して身近とは言えない技術であるコード――不老不死の技術は、実際に体験している者にしか分からないのだ。
V.V.は両親や一部の兄妹を除いてまだ身近な人が大勢生きている為に実感できないらしいが、いずれ来るその時の覚悟はしているという話であった。
両親や叔父、兄妹を失ったときの喪失感以上の物が遠い将来に押し寄せるだろうと。
それでも日ブの行く末を見守るために死という安易な逃げ道を選んだリはしないと誓いを立てていた。
では自分は? ユフィはどうなのか?
長生きを考えた時に思い当たった永遠という疑問を二人で考えてみようと思ったのだ。
そしてユーフェミアの出した答えは「かも知れない」という曖昧な物。
「分かりませんが、シゲタロウが傍に居て下さるのでしたらわたくしは生きていく事が出来るかも知れません」
予想は出来ていた。経験しなければ分からない事象に対する質問であるのだから明確なる答えなど存在しない。それは質問者の嶋田も同じくだ。
二人は転生という現象。つまり擬似的な永遠が在ることを知ってはいるが、一から始めて百で終わる転生に対して不老不死は一から始まり∞となる現象。一が無くなってしまう現象だ。
嶋田は現在進行形の転生体験者である為に転生については語れるし怖いとも思わない。
誰に転生するかの恐怖こそ在っても、二度も経験すれば事象その物への恐怖は薄れる。
その実体験を身近で聞かされたユーフェミアも体験者から聞かされることで転生という擬似的永遠については若干ながら恐怖感が薄れていた。
しかし今が永遠に続いていく不老不死は根本的に違う物で、本当に未知の領域だと言えよう。
だからこそ曖昧で漠然とした『予想』でしか物を言えない未知への恐怖が渦巻いている。
ただ、そんな中にあっても「この人となら」というのはあった。
それが嶋田にとってのユーフェミアであり、ユーフェミアにとっての嶋田であるということだ。
「決して不老不死の身になりたいとは思いませんが、もしなるのでしたらシゲタロウと共にでなければきっとわたくしの心は――」
「俺もだ。俺もユフィと一緒なら永遠に生きて行けそうな気もするが、ユフィが居ないと心が持たないだろうな」
奇しくも同じ見解を同時に口にした二人は互いを見遣り微笑む。
「シゲタロウ。もしもわたくしが永遠の牢獄に囚われてしまったとき、あなたは傍に居てくれますか?」
「Yes, Your Highness.ユフィ。もしも俺が永遠の命なんてものを得てしまったときは、共に生きてくれるか?」
「Yes, Your Highness.………うふふ」
得てもいない永遠を語り、永遠に一緒に寄り添い歩み行く事を誓う。
「おかしな話だ」
「本当に。でも、もしもの時はわたくしと共に永遠に有り続けてくださいね」
「勿論だとも、ユフィ一人に孤独な生を送らせるなんてことを、この俺がさせると思うか?」
「いいえ、思いません。だって、シゲタロウはわたくしと生きる事を誓ってくださったもの」
笑顔で思うところを口にしたユーフェミア。
その通りなのだろう。永遠に生きていける相手とこうして一緒に居られる事は、二人の間だけという小さな話ながらも、二人にとっては大きな事なのだ。
この人とならば。そんな人と居られるのならきっと孤独などという物は気にならなくなる。
「逆に俺達二人以外、人類全てが永遠なら寂しさ孤独も苦痛も消えるかも知れないが、皆が皆そうなったら今度は歩みの止まったつまらない世界になるかもな」
ふと妙な質問から醸成されてしまった暗い空気は、されど二人の深い想いを再確認させる一つのスパイスでしかないようだった。
おまけ2
耳は誰しも高感度
永遠の話の落としどころ、二人で一緒ならば千年でも万年でも、いやさ億年でさえも生きていけるだろうという解に、彼の膝を枕にして仰向けとなったユーフェミアがにこやかに微笑む。
嶋田は解を得た話をそこで終わらせると、ユーフェミアの頬に添えた手を耳の後ろで纏まる彼女のお団子髪に差し入れてそっと解いてみた。
しゅる……はらり。
耳の後ろで纏まっていた右側のお団子が解けてさらりと流れ落ちる。
「勝手に解かないでください……」
「まあそう言うな」
続き左側のお団子にも手を差し入れて、解いた。
「以外と簡単に解ける物だな」
差し入れた手に絡まるのは解けたお団子。いや、元お団子だった側頭部の髪か。
勝手に解かれてしまったお団子だった髪を絡める彼の手に視線だけを向け、また結い直すのに掛かる手間を思い不満な声を上げるユーフェミア。
「解くのは簡単でも結うのは手間取るんですから」
「後でお団子に結うの手伝ってやるから怒るないでくれ」
「もうっ、」
解けた髪を撫でながら指の間に入る絹糸の如き触感を楽しみつつ、彼女の額に口付けを一つ。
「……、額に口付けてくださるくらいなら、唇へくださいません?」
「さっき散々口付けあったろう」
甘い香りを漂わせる桃色の前髪に鼻を擽られながら嶋田が静かに落としてあげた額への口付けはどうもお気に召さない様子で、彼女は唇を尖らせている。
尖らせつつも、送られた物への返礼のために接近した嶋田の額へ、彼がしてくれたのと変わらない静かな口付けを送った。
「ん……」
解かれた部位の髪を弄ぶ彼の手に耳を擽られて小さな声を上げながら、ユーフェミアは付けた額より唇を離す。
「ちょっとこそばゆいな」
湿った唇の形がよくわかる額へのキスは少しこそばゆかった。
尤も、彼女はもう一つ上のこそばゆさを感じていたようで。
「耳を触られるわたくしの方こそ、こそばゆいですわ」
「いや、耳じゃなく髪を触ってるんだが……。ああでも、手が耳に当たるか」
「当たってます、当たってとてもくすぐったいんですから」
今度はユーフェミアの側から彼の耳の後ろへと手を当てて、側頭部を撫でゆく。
嶋田の髪に触れる白魚の指は、成るほど、彼女の言うとおり耳へも接触して感度へと直接的な響きを与えてくる。
「う、これは……こそばゆいな」
腋を擽られて笑い転げるときに煮た感触に、嶋田の腹筋が少し反応しかけた。
「や、やめてくれユフィっ、本当にこれは……こ、こばゆくて、」
そんな彼の様子に彼女の手は益々大胆に耳を擽るべく動きへと変わる。
「だったらシゲタロウもおやめください、でないとわたくしもこの手を緩めませんから」
「わ、わかった、わかったからもうやめっ、」
「うふふふ」
黒髪の老紳士と、桃色髪の麗しい少女。
いつの間にやら暑さを忘れていた二人は、夏の太陽が掛かるか掛からないかの縁側にて、いつまでも仲睦まじくじゃれ合っていた
最終更新:2015年07月16日 18:31