提督たちの憂鬱キャラがギアス並行世界に転生
嶋田さん独身
嶋田さんロマンス







楽隠居?と円卓の少女 第9話




「来た」

祖国ブリタニアの力や大きさを物語るかの如き重厚な執務室の扉が開かれると同時に飛び出したのは、とても短い一語。
来た――それだけで何を言っているのか分かるのは、彼女との付き合いがそれなりに長いという証明なのだろう。

「おはようございますアーニャ」

アーニャ・アールストレイム。
並み居る神聖ブリタニア帝国軍の騎士たちの頂点に立つ12の剣。
ナイトオブラウンズ第6席の称号を持つピンク色のマントを纏った小柄な少女は、此方の挨拶に対し再び短い返答を返してきた。

「おはよう」

抑揚のない棒読みな挨拶。
聞き取り方によっては酷く無愛想で素っ気ない対応ながら、よくよく観察してみると、その表情と声色に隠された小さな違いに気付く。
一見無口無表情に見えて彼女はとても表情豊かであり喜怒哀楽がはっきりしている。
それを読み取れるようにまでには時間が掛かるけれど、一度理解すると彼女ほど話しやすい人もいないのではないか?
自身が大人であるのに対して彼女はまだ少女と呼べる年齢であったが、よく悩みを打ち明けたり相談に乗って貰ったりと度々世話になっている。
であるが故に自然と好意的に解釈してしまうだけなのかも知れなかったが、しかしいざ何かをお願いするときには自身の親衛隊と同様信頼が置ける相手なのは間違いない。
私の一方通行な片思いや勘違いでないのなら、お互いに背を預け合えるくらいの関係は築いてきたつもりだとの思いもある。

だからこそ、今日こうして彼女にお願いごとを聞いて貰ったのだが、それは彼女に与えられた任務にも影響を及ぼすと同義であり
本来ならば越権行為に該当している為にどうしようかと随分悩んだ。
けれど、自身の代役を務められるのは同格の地位にある彼女をおいて他にはおらず、結局は予定の調整をして貰うことになってしまった。

「急にお呼び立てして申し訳ありません。貴女には私とは違い駐日武官以外にも別の任務があるというのに私の私情で」
「いい」

皇帝陛下よりの勅命として彼女に与えられていた任務は二つ。一つは自身と同じ駐日ブリタニア大使館付き駐在官。
そしてもう一つは此処日本に留学中の第11皇子ルルーシュ殿下とその妹様ナナリー殿下の警護任務。
此方については勅命ではある物の陛下御自身の私情も入っている為にある程度自由が利く。
元々ヴィ家の方々の警護任務はお二方の渡日に併せて日本へ渡り来た同家の親衛隊が担う物であり、
陛下の騎士であるラウンズが就かなくとも十二分以上の警護体勢が構築されている。
しかし御令息、御息女を大切になされている陛下は、更に自らの騎士を一人日本へと派遣されたのだ。
勿論私情をお入れになられた事柄である上に、両殿下にはヴィ家の親衛隊が警護に就かれている関係上
専任として宛がいになるわけにも行かず、私一人で任務は全う出来るとご承知の上でアーニャを第二の駐在官として任命なされたのだが。

今日私はその警護任務に穴を開けてしまった。勿論ルルーシュ殿下とナナリー殿下。
ヴィ家親衛隊隊長とも言うべきルルーシュ殿下の騎士ジェレミア・ゴットバルト卿の御三方には事前確認で了承を頂いていたけれど、
アーニャの任務の重要性を考えると私情を持ち出してしまったことに罪悪感が沸いてくる。

「大丈夫。ルル殿下とナナ殿下にはジェレミア、キューエル、ヴィレッタ、咲世子に私の親衛隊も付いているから」

ヴィ家とナイトオブシックス。二つの親衛隊を丸ごと警護に就かせているから布陣は完璧であると言い此方へと差し出してきた拳に親指を立てるアーニャ。

「それにモニカには大切な挨拶がある」
「……」

此方の手を引き椅子から立ち上がらせたアーニャは入れ替わりで私の椅子に腰を下ろした。

「完全な私用なのですけれど…」
「私用でも大切なものは大切」

椅子に座ったアーニャはいつもよく触っている自身の携帯を此方へと向けてきた。

「あの人が好き?」
「っ…!」

彼女は私が秘めた心の内と、それが故に行ってしまったことの本質を知る数少ない人間だ。
自身の親衛隊と彼女にだけは打ち明けているそれは、シャルル陛下に選ばれ陛下にのみ忠誠を誓うべき騎士である私が、
陛下以外にもう一人忠誠を誓った相手が居るという、ラウンズとして本来有ってはならないこと。

“カシャ”

室内に鳴り響く機械的な音。
それは此方へと向けられた彼女の携帯が発するカメラのシャッター音。

「い、いきなり人の顔を撮らないでくださいっ」
「でもモニカとてもいい顔。あの人を守る騎士の顔」

撮ったばかりの写真を私に見せてくる。
写っているのはアーニャの不意な一言に頬を赤くしている自分の顔。

「好き?」
「……」

こくり――追求ではない質問に私は頷かざるを得ない。あの人を想う気持ちに嘘をつくことは出来ないから。

「陛下に仕えるのはナイトオブトゥエルブ。あの人に仕えるのはただのモニカ。……二心じゃない」
「アーニャ…」

一人で抱えていられなかった悩み。
騎士として矛盾する二人の主君に捧げた忠誠。
信頼の置ける人達は皆同じ言葉で励ましてくれる。
私という個を形成する人間に二心はないと。

「行って」

滅多に見せない微笑みはやはり付き合いが長くないと分かりにくい微かなもの。

「……ありがとうございます……アーニャ」

気心の知れた友人が浮かべる小さな笑みに見送られながら、私は一人執務室を後にした。



執務室の扉を閉め、広い廊下に敷かれた赤い絨毯を踏みしめながら大使館の外へ出る。
目に付いたのは、暑い夏の空気を更に高める日の光が降り注ぐ正面玄関に停車していた一台の車。
自身の専属運転手付きの車。これから向かう場所への水先案内人。

「お待ちしておりましたモニカ様」

いつもの運転手は今年度より自身の親衛隊への配属と成ったばかりの騎士候だが今日は違う。
今日この日は、アーニャと並び全幅の信頼が置ける私自身の従者。
クルシェフスキー家に仕える家臣であり伯爵位を持つ壮齢の騎士。
私の副官である彼が運転手を務めることになっていた。

「私情にお付き合いをさせてしまい本当に申し訳ありません」

自身も免許くらい持っているから当初は一人で車を運転して目的地へと向かえばいいと考えていた。
しかし私の立場がそれを許さない。

「何を仰います。主君であるモニカ様が大切なご挨拶へと向かわれる今日この日に付き従うことができるのは臣下の誉れにございますよ」

心からの言葉らしい彼の好意に甘えざるを得ないのがなんとも言えずもどかしい。
日本での自由な生活を満喫していると、時々クルシェフスキー侯爵家息女という身分が邪魔に感じるときさえある。
何処へ出掛けるのも誰かに迷惑を掛けなければならないのはそれだけで億劫だ。
けれどこの人も。そして私の直属である親衛隊の方々も皆それが仕事。
私という主君に仕える人間は、特別な任を与えられていないときは常に私に付き従い行動しなければならない。

「私情で臣下に迷惑を掛ける主君は私の嫌いな腐敗貴族と変わらないようにも思えるのですが……」
「それはモニカ様がお気になさることでは御座いません。それにモニカ様ほどの御方が腐敗貴族ならばブリタニアの内政はガタガタになり、疾の昔に国が崩壊しておりますよ」
「ん…、」

自虐的な物言いを軽いジョークで返してきた彼は、後部座席を開いて乗車を促す。

「本当は自身で運転するつもりだったのですよ?」

迷惑をかけることになるから。

「私共へのお心遣い真に痛み入ります。ですが、その様な事をモニカ様にさせるわけには参りません。私情であるからと勝手なことをなされては返って迷惑というものです」

けれど私が運転をすることの方が彼等にとっては余計に迷惑。

「御身が我らの仕える主君であることを努々お忘れ無きように願います」

私がそういう立場に在るということは今更指摘されるまでもなきこと。
誰よりも自身が理解している。ラウンズとして、ロイヤルガード指揮官として、そしてクルシェフスキーとして当たり前のこと。それこそが私の普通。

「………わかっております」

それでもやはり私情にまで付き合わせるのはと考えてしまうものだ。

マントの裾を引っ掛けないよう乗り込むと、間もなく静かなモーター音と共に車が動き出す。
見送りに出て来た兵や職員に会釈をした私は目的地を告げた。





時計の針が午後一時を刻んだ頃に到着したのはとある墓地。
多くの大日本帝国陸海軍将兵達が眠るそこに私の目的地はあった。

周囲の墓標の中でも一際広い土地。
左右に建てられた大きな石灯籠。
石柵で囲まれたその中心に、自身が挨拶をすべき人物が一人静かに立っていた。



【元帥海軍大将従一位大勲位功一級伯爵嶋田――】



偉大なる太平洋戦争の英雄。
大日本帝国を守り抜いた歴史に名を残す大提督。
彼は此処で静かに眠っている。

「お久しゅう御座います嶋田閣下。神聖ブリタニア帝国ナイトオブトゥエルブ、クルシェフスキー家が息女モニカに御座います」

一年振りとなる大提督との再会。
跪き見上げる先に立つは、あの人のお祖父さま。

これで三度目の顔見せとなる。
初めて此処を訪れたのは駐日武官として来日した年の翌年。
心の奥底に宿してしまったあの人への想いに気付いた年だ。
以来去年そして今年と、お盆に入る前には必ず訪れている。
本当はお盆の期間中に訪れたいのだけれど、もしもあの人と出会してしまったらなんと言えばいいのか分からない故に毎年態と日をずらしていた。
嶋田家の人間ではない処か、縁もゆかりもない赤の他人がお祖父さまへの墓参りをしている。これを知られて何故かと聞かれても答えられないから。

尤も、赤の他人である私に参られた嶋田提督の方こそお困りなのかも知れない。
しかし私は毎年此処を訪れる。あの人の御家族に私という人間を覚えて頂きたい。
旧敵国の上位に居る私が、あの人の傍に居ることの許しを得たいからと。

そして今日この日は、一つのご報告をさせて頂きたいからというのもあった。

「本日は例年のご挨拶とは別に、一つのご報告と附随する事柄をお聞きして頂きたく参上致しました」

堂々とした佇まいの嶋田提督を見上げながら、私は今日訪れた目的を、大切なご報告を伝えていく。

「わたくしモニカ・クルシェフスキーは、一身上の都合により、本年2月14日、御令孫、
 嶋田繁太郎様に我が身と剣を捧げ、その御身を守護する任に就かせて頂きました」

遡ること半年前。私はあの方。嶋田提督の御令孫……嶋田繁太郎の騎士となった。
選ばれたのではなく、自ら志願し差し出したこの身という抜き身の剣をあの方に受け取って頂いた。

「嶋田提督におかれましては旧敵国の人間が御令孫の騎士となるなど到底看過なされないことでありましょう。
 しかし、あの方の御身をお守りしたいという我が心と差し出したる我が剣に、嘘偽りなど御座いません。
 騎士としての誇りにかけてお誓い申し上げます。我が心我が身は永劫にあの方を守護せし剣とならんことを!」

勝手な言い分だと思う。
勝手に訪れ、勝手に挨拶し、勝手に報告へと参上する。
自己本位の塊が如き我が行動のいずこに騎士道精神ありや?
まして旧敵国の上位に位置する人間の勝手な言い分などお聞き入れ下さらないかもしれない。

それでも私は伝えたかった。
あの方を、嶋田さんをお守りしたいというこの心に一点の曇りもないということを。

嶋田さんのお祖父さま。大日本帝国海軍元帥嶋田提督がどの様な人物であったのか?
それは伝聞とブリタニア年代記、世界史や歴史の中に出て来る人物像としてしか知らない。
太平洋戦争はもう80年も昔の話。当時を知る人は既にその多くが鬼籍へと入っており、時の流れと共に歴史の一出来事として記録に残るだけの話になりつつあった。
あと20年もすれば戦後世代以降の人間ばかりになるだろう。
嶋田さんですら戦後世代、私に至っては戦後第3第4世代に当たり、当時のことなど想像でしか物を言えない立場だ。

私に分かることがあるとすれば、嶋田提督が大日本帝国公爵の初叙に相当する従一位という位階と、大勲位という最高位の勲等を
生前に帝(みかど)より親授されるほどの人物であったということくらい。
無限とも言えるブリタニアの物量を相手にして一歩も引かず、多大なる戦果を上げて日ブ講和への道筋を付けた昭和の大提督。
嶋田さんのお祖父さま。

その英雄を前に私は誓う。
この身は永劫嶋田繁太郎を守護する剣となると。
この身が朽ち、死することあっても嶋田さんの剣で有り続けると。

生まれ変わってもなお未来永劫に。




「モニカさん?」

へ…?

嶋田提督への祈りに集中していた私の背後に一つの気配が現れる。
声を掛けられるほどに接近するまで気が付かなかったとは何たる失態か。
これが敵であったのならば初撃を許していたはず。

でも違う。
この気配とこの声。
それは私が剣を捧げたあの人だけが持つ物。

「嶋田…さん」

振り返った肩越しにはやはり思った通りの人物。
黒一色の服装で整えたあの人が居た。

「君の親衛隊の騎士らしい人を見掛けたからもしやと思ったが、やっぱりモニカさんだったか」
「っ…」

何か言おうとして何も言えない。
バッティングしないよう日をずらしてのお参りだというのにどうして嶋田さんが……。

「今年は少しお盆期間が忙しくなってしまったから今日墓参りに来たんだよ」

まるで此方の心の中を読んだかの如き彼の言葉に身がすくむ。
見られてはいけないところを見られたような、そんな気が……。

「申し訳、ありません……」

やっとの思いで口に出せたのが謝罪の言葉とは格好が付かない…。

「御親族でもない赤の他人である私が……勝手に……」
「……」

何も言わない嶋田さんはお祖父さまの前で跪いていた私の隣に立ち、静かにしゃがみ込んできた。
何か言って欲しいとも、何も言わないで欲しいとも。そのどちらとも言えない気まずさが私の心を支配する。

少しの間墓標に手を合わせながら黙祷していた彼がふっと目を見開く。
そして。

「え…?」

不意に私の肩に手を回されて身体ごと引き寄せられてしまった。

「嶋田、さん……?」

彼が纏う汗ばんだ空気が私の鼻腔を擽る。
私がいつもしている“充電”ではない、彼からの一方的な接触。
それも、お祖父さまが見ている目の前での。

「御紹介致します」

けれど、そのことを考える暇さえなかった。
彼の口より紡がれた一言に私の心が釘付けにされてしまったから。


我が騎士――“ナイトオブゼロ”モニカです

「え――?」

ナイトオブゼロ。
嶋田さんの口から飛び出したのは聞いた事のない称号。

「とても強く勇ましい、心強い私の騎士です」
「……」

それだけを伝えた彼が此方へと振り向く。

「君は他人じゃない。君が来日して俺の家で住むようになって今年で4年。俺はその間君のことを他人だなんて思った事は一度もない。
 そんな君がこうして祖父への墓参りに来てくれたのにどうして謝る必要がある。むしろありがとうと言わせて貰うよ」
「…っっ、」
「それに、今年からは俺の秘密の騎士になってくれた君をのことを、どうすれば他人だなどと言える?」

ああ、ダメだ…。そんなことを言われたらまた泣いてしまう。

私はこの人と出会ってから自分が泣き虫になってしまったような錯覚を覚えている。

ラーメンを食べたときに泣いた。
彼と訪れた遊園地のお化け屋敷で泣いた。
彼の帰りが遅くて心細くなり泣いた。
彼に剣を捧げて泣いた。
ただ嬉しくて泣いた。

本当に泣いてばかり。
他の誰の前でも涙一つ見せたことがない、泣くという回路が壊れてしまったのではないかと思えるくらい冷静でいられる私が、
この人の前でだけは本当に涙もろく弱い。
何が起ころうとも取り乱すことなき完璧な騎士である自分が、この人が絡むとすぐに取り乱してしまう。
嶋田さんだけの騎士になるというただのモニカが立てた誓いの日に、彼から『なんて泣き虫な騎士だ』と呆れられたというのに……。
どうしてこの人の前でだけはこんなポンコツ騎士になってしまうのだろう?

「ぅ……、ナ、ナイトオブゼロって、な…なんですか……?」

震える声で自分を誤魔化し問い掛けた。
嶋田さんの手が私の髪と頭を優しく撫でてくる。
嬉しいのに今は止めて欲しいと思う。
そんな動作の一つ一つが私の心を乱してしまうから。

「君はラウンズだ。ラウンズの忠誠は本来ブリタニア皇帝ただ一人に向けられていなければならない。
 幾ら君が一個人モニカとして俺へ剣を捧げてくれたとしても、ラウンズであることには変わらないからね」


言葉の通りだと思う。
愛を捧げるのならばまだしも、剣を捧げてはならない。
でも、と彼はその先を口にした。

「存在しない騎士としてならば良いんじゃないかと思ったわけだ。ナイトオブゼロ。ゼロは無いとも言えるだろう? 無いとでナイトとか」

私の様子を見て投げ掛けてくれたのだろうつまらないシャレを聞いて、目に堪っていた涙が引いていく。

「………つまらない、です」

私は彼のこういうさり気ない優しさが大好きだ。
いつも私だけを、ラウンズでもクルシェフスキーでもない私だけを観てくれている彼の優しさが。

「まあ冗談はさておき。存在しない筈の騎士の称号だから“ゼロ”。どうかな?」

ナイトオブゼロ。
存在し得ない騎士の称号。
嶋田繁太郎の騎士である私だけに与えられた秘密の称号。
大昔の日本の戦闘機の名前にも用いられていたゼロ。

「……嬉しい、です」

嬉しくない筈がない。
彼と私の間を繋ぐ主と騎士の関係にまた新しい彩りが添えられたのだから。
それも与えてくれたのは我が愛しき主御自身。

「気に入って頂けたようでなによりだ」

まだ頭を撫でられていたけれど、もう涙が流れる事はない。

「でも、ゼロという名はワンよりも、既存のラウンズよりも更に上位の称号……。
 適うことならばラウンズを超えるラウンズとして、いつの日かその名に恥じぬ騎士となってみせます」
「ビスマルクさんを超える騎士か……。まだまだ若い君ならばなれるかも知れないな。いつの日かそんな最強の騎士に」

肩を離した彼は私の手を引き立ち上がらせる。

「柄にもないことをしてしまったが、赤の他人などと言われて悲しかったからつい、な」
「いえ、そんな…」
「君はもしかして毎年来てくれていたのかい?」
「……一昨年、去年、今年で三回目です」
「そうか。騎士服にマント、ラウンズの正装で訪れてくれているとは」

嶋田さんの黒い服に対し私はラウンズの正装たる白の騎士服に黄緑色のマント。
およそこういう場には相応しく無さそうな色だけど、これが私の持つ最高位の礼装。
流石にいつも髪の一部を纏めている赤いリボンだけは解いていた。

「嶋田家としても鼻が高い」
「そんなこと…」

彼は再び墓標を見遣る、私も彼と並んでもう一度お祈りをした。

「きっと祖父も喜んでいるよ。戦った国との和平が成り、こうして君のような立場の人間が自由に日本で暮らせる今という平和な時代を迎えられたことをね」
「……」

短い戦乱の時代。1930年代から50年代までの日ブ関係が冷え込んでいた時期。
一度大きな激突は有ったけれど、それ以上の長き友情は壊れたりする物ではない。
クレア陛下の御世より連綿と築かれてきた関係は、たった一度の全面戦争で無かったことになるほど浅い物ではなかった。
だから私が此処に訪れることをお祖父さまが歓迎しない筈はない。
そういって私を励ます嶋田さん。

「さ、そろそろ行こうか。あまり長居をしていては祖父もゆっくり休めないだろうから」
「はい」

(また来年もご挨拶に伺います)

心の中で呟いた私は、私が守るべき人に手を引かれて提督の墓前を後にした。



「モニカさんはこれからまた仕事かい?」
「いいえ。今日は午後からお休みです」

お祖父さまに挨拶をするためという私情なので、個人的には今からでも大使館へ戻り公務に就きたいところだけど、
アーニャとの引き継ぎを終えている関係上またややこしくなってしまい方々へご迷惑を掛けてしまうので、午後から全休とさせて頂いた。
そんな私に丁度いいという嶋田さんが出してきたのは、思わず飛び付かずには居られない魅力的な提案。

「新規開店したラーメン屋さんを見つけたんだが、特に予定が無く昼食がまだなら一緒にどうかと思ってね」
「行きますっ!!」

何も考えずに即答してしまったが別に構わない。
昼食を食べていたとしても嶋田さんと一緒に食べるラーメンの味は別格だから。

「それじゃあ君の親衛隊の騎士さんも誘って三人で行くか」


しかし事情を聞いた私の副官は昼食を済ませたと言って辞退してしまう。
彼も私と同じで昼食はまだなのに。

結局は二人きりでの食事となったわけで、なんだかデートをしているように思えてならない。
勿論嶋田さんと私の護衛はそのまま付いては居たが、私たち二人の世界であることには変わらないだろう。
そうして食べた醤油ラーメンの味は本当に美味しかった。
これなら幾らでもお代わりが出来そうなくらいに。

ラーメンは啜って食べる物。

貴族である私が初めてマナー違反を犯してしまったその出汁の絡まる麺料理。
カップヌー○ルから始まった私の一番好きな料理の味。
そのラーメンの一番新しい味を心行くまで堪能していた私に嶋田さんは言った。

来年のお盆は一緒に墓参りしよう
祖父の所だけではなく父や嶋田家の所にも

“君は俺の家族だから”

耳に入る彼からの温かい言葉に、引いていた筈の涙が一筋、頬を伝い落ちていった。







終わりです。
時系列的にモニカが少女と呼べない時期(二十歳)がやってきそうですので、
いずれタイトルが『引退選手と円卓の騎士』『楽隠居?と円卓の騎士』。
シンプルに『嶋田とモニカ』『嶋田繁太郎と円卓の騎士』になるかもしれません。

発想が貧困なために良いタイトルが出てきませんね。
何かこの二人の物語に相応しいタイトルがないものでしょうか……。

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最終更新:2015年07月16日 18:54